2026年9月5日土曜日

夏休み明けで一句&「虫」&文春記事

AIが回す社会や秋深し

秋さびし重き記憶と向き合わん

秋日和記憶の間(はざま)染めゆかん

秋空よ野草の色を作品へ

地虫鳴く逃げる恥より生きてこそ

 

■プレパト纏め 202693

「夏休み明け」で一句

 

・特別永世名人締めの一句 梅沢富美男

大間々(まま)や未だ蕾の菊人形

添削(大間々とは群馬県大間々町(現:みどり市) ただの観光の句

あゝ祖母の家()に帰らねば

 

永世名人 藤本敏史 傑作50

先生の先生らしくない日焼

(シンプルな言葉しか使っていない 季語:日焼けが主役に生きている

 話し言葉を使うリアリティー 語順も大したもの 藤門さんの真骨頂)

 

1位 本髙克樹

掃除用ロッカーに声きりぎりす

(声で一回意味が切れて映像も切り替わる 映像の作り方も巧い)

 

2位 由女(ゆめ)

残像の竹下通り柿青し

添削(夏休み⇨夏休み明け 原宿⇨和歌山 上五で空間が仕切れる)

残像の原宿柿青きふるさと

 

3位 菊川怜

残暑かなまたずり落つる白靴下

添削(映像から始まる方が読者は解り易い)

白靴下またずり落ちている残暑

 

4位 未唯mie

覚えたて母恋う夕餉ささげめし

添削(ささげ:秋の季語 小豆に似たマメ科の植物)

恋う夕餉拙き(つたなき)ささげめし

 

5位 伊藤俊介

夏終えて結局お揃いソフトモヒカン

添削(野球部と書かないと意味が解らない 髪を覗き込む視線は作れる

   残ったのは夏一文字だけだった)

野球部らの果て髪の伸び具合

 

・清水麻椰チャレンジ

朝顔の鉢より小さき小学生

添削

小学生朝顔抱え登校す

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「虫」

 

何々虫ってついた「虫」は世の中に沢山いるわけですが

季語においてこの「虫」という一文字だけで表現した場合

これが秋の季語 そして色んな鳴く虫の総称として

「虫」という季語になっているわけです

非常に伝統的な季語でもありまして

鳴き声に対する哀切だったり命の営みあるいは儚さ

みたいなものとして昔から詠まれてきた

そういう句材になっております 歳時記の記述を確認してみると

色々論考も重ねられているのが面白いところです

かつては「虫」の一文字で表されていたものが

この「虫」だったんだけど時代が変わるとともに

指す「虫」の種類が変わってきたりとか 

この辺りを知識深めていくのも面白いですよ

 

■自分は天皇陛下より上と勘違いした高市早苗…。

昭和100年を祝う会の高市早苗の振る舞いは、天皇皇后を無視するかのごとく、

ノリノリの体で、その尊大な姿は見るに耐えず、看過もできない醜態でした。

また、天皇御臨席を先導するのは時の総理大臣だが、

高市早苗はこの慣例も無視し、木原官房長官に代行させた行いも、

私自身、目を疑ったが、高市早苗の判断で実行された。

 

細川氏はこう語る…。

「記念式典はまるで昭和の音楽祭とも言われたが、高市氏がガッツポーズや

合いの手を入れるなどノリノリな様子だったのは周知の通りだ。

恐らく天皇陛下の前で、高市氏は今この場での

最高権力者は自分だと思っていたのではないか。それは危険なことである。

日本史を読み解けば、自分は天皇より上だと考えた英雄は幸せな末路を辿っていない。

権力者には常に自分を謙虚にしてくれる上位者が必要だ。

ヨーロッパの王たちには、それはキリスト教の神であった。

高市氏の振舞には、単にマナーとか品位を超える

大きな問題が潜んでいるように思われる。」と。

 

思えば高市早苗の支持率に翳りが生じたのは、この時からのように思えます。

早く終焉を迎えてほしい高市政権。その没落を祈念いたします。

 

「日本史で自身が天皇より上と考えた英雄は…」細川護熙元首相が見た、

高市政治の“深刻な危うさ”(文春オンライン)

 

楚人冠@312Z5CVgus3uTje 2026.9.2

2026年9月4日金曜日

あの本、読みました? 角幡唯介

秋澄むや非現実をも潜り抜け

生死彷徨う被災地の夜残暑

星月夜心のままに動きけり

葛藤と孤独を刻む秋の月

おけら鳴く努力を笑うことなかれ

 

■あの本、読みました?冒険・探検の本~なぜ人の心動かす?冒険した気分になれる本

角幡唯介 荻田康永 鈴木保奈美 山本倖千恵

 

・本好きさんと本屋さんぽ

冒険研究所書店 オーナー荻田泰永氏

冒険家と探検家の違いは?

