2026年8月11日火曜日

杉本博司&大江健三郎

秋空や刺激はいらぬ人生に

初飛行秋の旅路や千疋屋

銀ぶらやあんぱんを手に秋の雲

Lessonの前後忙し江戸の秋

過疎の町カルチャーショック秋あわれ

 

■滅びゆく写真 そして人類 現代美術作家・杉本博司

記憶の始まりは海だった

現代美術作家 杉本博司(78)

「絶滅写真」銀塩写真への惜別

「海景」あるのは海と空と水平線

古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能か

神奈川県江の浦 幼き日の思い出

自分の記憶の辿れる一番最初の記憶 その日から記憶が始まった

意識の起源 人間ってどうして動物から人間になれたのか

海だけは古代人と共通のビジョンを分かち合える

 

最初のシリーズ ジオラマ

虚実があいまいな領域を写真で研究してみる

 

立教大学卒業後 1970(22)渡米

1974(26)ニューヨークへ

杉本博司(当時37) 写真は可能性のあるアートとして選んだ

 

「シロクマ」1975

見るからに死んでいて作り物なのに

片目で見ると本当に本物に近く見える

どんな虚像でも一度写真に撮ってしまえば実像となるのだ

 

銀塩写真:一般的にフィルムを使うアナログ写真

 

劇場

映画一本分を写真に撮ってみる 2時間という時間を撮ってみた

時間って何なの?

 

杉本博司の言葉

私は写真をメディアとして使ってきた 

写真は普通時間を止める

しかし私は写真をタイムマシンとして使い

自由自在に時間の海を泳いでいたのだ

 

石膏で作られた数理模型です。

自然科学の基盤として近代を支えてきた数学。

本来、目に見えない数式を可視化しようとしました

 

建築

多根剛

 

Opticks

杉本の自宅 17世紀ニュートンが試みたプリズムの実験を再現

7つの色に分かれた太陽の光そのものを撮影 色と色との間の無限の海調

写真で持って色をとる実験

絶滅する銀塩写真

銀塩写真のピークの時に伝承した事には自分で自分を褒めてあげたい

カメラを持って映しながら死んでいきたい

問題はどこで現像するのか?

 

香川県直島 ベネッセハウス ミュージアム

陽射しに晒される「海景」雨や風を受けやがて朽ちていく姿に

この世界の行く末が重なります 

 

人類というのがこの文明が発達し始めてからでも 

まあ2万年くらいだと思うんですけど その時間のスケールは

どれくらいのことなのか 妄想ですかね そういう創造力を逞しくして

世界中の海を巡って来ましたけれども 

人類文明の先はあまり長くないのではないかっていう 

人間は人間が主体だと思っていますけど 地球の生命体の

全体の価値の方が高いんじゃないかと そうすると淘汰されるべきは

人間の方ではないかなと 長いこと海を見続けてきて

というな結果に達するのかな これが嘆かわしいことなのか

環境にとっては良いことなのかもしれません 絶滅というと

NegativeですがPositiveにも捉えられる

 

■大江健三郎氏の言葉 偉人の年収How much

初めての詩

雨のしずくに景色が映っている しずくのなかに別の世界がある

 

それらの犬は互いにひどく似かよっていた。(中略)

僕らだってそういうことになるかもしれないぞ。

すっかり敵意をなくして無気力につながれている、

互いに似かよって、個性をなくした、あいまいな僕ら、

僕ら日本の学生。(中略)僕は二十歳だった。

「奇妙な仕事」より

 

セヴンティーン

安保反対の運動を熱心にやりながら 

天皇崇拝の右翼青年にも共感している。

それが僕です

 

息子が希望を持てるように「光(ひかり)」と名づけた

 

広島にて「広島ノート」

最悪の絶望のなかでも決して屈服しない人がここにいる

広島の現実を受け止め絶望しすぎず希望を持ちすぎない

 

「ぼくは ほとんど逃げだしてしまいそうだったんです」

と鳥(バード)はいった、しかし、鳥は、息子の顔を覗きこんだ。

赤んぼうの瞳に、自分の顔をうつしてみようと思ったのだった。

赤んぼうの瞳の鏡は、澄みわたった深いにび色をして鳥をうつしだした

「個人的な体験」より

 

日本人としてのあいまいさに引き裂かれている」私は言いましたが

その痛みと傷から癒され回復することを何より求めて

私は文学的な努力を続けてきました

 

