2026年2月9日月曜日

兼題「土」&テーマ「街」

隔てた格子相手を想う遍路道

春袷(あわせ)色香漂う華奢な線

(小村雪岱)春の雹泉鏡花と生きました

川柳しかと掴まん鳶の爪

密やかに今日を生く豌豆(えんどう)の花

 

NHK俳句 兼題「土」

選者:岸本尚毅 レギュラー:紅甘(ぐあま) 司会:柴田英嗣

年間テーマ「描写の工夫」今週のテーマ「土を描写する」

 

俳句のタネを育てましょう!

彼は朽ち土になってゆく透明さ   紅甘

⇩推敲(朽はそのもの)

土となる朽葉(くちは)の骨のごときもの

⇩推敲(人物との関わり)

土となる朽葉を拾ひ日に透かし

⇩推敲(時間の流れ)

の上の朽葉消えんとしつつあり

 

窮屈な句になってしまう時は詰め込まず

同じ材料で二句三句四句と作るのがポイント

 

・名句に学ぶ「土」の描写

阿波野青畝の土の名句鑑賞

畑打つや土よろこんでくだけけり   阿波野青畝(せいほ)

典型的擬人法 畑打つや:季語 「や」と「けり」切字

1句の中で一緒に使うものではない これは一つの例外

畑打つや土よろこびくだけけり 名人芸

「は」を入れることはできるが弱くなる

 

降る雪や明治は遠くになりにけり   中村草田男

主語①雪②明治 

 

・今週の特選句 今週の兼題「土」

出稼ぎや土をかき出す爪ブラシ   福原あさひ

(出稼ぎ:冬の季語)

笹舟に土筆を乗せる子もゐたり   遠藤一治(かずはる)

(ゐたり:文語表現 乗せる:口語表現 文語だと乗する)

水温む体重掛けて練る粘土   宮川礼子

(水温む:春の季語 取り合わせの句)

小社(こやしろ)の土俵の隅の霜くずれ   長谷川どのこ

(霜くずれ:冬の季語)

南無大師土佐の紫雲英(げんげ)の畔(あぜ)歩く   大村森美(もりよし)

(南無大師遍照金剛:遍路が唱える言葉 紫雲英:春の季語)

芳春(ほうしゅん)や食べたふりして土団子   角田千恵美

(芳春:春の季語)

 

・特選三席

一席 キャタピラの土を洗ふも年用意   檜垣幸雄(ゆきお)

(年用意:冬の季語 現場の心意気を感じる)

二席 管取れて降りるロビーや土匂ふ   品川雅史

(土匂ふ:春の季語)

三席 作業着に土や寒しと夫(つま)戻る   守山由美子

(戻ると帰るの発見 戻るには愛がある)

 

・みどころあり!の一句

春の土手遠くに人を寝転ばせ   星貴子

⇩推敲(一種の擬人法)

春の土手遠くに人の寝転んで

 

・紅甘のつぶやき

「あたり前の中にこそ個が宿る」

 

岸本尚毅先生のつぶやき

「作者はボケ 読者はツッコミ」

 

NHK短歌 テーマ「街」

選者:荻原裕幸 ゲスト:佐藤文香 司会:ヒコロヒー

年間テーマ「短歌は時代の波に乗って」

 

佐藤文香

表現しないでおけるのが俳句のいいところ

説明しないからこそその部分を読者が広げて味わえる

 

暫く雲になりたい白いセーターと冬のひかりを着て街をゆく

荻原裕幸

客観的なナルシシズム リズムを崩すところに

頭韻が効いているのがかっこいい 佐藤文香

 

・入選九首 テーマ「街」

二席 透明な傘から滴(したた)れる粒をひとつを見分けるように駅に立つ

木村英樹

あの街の夕日や雨も成分に含まれている実家のりんご

髙山准

一席 👑この街の中心だったスーパーのたこの入らぬたこ焼き思う

桑野豊

街中が冬のモードに包まれて半袖短パン恥ずかしくなる

冨尾なつ

恋人にならずに終わりそうな人とかじかむ冬を路チューで埋める

殿内佳丸

👑来週の可燃ごみに期待しましょうかと井戸端会議をしている七羽

北原直人

カレー屋のレシート見せて切り抜けるラブホテル街目撃情報

横浜J

君がいる街の天気をなんとなく見てしまうのを今日でやめよう

今井遼

三席 タクシーも愛も拾える街だからいいよ置いてきぼりにしたって

丹生暁子(にうあきこ)