危険を冒すのが冒険 探って調べるのが探検

荻田康永氏は冒険家 角幡唯介氏は探検家

「本を通して未知と出会う体験をしてほしい」という思いで開業

 

テーマ「冒険した気分になれる本」

角幡唯介

『「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」‐『闇の奥』ヨーロッパの大量虐殺』

スヴェン・リンドクヴィスト著 ヘレンハルメ美穂訳/青土社

 

『コンゴ、血染めの川 アフリカを変えた冒険家、

ヘンリー・モートン・スタンリーの足跡を追う』

ティム・ブッチャー著 社本雅信訳/彩流社

 

鈴木保奈美

『空へ-「悪夢のエヴェレスト」1996510日』

ジョウン・クロカワー著 海津正彦訳/ヤマケイ文庫

 

極地旅行家 角幡唯介 探検を書くことについて

角幡唯介の探検 誰も足を踏み入れていない地理的な空白部をめざす

 

探検家・角幡唯介の最初の探検

「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む」集英社文庫 

8回開高健ノンフィクション賞 第42回大宅壮一ノンフィクション賞

当時人跡未踏と言われた幻の渓谷に向かう様子を記したノンフィクション

 

「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む」の一文 集英社文庫

ツアンポー渓谷を泳いで渡った人間はこれまでいただろうか。

だが泳ぐしかない。

悲壮な決意でそう覚悟を決めた。その時だった。

(中略)

リューソーだ…。

(中略)

つまりワイヤーブリッジがそこにあったのだ。

あの少したわんだ、か細い線は、

私にとってまさに命をつなぐ蜘蛛の糸だった。

 

「極夜行」文春文庫

太陽が全く昇らない北極圏の「極夜」を

犬一頭とともに約80日間かけて旅したノンフィクション

数カ月物期間 暗闇の中を過ごした後 太陽を目にして何を感じるのか。

「光と闇」「生と死」など哲学的な問いが綴られている。

「極夜行」でカオスを感じ文章化 〈ブリザード〉

 

「極夜行」の一文 文春文庫

どばばばば、どばば、どばばばばばっと

断続的にテントに殴りかかってくる烈風は、

(中略)

もし巨瀑の瀑心直下でテントを張っていたら押しつぶされて

木端微塵となり、無惨なことになっていたにちがいない。

(中略)

状況が危機的になると変に度胸がすわり、

自分の命に無関心に陥る瞬間がある。

嵐は止まらなかったが、途中から私はその暴虐的な風にも慣れてきて、

寝袋の中で眠りに落ちていた。

 

「極夜行」でカオスを感じ文章化 〈月に騙される〉

 

「極夜行」の一文 文春文庫

ああああああっと大声で狂乱した。

私がストックをぶおんぶおんと振りまわして

暴れるたびに、犬はびびって後ずさりした。

そんな狂人のような姿態を演じた挙句、

私はふと冷静になり気付くにいたった。

(中略)

これ以上先に行けば肉体的に消耗しすぎて帰れなくなるかもしれない。

そう思うとゾッとした。

この暗さは命にかかわる暗さだと思った。

そして、くそっ、月に騙された、と思った。

 

朝食のラーメンを作っている最中、外の状態に突然の変化が見られた。

それまで地吹雪で白い闇に閉ざされて薄暗かったのが、急に明るくなり、

テントの黄色い生地に薄い光が当たり始めたのである。

もしかしたら太陽が出ているんじゃないだろうか。

 

・探検に持っていったオススメ本

『グアヤキ年代記 遊動狩人アチェの世界』

ピエール・クラストル著 毬藻充訳/千曲学芸文庫

パラグアイの森に生きる先住民族グアヤキ。

白人に圧迫され衰退の道をたどっていた。

出産・復讐の殺人・食人生活など様々な文化を保持。

それらを観察し背後にあるグアヤキの倫理を鋭い視点で解明。

 