この放射性物質に汚染された地面を(中略)人は元に戻すことができない。

それをわれわれの同時代の人間はやってしまった。

この思いに圧倒されて、私は、衰えた泣き声をあげていたのだ。

「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)」より

 

ヒロシマから福島はつながっている問題なんです

原子力によるエネルギーは必ず荒廃と犠牲を伴います

私らに何ができるか?私らにはこの民主主義の集会 市民のデモしかない

もう一度被爆者を作らない 被爆者として自分たちが生き延びる

世界も被爆の状況から救い出す そういう人たちの考え方を

今新しく継承そ直そう

 

大江健三郎 2023(令和5)没 88

 

希望か絶望か、と問われる際には、ぼくはとりあえず

希望の側に立ち、人間の威厳を信じる側に立つ。

「新しい文学のために」より

 

2026年8月10日月曜日

兼題「曼殊沙華」&テーマ「あの夏」

秋の日や西(加奈子)の喋くり愛おしく

秋の空一言一句忘れまじ

秋高しさんま主語だとみな笑顔

秋麗心にいつも大切な人

嫌です!と朝井(リョウ)連発残暑かな

 

NHK俳句 兼題「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)

選者:星野高士 レギュラー:松井玲奈 司会:柴田英嗣

年間テーマ「虚子の近代俳句」

 

8月 黄金期4S しいえす

大正から昭和に移る時期にすごく活躍した高浜虚子の弟子

男性4人の俳人が黄金期を築きあげた

俳句雑誌「ホトトギス」明治30(1897)創刊

水原秋櫻子(1892-1981)(しゅうおうし)

高野素十(1893-1976)(しゅじゅう)

阿波野青畝(1899-1992)(せいほ)

山口誓子(1901-1994)(せいし)

その時代(4)「しい」と言った 

 

方丈の大屁(おおびさし)より春の蝶   高野素十

方丈:僧侶が住居に使う建物

本来「春の蝶」は俳句では違反の表現

「蝶」だけで春を意味するから ダメ押しになる

だけどこの句は高浜虚子は大絶賛した

蝶が春という景色を運んできた

「季節の推移を見事に言った」と虚子は褒めた

「春の蝶」は調べがいい 「蝶来たる」や「蝶飛んで」ではダメ

俳句は大小を対比することも多い 

大きいもの(方丈)と小さいもの()を見事に捉えている

高野素十は虚子が唱えた写生句を忠実に継承した人

素十は医者だった 解剖学の医者だったので観察力が凄かった

俳句の題材もじっくり穴が空くほど見ようとした

感情を出したいのを押さえている 言葉を省略して詠んでいる

 

滝落ちて群青世界とどろけり   水原秋櫻子

自分のことを言いたいということで 主観写生 自分の気持ちを出す

「群青世界」とか美学的な表現が秋櫻子は凄い 美しい広がりのある言葉

自分もそこに投影されている 弟子が違う所へ行くのは嫌な事ではない

自分で新しい表現を発見したからいい それが評価されれば

虚子は秋櫻子を高評価していた 秋櫻子は虚子の「ホトトギス」を離れた

「馬酔木(あしび)」大正7年に創刊された俳句雑誌 昭和3年に秋櫻子が

「馬酔木」に改題し現在に至る アンチ「ホトトギス」の立場で俳句を詠んだ

    継承⇨高野素十 客観写生

高浜虚子

   離脱⇨水原秋櫻子 主観写生

 

素十と秋櫻子は関東の俳人 誓子と青畝は関西の俳人

 

かりかりと蟷螂(とうろう)蜂と皃(かお)を食む   山口誓子

実際には聞こえない音を表現している それは完璧な主観

これは人間模様を描いていると思っている 弱肉強食 

人間模様をこういう場面で言ったそれでこの句は有名

山口誓子は主観が強い 自分の気持ちが強く句に出る

簡単な言葉よりも強い印象の言葉を使う 強い印象を

自分の言葉で発表した人 新しい主観の世界 

誓子と秋櫻子は人間社会を詠う 虚子は花鳥諷詠 自然の世界を詠う

大事なのは季語 それが生きていないとダメ

 