 

・荻原流 詠み方指南

短歌を作り続けていくには

長く続けてきたから見えてきたものがある

10代の頃の短歌 30代の頃の短歌を紹介

 

陽に向けて十指暴きしことさへも遠き一つの罪科に数ふ

荻原裕幸 19歳の時の作品

やなせたかしさんの歌「手のひらを太陽に」

健やかさに向かって 真っすぐに

自分の気持ちを解放することができない10

 

十二色のいろえんぴつしかないぼくに五十五色のゆふぐれが来る

「見たものを写生しなさい」佐藤文香

実際の人生の中で丸くなっていくのではなく 表現の方が

先に丸くなって自分もそれに引っ張られていく

続けていく中でしか見えてこないこと

 

荻原裕幸先生からのメッセージ

自分に優しくしましょう のんびり構えてやっていけば

長い時間の中でいいものが見つかっていく 

 

短歌づくりのコツ

楽しめる環境で長く続けていくことで

技術が身につき良い作品が作れるようになる

 

平成の大街道でプリクラを撮ったわたしたちが通ります

佐藤文香

中学・高校と愛媛県松山市で育った 大街道が中心街にあたる

大街道商店街 愛媛県松山市

真っすぐさがいい 荻原裕幸

 

俳句で活躍しているのに どうして

詩の世界に踏み込んだのですか?荻原裕幸

 

俳句の世界の中に「詩」の部分 

格みたいなものが好きなんじゃないだろうか

「詩」という方を追求したらいいんじゃないか

と思うようになり現代詩を書くようになった 佐藤文香

ことばで感動するというと物語を読んで感動することが多い

物語でないものに感動するような 

それを私は「詩」と定義してたんじゃないか

私の好きな「詩」❝ことばから受ける衝動❞みたいなものは

どのジャンルにも転がっているんじゃないか 

 

わかれぎわ荻の穂の粒置き去りし愛妻家の影猫の尾が追う

ヒコロヒー

 

・ことばのバトン

やる気ゼロ家でゴロゴロ本でも読むか

柳下恭平(書店主)

のどをならしたネコとコタツで

藤岡善念(僧侶)

一緒に本読んでるイメージを書かせていただきました

昔経典が運ばれて来た時にネズミが

経典をかじらないようにネコを飼った

 

スタッフ全員僧侶 夜のお寺

入棺体験 死の解決

自分も死ぬんだ 愛する人も死ぬんだということで

向き合ってもらって何かを感じていただけたら

坊主バンド「新☆般若心経」

2026年2月8日日曜日

原三渓と表千家流

マリニンと鍵山の冬五輪かな

美の鍵山か技のマリニン息白し

完璧な神のジャンプや冬麗

7連続のジャンプ成功雪明かり

雪中花どちらが神の笑みゲット

 

■茶道 表千家流 Facebookより

なぜ原三溪(はらさんけい)は小田原三茶人にはならなかったのか。

箱根強羅公園の中にある白雲洞(はくうんどう)は鈍翁、耳庵、幻庵が住んでいました。

あまりに寒い箱根。

三人は小田原に下りました。

後に小田原の近代三茶人と言われます。

原三溪もこの時代の人でしたが横浜から通いました。

ですから彼は小田原三茶人とは言われず横浜の三溪園を作りました。

三茶人は益田鈍翁は若い頃から茶に親しんでいましたが耳庵と幻庵は60を過ぎて茶を習いました。

それでも積んだ素養と財力でその時代の代表的な茶人と言われました。

小田原に松永記念館と有るのは耳庵の自宅跡ですから老欅荘と言います。

私の知り合いで茶道家の彼女は

「近代小田原の三茶人」の事を知らない人がいる。

これからは入会希望者は三茶人の事をレポートを提出してもらう事にしましたと。

BSテレビで「100年名家」という番組で箱根の白雲洞の案内をされた欠庵会のナンバー2の田代さんが説明された。

彼は強羅公園の園長だった。

代表の欠庵さんは昨年亡くなりました。

茶花を愛する茶人が少しずつ亡くなってしまいます。

この週末に小田原で裏千家の支部主催の茶会が行われます。

四月には沼津で欠庵さんをしのんで一の弟子の中見さんが茶事が行われます。

小田原の三茶人や欠庵さんの事を偲びます。

近代小田原三茶人

https://ja.wikipedia.org/.../%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%8E%9F...