『熊 他三篇』フォークナー作 加島祥造訳/岩波文庫

少年が森に入り熊狩りに数年越しに参加し続ける。

そこで人間・犬・森全体などの影響を受けながら成長していく様が描かれる。

 

・探検家・角幡唯介 最新エッセイ

「どうせ死ぬなら北極で」小学館

ライフワークとなっている世界最北の村グリーンランド・シオラパルクでの

長期滞在での様子や妻や子どものことなどが綴られている。

第二子誕生時のエピソード

 

「どうせ死ぬなら北極で」の一文 小学館

赤子が生まれると、どうしても山に行きにくくなる。

それは、育児を妻にまかせて山にばかり行っていると、

妻が育児ストレスで不機嫌になって夫婦関係にヒビが入るからであり、

また、育児は夫婦二人でわかち合うのが当たり前だよね、

というのが時代の常識であって、それをふみにじると

世間から糾弾されそうだからでもある。

しかし、それが本当の理由ではない。

真の理由は何か。それは山に行くより

子供と遊ぶほうが楽しくなってしまうことだ。

2026年9月3日木曜日

SPACECOOL 末光真大&AMIとトッポリーノ

法師蝉努力重ねて裏切られ

秋の声流した汗は嘘を吐く

聞こえない鳥の囀り蝉時雨

蚯蚓鳴く日々進化する打ち言葉

秋の空全て帝(みかど)で円満に

 

MIRAI JAM SPACECOOL 末光真大

 

世界を襲う酷暑に挑む!

地球を冷やす新素材開発スタートアップ

関西発!ゼロエネルギーで地球を冷やす新素材

貼るだけで直射日光を受けても冷える素材を作っています

宇宙に熱を逃がして冷やします

 

関西発のスタートアップが新素材の開発に成功

電気やガスを使わないゼロエネルギー

熱を宇宙に逃がして快適空間をつくる

経済産業大臣賞など様々な賞を受賞

海外でも多くの賞を受賞 世界から注目を集めている

 

京都リサーチパーク 京都・下京区 SPACECOOL

世界に木陰の涼しさを 会社の理念

気候変動の対策になる素材 厚さが0.1㎜の光学フィルム

これを人と太陽の間に挟むことによって

人に伝わる温度を下げることができる

 

既にSPACECOOLはあるところで活躍!大阪・関西万博

ガスパビリオンや日本赤十字社テントなど

空調エネルギーを大幅に削減

 

今一番大きいものでは6000㎡ テニスコート4面分

アブダビ(アラブ首長国連邦)テニスコートに使用

この素材で建築物が造られるというところまで事業が進展

カーテンにした場合は冷えません 宇宙に熱が行かないということ 

屋根があると冷えない 一番上の表面に持っていくと冷えます

SPACECOOLが下げる温度は

ポリエステルは 体感温度50度付近危険

SPACECOOLは 体感温度37,6

 

SPACECOOLはなぜ温度を下げることが可能か?

SPACECOOLが多層構造になっていまして

複数の素材から構成されています

その中でも2つの大きな特徴があります

   太陽光を反射する機能

反射率:光が物体に当たった時に反射される値

 アスファルトの反射率515% 新雪の反射率8090

 反射率が高いほど熱を吸収しにくく温度の上昇を抑える

 SPACECOOLの反射率は95%の太陽光の反射率を持っています

大きく太陽光から熱を抑制します

   放射冷却機能

 熱を宇宙に逃がすことができる

 放射率は最大95%になります

 放射冷却:地面や物が熱を赤外線として宇宙へ逃がして温度を下げる現象

 放射冷却は夜に起きる現象

 SPACECOOLは熱を特定の波長域の赤外線に変換して

宇宙に放射することができます

 電気など他のエネルギーを一切使わずに

昼間でもゼロエネルギーで冷やすことができます

 

元々、末光真大氏は大手ガス会社に就職していた

そこでガスを燃やしたらすごく熱いじゃないですか

熱から発生する光を調整して発電させる研究をしていた

温度を冷やす研究に方向転換してできたのが今回のSPACECOOLです

初めは硝子みたいなものでした 割れる素材だったのです

割れる素材から柔らかい素材へ

 