さみだれのあまだればかり浮御堂(うきみどう)   阿波野青畝

調べがいい 俳句で大事な事 内容も大事だけど 聞いている人が

心地よくなる 青畝は素十に近い写生句 どこかほっとする句

それはゆすさがあるから 言葉がゆったりしている 素十は

直接物を見るが 青畝は少し斜めから物を見る 俯瞰してみる

雅さもある 雅な感じ 他の3人にはない 

 

客観写生

阿波野青畝 高野素十 

関西            関東

   山口誓子 水原秋櫻子 

      主観写生

 

虚子が4人を導いた 虚子は両方の俳句を認めている 大らかな導き方

虚子の偉大にところは自分が見出した俳人が活躍したこと プロデュース

 

・特選句 兼題「曼殊沙華(彼岸花)

ポイント 花のイメージが人を思う 人を偲ぶ

人を思うイメージを自分に引き寄せて俳句にするのはポイント

 

雨粒を絡めとりたる曼殊沙華   岸来夢

古墳へと道は一本曼殊沙華   長長(とうなが)邦明

日向には日向の顔の曼殊沙華   須田真弓

曼殊沙華言い訳ばかりうまくなり   田中麦

金色の光の中の曼殊沙華   尚山和桜(なおやまかずおう)

遠ざかる錫杖(しゃくじょう)の音曼殊沙華   柏瀬(かしわせ)眞理子

 

特選三席

一席 さよならを云へずに曼殊沙華の道   坪田恭壱

二席 曼殊沙華虚空(こくう)につかむ もの探し   砂山恵子

三席 その色に雨は染まらず曼殊沙華   鈴木允子

 

・松井玲奈 今月の一句

曼殊沙華しわの手のせし砂糖菓子   松井玲奈

添削

三盆にしわの手伸ばし彼岸花

和三盆に手を伸ばした先に彼岸花を置くことで

彼岸花がどこにあるかがわかる

今月のポイントは「季題(季語)が見えるようにする」

 

・はみだせ!教室俳句

千葉大学教育学部付属中学校 大澤由紀先生

ポイント 具体的な体験をかき出す

推敲する時のアドバイス 推敲する時は消さずに残す

 

入場券小の字消えた花は葉に   古賀優佳

鉛筆を卒業したる夏の空   堀田龍世

 

楽しんで作ることを目標にしたい 言葉と戯れる喜び

言葉とピッタリ合った気持ちの時に

「この言葉に出会えてよかった」という

そんな時間に出来たらと思っています 大澤先生

 

遊びから学ぶ楽しさ

 

 

NHK短歌 テーマ「あの夏」

選者:千葉聡 ゲスト:千葉聡 司会:ヒコロヒー

年間テーマ「きょうの放課後 いつかの放課後」

 

ハヤシミドリシジミ:学名Favonius ultramarinus

西の風 春来たり 瑠璃色の遠く彼方より海を越えて

をご紹介くださいました 何とロマンティックな蝶の名でしょう

 

一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり

佐藤モニカ

 

涼しさを感じて夏を実感する 

 

・入選九首 テーマ「あの夏」

部室から汚いTシャツ出土して我のと言えずただ黙ってた

岩崎純史(じゅんし)

二席 傷病兵が立ってた夏を知らぬ子がギターで歌う町の陸橋

西村真千子

三席 南国の装いをしたスナックが手書きでバイト募集している

筒居桃子

浮かんでもスクロールされ消えていく夏#パガサス雲

高木秀俊

笑みながら母に抱かれし終戦のあの夏の日の写真が残る

大和嘉章

プールにも錆びた夜にも飛び込めた制服着れば無敵になれた

上野りな

私 水面に白熱灯が煌めいて私は金魚の命で遊ぶ

八号坂唯一(金魚と目が合っちゃった 

生物学は命を奪わないと完結しない学問 

白熱灯の白と金魚の金 命を照らしてくれる存在

照らされながら消えていこうとする命 より切ない 千葉)

「空襲!」に母の待たせし晴れ着着る租界の六歳何思ひしか

林邦子

一席 「先輩」と甘える男子パッと咲く花火のように夏が眩しい

阿部希

 

・ちばさとの放課後短歌部

千葉聡さんの「あの夏」

南硫黄島でコダマ(コダマキバサナギガイ)と会った思い出

天空に刺さった幹に、枝に、葉に、パニュキスのごとく棲むカタツムリ

千葉聡

童話「パニュキス」エリナー・ファージョン(18811965)

手が届きそうで届かない憧れの存在が〈パニュキス〉

 

ちばさとの短歌づくりのポイント

視点を意識して詠む!

