2026年2月25日水曜日

インタビューここから 俵万智

マグリットを詠む

人生を心貫き春深し

窮屈な生き方通し春惜しむ

おぼろ夜やまるで洗脳されたよう

春の夜や初恋相手と結ばれて

 (寺山修司氏)マグリットとの別れを決意柳の芽

 

■インタビューここから 歌人 俵万智

(「サラダ記念日」出版当時)書店によっては料理本の所に差してあったり

 

生野菜苦手の息子が残すので「言っとくけど俵万智のサラダやで」と

ボケてみたが、スルーされた。Xより

 

日常のちょっとしたときときめきをちゃんと掬い取ってくれる形が短歌

お金・物・時間 は使うと減る 言葉は使えば使うほど増えていく

 

俵さんにとって「ことば」とは何か?

自分の体の中のときめきが呼び起されてしまいました 司会

最近感じたんだけれども私にとってももう40年前の歌集なので

すごく時代も変わって若い人たちにどんなふうに読まれるんだろうって

若干不安もあったんですけれど やっぱり20代の歌集なんですよ

「サラダ記念日」って だから20代の人がそうやってときめいてくれる

時代じゃなくて世代なんだな うれしいです ときめいていただいて

 

「言葉の力は、生きる力。」現場で考え抜いた伝える、鍛える、表す極意

 

行動範囲がグンと広がり、ネットでのやり取りが日常になっている今、

背景抜きの言葉をつかいこなす力は、非常に重要だ。

それは、生きる力と言ってもいい。

「生きる言葉」より

 

