2024年12月23日月曜日

こころの時代 宮沢賢治(3)「ほんたうのたべもの」

空気読めない家族が主役凍る朝
冴ゆる朝品なき目つき箸遣い
他人は無視己貫く寒夜かな
寒き夜や背骨のただれ搔きむしる
褥瘡(じょくそう)へ軟膏塗布冬の月

■こころの時代 宮沢賢治(3)「ほんたうのたべもの」としての童話
これらのわたくしのおはなしは 
みんな林や野はらや鉄道路線やらで、
虹や月あかりからもらってきたのです。
わたくしは、これらの ちひさなものがたりの幾きれかが、
おしまひ、あなたのすきとほつた ほんたうのたべものに
なることを、どんなにねがふかわかりません。
注文の多い料理店

中学生の私が、花巻駅に迎いに出たとき、まず兄の元気な顔に安心し、
それからそのトランクの大きなことに驚いた。
その年の正月に兄は、念仏とお題目のことについて、
父と激しく話し合った後で、いきなり東京へ逃げたのだ。
童話もうんと書いたと言う。
一ヵ月に三千枚も書いたときには原稿用紙から字が飛びだして、
そこらあたりを飛び回ったもんだと話したこともある程だから、
七カ月もそんなことをしている中には、原稿も随分増えたに相違ない。
「童子(わらし)こさえる代りに書いたものだもや」などと言いながら
兄はそれはみんなに読んでくれたのだった。
蜘蛛やなめくじ、狸やねずみ、山男や風の又三郎の話は、
私共を喜ばせたし、何という不思議なことばかりする兄だと思ったのだ。
宮沢清六「兄のトランク」

わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた
風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、
いちばんすばらしいびろうどや羅紗(らしゃ)や宝石いりのきものに、
かはつてゐるのをたびたび見ました。
わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、
虹や月あかりからもらってきたのです。
ほんたうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、
十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、
もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうで、
しかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。
ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、
ただそれつきりのところもあるでせうが、
わたくしには、そのみわけが良くつきません。
なんのことだか、わけのわからないところも、あるでせうが、
そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
けれども、わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、
おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、
どんなにねがふかわかりません。
大正十二年十二月二十日 宮沢賢治
注文の多い料理店 序文

どんぐりと山猫
おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝
こんなのです。字はまるでへたで、墨すみもがさがさして指につくくらいでした。
けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。
はがきをそっと学校のかばんにしまって、うちじゅうとんだりはねたりしました。

一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。
びっくりして屈かがんで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、
黄金(きんいろ)の円いものが、ぴかぴかひかっているのでした。
よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、
三百でも利(き)かないようでした。わあわあわあわあ、みんななにか云いっているのです。

「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ。」
山ねこが、すこし心配そうに、それでもむりに威張(いば)って言いますと、
どんぐりどもは口々に叫びました。
「いえいえ、だめです、なんといったって頭のとがってるのがいちばんえらいんです。
そしてわたしがいちばんとがってゐます。」
「いゝえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。
わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
「さうでないよ。わたしのはうがよほど大きいと、
きのふも判事さんがおっしゃったぢゃないか。」
「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」
「押おしっこのえらいひとだよ。押しっこをしてきめるんだよ。」
もうみんな、がやがやがやがや言って、なにがなんだか、
まるで蜂はちの巣すをつっついたようで、わけがわからなくなりました。
そこでやまねこが叫びました。
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」
一郎はわらってこたへました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、
めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、
いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
山猫(やまねこ)はなるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、
繻子(しゅす)のきものの胸(えり)を開いて、
黄いろの陣羽織をちょっと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、
ばかで、めちゃくちゃで、てんでなってゐなくて、
あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」
どんぐりは、しいんとしてしまいました。
それはそれはしいんとして、堅かたまってしまひました。
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「願文」最澄767-822
「愚中(ぐちゅう)の極愚(ごくぐ)、狂中(おうちゅう)の極狂(ごくおう)、
塵禿(じんとく)の有情(うじょう)、底下(ていげ)の最澄」