自分がどこにいるのか 何を見ているのか 視線が感じられる

歌になると 独特の光を帯びる

 

短歌づくりのヒント

視点を意識して詠むと臨場感のある歌になる

 

・新たなアイディアの生み出すには?

間違えること 新しいものと間違えるから出てくる

競争を意識していると結局人と同じことを考える

競争を意識しないで余裕を持つことが大事

 

ヒコロヒー

他人と被ることが大嫌い 常に人とは違うところを探している

 

ゲスト 

研究者の生き方とそっくり

自分の新しい考え方を探すために論文を読む

すぐれた研修者と似ている

 

・いちご摘み

チェンジアップをおしえてくれる手のひらにつつまれている小さな地球

貝澤駿一

手のひらの朽ちたるごとき花のあとを泰山木の樹下に踏みゆく

小原奈美(好きな歌人 葛原妙子)

 

70回現代歌人協会賞 受賞

老いてわれは窓に仕(つか)へむ鳥来なばこころささげて鳥の宴を

「声影記」港の人より

 

私は短歌を高校からやっているので 仕事だけだったら自分が

日常の中で何をやっているのか 見失ってしまっていただろうな

木の下に実際に行ってみると 花は咲いている盛りのものは見えなくて

落ちている花びらによって間接的に知ることができる

 

摘んだのは「手のひら」

落ちて、なお、輝く白い花びら…。

字幕が出ないと全く分からない滑舌でした。なんだかなあ…。

2026年8月9日日曜日

わたしの日々が、言葉になるまで ギャル語

アルバムの師と交わす笑み夏休み

ターザンと目と目が合った夏休み

中耳炎涙ぽろぽろ夏休み

林間学校友と過ごした三日間

飯谷を食べて泳いだ夏休み

 

■わたしの日々が、言葉になるまで ギャル語

町田そのこ みりちゃむ eill(えいる) 劇団ひとり 桐山照史

 

創造力に加え瞬く間に広まる浸透力

メロい:メロメロになるほど魅力的

ギャル語は便利

キャパい:キャパシティオーバー 

「もう限界」を表す言葉 やばいと同じ感覚で使われる

やーやー:相槌 「うん」だと強い印象を与えるが

     「やーやー」だと相手に圧を感じさせない

じょっしゃー:「やったー」や「よっしゃー」

「じょにすることでかわいくノリもよくなる

わほー:間を埋める言葉 会話が止まった時や挨拶でも使う

 

時代を作ったギャルの言葉

1990年代初頭 日本を襲った出来事 バブル崩壊

暗い世間に光を灯したのがギャル ルーズソックス プリントシール

新たな文化まで作り出す

 

マジでキレる5秒前:MK5

イケてるメンズ:イケメン

当時のメールは文字数制限 短い言葉で伝える必要があった

 

1990年代に流行したギャル語

タクる:タクシーに乗る

ジョコチュー:自己中心的

ウーロン茶:ウザいロン毛茶髪男子

ギャルの枠を超えて世間に広まった

チョーベリーグッド:チョベリグ 新語・流行語大賞トップテン

KY きゅんです ガン見 激おこ

渋谷事・典にもなった ギャルはなぜ新しい言葉を生み出せる?

 

ギャル語はオノマトペ 簡単な言葉で共感を表す 町田

ギャル語の魅力 フワッとした言葉で共感を表す

ギャル語は条件反射

「風あざみ」生みの親 井上陽水 植物のオニアザミから連想

言葉は自由に作っていい!

💮 私感 森鴎外のことも言って欲しかった

 

自分でオリジナルの言葉を作った事あるんですか?

町田さんは推敲の時に拒否された

 

ギャル語が生まれるメカニズムとは?