太陽光と放射冷却

いち早く取り入れたのが KIDO PACKAGING 奈良・生駒市

食品の包装やパッケージの印刷・製造を行う企業

屋上一面にSPACECOOL

実際に屋根裏の温度が非常に下がったのが実感できました

今まで50度を超える暑さの中で作業ができなかった

SPACECOOLをつけることで外気と変わらないぐらい

屋根裏の温度が下がりました

乾燥すると印刷のトラブルが起こるんですがそれが減りました

作業している方も負担が軽くなったという声を聞きます

仕事環境が良くなったという声は良く聞きます

工場内の温度を下げることに成功 冷房費の削減

品質の向上 労働環境の改善に役立っている

分電盤:建物内に電気を安全に送る設備

SPACECOOLを貼ると温度が約10度下がる

機器は10度違うと寿命が2倍になる

故障リスクを低減し長寿命化につながる

他にも東京都の小学校の体育館の屋根に使用 施工前51.2度 施工後40.4

子供たちの熱中症対策に役立てている

養豚場では豚へのヒートストレスを低減し出荷を1か月早めることに成功

生産性の改善

熱の影響を受けやすい場所で活用

新素材を開発しても施工できないと意味がない

この素材を施工できる技術とドッキングさせて市場に届ける

既存の商品との接続を頑張っている

企業向けの新素材

一般の方にも放射冷却効果を体感していただきたい

日傘を開発しています 遮熱率65%で最高ランクの日傘

SPACECOOLを使用した日傘の遮熱率は80

日傘なし 50.5度 一般的な日傘 42度 SPACECOOLの日傘 37

京都髙島屋 7月 SPACECOOLの日傘を販売 27,500

ゼロエネルギーで温度を下げる 魔法の新素材

 

SPACECOOL 代表取締役CEO 末光真大さん

Forbes JAPAN 日本の起業家ランキング2026 7

開発を進める一般向けの新商品が!傘から発展して例えば帽子

熱中症いから守るような製品ができました ホロ付きの帽子

ベビーカーのホロ 子どもの熱中症のリスクが軽減

車のカバーを考えています 10度以上の温度低下効果

将来はホロではなく初めからBodyに組み込まれるような製品開発

 

世界の木陰の涼しさをー 末光さんには大きな夢がある

初めはビルの分野から始まりました

次の段階では 街を冷やす 将来的には地球を冷やす

地球を冷やすためにSPACECOOLを使う

 

熱を赤外線に変換して赤外線で宇宙空間に出していく

デザインの前に人命を守りたい

外で働く人々のために商品化を目指す

将来的にはスポット的に冷やせるモノを作りたい

 

企業のターニングポイント

ビジネスを成功に導いた社長の金言

「屋根を変えれば世界は変わる!」

屋根には長期的耐久性が求められる

SPACECOOLは起業して6年目 信頼ってすごく重要

ららぽーとの門真の屋上にある分電盤に設置

一つの成功が連鎖を起こし更なる成功をもたらす

日本よりアツい世界へ

アブダビ(アラブ首長国連邦)テニスコートのテントに使用

メッカ(サウジアラビア)日傘1000本を提供

Honda タイの生産拠点にSPACECOOLを提供

SPACECOOLが世界で使われ始めている

今後は世界の都市そのものの冷却にチャレンジする

必ず実現しようと思っています

 

・やる気★メシ 末光代表の至高の一品とは?

辨慶(べんけい)うどん 京都市右京区

五条大橋のたもとで始めた屋台がスタート

研究漬けの日々を支えた思いでの味

ゆっくりできてリラックスできたことがSPACECOOLの起源の一つ

社名決定のきっかけとなった一品

 

金言REPLAY 蔵之介に一番刺さった社長の言葉

「世界中の都市そのものの冷却にチャレンジしたい」

 