「生きる力」はそもそもどうして書かれたんでしょうか 司会

生き方についてインタビューして それをまとめて1冊に

しませんかっていうようなお話だったんですね ゲラ(校正刷り)になって

読み始めて手を加えようとしたときに 言葉について

話しているところだけはどんどん書きたくなって これじゃ

足りない足りないっていうふうに膨らんでいって 言葉について

いま自分がこんなに書きたいんだって気づきましたっていうことで

1回ご破算してもらって それで書き始めたっていうのが経緯ですね

それは俵さんの言葉への興味があふれて止まらないっていうところもある? 司会

もともと言葉は好きだったんですけれども 特にいまの時代っていうのが

言葉の時代だなっていうことを改めて思って 言葉がこんなに世の中で

あふれているっていうこともないし みんな自分が発信できることで

言葉がすごく身近なツールとしてあるんだけれども 便利ゆえに

トラブルも起こったり どうやって使っていいか分からない

インフラはすごく整って高速でバンバン行けるんだけれども

みんな免許を持ってないみたいな状況かなと思ったりもして

どう言ったらいいかという部分を欲しているから

こうやって多くの人に届いているところはあるんですかね 司会

いま本当に言葉のあふれている時代ですけれども どっちかというと

人と人とを分断する方向で使われる言葉も目立ちますよね

でも本来 言葉はそうじゃない 言葉を使ってどう人と関係を

築いていけるか ということが言葉の力だと思うんですね

言葉ってそもそも人と人とをつなげたり 関係を紡いでいくために

あると便利だなと思って人類は発明したと思うんですね そういう 

そもそもの形で言葉をうまく使えるようになるっていうのは

本当 一生ものの財産だと思いますね

俵さんって言葉への興味がすごいと思うんですけど それは

どのタイミングからっていうのはあるんですか? 司会

小さいときから絵本を読むのは好きだったりしましたし

小学生時代のことで思い出すのはクラスにユウジくんっていう

男の子がいて その子がしくじったかな それでみんなが

大阪の小学校だったからはやしたてて「言うたろ言うたらあかんのに

あかんのに先生に言うたろ」ってはやしたてたんですよ

そのときに彼が「俺はユウタロウやない ユウジや!」って言って

みんなを黙らせてみんなドーッと笑ったんですよね あれ私の

小学校時代の思い出の中では結構ピカイチかもしれない

「ユウジすげえ」と思ったんですよ「俺はユウタロウやない ユウジや!」

って言ったそのアイデアでみんなを笑わせて何事もなく先生に

言いつけられることもなく すごいなと思っていまでも覚えている

言葉の力をまざまざと見た経験の原点にもしかしたらあるかも

すごい久し振りに思い出した いま 

そんな言葉に対する俵さんのベースがある中で短歌と出会ったのが 司会

大学生ですね 自覚的に作り始めたのは 言葉にすごく興味があるから

何かしら言葉で表現する人になれたらいいなっていう興味は

あったんですけれども 大学に入って文学サークルとかそういうの

ちょっと見学したんですけれども もうすでに書きたいことがいっぱいある

すごい人が集ってて自分はとてもまだ何にも自分の中にそれがないなと

思ったんですね 私 壮大なストーリーを紡ぐとか全然できない

自分にちょっと劣等感を持っていたんです 

そんな時短歌と出会い 初めて投稿した短歌

 

「手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のその時の愛」

 

短歌って「手紙1通受け取った」それが作品になるんだっていう

これやったら私もできるかも 出来たっていうことの喜びがすごくあってね

短歌っていうのはそういう日常のさまつなことも作品になるっていうのかな

それがすごく励まされたと思います

いまもその気持ちはずっと変わらず? 司会

その時代その時代の自分なりの言葉で紡ぐっていうのがすごく

大事だと思いますね 短歌ってその時の心をパッケージできるっていうか

その気持ちっていうのは例えばカメラを持っていても写真には

撮れないですよね でもその目に見えないものをとっておけるって

いうのが言葉であり短歌の良いところかと思いますね

 

「また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話したい」

「サラダ記念日」

 

40歳の時に息子を出産

 

「気配濃く秋は来たれりパンのことパンとわかってパンと呼ぶ朝」

「プーさんの鼻」

 

「手伝ってくれる息子がいることの幸せ包む餃子の時間」

「未来のサイズ」

 

身近にまっさらな状態で生まれた人間が日本語ペラペラになるっていう

そこの過程を見ていられるっていうのは本当に興味深かったですし

いろいろ気づかされることはありましたね「賞味期限が切れるから」

って言ってたら「えっ何が切れるの」って言われたり❝切れる❞って

いうのは比喩的な表現なんだな 意外と比喩的な表現って日常の中で

使ってる 時間がなくなるとか 水に流すとか 子どもがつまづくことで

再発見させられる楽しさもありましたし 言葉っておもしろいなって

いうのは改めて思いましたね 子育て中

お母さんになってからの俵さんは言葉への向き合い方って変わりましたか? 司会

子どもの歌は❝刺身で出せる❞っていうのが私の実感なんですね

恋の歌は若干 手を加え 盛りつけにこだわったり ソースを

かけたりしないと 人様に出せないんですけど 子どもの歌は目の前で

起こっていることがすごくワクワクするし 子どもの言葉そのものも

おもしろいですし どんどん切り取ってどんどん出していかないと

変化していって上書きされていっちゃうんですね だから

子どもの歌は刺身で出せるなっていうのが実感で そういう意味では

ずいぶんたくさん子どもの歌を詠ませてくれた存在ですね

 

「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」

「未来のサイズ」

 

