2026年8月17日月曜日

兼題「父」&テーマ「亡」

問題が押し寄せて来し残る蠅

送り盆我の心はいつ晴れん

秋の蚊や命守って疎まれて

スーパーの開店待ちの残暑かな

秋の陽や無風の空を見上げけり

 

NHK俳句 兼題「父」

選者:小川軽舟 ゲスト:浅田政志 司会:柴田英嗣

年間テーマ「暮らしを思い出す」

 

母と子の関係は絶対的 父は違う どうやって父のしての

存在を確立するか

 

・兼題「父」名句鑑賞

もの言はず墓参の父にライター貸す   大塚凱(がい)

父と息子は2人でいても気まずい話も弾まなくて寡黙

ライターを通して父と息子の間に情が通う

父と息子の情景をうまく描けている

 

ぶらんこを押してぼんやり父である   髙柳克弘

ぶらんこ:春の季語

 

母のもの捨つる終活父の汗   小川軽舟

 

・暮らしの中に俳句のタネを見つけよう!

鳥焼のトング構えて生ビール   小川軽舟

場所の雰囲気に読者をイメージさせる小道具を見つけるのが大事

トングと言われると焼肉をイメージ 右手にトング 左手に生ビール

焼けるのを待っている ウーロン茶より生ビールの方が読者の気をそそる

 

・特選六句 兼題「父」
湯上りの父を待ちをり冷ややっこ   二階堂慧(さとし)

笹担ぐ父が先頭星祭   赤井正子

娘には甘い父なり衣被(きぬかつぎ)   村瀬佐智子

宵闇(よいやみ)や無言の父と船を出す   坪田恭壱

(宵闇:月が出る前の暗さ)

健脚の父の徘徊夏あざみ   牧野紫陽花

橋ひとつ渡りて父と氷店   梶原マサ子

 

・特選三席 兼題「父」

一席 虹消えて父の大きな手が肩に   小澤光世

二席 新(にい)盆の父の机を拭きにけり   森野哲州(てっしゅう)

三席 杖の父戸口に待てる帰省かな   富島(とみしま)和子

 

・はみだせ!教室俳句

千葉大学教育学部付属中学校 大澤由紀先生

実体験を取り混ぜて俳句を作る ということをやってきました

句会 テーマ:中学生になった実感

中学生を実感できる俳句になっているか❓

季語の取り合わせは大丈夫か❓

ポイント 選んだ理由を言葉にする

 

教科書の重さを知りぬ夏の日に   杉山美月

花は葉に先輩の名を呼ぶ慣れて   氏家美宙

 

・写真家 浅田政志の一句

不器用にカメラもつ父もう師走   浅田政志

イメージが浮かぶ 読者のほうで物語にしてくれる季語が必要 小川

添削

不器用にカメラ持つ父夏休

夏休みにすることでいろんな物語が動き出す 

父親の気持ちは読者に伝わる 小川

多くの方の想像が膨らむ目からウロコでした 浅田

 

次回の兼題「今朝の秋」

選者:高野ムツオ ゲスト:原雅子 小坂大魔王 関取花 司会:柴田英嗣

 

NHK短歌 テーマ「亡」

選者:大辻隆宏 ゲスト:渡辺祐真(すけざね) 司会:尾崎世界観

年間テーマ「伝統的なことばを生かして」

 

渡辺祐真

高校生の時 国語の先生が桑原正紀という歌人だった

授業の一環で宮柊二記念館全国短歌大会にみんなで出そうと

小島ゆかりさんの選者賞で選んでいただいた

大辻隆宏

1首でも自分が作った事があるという体験は凄く大きい

 

今月のポイント「動詞~連体形の重々しさ~」

口語と文語では活用の仕方が違う

口語 過ぎる

文語 過ぐ 

「過ぐ」の活用 過ぎず 過ぎて 過ぐ 過ぐるとき 過ぐれども 過ぎよ

連体形 名詞などの体言につながる活用のかたち

「過ぎる(口語)」と「過ぐる(文語)」ではニュアンスが違う

「ぐる」というと言葉がくぐもっている感じ 重々しいニュアンスがこもる

 

新しき国興るさまをラヂオ伝ふ亡ぶるよりもあはれなるかな

土屋文明「山谷集」

昭和7年中国東北部に満州国が建国された

今は日本から傀儡(かいらい)とした国だといわれている

満州国の建国を祝う声がラジオから聞こえてくる

1つの国が滅んでいくよりもあわれな感じがすると思ったという歌

亡ぶる:連帯形 「こと」「とき」が省略されている

「亡びる」より「亡ぶる」のほうが重々しい

もやもやした土屋文明の重々しい暗鬱な気持ちが伝わってくる

 