三井財閥の益田孝(鈍翁)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%8A%E7%94%B0%E5%AD%9D

三越百貨店など野崎廣太(幻庵)

https://ja.wikipedia.org/.../%E9%87%8E%E5%B4%8E%E5%BB%A3...

電力界の大御所松永安左ヱ門(耳庵)

https://ja.wikipedia.org/.../%E6%9D%BE%E6%B0%B8%E5%AE%89...

原三溪

https://ja.wikipedia.org/.../%E5%8E%9F%E5%AF%8C%E5%A4%AA...

 

2026年2月7日土曜日

100分de名著 ヤンパース❝哲学入門❞①

冬の夜や生きる死ぬるはのさりかな

三ツ星や全てはのさり授からん

寒昴今日はのさったありがとう

冬銀河神に授かり今日ものさった

日向ぼこのさり続きて受け継がれ

 

100de名著 ヤスパース❝哲学入門❞①哲学とはどんな営みか❓

戸谷洋志 伊集院光 阿部みちこ 

 

秩序や価値の崩壊

(20世紀を代表するドイツの)哲学者 カール・ヤスパル

「人間が挫折をどのように経験するかということは、

その人間を決定する要点であります。」

 

哲学は世の中の「当たり前」を問い直す

 

子供の頃のヤスパース 1883年生まれ

精神科医だった頃のヤスパース ゲルトルートと結婚 ハイデルベルクで住む

その頃のドイツは経済的苦境に陥っていました 哲学科の大学教授へ

ヒトラーが政権を握りナチスの侵攻 職を追われる 

妻ゲルトルートがユダヤ人だったから 

アウシュビッツ強制収容所へ妻は強制移送を迫られた

ドイツ国内で息を潜めて生きるしかなかった 壊滅的な最後を迎えた

第二次世界大戦直後のドイツ 終戦から5年後ラジオ放送で連続講演を始める

それが「哲学入門」だった

 

人間が挫折をどのように経験するかということは、

その人間を決定する要点であります。

すなわちそれは、彼は挫折を見ることができないで、

ただ実際において最後にそれに打負かされるか、(中略)

それを引受けるかどうか、ということであります。(中略)

換言しますと、人間は救済を求める。(中略)

あらゆる「哲学すること」は一種の現世の超克であり、

救済の一類比物なのであります。

 

挫折=それまで「当たり前」と信じていた世界が亡くなってしまう体験

挫折から哲学は出発する

 

哲学の動機となるもの

これまでの哲学者

プラトン 驚愕

デカルト 懐疑

ヤスパース(独自性) 挫折

 

私たちは常にいろいろな状況の内に生きているのであります。(中略)

しかし私は死なねばならないとか、私は悩まねばならないとか、(中略)

私は不可避的に罪に巻きこまれているなどというように、(中略)

その本質においては変化しないところの状況というものが存在します。

私たちはこのような私たちの現存在の状況を限界状況

呼んでいるのであります。

 

哲学的な生活態度への意志というものは、個人が陥っている

暗黒の状態から生まれます。(中略)

彼が突然目ざめ、驚き、そして、私は何であるか、私は何を

怠っているのか、私は何をなすべきであるか、などと問う場合は、

この意思はまったく本能の虜になってしまっている

自己忘却の状態から生まれるのです。

 

戦争と難病という自らの限界状況の中でヤスパースは独自の哲学を

深めていきました。

限界状況は誰にでもやってくるもの

だからこそ誰もが哲学することが必要

「限界状況」はさまざま 結婚・出産など

挫折=「限界状況」で得られるもの

「挫折」をすると自分だけの生きる意味を考え始めざるを得ない

 

限界において感得されうるものを通じて

自己の限界を経験することによって、明瞭な対象的知においてのみ、

私たちの意識は明晰でありうるのです。 老いや死 透明 

 