6年間送り続けたハガキ

ハガキ毎日書いてて

毎日ってすごいですよね 司会

毎日ともいうけど1日に1枚とも言う 

1日にたった1枚って思ってましたけど

それぐらいあふれてたってことですか? 司会

肩に力の入ったものじゃなくて やっぱりホームシックっていうのは

日常的に家族との会話がない寂しさだと思ったので その日常会話の

代わりっていう感じで 「おはよう」とか「だんだん暑くなってきたね」

とか そういうことを話す息子がいない その寂しさをこの形に

したっていう感じですね 

きょうはサラダ記念日ということでメールが来たりSNSが盛り上がったり

宮崎歌会でひと言スピーチさせられたりいろいろでした そもそも

何でもない日ということで選んだ76日だったのに 結果として

まあまあ特別な日になっています 

息子さんからのリアクションとかそういうのは? 司会

返事はそんなに来ないですけれども楽しみにしてるっていう感じでしたね

でも後にみんなで読んでたっていうことが分かるんですけどもね

3ぐらいになるとさすがに「お母さんから毎日あいつハガキ来てるぜ」

とかって なんか恥ずかしくないのかなと思ったんですよね

そしたら「やめないで」って言うから だからうれしいと思ったら

「みんなも楽しみにしてるから」って 「みんな楽しみにして

なんか癒されるんだよね」とかって読んでたらしく

 

「あす会えるあした会えると思うとき子を産む前の夜を思い出す」

「未来のサイズ」

 

これを詠んだ当時のことは覚えていらっしゃいますか 司会

やっぱり結構私も寂しかったんですね あした息子が帰ってくると思うと

すごくワクワクして あしたこそ会えるんだっていうその夜のことですね

子どもを産むときに早く出ておいでよっていう歌を詠んだりして

子どもと早く会いたいなっていう気持ちだった 出産の前の日のことと

重なるような気がして詠んだ歌ですね 

 

この「あす会える」の短歌の返歌を息子さんに詠んでいただきました

俵さんの息子さんは今や大学生

 

「ホームシックの終わりはこわい思い出す入寮の夜それからの夜」

 

韻 踏んでてちょっとうまいじゃないですか

「の」はないほうがいいんじゃない?

歌人・俵万智のほうが思いのほか強く出たな

この歌のどういう思いを込めたっていう解釈なんですけど

ホームシックという気持ちがなくなってしまうことが怖い

ずっと息子さんは感じていらっしゃって

ホームシックっていうのはさみしいという気持ちで

それほどホームシックを感じるほど思える人がいるって

いうのは大きいことだから その気持ちがなくなることが

悲しいですってそのを上の句に込めて 司会

これ寮の先生にも聞いたんですけれどもホームシックが特に重い

子どもにはちゃんと寮の先生が対応していろいろ相談に乗って

くれたりするらしいんですね 後で聞いたんですけどその先生が

「みんなそのうち忘れて楽になるから」「ホームシックで

退学した子はいないから大丈夫」って励ましたら 息子が

「いや 今これはつらいけど この気持ちは忘れたくありません」

って言った 初めて親と離れてこんなにさみしいって思う気持ちを

味わっている このことは大事にしたいって言ってっていうのは

後でそういえば聞きました じゃあ絶対「の」はいるね

それぞれの俵さんのフェーズでの言葉っていうのがあると

思うんですけど 母・俵万智としての言葉って何でしょう? 司会

子どもと自分をつないでくれるものっていう感覚はありますね

子どものおかげで自分も新たな言葉にたくさん出会いましたし

いまでは言葉について話す時間がすごく多いんですよ

「この❝を❞についてどう思う?」とか言って何時間も

しゃべっていられる感じで家庭の親子の関係をいまは

言葉が取り持ってくれているかもしれないですね

 

ホスト歌会

「ポッキーの箱に収まる100万の厚み見ている俺らの厚み」

 