考え方やノリを共有するために生まれる

警察 ホシ=真犯人 パクる=逮捕 

病院 アポる=脳卒中で倒れる ヘモる=出血する

コミュニティ内で新たな言葉が生まれるのはギャルも同じ

 

1990年代後半~ ヤマンバ 黒ギャル 白ギャル 種類が多様化

ギャルのコミュニティが増えるとギャル語も増えていった

小さなコミュニティの濃いノリが様々なギャル語が生まれるきっかけになった

 

麻雀でもある テンパる語源 あと一つそろえば上がれる聴牌(てんぱい)

ギャル語はテンション上がる モチベーションあるくない

ギャル語は世代をつなぐ

 

ギャル語の1つ「ぴえん」辞書に載っている

本当に悲しい時には使わない 涙が溜まるくらいの悲しみの時に使う

国語辞典の編集委員の解説は

小声で泣きまねをするときのことば。また、小さく泣く声。

Positiveな方の涙の言葉はないの?

浄土真宗 永明寺「ぴえんもご縁 超えてご恩」

ギャル語の魅力です

ギャル語は世代を超えた共通言語

やばい あんなオールマイティーな言葉はない 便利

 

ギャルが主人公!?ギャルマインド溢れる歌の世界

「水曜日のカンパネラ」 織姫がギャルの楽曲

 

天の川とかマジ病むわ

平成飛ばして今令和

短冊吊るして願い叶うなら

誰も苦労なんかしてねぇわ

年一回とかはやめてもろて

彦ちゃん今すぐ会いに来て

どこの誰が言い出したか知らねぇが

天の掟よりギャルの掟

 

ギャルは自分で幸せをつかみ取っていく生きもの 町田

Positiveなギャル語がギャルマインドを作る ひとり

 

Eill「ただのギャル」

UGGのフワサン元カレのヴィトン

結局1番自分で買ったTiffany

お気に入りの Ring

怖いものはない I slay

Watashi ga boss of my life

I'm the rule

(中略)

命かけんのネットじゃない

深夜俳諧Mドンキ

グンナイzzzおやすみプリティー

パリジェンヌのカールよりもだいじなのは

あたしの価値

ただのギャル

 

言語化のヒント

気持ちの共通点(=共通言語)

散りばめることで届けたい相手により伝わる

 

入り口をたくさん作ることが大事

ギャルはSNSが苦手 ギャルの方が健康的

ギャルが日本を救う

 

みんなでギャル語を考えよう

ギャル語の法則

   言葉の組み合わせ

例ヤバすぎけんしん(ヤバい+上杉謙信)

 うれシーサー(うれしい+シーサー)

   短縮系

例あざます(ありがとうございます)

 り(りょうかい)

   語尾をかわいくする

例○○ぽよ

 

桐山 あぎゃみ()⇨あぎゃ

ギャル語のヒント 語尾に「み」がつくのは古い

eill わはん(ぴえんの反対)

みちゃむ 激ピ(劇的の感動した)

町田 どげぽよ(土下座の「どげ」を取りました 仕事が遅れてごめんなさい)

ひとり それムリ脇健児 ムリ+森脇健児 

2026年8月8日土曜日

日下瑞貴(みずき) MIRAI JAM

夏の月生死を分けたガソリンよ

夏を漕ぐ空と大地と地平線

テラコッタ乾いた土をパセリ生く

扇風機居間で三機の唸り声

それぞれが抱えて移動扇風機

 

MIRAI JAM 佐々木蔵之介×届けるに革命を!運送業界改革スタートアップ

アセンド代表取締役社長CEO 日下瑞貴(みずき)

 

データ経営を実現していかないと運送業は変わらない

配車が運送業のキモ

運送業も救世主

受注 配車 帳票 点検整備 請求 労務管理 

一日の売り上げ 月の売り上げ 解析レポート

 

物流業界はデジタル化が凄く遅れている

産業別クラウドサービス利用状況 物流は17

 

2030年問題

労働人口減少とドライバー高齢化の影響で

人出不足が進み輸送能力が約34%不足する課題

トラックの積載率は約40

トラックは6割は空気を運んでいる 非効率な物流

今あるトラックを効率的に運用できるようなデータ経営を実現していこう

日下瑞貴氏は前職は野村総合研究所で物流業界のコンサルタント業務を担当していた

 

2024年問題

トラックドライバーの働き方改革によって

時間外労働が年間960時間に制限された業界の転換点

変えるためには物流業界の構造を変えなくてはいけない

長く働いて給料が低い業界には人はこない

社内のDXを推進していってその構造が変わって初めて

労働時間や賃金が同じになる

営業利益の比率も全産業で一番低い水準

営業利益率0%台=もうからない

労働時間も長い=賃金も低い

強い事例をたくさん作ることが業界を変える チャレンジしたい

 