現象が私たちに透明になることによって、私たちは現象に結びつけ

られているのであります。(本当の自分を透明と表現した)

 

対象的知❝自分自身❞を対象として理解すること

自分の表層でなく内側の真価を理解できるようになる

 

「透明になる」という体験

「限界状況」に見える日本

 

ToDoリストが生活全般を占拠してしまう

「限界状況」から目をそらさせてしまう

2026年2月6日金曜日

割り箸で一句

隙間に落ちた一本の箸冬日

冬の夜や隙間を遊ぶ余裕かな

暮易しゆとりこさえぬ人生よ

冬の月余地に付け込む人のをり

隙間から漏れる光よ月冴ゆる

 

■プレバト纏め 2026年2月5日 

割り箸で一句

永世名人 千原ジュニア 傑作50

ゴム鉄砲頬に乾(かわ)ける春の泥

(描写のお手本 ゴム鉄砲で遊びまわっている子どもの様子

 文字で書いていないのに見えてくる 良い句の条件文字で

 書いていない事がありありと見えてくる)

 

特待生昇格試験 内藤剛士

春の夜や箸割る音に息ひそむ

添削(「に」「息ひそむ」が勿体ない 最後の着地が説明的

   思わせるような描写に持っていく 家族とではなく

一人で食べているという状況を書くだけ 

空白の中に空間が生まれる)

春の夜や一人箸割る音パキと

 

一位 浮所飛貴

立春の光を割りぬ竹の箸

(発想が凄い 詩人 箸を割る感じが立春を迎える 上五と中七の響き合い

 竹の箸という素材 竹の青さ 竹の香りの清々しさ 立春に似合っている

 カットを切り替えた瞬間に竹の箸の映像が飛び出てくる)

 

二位 ふくらP

十二時半部長の鍋焼きうどんまだ

(季語:鍋焼きうどん 部下の視点で作った句 時間が絶妙

 場面がありありと分かる 「まだ」状況が手に取るように解かる

 鍋焼きうどんがハマり役の季語 俳句の骨法を理解しちゃった)

 

三位 西村真二

箸くわえ割る間にのぞくおでん鍋

(季語:おでん まずは箸のアップ 人の口が映像として映り込む「くわえ」   

 短い時間の間に「のぞく」別の動作 動詞が多いのはバタバタするので得はしない

 というのが定石ではあるのですが3つの動詞を使う事で動く映像を作ろうと

 意図してやっている おでん鍋が出てきた瞬間「のぞく」という動詞の意味が

 季語によって全部がわかる 褒められるがベースは説教)

 

四位 YOU

揃え置く割り箸の端春隣

(季語:春隣 中七で物の映像が出てくる 映像がアップになる

 「は」の音が続いていく)

 

五位 柏木由紀

余寒の夜割り箸スティック本の背打つ

添削(内容を詰め込みすぎた 17音の中に意味を単体で持っている言葉

   7個も押し込んでいる 言いたいことは割り箸をスティック代わり

季語が最後に広がっていく)

 割り箸がドラムスティック余寒の夜

 

次回のお題は「思わず撮った写真」

2026年2月5日木曜日

浅野忠信×山田五郎

黒松を赤い羽毛が忙しなく

日向ぼこ定住決めた渡り鳥

蒼き空交喙鳥(いすか)真冬に求愛す

冬木立苔敷詰めて住処とす

松かさを交差した嘴で食む

 

■スイッチインタビュー 浅野忠信×山田五郎EP2

▽大ヒットドラマ「将軍」秘話

82回ゴールデングローブ賞 助演男優賞 受賞 

樫木藪重役 浅野忠信

 

浅野忠信という❝器❞

浅野 自分で言うのも変ですけど得意な分野だなって

   役作りしている最中からいけるっていう感触はありました

   キラキラしているヒーローみたいな役ってやったことないんです

   一癖ある人とか何か抱えている人みたいな役が多い

   そういう意味ではそっちだった藪重はいけると思った

   書かれている事実は悪者 それ以上僕が「俺が悪いんだぞ」

ってやるとうるさいなとちゃんと普通にしていなきゃいけない

みんな藪重がずる賢いやつだし悪者だっていうのは分かるけど

よく見て下さい 「悪いのは周りの人です」そこに気づいた時に

意外とピュアで素直な人なんだなって見えてきて

山田 本当にずる賢い奴はあたふたしない 全体に凄く何とかしましたね

   あのドラマはお金をかけた時代劇 日本では撮れない

浅野 僕が吊るされて上に行く時は撮影できる時にしてねと言っておいた

   僕がクレーンで上がった後で打ち合わせが始まる 怖い思いをしていた

 