各地飛びまわったり会いたい人に会ってっていう暮らしをされていて

そういう生き方ってどうしてできるのかな 司会

その唯一の共通点は「ことば」ですよ 新しい言葉とか 

生き生きしている 言葉に出会える現場かなと 私アイドルとも

定期的に歌会「アイドル歌会」をしているので もうオタクの

人たちの言葉がおもしろくて 

オタクの言葉ありますよね 「推ししか勝たん」とか 司会

「後方腕組み彼氏面」とか そうとしか言えないニュアンスを

みんなが工夫して生み出すというのは楽しいことだと思いますね

それで言うと結構 言葉って変わりゆくものじゃないですか

そうい言葉の変化に対してどう思われますか? 司会

言葉は変化するのが当然だと思いますね

だから正しい正しくないっていうのは

どんな言葉にも当てはまらないと思います

でもだいたい若い人たちから 生きのいいところから言葉って

どんどん変化していくから それを見て年配の方がちょっと

顔をしかめているっていうのも それが健全な姿かなと思うんですね

どんどん変化するっていうのは言葉が生きている証だと思うので

私は変化しているところを観察するのを楽しみにしています

これからも俵さんは言葉を紡ぎ続けると思うんですけど

俵さんにとって言葉というのはどういうものであり続けますか? 司会

ずっといい人生の相棒だというふうに思っています

言葉がそばにいてくれることで自分を支えてくれるのかなと

そばにいてくれる言葉が機嫌よくいられるように

自分も努めたいなと思いますね

言葉も乱暴に使ったり嫌なふうに使うと寂しそうに見えるんですよね

例えばなんでもない言葉でも短歌の中に使ってやるとすごく喜んで

見えるっていうこともあるし やっぱり常に一緒にいる相棒とは

機嫌のいい関係でいたいですよね

 

「傘だった言葉を閉じて歩くとき杖ともなりゆく空の下」

俵万智

2026年2月24日火曜日

あの本、読みました? 木爾(きな)チレン&一穂ミチ

かりそめの現(うつつ)見つめて春の空

風光る歴史を守り引き継がん

大聖堂は市民の誇り春の空

(ステンドグラス)イスラムの影響受くる春北斗

浮いた船アルカサル城春の月

 

■あの本、読みました?いま話題!

バレンタインに読みたい大人の恋愛小説スペシャル

木爾(きな)チレン 一穂ミチ 鈴木保奈美 山本倖千恵 林祐輔P

(木爾チレンの夫 けんご@小説紹介 紙上健吾 

アルジャーノンに花束を で既に番組出演していた。) 

 

川上未映子著

乳と卵 夏物語 ヘヴン 黄色い家

今年、映画化されるのは 「すべて真夜中の恋人たち」

 

凪良ゆう著

汝、星のごとく

 

吉田修一著 邦画実写歴代興行収入ランキングNo.1作品 22年ぶり

国宝 ミス・サンシャイン

 

一穂ミチ著 第30回島清(しませい)恋愛文学賞

光のとこにいてね アフター・ユー

 

アフター・ユー おじさんと別れを描いた理由

清吾と同じく愛する人、夫・波留彦を失った沙都子の言葉

 

「アフター・ユー」の一文 一穂ミチ著/文藝春秋

「写真もある、書類もある、彼の上司や同僚も知ってる、

でも、時々不安になるんです。あの人の存在ごと、

わたしの夢だったらどうしよう、って自信がなくなるー

変なことを言ってるのはわかってます。

でも「いたこと」って、みんな、どうやって信じてるんでしょうか」

せめて遺体があれば、「死」という現実を自分の目で確かめ、

葬儀や火葬という段階を踏んで心に刻むことができる。

弔いという儀式は、死者の魂をあちらに送ると同時に、

生者の魂をこちらに繋ぎ止める役割を持つのだろう。

でも、波留彦も多美もただ、「いない」。拭うことも捉えることも

できない不在の影が沙都子をすっぽり覆ってしまっていて、

清吾にはどうすることもできない。

自分の手元に、多美の生を証すものはどれだけ残されているのか。

 

「いたこと」ってどうやって信じる?

懐かしの電話ボックス

海難事故に遭って行方不明の多美を探しに行った遠鹿島で

夜車を走らせていた清吾は電話ボックスを発見

多美が残したお守りの袋の中に入っていた

テレフォンカードを取り出し多美の携帯に電話を掛ける

 