妙法蓮華経「薬草喩品」
迦葉。譬 如三千大千世界。山川谿谷土地。所生卉木 叢林。及諸薬草。種類若干。名色各異。
密雲弥 布。遍覆三千大千世界。一時等注。
其澤普洽。 卉木叢林。及諸薬草。
小根小莖。小枝小葉。中 根中莖。中枝中葉。大根大莖。大枝大葉。
諸樹 大小。随上中下。各有所受。
一雲所雨。稱 其種性。而得生長。華菓敷實。雖一地所生。 一雨所潤。而諸草木。各有差別。
仏亦如是 出現於世 譬如大雲 普覆一切
恒為一切 平等説法 如為一人 衆多亦然

サッダルマ 正法 妙法
差別(しゃべつ) 我観一切普皆平等 

「よだかの星」
顔は、ところどころ、味噌をつけたやうにまだらで、
くちばしは、ひらたくて、耳までさけてゐます。
足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、
いやになってしまふといふ工合(ぐあい)でした。
「まああのざまをごらん。ほんたうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。」
「ね、まあ、あの口の大きいことさ。きっと、かへるの親類か何かなんだよ。」
こんな調子です。
よだかは、じっと目をつぶって考へました。
(一たい僕は、なぜかうみんなにいやがられるのだらう。
僕の顔は、味噌をつけたやうで、口は裂けてるからなあ。
それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。
赤ん坊のめじろが巣から落ちてゐたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。
そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかへすやうに
僕からひきはなしたんだなあ。
それからひどく僕を笑ったっけ。)
よだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のやうに
そらをよこぎりました。小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉にはひりました。
また一匹の甲虫が、夜だかののどに、はひりました。
そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。
よだかはそれを無理にのみこんでしまひましたが、その時、
急に胸がどきっとして、夜だかは大声を上げて泣き出しました。
泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。
(あゝ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。
そしてその他ゞ一つの僕が今度は鷹に殺される。
それがこんなにつらいのだ。あゝ、つらい、つらい。
僕はもう虫を食べないで餓ゑて死なう。
いやその前にもう鷹が僕を殺すだらう。
いや、その前に僕は遠くの遠くの空の向ふに行ってしまはう。)

よだかはもうすっかり力を落としてしまって、はねを閉ぢて、地に落ちて行きました。
そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくといふとき、
よだかは俄かにのろしのやうにそらへとびあがりました。
それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。
夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。
寒さや霜がまるで剣のやうによだかを刺しました。
よだかははねがすっかりしびれてしまひました。
そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。
さうです。これがよだかの最後でした。
もうよだかは落ちてゐるのか、のぼっていゐるのか、さかさまになってゐるのか、
上を向いてゐるのかも、わかりませんでした。
たゞこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、
横にまがってはゐましたが、たしかに少しわらって居りました。
それからしばらくたって よだかははっきりまなこをひらきました。
そして自分のからだがいま 燐(りん)の火のやうな青い美しい光になって、
しづかに燃えてゐるのを見ました。
そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
今でもまだ燃えてゐます。

諸法 すべての事物・現象
諸法実相
般若 真理を見通す智慧

賢治は童話や詩を子供たちに読んできかせるのが好きであった。
私がまだ小学校に入らないころにも、兄は自分で絵をかきながら、
昔ばなしなどを聞かせてくれたものだ。
私は兄から童話「蜘蛛となめくぢと狸」と「双子の星」を
読んで聞かせられたことをその口調まではっきりおぼえている。
処女作の童話を、まっさきに私ども家族に読んできかせた得意さは
察するに余りあるもので、赤黒く日焼けした顔を輝かし、
目をきらきらさせながら、これからの人生にどんな素晴らしいことが
待っているかを予期していたような当時の兄が見えるようである。
宮沢清六「兄のトランク」

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