授賞式でのスピーチ(20251月 ロスアンジェルス)

Maybe you dont know me.Im an actor from Japan.and my name is Tadanobu Asano.

 

浅野 アメリカのスタッフから授賞式にノミネートされるって

   エミー賞が取れなかったのですが 余りにもいけるって言われていたから

   いけるつもりでいっっちゃった 取れないじゃんって思って 

物凄く落ち込んだ その前に英会話レッスンやっていて 物凄く丁寧な

スピーチを考えていた ハリソン・フォードさんもいるし

俺がとれるわけがない スピーチが全部ぶっ飛んで 頭真っ白になって

「ヤバい何を言ったらいいんだ」ステージに立った時に みんなの

見る目が「おまえ誰?」って顔してたんですよ 

山田 「Maybe you dont know me.」的な

浅野 SODA!やっていてよかったなと思いました ここで喜ばないと

   いつ喜ぶんだろう 今までのアメリカだけじゃない 日本での

   キャリアも含めて「自分のやってきた事って間違いじゃなかった」

   って実感できました

山田 最高の瞬間ですね

 

1973年横浜生まれ 母方の祖父はアメリカ人 金髪でよく笑う子だった

 

山田 「いだてん」の時のあの政治家も相当悪い奴 嫌な奴でしたね

浅野 とことんいっていいんだ ゴーサインが出たなと思った

   主人公たちは「いい者」としている どうやってやるの?

   「僕とことんいっていいってゴーサイン出てますよ」

   おもしろかった 役を演じる喜びと「僕が悪者やっていいって

   言われて来た人です」っていう喜びがあった

 顰蹙を買っていいっていうのが最大限に面白い

 他の俳優さんたちはその役を通じて共感を得なきゃいけない所がある

 (SHOGUN)藪重でも川島さん「いだてん」でも顰蹙を

 買わなきゃいけない 現場でもやっちゃいけない事を

 とことんやっていい役割だと思っている みんながやらない事を

 率先してやれる それはめちゃくちゃ面白い 監督から

 「違います」って言われても「そりゃそうだよ 違う事を

やりに来ている」って感じなのでそれはめちゃくちゃ面白い

 

2021年 独立

 

山田 基本「浅野忠信」どの役やっても いい意味で

浅野 役はまず自分に落とし込んで作る 本当に自分抜きでは考えられない

山田 「浅野忠信」っていう器に入れるわけですからね

浅野 「おかえりモネ」のあの役でも 役をいただいた時に自分と

   全く違うんですけど ある種似た状態にあるなと思えた コロナ禍だったり

   自分の父親の事件があったり 自分の中でも 何か空っぽになった

   気持ちがあって あの役はもう僕以外に空っぽな状態「今の自分

   だったらできる」震災に対して僕が俳優としてできる事ってなんだろう?

   やっと震災に対しての 僕の気持ちを表す事ができる それを

   見てくれた人のリアクションを僕はちゃんと受け止めるべきだと思えた

   本当に自分のその感覚がなければあの役はできなかった 

山田 (台詞で)「立ち直らねえぞ」

浅野 良い台詞をいただきました 台本になると纏めようとしたり収めて

   美しくしがちあそこで「俺は立ち直らねえぞ」っていう台詞を読んだ時

   「まさにこれなんです」って思いました 僕からは出てこない台詞

   ですし 彼には物凄く重要な台詞 

 

浅野 コロナ前までは父親と仕事していた 厳しく断らせてくれない 

   僕も「修行したいな」っていうのがあった 脚本がつまらないもの

   率先してやるようにしていました だから(僕の所に)来たんですよね

   面白くしてほしいって事ですよね じゃあやってみましょう

   僕も修業の身ですから はみ出さない事には進まない そのはみ出す

   練習をさせて貰った だから本当に無茶な役なほどやっていました

 

山田 お父様がマネジメントやられていた頃と 今とで違います?