ドライバーの変化

見える化することによって 無駄な作業が省ける

 

ロジックス 全国約170社の運送会社へ導入

全国の運送会社の数は約62000

物流が変われば日本全体が変わる

(営業活動は)ウェブのマーケティングとかいうより

展示会に出るとか泥臭く営業活動をさせていただいて

 

起業のターニングポイント

ビジネスを成功に導いた社長の金言

母子家庭に育つ

社会的な課題を解決することに携わりたい

政治という世界の中で解決できるのではないか

2年ごとに自分の環境を変えることを意識

強制的に厳しい環境に身を置くことで人は強くなる

妻の里帰り出産のスキに起業 資金もないので

自宅のマンションを事務所として登記

前向きに公私混同みたいな言い方をしている

仕事の充実が家庭の充実につながり

家庭の充実が仕事の充実につながる

 

国交省へ直談判

知ってもらわない事には始まらないので

「物流DX動画」という企画を持ち込んだ

物流業界に「DX」という言葉をゆっくり時間をかけて説明

一番低い水準にある業界が変わるならいろんなことが変われる

物流が変われば日本はもっと変わる

(2030年まで)大変だけど楽しい34年を思っています

 

アセンドの日下代表の❝至高の一品❞とは?

人が作った温かいご飯を食べるということは心身の健康にとってすごく大事

厚切りトンカツ

二度揚げするのがポイント

この日の副菜は焼きナス オクラのあえもの カツオのたたき

 

一体感を持つことは会社の根本的な強さになる

家族感があるから厳しいことが言える

この時代にこそむしろ必要だと思う

 

よい昭和の会社を作る 

公私の境目があいまいなところの善い部分を再現していきたい

 

今日の金言 佐々木蔵之介

物流が変われば日本はもっと変わる

 

■アレクサンダー・ハミルトン米初代財務長官 アメリカ建国の立役者

「賄賂ではなく自らの金で恐喝に応じた不倫の口止め料だ!

 私には恥ずべき情事はあるが国への裏切りは断じてない!」

 

私感

日本でもこれくらい潔い言葉が聞きたいものです。

いい加減、嘘で塗り固めるのは止めて欲しいものです。

これ以上、恥の上塗りは如何なものかと一般庶民は思います。

 

2026年8月7日金曜日

加藤一二三&俳句道場&「川開」

宇治氷勝るものなし夏の海

海の家「あめゆ」と書いた張り紙が

睡眠欲に勝る欲なし昼寝

騒音と揶揄される軒の風鈴

強き陽や水着の中は砂まみれ

                                  

■あの人に会いたい 加藤一二三(棋士)

1940-2026(令和8)年 86歳没

異例の早さで「A級」に昇級

将棋というものはかなり成熟してきますと 

芸術品と思われるぐらいの感動を呼ぶような将棋が指せるんです 

将棋というものは面白くて楽しくて深いです

将棋の勉強はこれからも続けていきます

 

あなたは私が棒銀でやってくるのが分かっているだろう?

でもね あなたは随分 研究していると思うんだけど

あなたが研究しているところを僕は正面突破を図るのが好きなんだ

といって 棒銀でいくんですよ それで勝ったら愉快ですもん

 

長考しているうちに分かりやすく言うと エンジンが全開するのを

待っているという時間もあります 気合いがより一層入ってきて

それまで思ってもみなかったアイデアも浮かんでくる

 

小学校4年のときに将棋の文章を読んで 「将棋というものは

いい手ばかりを指していれば勝てる」というのを悟り 4年生で

「プロになれる」という自信を得ました 

1954(昭和29)年 147か月でプロデビュー

183か月で八段に昇段 四段五段六段七弾八段と

ノンストップで私が昇ったんですけど これからもほとんど抜く人は

いないという感じで 藤井聡太さんもノンストップではなくて

いっぺん止まったんですよね

 

20歳のとき 名人戦に初挑戦 大山康晴名人

1961年には大山名人を破り優勝

大山先生とは この後125局熱戦を繰り広げました

私にとっては最大の先輩後輩のライバルで 大山先生も私のことを

随分褒めてくれていました 私は行き詰まった 

私の将棋人生は行き詰まったという自覚しましてね 

このままではもう先がない 自分が将棋を指すときにどういう気持ちで

次の一局をパシッとですね 自信を持って指していいかというのが

あいまいもこで分からなくなっていたんですよ 

 