■遂に私の車発見❣

シトロエンの「AMI」とフィアットの「トッポリーノ」。

現時点で日本の正規ディーラーで購入することはできず、

そのまま日本の公道を運転することも基本的にはできません。

購入や運転が難しい具体的な理由は…。

日本で買えない・運転できない理由

1.  正規販売がされていないインポーター(Stellantisジャパン)による

日本市場への導入計画はなく、現時点ではヨーロッパやアメリカなどの

限定された地域でのみ販売されています。

2.  日本の「軽自動車」規格に適合しない欧州の超小型四輪車

(クワッドリサイクル)規格で作られており、日本の軽自動車基準よりも

車幅などが狭く設計されています。

3.  保安基準(安全基準)の壁日本の道路運送車両法が定める安全基準

(衝突安全性能、灯火類、ガラスの強度など)を満たしていないため、

そのままでは日本でのナンバープレート(登録)が取得できません。

 

https://www.youtube.com/watch?v=047q1aHzNrY

https://www.youtube.com/watch?v=U0pEz7Hpzzo&t=156s 

2026年9月2日水曜日

100分de名著 ブルトン❝シュルレアリスム宣言❞③

秋の潮一人興じるPlayかな

無限に変化成長を遂ぐ秋気

単純な世界から複雑な秋

複雑で不確実シンプルな秋

流れ星日に日に髪の薄くなり

 

100de名著 ブルトン❝シュルレアリスム宣言❞③異質なものを並置せよ

伊東順二 松尾スズキ 伊集院光 阿部みちこ

 

解剖台の上でのミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい

二つの項のいわば偶然の接近から、ある特定の光、イメージの光が

ほとばしったのであり、私たちは、これに対して、

これに対してかぎりなく敏感なところを見せている。

 

これこそシュルレアリスムの究極の表現手法デペイズマン

デペイズマン:位置転換

物と物が組み合わされないような順番で出てきて

それが一緒にあることによって 違った感覚が生まれる

 

シュルレアリストたちのバイブル 

散文詩集「マルドロールの歌」から一文

解剖台の上でのミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい

普通は解剖台の上には「メス」と「チューブ」

「ミシン」と「雨傘」になるからおかしい

そこにあり得ないものが一緒にあることによって

「知る」「感じる」ということを自分の中で活性化していく

一つ一つのイメージはできるが一緒になると不気味な感じがする

あるべき所にない あるべき物がない 自分は常に常識に

とらわれていることを感じさせる 違和感が日常的に生まれてくると

何か新しい感覚を手に入れることができる

違和感が日常的に生まれてくれと何か新しい感覚を手に入れることができる

散文詩集「マルドロールの歌」

主人公が好きな10代の少年 その彼の姿が「例えようもなく美しい」

 

小さく赤く美しいリンゴ⇔黒く長い髪の恐ろしい貞子

「シュルレアリスム宣言」巌谷國士訳

イメージは精神の純粋な創造物である。

それは直喩から生まれることはできず、

多かれ少なかれたがいにへだたった二つの現実の接近から生まれる。

接近する二つの現実の関係が遠く、しかも適切であればあるほど、

イメージはいっそう強まりーいっそう感動の力と

詩的現実性を持つようになるだろう」

イメージの価値は、得られた閃光の美しさにかかっており、

したがって、二つの伝導体間の電位差の関数なのである。

それらのイメージにはこばれて、精神は先へ進んでゆく。

これこそは夜のなかでもいちばん美しい夜、稲妻たちの夜であり、

これにくらべれば昼のほうが闇夜である。

「シャンパンのルビー。」

「教会が鐘のように炸裂しながらそびえていた。」

「ローズ・セラヴィの眠りのなかには、井戸から出てきた

ひとりの小人がいて、夜になるとパンを食べにやってくる。」

「橋の上で雌猫の頭をした露が身をゆすっていた。」

「燃えさかる森のなかで、ライオンたちは涼しげだった。」

 

「不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、

それどころか不可思議のほかに美しいものはない。

 

意図せぬ偶然 最高のものは偶然から出てくる 

行為を起こすことが大事

 

デペイズマンと俳句

二物衝撃

季語となる主なイメージに無関係な事物のイメージを組み合わせる手法

「取り合わせ」ともいう

「閑(しずけ)さや岩にしみ入る蝉の声」松尾芭蕉

読んでみると素晴らしいと感じるのが人間の可能性

 