・入選九首 題「亡」

二席 生活からの逃亡布を買う自由を奪わないようにする

栗原梨乃

亡き母の握るおにぎり手を離れ一瞬宙に静止していた

小谷貞代

一席 車椅子の父と枇杷の実眺めおり互いに母を亡くせしふたり

星田美紀

三席 亡くなってしまったほうの感性が影をつくっている、火のように

下谷育正(いくまさ)

1dayのレンズしずかに埋めおり今日のわたしの亡骸(なきがら)として

神守彩枝(かみもりさえ)

わかりそうだった話を聞いていると両手が机で亡くなっている

富樫直之

空港の片隅に散る亡命のかけらのようなさくらはなびら

yohei

君の知らぬ力士が賜杯(しはい)抱く春は君亡き世界のほんとのはじまり

さいとうすみこ

 腹水を抜いてあげればよかったとずしりとおもい亡骸を抱く

北乃銀猫

 

・短歌魔改造ラボ

古卓にロシアの文字のキズありて亡命者のひとり顕()ちてくるかな

橋本美知子

1917年にロシア革命が起こってソビエト連邦が成立して

ロシアに住んでいた方がたくさん日本に亡命してきた

歴史的な認識が深い歌 文語を一生懸命使いこなそうとして作られた歌

添削

卓にロシアの文字のキズありて亡命したるひとり顕()ちくる

 

亡命者の集団があってその中の一人 One of them

「亡命したるひとり」というと焦点が1人に当たる

その1人の人となりや 人生が浮かんでくる感じがする

この作者は1人の人間の来歴や苦悩にまで

想像が及んでいると感じられる 大辻

 

名詞から動詞になるというところが大きい

名詞は動作の方向や動きが出にくい品詞

「亡命したる」だと亡命をしてきたという動きがよく伝わってくる 渡辺

 

・渡辺祐真さんならではの短歌の読み方は?

短歌と向き合うレベル・単位がある 今、目の前に短歌が一首ある

一首だけで味わう 歌集全体の中でこの歌がどういう位置にあるか

歌集の単位で読む この歌人の全体のキャリアの中でこの一首は

どうなのか 3層で読むことをよくやる 

大辻

SNSで短歌が流れるようになって短歌の読み方がすごく変わった

1つの連作の中で1人の人物を読み解いていく そういう読み方が

主流だった SNS1首単位 背後に作者の像を置くという読み方が

期限切れになっている 音楽もそうかもしれない 

尾崎

サブスクは広まって アルバム単位では聞かれなくなっている

渡辺

最近はプレイリストという形で自分の好きな順番で聞ける

短歌もアンソロジーなどあるテーマで横串を刺す

歌の前後関係が見えなくなってしまう

大辻

自分のプレイリストみたいに短歌が鑑賞される

そういう読み方になってしまうかもしれない

尾崎

そういう中で作品を評論していく立場としては大変ですよね

渡辺

一首で言えることと作者全体で見たら言えないことが

ぶつかり合うことがある 「1首・1冊・1人」の読みの自由度を

比べたときに 1首のほうが自由そうに思われるかもしれないが

僕は逆だと思う 大きく読んでいった方がいろんな手がかりがある

その結果自由に読めて評論することのベースになる

 

・いちご摘み

手のひらの朽ちたるごときのあとを泰山木の樹下に踏みゆく

小原奈美(好きな歌人 葛原妙子)

うまれかわってなお揺りもどる藤の咲き揃(そろ)うことのない追想へ

湯島はじめ(好きな歌人 杉﨑恒夫)

第八回笹井宏之賞 山田航賞 を受賞

明けがたのサファイアノイズたったひとりに謝れるならいつのあなたへ

 

書いているうえでは どこにでも行けるし 何にでもなれる

子どもの母とかそういうものから ふっと離れて 

自分だけの時間っていう すごく大切な時間だと思います

うまれかわりっていうのがあったとして うまれかわったとして

そういうときにふって 前の記憶を思い出したりして そのとき

思い出すのは 満開の花じゃなくて なんとなく咲きそろわないとか

咲いていたり 今から咲くのもあったり 散ってしまったものがあったり

花も満開でめちゃめちゃ楽しかった ギラギラした1日よりも

花が咲きそろわないし 会話も盛り上がらなかったみたいな

 