「アフター・ユー」の一文 一穂ミチ著/文藝春秋

清吾はボックスの中に入り、スマホに比べるとでかくて重たい

受話器をあげてテレフォンカードを差し込んだ。

49」と赤いデジタル文字が表示される。ちゃんと使えるようだ。

0のボタンを押すと、つめたい金属がかこんとへこむ。

ああ、公衆電話の感触や。

若草色の受話器の向こうからは発信音が聞こえてきた。

しまった、間違えた。あわててフックに指をかけた瞬間、

「はい」と応答があった。「もしもし、青さん?」多美の声だった。

夢か、それとも、俺の頭がどないかなってしもたんやろか。

夢やとしたら、どっからや。「青さん?」受話器の向こうからは、

確かに多美の声がする。ありえない。

「どうしたの?何かあった?」「多美」そろりと口にした。

 

電話ボックスを登場させた理由

タイトルの付け方「アフター・ユー」=「お先にどうぞ」

 

バレンタインに読みたい 今話題の恋愛小説~短編部門~

島本理生(りお)

ファーストラブ Red ナラタージュ 一撃のお姫様

 

恋は落ちずに、落とすもの?君に綴る4つの駆け引き 

浅倉秋成 織守きょうや 辻堂ゆめ 日部星花著

 

綿矢りさ著

グレタ・ニンプ 深夜のスパチュラ(スパチュラ泣きをしてほしい 一穂ミチ)

 

木爾チレン著

(あい)を飲む

水みたいな人 ジンジャーエールに似ている ぬるいラムネ

コーラの泡 梅酒と眠る 生きる薬 骨を飲む

飲み物にこだわった理由 

👑悲しさのない恋愛はない 木爾チレン

骨を飲む

 

「哀を飲む」の一文 木爾チレン著/実業之日本社

多くの人は始まりが好きだという。楽しいのは、

始まりの本の僅かな間だけなの、と。

でも、私は幹夫と私が、どういうふうに別れるのだろうと

想像するのが好きだった。

だって終わりは、どんなに暴力的だったとしても、美しい。

だからドラマだってマンガだって、

すぐに最終回が見たいと思ってしまう。

だから、別れはいつか来てもいい。

それが最高にすてきな別れなら、来てもいいと思う。

 

「水みたいな人」テーマは「喪失」

 

「哀を飲む」の一文 木爾チレン著/実業之日本社

優しい青は、「あたしのことを好き?」と訊けば、何度だってあたしのことを

好きだと言ってくれる。けれどあたしが聞きたいのは、そんな木霊のような

言葉じゃない。(「ぬるいラムネ」より)

愛は無料だ。だからこそ、みんなこわがる。対価を払わず手に入れたものは、

いつ消えてもおかしくないから。だから私は、お金で愛を買う。

なくならない代わりに、永遠に手に入らない。(「コーラの泡」より)

「骨って、どんな味がするの」「愛の味」そう言って、私は嘘笑いした。

「愛ってきっと、不味いのね」中川も、私と同じように嘘笑いした。

(「骨を飲む」より)

 

「私のこと好き?」って聞く?

 

木爾チレン女史はよしもとばなな女史が好き

「白河夜船」/新潮文庫 が一番お好きだとか…。

吉川ばなな女史の文体が好き 

吉本ばななからの影響 最初の頃は生とか死を書いていた

こんなに読みやすい小説があるんだが第一印象

読みやすい文体で重いテーマを綴られている

 

「夏の匂いがする」木爾チレン著

恋とも友情とも言えない 同性に強く焦がれる気持ちを描いた少女たちの物語

 

一穂ミチが鈴木保奈美に薦める恋愛小説

小池真理子著「恋」

女子大学生が憧れの助教授夫妻と築いた三人の愛の聖域。

一人の青年が完璧な均衡を壊し、殺意と悲劇を招く。

 

木爾チレンが鈴木保奈美に薦める恋愛小説

中山可穂著「白い薔薇の淵まで」

一行も読み飛ばせない、完璧な恋愛小説

平凡なOLと新人女性作家、女性同士の恋の物語。

激しく求め合い、傷つけ合い、修羅場を繰り返す… 

2026年2月23日月曜日

兼題「牛乳」&テーマ「ふと立ち止まったこと」

猫の恋ずっと変わらず好きは好き

三度目の目覚まし時計止め朝寝

春の朝身体鍛える待ち時間

オープンを待つ男たち牡丹雪

団体レッスン独りぼちぶらんこ

 