Japonisme 日本趣味・文化の流行

浮世絵と同じように俳句も紹介されていた

ブルトンは俳句を学び 芭蕉に惹かれていたようです

ブルトンが感動した逸話 お気に入りのエピソード

弟子の宝井其角(きかく)が「いい句ができた見てください」

「赤とんぼ羽をとったら唐がらし」宝井其角

「唐がらし羽をつけたら赤とんぼ」松尾芭蕉

 

ルネ・マグリット(18981967)

「これはパイプのイメージ」よって「これはパイプではない」

常識を疑え

マルセル・デュシャン(18871968)

 

デペイズマンと芸術作品

マグリット自身は一般的な人物

日用品はすべてアートになりうる なぜなら芸術だと作家がみているから

作品は撤去された 

デュシャンの行動はきっかけであってすべてではない 

人々が何が芸術か自問自答することが大事

理解を求めていない 考えてもらう 一緒に考えようと云うような芸術

そうすることで すべての分野は繋がる

 

デペイズマンに挑戦!

「優美なる死骸」

複数人で互いに隠して文章や単語をかいてできたものを繋げる

「優美なる死骸は飲むだろう、新しい酒を」

 

こんなふうに実例を ふやしてゆけるだろう。

演劇も、哲学も、科学も、批評も、さらにそこから

利益を得ることができるだろう。

いそいでつけくわえておくが、将来におけるシュルレアリスムの

技法など、私にはどうでもいいことなのである。

私にとって はるかに重大に思われるものは、

すでにじゅうぶん おわかりいただいているように、

シュルレアリスムの行動の適用ということである。

 

ブルトンが目指したもの

最初の目的は悲惨な戦争を起こした社会や近代への抵抗

芸術とはもっとすごいものだ ということを言いたい

芸術は人間の生き方を問う

作家の生き方 それに感動した人の生き方 そのすべてを問う 

2026年9月1日火曜日

こころの時代 宮沢賢治⑥

藤原?麻生?秋の企み錯誤!

国勢(総務省)のスパムメールや秋黴雨(ついり)

午後三時愛でたき秋のお薄かな

こんもりと泡点てました秋茶碗

秋澄むや重さの先の軽さかな

 

■こころの時代 宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる⑥「デクノボー」として生きる

 

方十里 稗貫のみかも 稲熟れて み祭三日 そらはれわたる

病喩ゑにも朽ちん いのちなり みのりに棄てば うれしからまし

 

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)

小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ

 

南無無辺行菩薩

南無上行菩薩

南無多宝如来

南無妙法蓮華経

南無釈迦牟尼仏

南無浄行菩薩

南無安立行菩薩

 

宮澤清六「兄のトランク」

賢治が心配したのは、肥料の注文が無くなる冬の間の工場経営のことであった。

そこでその年の九月には、石灰岩とセメントで大理石のような感じのタイルを

花巻でつくらせて、その見本をトランクにつめて上京した。

病後でもあり、あまり重いものを持って、上京するのはあぶないと、家中で

心配して引きとめたが、工場としてもどうしても上京しなければ

ならないと言って出かけたのであった。

そして東京の駿河台の八幡館という宿で高熱を出して臥床してしまった。

そこでもう死ぬ覚悟をきめて、両親と私共に宛てて遺言状を書いたのであったが、

奇しくもそれは二年後に死んだ月日と同じ九月二十一日であった。

 

父上様 母上様

この一生の間 どこのどんな子供も 受けなうやうな厚いご恩をいただきながら、

いつも我儘でお心に背き、たうたうこんなことになりました。

今生で万分の一もついにお返しできませんでした。

ご恩はきっと次の生 又 その次の生で ご報じいたしたいと

それのみを念願いたします。

どうか信仰というのではなくも お題目で私をお呼び出しください。

そのお題目で 絶えずお詫び申しあげ お答ヘいたします。

清六様

たうたう一生なにひとつお役に立てず ご心配ご迷惑ばかり

掛けてしまひました。どうかこの我儘者をお赦しください。

 

カノ肺炎ノ虫ノ息ヲオモヘ 汝ニ恰モ相当スルハ タダ カノ状態ノミ

他ハミナ過分ノ恩恵ト知レ

快楽もほしからず 名もほしからず いまはただ

下賤の廃駆を法華経に捧げ奉りて 一塵をも点じ 許されては

父母の下僕となりて その億千の恩にも酬へ得ん

病苦必死のねがひ この外になし

凡ソ 榮譽ノ アルトコロ 必ズ 苦禍ノ 因アリト 知レ

窮すれば通ず 窮すれば通ず さりながら こころひとつぞ 頼みなりけり

 