摘んだのは「花」知らないけれどなつかしい

  

2026年8月16日日曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 盛美園(せいびえん)

秋の浜増え続ける海洋ゴミ

秋草や心守るバウンダリー

バウンダリーに鈍感な人夜長

人生の主役は私秋の月

盆の月熱中症でまた一人

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 盛美園(せいびえん)

青森 盛美園 枯山水 池 洋館 池泉庭園 大石武学流(おおいしぶがくりゅう)

ジブリ映画「借りぐらしのアリエッティ」の参考

神様のためにつくられた庭園!?

村雨辰剛 

大昭造園 小田桐盛人

 

大石武学流とは青森独自の庭園流派

豪農 24代当主 清藤盛美 750年の歴史

1911(明治44)完成

枯山水 池泉回遊式庭園 座観式庭園

 

盛美館

組子細工の欄間 数寄屋造り 額入り障子 

坐観式庭園を楽しむ重要なポイント

蹲踞(つくばい) 礼拝石 

神様のためにつくられているんで飛び石自体が大きく離れている

 

たしなみポイント

大石武学流は神様のためにつくられた庭

大石武学流ならではのたしなみポイント

礼拝石には絶対乗ってはいけない石

礼拝石:神仏に供え物をするための石

その為、踏止石(ふみどめいし)に立って拝む

庭を神聖視する

 

礼拝石:神聖な対象に向かって拝む位置を示す石

礼拝石に立って三千院(京都)を拝む

 

手水鉢(ちょうずばち) 

蹲踞:茶室に入る前に身を清めるために置かれる

 

手水鉢 前石が置かれている

こちらの蹲踞は神様が使うためのもの

 

大石武学流 300か所以上現存

鳴海氏庭園 瑞楽園 金平成園

大石武学流の蹲踞は灯籠とセット

春日灯籠

大石武学流独特の野灯籠:自然石を組み合わせて造作

火袋 月型 視点場に向けて据えてある

 

たしなみポイント

野灯籠の火袋は全て座敷の方を向いている 6個の野灯籠

 

庭を楽しむための仕掛け

枯山水 枯滝 水の音も聞こえる 

 

たしなみポイント

枯滝を見ながら本物の滝の音を楽しめる

枯滝から実際の池につながっている

遠山石(えんざんせき) 水の流れをイメージ 一生を表している

登竜門:コイが滝をさかのぼることで竜となる 立身出世の関門を表現

巨大な石 盛美園 温湯(ぬるゆ) 豪雪地青森ならではの運搬方法

192030年代 ソリで石を運んでいる写真 約100

雪で埋めると平らに 雪だから傾斜も自由 

 

日本庭園と洋館が融合 美しいビュースポット

池に盛美館が映る

 

たしなみポイント

盛美館がきれいに映り込むよう池の位置まで計算された庭

 

津軽地方ならではの剪定

雪が乗りにくいように

冬の盛美館は1メートルを超える積雪 青森も雪国のイメージ

なぜ雪吊りはしないのか❓縄がいっぱいはると雪が落ちなくなってしまう

雪囲い 津軽バサミ(青森県の伝統的な鋏)

鋏を変える手間を省くため重さで切れるようにしてある

 

主人室 展望室(庭を鑑賞するための部屋) 借景

梵珠山(ぼんじゅさん):文殊菩薩の名にちなんで名付けられたと言われる

 