浅野 違います もうこれ以上止めようと思いました そういうやり方を

   そのタイミングで「SHOGUN」をいただいたんで もう引き出し

   満杯です いけますと 嫌われてもいいやと思った だから

   物凄い断ってますね 本当に感じる役しかやりたくない 今までの

   修行期間で不可能な事に十分 自分は挑んできた 

「いいかげんやめろ」って言われた気がした 本当に自分がやりたい役

って何だろう やりたい役と出会うって事に前向きに向き合わないと

失礼になる 50歳の何でもない1人の男 僕と同じような男が

どう振る舞うのかを作っていきたい 世の中の事件に絡めていない

話がいい

山田 普通の話に普通の50歳のおっさんとして それも意外に見たことのない

   浅野忠信かもしれない 

 

浅野 若い頃に生意気だった「役者なんかやる事ないじゃん」

絵描きだったら絵の練習したり 俳優も演技の練習はするけど

俳優の練習って何だろうって思った時 この生活以外ないなと思った

山田さんとお話しする 皆さんと新たな出会い 1人になって

落ち込むとか 「全部役者の練習じゃん!」っておもって 

そうすると「やる事ないな」と バンドをちゃんとやらなきゃ

絵を描かなきゃ そうすると「何かをやっている人」になる

役が来た時 「あの時のこれに当てはめられる」「絵を描いて

いる時の自分と同じだ」何かやってなきゃって思いました

俳優のために

山田 浅野忠信っていう器はすげーな 

   映画撮ればいいじゃん

浅野 俳優ってやっぱりゼロからの仕事じゃないな 本当にたった1人で携帯

置いて 1人で作っている作品 俳優として1人で作品を作ったら

どうなるんだろう 

山田 楽しいらしいじゃん 映画撮るのって 人間の最高の道楽って

   建築と映画撮る事だって 

浅野 建築はやってみたい どうしても住む所って考えて建てがち

   ではなくて本当に自分の絵の中で見てみたい景色を建ててみたい

山田 建ててみたいね建ててみたいな

浅野 夢の中で見た家があって 白い何でもない庭スペースがあって

   どんどん階段で下りていく家 それを作りたい

山田 押入れの奥に穴があって そこを通っていくと違う部屋に出る

   古い洋館みたいな部屋 凄い好き 閉所恐怖症で穴が凄く

   怖いんだけどその部屋に行きたいから通っていく 

浅野 模型だけでも作ってほしいと思っちゃいました

山田 まずい事聞いちゃったな

 

最高の時間になりました…。感謝感謝感謝…。

2026年2月4日水曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 三溪園

寒風や半田素麵揺らしけり

「はた」にかけ「はし入れ」忙し天日干し

冬空よ自己満足の人生よ

知的障害抱えた家族冬ぬくし

寝姿の似る夫と犬小春

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 三溪(けい)

広さ東京ドーム約4個分 175,000

17棟の建造物 10棟 国の重要文化財 3棟 横浜市の有形文化財

研究者の間では「東の桂離宮」と呼ばれている

明治時代に実業家が私財で作庭

名建築とともに見る庭

 

庭師 俳優 村雨辰剛

 