NHK俳句 兼題「牛乳」

選者:高野ムツオ ゲスト:北大路翼 石田郷子 

古坂大魔王 かわにしなつき 司会:柴田英嗣

年間テーマ「語ろう!俳句」

 

   くちびるに牛乳の膜霜来るか   北大路翼

   👑寒灯や牛乳の期限見えぬふり   古坂大魔王

   牛乳に若草の香のありにけり   石田郷子

   牛乳は喉へ薄氷(うすらい)は海へ   高野ムツオ

   生姜湯や牛乳の白遅れ咲く   かわにしなつき

 

高野ムツオ

どんな言葉でも季語でもしっかりした俳句になるので

そのことを心にしながら新しい俳句を作っていきたい

 

・特選三席発表 兼題「牛乳」

一席 雲の白牛乳の白初蝶来(はつちょうく)   花見鳥

(単純だけどキレのある良い句 雲の白だから春の雲 遠くに浮かんでいる

 ゆったり動く雲 目の前にあるコップに入って静かな牛乳の白

 その間を横切ってきたであろう目まぐるしく動く蝶の白

 3つの白が一句の中にこんなにきちっと収まっている俳句はない

 最後の初蝶来というこの止め方もとてもキレがあって

 イメージを膨らませることができている)

二席 牛乳を噛めば甘くて春の雷   大岩真理

三席 春の日のきらきら牛乳のさらさら   堀雅一

 

その他の特選

牛乳を一舐めもせず恋の猫   佐々木隆

底に陽を畜()めて春待つ牛乳瓶   沢唯果

牛乳をグイグイ飲んで雪合戦   古谷敏光

受験子に牛乳瓶の朝の音   奥田誠

朝霧の牛乳色を牛乳来   木原泰紀

牛乳のびんの底にも日永かな   楢山孝明

 

NHK短歌 テーマ「ふと立ち止まったこと」

選者:木下龍也 ゲスト:吉川宏志 司会:尾崎世界観

年間テーマ「“伝える”短歌 伝わる短歌」

 

時代的にははやい時代 歩き続けたり

走り続けたりしなければならないが

短歌のタネに気付く人は立ち止まる人

 

・入選九首 テーマ「ふと立ち止まったこと」

アルバムの解体つづくリビングに亡き父母がまた笑って出てくる

忽滑谷(ぬかりや)三枝子

餃子の皮閉じながらふと思ったり人の口まだ塞いだことない

石田恵子

その人は焼き鳥屋へとゴールデン・レトリバーごと入つていつた

岡本恵

三席 灰色の空の一等地を買った気分で缶コーヒーを飲み干す

十条坂(のぼる)

一席 ホチキスの針補えばその針を押し続けたるバネのあること

富見井(とみい)高志

二席 道というより虹だった育休を一年取ると言えた日の帰路

冨尾大地

蟹の名はガニとかならず濁るからこの世にただの蟹などいない

トミト・モチメリ

(連濁:2つの語が結びついて1語になるとき

 後ろの語の語頭の清音が濁音に変化する)

二人してカメラの前で固くなるラーメン鉢の喜の字みたいに

野分のわ(囍:双喜紋)

赤信号のあなたはなんかきんぴらのごぼうを定規で測って切りそう

黒木智栄美

 