30歳のとき 洗礼を受ける

吹っ切れたということは大きいですね 自分が今まで培ってきた

将棋の能力を使って 真剣に(手を)読んで心身を整えて 一生懸命

将棋を考えてこれだというものを指せばいい これが神様が

望んでいらっしゃることだと悟ったんですよ

 

中原誠名人

起死回生の一手で「名人」獲得

名人になったからといって 特に生き方とか将棋の戦い方を

ガラっと変えるということはしないで 自分のマイペースを守って

さらに名人として 少し高い境地を望みたい

 

対局集 2505(歴代1)

勝数 1324(歴代4)

負数 1180(歴代1)(20265月現在)

 

頑張って負けたんですから 自分としては負けたこと自体が

恥ずかしいと思ったことは1回もありません 負けた将棋は

若い頃から3日間とか1週間かけて 繰り返し研究しています

どこで負けたか分からないと嫌ですから

 

A級の最高のところから 5回落ちて 5回とも戻ったんですよ

普通はA級から3回落ちたら みな棋士は引退しますよ

これは絶対に私の誇りとする大記録です

 

2016(平成28)年 藤井聡太四段のデビュー戦で対局

77歳で史上最年長の現役棋士 最年長勝利も記録

 

精魂込めて 魂を燃やして 精進した結果 50年 100

色あせない名局を指せたということが 私にとっては

大きな誇り 喜びであると思っています

心安んじ引退していくことができて 大変ありがたいと思っております

 

将棋を指すときは必ず 明るい気持ちで指すことを心がけていました

人生って勝つことが全てという考え方はかなり未熟 人生というのは

自分にとって 思わぬ展開となったとしても この世の中

幸せを目指して 頑張っていこうというのが いいと思う

 

■ギュッと!四国 家藤正人の俳句道場

兼題「蝉」夏の季語

傍題 蝉時雨 蝉捕りなど

 

ギュッと!特選

蝉のこゑ彦さんの木に集まり来   中島紺

選句のポイント 「集まる」という視点

 

・放送で紹介された句

佳作 巨大樹や大音量の蝉しぐれ   佐野海雪虹の六花

蝉の声変わりて時季変わるを知る   BonBelle

秀作 電圧の足りない蝉が混じっている   イサク

佳作 蝉の声どの要求も聞きとない   シュロバッタ

佳作 蝉の羽薄緑なり幹を這う   青峰与賀

蝉柄の帯留め芸者いた桟敷   みやこ

佳作 鳴かいちゃり八日目の蝉かもしれん   桜丸

秀作 夕風や横たふ蝉の翅碧(はねあお)し   渥美こぶこ

佳作 蝉時雨小宇宙なる吾子の靴   日月亘

 

・秀作への道 俳句の基本を知ろう「季語を学ぼう」

騒がしい 蝉の鳴き声 夏本番   プーさん

クマゼミを かきわけかきわけ 走る汗   河村英徳

地の蝉を そっと見送る 夕涼み   外見は子規

①どの句も五七五の間が空いた形になっている

②どの句も複数の季語が入っている

プーさんさんは「蝉」+「夏」。河村英徳さんは「蝉」+「汗」。

外見は子規さんは「蝉」+「夕涼み」。いずれも「季重なり」

 

募集中 新米 秋の季語 締め切り 816

次の兼題 太刀魚 秋の季語 募集期間817()920()

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「川開(かわびらき)

皆さんはこの季語を聞いた時に 何を思い浮かべるでしょうか

僕が最初思ったのは「海開」

この日から海で遊んでいいですよっていう季語の川版なのかと

思っていたのですが 実は違っていました

この「川開」というのは川での納涼の時期 涼みが開始される

時期のことを「川開」と言うそうです

特にその中でも両国の「川開」というものが有名で

両国川の両岸で涼みをする そしてその中で花火を上げると

いうことが有名になっており この「川開」という季語の一部には

その花火という情報も踏まえたそういう季語として扱っている

歳時記が多いようです 実際にこの言葉が歴史の中で初めて

確認されたのが1700年代後半から1800年代最初の辺りに

作られた本の中で両国橋でのほとりでの「川開」というものが

当時の書物に書かれているそうです

中々歴史の古い季語ですねぇ