大池

三溪園 開園120

三溪園保勝会 事業課長・学芸員 吉川利一さん

春は桜 夏は蓮 秋は紅葉 冬は梅 一年を通していろんな花が楽しめる

外苑と内苑の二つの庭からできている

1906年 原三渓が外苑を造り一般に公開した

生糸の輸出業で成功 富岡製糸場を所有 

三重塔 三溪園のシンボル 国の重要文化財

三重塔この池も元々ここにあったものではない

原三渓の構想にデザインをして造り上げている

人力で池は掘られた 出た土で山の形を整えた

旧燈明寺三重塔(京都にあった室町時代の建物)解体して三溪園で組み立て直した

日本の古き良きものが次々に失われていくことに対して危機感を持っていた

存続の危機にある歴史的建造物を三溪園の地に移築・収集

近代化が進む日本 横浜 

日本の美を守り 伝えるため 三溪園を市民に開放

哲学がある 庭園を造り自分だけで楽しまず広く公開して日本の良さを

みんなに分かって貰って分かち合おう 当時は入口に「遊覧御随意」と記載

初音茶屋 当時の来園者へのおもてなし 

戦前まで来園者へ無料でお茶を提供していた

その中には芥川龍之介がいた ここで俳句を作った

「ひとはかり浮く香煎(こうせん)や白湯の秋   芥川龍之介」

内苑 臨春閣(りんしゅんかく) 三渓がプライベートで作った内苑

国の重要文化財

移築当時は聚楽第(じゅらくだい 豊臣秀吉)の遺構とされ

「桃山御殿」と呼ばれていた

近代の研究では紀州徳川家の別荘「巌出(いわで)御殿」とする説が有力

臨春閣と調和するように池を造成 

 

たしなみポイント 

州浜(すはま):水辺に石を敷き詰める表現手法

州浜がある池は海や川を表現していることが多い

 

水辺を意識すると建物の特徴が見えてくる

紀の川に面して立てられていた部分と言われている

建物が元々あった環境を再現したかのよう

良い石が使われている

 

原三渓直筆の手紙

大名品ナレバイザ知ラス 普通之品ハ一切 買入中止仕候

 

視点を変えて庭を見る 橋も素敵 原三渓によるデザイン

唐破風 国の重要文化財 高台寺 観月台 原三渓は豊臣秀吉好き

庭師に名所・旧跡を視察させた

 

作りたい景色が明確だからこそこういう風景を見ていてほしい

 

通常内部非公開*不定期公開

臨春閣 江戸時代初期の建物 1649年の建物 

研究者の間では東の桂離宮と呼ばれている

幕府の御用絵師 狩野派による障壁画 各部屋に豪華な美術品

波の欄間 銀箔(ぎんぱく)が酸化している 想像図

一番メインの棟 和歌の色紙がはめ込まれた欄間

菊の透かし彫り 一番見せたい庭園の風景

原三渓が思い描いていた理想の風景 デザインの中心

「臨春閣」の名の由来

臨春閣の移築当時は橋の向こうに桜の木を植えていた

桜を見る⇨春を見る⇨臨春閣

 

二階へ

村雨の間 襖の絵の名が「村雨松林図」

村雨:急に激しく降ったり弱く降ったりするにわか雨

金箔と銀箔 

百人一首の色紙

ここからの眺めが先ほどの眺めと同じように素晴らしい

たしなみポイント

座ることで美しい風景が見えてくる

目の前に三重塔が見える 座って見上げた先に三重塔

三重塔の上に昇る月 天体まで計算に入れていた

 

臥竜梅(がりゅうばい)

三溪園の梅を題材にした作品 国の重要文化財 弱法師(右隻)下村観山

原三渓は若手芸術家の支援に尽力 横山大観も

原三渓はの影響で新しい芸術が生まれた

 

「鴨の嘴(かものはし)よりたらたらと春の泥   高浜虚子」

 

最近では横浜市中区本牧出身 クレイジーケンバンド 横山剣

三溪園をイメージして「松並木ストラット」を作った

現在でも文化サロンのような役割を果たしている

 

🎵Deep inside ma soul 松並木のふたり🎵

 

聴秋閣(ちょうしゅうかく) 国の重要文化財

二条城にあった建物 楼閣建築(外の流れを楽しむための空間)

火灯窓 木のタイルで敷き詰められている 

建物の前が池で当時は庭園で舟遊びが流行っていた時代

対岸から船でここまで近づいてきて直接舟で上がった空間ではないか

水辺にあった建物の構造をいかした作庭

 

聴秋閣から臨秋閣への水の流れ⇨川から海への流れを表現

たしなみポイント

水の流れをたどってみると発見があるかも…。

 

*聴秋閣奥の遊歩道は新緑と紅葉の時期のみ解放

聴秋閣越しに三重塔 縦の構図

ここは原三渓が最後に移築した建物

 

作庭家はみんな 庭に魂が宿ってしまう 僕が今まで見てきた庭の中で

三溪園ほど魂が宿っている庭はなかったかもしれない

原三渓の残した想いは凄い 村雨