・“伝える”短歌 伝わる短歌 木下流短歌の育て方

紅が葉を去るまでの短さにばかり目は向く父と過ごせば

⇩紅葉が赤くなっている状態を見て綺麗だと思うのが通常の状態

 (面会時間が)15分なんだという考えを持った途端に

紅葉の短さに目が向く 木下

 美しいし何か寂しい いいなと思いました 吉川

川の幅よりも短い腕だからふたりおのずと上流で会う

⇩上流に行けば行くほど川幅は狭くなっていて下に行くほど広い

 (下流)で会うとお互い届かない 上流である2人の過去にさかのぼって

 話をすれば すぐに手が届く位置にいられる 木下

 確かに親としゃべっているときは過去の話をすることが多い

 過去の話をしないと話が持たないときがある 

それを「上流で会う」と表現したのが良い 

時間が空間に変わっている 吉川

またひとつずつ渡し合う束ねても束ねてもなお足りない花を

⇩吉川さんから見ても15分お父様から見ても15分 会えばお互いに

 15分を渡し合うことになる これはずっと満足することはない

 実際の花は束ねると大きくなるので「足りる」ということがある

 時間の花のような感じなのでそれはずっと足りない 木下

 時間は束ねられない 日常から飛翔している感じがすごい 吉川

 特に二首目は名歌 吉川

 

この世そのものが面会時間にて電車の窓をよぎる紅梅   吉川宏志

(この世全体が短い面会時間のようなもの 

窓から紅梅が過ぎていくのも一瞬)

 

実際どうやって作っているのだろうと気になっていた

言葉から始める 絵や映像を想像して言葉にする 木下

最初に五七や五七五のフレーズが直感的に頭に浮かぶ

それを大事にして周りと作っていく 吉川

僕は直感があまりない 

覚えている風景を思い浮かべて言葉に直していく 木下

直感の部分を大事にした方がいいなと思う 

良い直感をしているのに自分で消してしまう人がいる 吉川

過去の作って歌がハードルになっている感覚がある

自己模範を避けながら道幅が狭まっている気がする 木下

あまり自己模範を気にしなくても良い 自分にとって

大事なテーマは何回もやってしまう 夕焼けの美しい雲があって

何回も書きたくなる

 

・ことばのバトン

あるがまま生きる歓び画廊にて

清水篤(ギャラリーオーナー)

喰らわれている鹿と目が合う

ひらりさ(文筆家)

 

親指ではりたおすように撫でる犬すべての既読を失った夜

十和田有(ひらりさ) 流刑 より

とらわれていたもの(感情)から自由になれる感じ

生産的な クヨクヨ悩んでいたことが 創作になるというのが

すごくお得な感じがしてPositiveになれる感じはする

ひとりひとりが生きている感じが句に出ている

(ことばのバトンから命の営みを感じ取ったひらりささま)

 

4週年間テーマ「私の宮沢賢治」

4月選者 土岐友浩 選 テーマ「色」

2026年2月22日日曜日

スイッチインタビュー 市川実日子×藤田真央EP1

 

(近田春夫氏)花見鳥(はなみどり)心に届く音探し

うららけし使わなければ朽ちるのみ

時止める神通の滝の氷瀑

花曇老後に備えジグリング(貧乏ゆすり)

カーナビに命令されて春の海

 

■スイッチインタビュー 市川実日子×藤田真央EP1

世界が絶賛するピアニスト

 

すべての音を大切に扱いたい人なんです

ラフマニノフに近づけるかな…

旅するピアニスト

❝美しい❞をピアノで生み出す

♪「24の前奏曲 作品11から第21番」(スクリャービン)

♪モーツァルトのピアノ・ソナタK331 グレン・グールド

 

モーツァルトを演奏すると、

藤田はまるで水を得た魚だ「ResMusica(フランス)より

 

讃美歌のような天から降りかかってくるような

浄化されるみたいな 

私は美しいものをピアノで生み出せる力があると思ってて

それができて幸せ まさに天職だなって思える

 

♪「ピアノ協奏曲第2番」(ラフマニノフ)

 

最初は指揮者と2人で打ち合わせ テンポ感ここを大事にしたい

本番で違うことをしちゃう 好奇心でやったりすると皆さん焦っちゃう

 

カデンツァ:ピアニストがソロで即興的に演奏するパート

作曲してない場合は自分で書かなきゃいけない

モーツァルトってすごく限られた枠の中で作曲している

あえて今の時代に私が作曲する 

それを使うことで違った技法が見せられる

モーツァルトの手法とはまるっきり違う

不協和音を重ねたり

考えたカデンツァの楽譜を指揮者に渡すけど 

全然まるっきり違うことやったり 汗汗 気配感じるな

 