筆ヲトルヤ マヅ道場観奉請ヲ行ヒ 所縁仏意ニ契フヲ念ジ 

然ル後ニ全力之ニ従フベシ

断ジテ教化ノ考タルベカラズ!タゞ純真ニ法楽スベシ。

タノム所オノレガ小才ニ非レ。タゞ諸仏菩薩ノ冥助ニヨレ。

 

當に知るべし 是の處は 即ち是道場なり 諸佛 此に於いて 三菩提を得

諸佛 此に於いて 法輪に轉じ 諸仏 此に於いて 般涅槃したまふ

 

あるひは瓦石 さてはまた 刀杖もって追れども 

見よ その四衆に具はれる 佛性なべて 拝をなす 不軽菩薩 

 

我深敬汝等 不敢軽慢 所以者何 汝等皆行 菩薩道 当得作仏

而是比丘 不専読誦経典 但行礼拝 乃至遠見四衆 

亦復故住 礼拝讃歎 而作是言

四衆之中 心不浄者 悪口罵詈言 我等不用 

如是虚妄授記 常燈被罵詈 不正瞋恚 常作是言

衆人或以 杖木瓦石 而打擲之 避走遠住 猶高声唱言 

我不敢軽於汝等 汝等皆当作仏

 

宮澤清六「兄のトランク」

あまり苦しそうなので、私はその晩二階の兄のそばで、

寝むことにしたのだが、「今夜の電燈は暗いなあ。」と言ったり、

「この原稿はみなおまえにやるから、若し小さな本屋からでも

出し度いところがあったら発表してもいい。」

と言ったり、悲しいことを話したのであった。

翌日の二十一日の昼ちかく、二階で「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」

という高い兄の声がするので、家中の人たちが驚いて二階に集まると、

喀血して顔は青ざめていたが合掌してお題目をとなえていた。

父は「遺言することはないか。」と言い、賢治は方言で

「国訳妙法蓮華経を一千部おつくり下さい。表紙は朱色、

お経のうしろには「私の生涯の仕事はこの経をあなたの手もとに届け、

そして其中にある仏意に触れて、あなたが無上道に入られますことを。」

ということを書いて知己の方々にあげて下さい。」と言った。

父はその通りに紙に書いて それを読んで聞かせてから

「お前も大した偉いものだ。後は何も言うことはないか。」と聞き、

兄は「後はまた起きてから書きます。」といってから、

私どもの方を向いて 「おれもとうとうお父さんにほめられた。」と

うれしそうに笑ったのであった。

 

私がいまも見えるようなのは、八月になると「困ったなあ。

日が出ないかなあ。暑くならないかなあ。」といっていた兄の顔である。

開花期に、寒かったり雨ばかり続けば、必ず不作となるので、

「サムサノ夏ハオロオロアルキ」という言葉そのままのように

兄は見えたのであった。

私は永い間兄の傍にいて、ある人には立派な資格だと言われ、

或る人々にはどうしても理解されないで、

この世ではまことに不幸でもあったこの持って生まれた性格を

弟として何とも出来ず全く気の毒でしかたなかったのである。

しかし賢治の性格も生涯も、他からの批判や同情などと

全然無縁の、そうしか出来得ない必然的な事実であり、

結果でもあったと思う。

私の気がかりになるのは、兄が遺言した後で父の問いに答えた言葉である。

「それはいずれ後でまた起きて詳しく書きます。」その言葉についてである。

私にはあのときの兄の目の色などから考えあわせると、

あの言葉にはもっと深い意味が籠められていたように思われ、

賢治の将来への悲願とか誓願が籠められていると考えていいと思うのである。

「また起きて」という言葉の奥には「また生まれ変わって」

という意味があるように私には思われ、

もう案外賢治はあこがれの土地に生まれ変わって、

「また起きて詳しく書きます。」という言葉を実行に

移しているのではないかと、子供の考えるようなことを思うのである。

2026年8月31日月曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 東福寺

秋の朝水筒抱え買い物へ

さぎそうへ微笑みかける秋の陽よ

日々日焼ブルーベリーの収穫よ

誤魔化せぬ子どもの心良夜

トランプと高市等価秋の声

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 東福寺

村雨辰剛

京都屈指の紅葉の名所 東福寺 京都市東山区 国宝三門 京都五山の一つ

独創的で謎めいた庭園 東福寺本坊庭園 八相(はっそう)の庭

       南庭⑤京都五山

東庭⑦北斗七星   方丈     西庭③三尊石

       北庭⑤隠れ市松(五石)