私自身がなり切るというより出てる音が悲しい音じゃないといけない

あくまでも出てくる音が全てであってほしい

 

たぶんここら辺から鳴っているって感じます

 

教会では熱気があって湿気があったらピアノの音が飛ばなかったりする

1音出して見たらわかる 今日は違うって

チューリッヒのトーンハレ すごいきらびやかな会場

同じようなメカニズムのピアノを楽屋にも用意して下さったって

同じタッチ同じ音色で用意してるから と言われていたのに

一音弾くと 全然違うじゃん でも弾き続けなきゃ

そういう時に限って怖い指揮者だったりする 

先週香港では 古いピアノを使っていてラフマニノフの3

技巧的な作品で ラの音が調律がだんだん狂ってきちゃって

1楽章の終わりから 死に物狂いです 命かけて弾いているので

つらいですよ 緊張がすさまじいので 

 

♪「ピアノ・ソナタK.280(モーツァルト)(ヴェルビエ音楽祭2021)

 

藤田真央が特別な思いを寄せているのはモーツァルト

 

エッセー「指先から旅をする1 2」藤田真央著/文藝春秋 より

モーツァルトはわたしにたいへん合っている。

人間的にも、近しいものを感じます。

周りの目を気にせず どんどん新しいことを

目指して 作曲していたところ。

いつもちょっとした悪戯(いたずら)や遊びを

忘れずにいるところなど。

その気持ち、わかる!と膝を打ちたくなることが多いのです。

 

新しい役 オファーが来た時に「この役は私に合う」

感じる部分ありませんか?

 

外国の方の音楽を人生かけて勉強しているので…。

今はそういう感じですね。

誰よりも深く その方その作品と密接でありたい

 

キリル・ゲルシュタイン

藤田が2020年から師事しているロシア出身のピアニスト

 

キリルと一緒に弾くラフマニノフの「SymphonicDances」って曲がある

♪「交響的舞曲から第2楽章」(ラフマニノフ)

 

クラシック俱楽部

「キリル・ゲルシュタイン 藤田真央 ピアノデュオ・コンサートⅠ」

3月5日()BS BSP4Kにて放送

 

ラフマニノフの適したワルツの音とかタイミングはそうではない

まるっきり同じテンポで同じ重さで弾きなさい

同じテンポ同じ重さで弾くことによって

ロシアの重たい苦しい音が出ます キリルは生まれはロシアで

深くロシア音楽に関わっていて (キリルに言われた)部分は

楽譜を見てもわからないこと 

適した解釈が他にもありますよという教え

 

市川

物事の受け取り方否定しないとかそうやって受け入れるのがすごいな

 

意見を言ってもらった時 否定するのってとても簡単

自分の感性にないものだから 変に決まっている

私にはまだ理解ができていない分野まで 彼らは

到達しているから そうしている 否定するんじゃなくて

理解しようとしたら もっとステップアップできるんじゃないかな

 

ベルリンにて 終生ヨーロッパには住んでいると思う

帰ってくるたび幸せを感じるけれど 

必ずしも音楽をやる場ではない気がする

ドイツとかフランスとかイタリアでしか得られないものが

どうしてもある

ドイツの電車はまるっきし定時に来ない 時間にルーズなイタリア人が

あんなにパスタの湯で時間が完璧だったりとか 

やっぱり音楽にも通じたりもする 不都合なことが多い

でも、この場所にいたいと思わせる理由は

音楽がそこに根付いているからこそ もっと深く勉強したい

日本は恵まれているので どこへ行っても美しい響きを出せる

スカラ座 まったく音が響かない でもそれでもいい響きを

出さなきゃいけない 日本の恵まれた環境は素晴らしいけど

慣れすぎたらどんどん下手になる 

いつも厳しい場に自分の身を置きたい