東西南北に配置された四つの庭

昭和を代表する作庭家 重森三玲(みれい) が作庭

三玲にとっての庭園はモダンアート 芸術というイメージで捉えていた

隠されたさまざまな謎 四庭に隠された数字

 

作庭家 重森千靑(重森三玲の孫)

 

本坊庭園を読み解く鍵となるのはー

数字にこだわった 仏教や神道における重要な数字

隠された数字を読み解くと庭園の意味が浮かび上がる

 

南庭 重森三玲 独自の石組み 横石は約6m

 

たしなみポイント

視点によって石の表情が変わる 正面から見ると堂々とした印象

横から見ると立石が鋭利な印象

重森三玲は学生の頃 日本画を勉強していた 

キュビズム:パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが提唱した

複数の視点を一枚の絵に集約する美術表現 庭園はキュビズムである

 

たしなみポイント

独自の石組みは抽象画の影響

 

重森三玲は画家のジャン=フランソワ・ミレーに影響を受けて

戸籍から改名した

重森三玲は1936年から3年間 全国の庭園200以上を実測調査した

実測調査によって職人の経験と勘を図面に落とし込む

日本庭園の基礎を知ったうえで西洋絵画の手法を取り入れる

日本画 茶道 生花など 日本の伝統文化に精通していた

彫刻家イサム・ノグチも石の選び方を教わっていた

重森三玲の荒々しい砂紋を再現

四つの神仙島(仙人の住む島)を表現

仙人の島には簡単に立ち寄れない荒波で表現

苔の山は京都五山を表現 京都五山の「五」が謎の数字

大和さ門を仕切るように直線が横切っている

庭園がまだ続くことを示唆する導線としての直線

 

たしなみポイント

斜めの直線が鑑賞者の視点を誘導

 

西庭 田園風景を市松模様で表現「井田(せいでん)の庭」

本坊内の廃材を使い切るという作庭の条件があった 

廃材の再利用が作庭条件

(かずら)石:社寺などの土台に使われている石 

皐月 白川砂で大市松模様

 

たしなみポイント

市松模様は廃材利用から生まれた意匠

 

本坊庭園 西庭の三尊石:三尊仏に見えることから三尊石と呼ばれている

絵画の「遠近法」を利用 

三尊石の「三」が隠された数字として重要

三尊石の「三」が謎の数字

 

斜めの直線が引かれているように皐月も切れている

皐月で表現されている斜めの直線は導線的役割

 

北庭

市松模様がだんだん消えている? 次第にまばらになり薄くなっていく

絵画のぼかし表現を庭園の中に取り込んだ

 

たしなみポイント

消えていく市松模様は絵画のぼかし表現

参照:長谷川等伯「松林図屏風」

隠れ市松の「五」が謎の数字

 

東庭

北斗七星をモチーフに東庭全体で宇宙を表現

東司(とうす):日本で現存する最古かつ最大級の禅宗式お手洗い

 

たしなみポイント

北斗七星の円柱は東司の廃材

 

作庭記:平安時代に書かれた日本最古の庭園書

北斗七星は天のひしゃくと言われている

ひしゃく:あまねく人を救う

 

七五三は縁起の良い数字 南周りでも北回りでも「七五三」を表現

「七五三」を足した 十五は「完全」を表す数字

 

本坊庭園は八相の庭と呼ばれていた

四庭の中にデザイン要素が八つある

南庭の四つの神仙島と京都五山⑤ 西庭の大市松模様⑥

北庭の小市松模様⑦ 東庭の北斗七星⑧

八つのデザインと「釈迦八相成道(しゃかはっそうじょうどう)」を繋げて命名

 

「八つの意匠」と「釈迦八相成道」を重ねて「八相の庭」と命名