■亡くなる一カ月前から現れる体の変化

https://www.youtube.com/watch?v=Q_I1XaiTPvg

一つ、ご飯が要らなくなる 無理に食べさせない。

二つ、眠りが長くなる。起こさなくていい、でも、声はかけて。

三つ、昔話が増えて、物を配りはじめる。遮らずに、聞き役に。

四つ、世界が内に向かう。会わせたい人は、早めに。

五つ、懐かしい人が迎えに見える。否定しないで、

   「来てくれたの、よかったねえ」。

六つ、最後に一度だけ、晴れの日が来ることがある。

   その日は、好きな物を一口、会いたい人に一声、そして隣に座る。

七つ目は、いつか、見送ったあなたの手に、現れます。

     今夜、できることを、ひとつだけ。

     湯呑みを片づけるついでに、ご家族に聞いてみてください。

     「あんたの一等の好物、何だったかね」って。

     そして、ご自分のも言っておくんです。

     「私は、桜えびのかき揚げ」って。それだけで、

     いいんです。いつか最後のひと月が来た時、

     その一口が、どんな薬より効く日が、きっとありますから。

     お一人で暮らしの方は、ノートの隅にでも、書いておいてくださいね。

     人は、消えるんじゃない。いちばん近くで見てくれた人の手に、

     引っ越すだけ。そう思えたら、看取ることも見送られることも、

     少しだけ、怖くなくなりました。あなたの手に移ってきた、

     あの人の癖は、ありますか。

2026年8月15日土曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 毛越寺&渥美清

八月よ独り生まれて生ききらん

秋空よ群れることなき人生よ

秋の風心伝える人もなく

秋の星心許せる人もなく

秋の夜や仲間と群れることもなく

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 毛越寺

村雨辰剛

 

岩手平泉 中尊寺金色堂 近くに平安時代の庭園

特別遺跡 特別名勝 世界遺産 毛越寺(もうつうじ)

遣水(やりみず) 

平安時代のお庭もいろいろあるが遣水を備えて発見されたお庭は他に無い

平安時代の景色

年に一度平安時代にタイムスリップ 曲水(ごくすい)の宴

 

毛越寺貫主(もうつうじかんす) 藤里明久

850(平安初期)慈覚大師 円仁が創建

奥州藤原氏が治めていた 戦や火災で建物は焼失

今の本堂は平成元年に完成 元の本堂とは離れています

庭は平安時代のまま残った

 

毛越寺 浄土庭園 大泉が池(おおいずみがいけ)は海を表現

浄土庭園とは仏堂と苑池を一体的に築造した庭園

池を覗くと黒い標注の跡がてんてんてんと

平安時代の橋脚が遺跡として残っている

かつての本堂 金堂円隆寺跡

 

たしなみポイント

平安時代の遺構が多数保存されている

40を超える堂塔 500の僧坊(そうぼう)

 

二代 藤原基衡(もとひら)が作り始め

三代 藤原秀衡(ひでひら)の時代に完成

 

人の心が落ち着かないと平和はこない

仏様の力をいただいて皆さまの心を晴らし幸せに平和を築こうとした

毛越寺もそういう願いの中でつくられた

江戸時代 仙台藩が遺構を保護 

築山(これまで見てきた京都・二条城は芝に覆われていた

   東京・清澄庭園では富士山を模した大きな五月山でした)

「作庭記」に記されているものが検証できる

自然風景を思い出して具現化したものがこの築山 自然の景観に学ぶ

日本の枯山水の源流とも言われている

出島 荒磯(ありそ)石組で表現

 

海岸線の風景を見て歩いたことがある

各所に海岸に迫っている所は岩山が多い 

いろんなインスピレーションを働かせてこの庭は造られている 藤里

 

州浜(すはま) 水辺に石を敷き詰める表現手法 横浜・三溪園 

 

花菖蒲園

遣水 全長80m 

1980年代 昭和58年頃 発掘調査で発見された

貴重な遺跡で平安時代のお庭もいろいろあるのですが

遣水を備えて発見されたお庭は無い 藤里

平安時代の水の流れを伝える

導水 川として表現されています

滝つ瀬 谷川の急流を表しているから流れが速い

下に来ると平野を流れる野川の風情

 

たしなみポイント

遺水の石にはそれぞれ役割がある

水切り石 めぐり石 平安時代の石が現役で活躍

 

私たちが庭の中にせせらぎなど流れを作る時の原点

 

横石 流れを遮るように横に石がある

   真ん中が少し高く 左右が低く そこから水が流れ落ちる

 

たしなみポイント

横石の役割 耳をそばだてていただくとせせらぎが聞こえる

800年前と変わらないせせらぎの音

横石の形が瀬音を奏でる

 

上流と下流 音の違い 平安時代の音の芸術

 

曲水の宴(ごくすいのえん) 平安時代の貴族の歌遊びを再現

村雨さんが訪れたのは「曲水の宴」2週間前

庭師 前田航

自然樹形 樹木が本来持つ自然に育った時の形

紅葉の剪定中 少し抜け感というか奥行きを出したい

目指すは自然の木の姿 バランスを見ながら慎重に剪定

 

平安時代の文化を今に伝える

 

出島 石組が作られている

庭園のシンボル 全体として荒磯(ありそ)の風情

海岸の岩場の風情を表現している

立石 傾けてあるのが庭園全体に緊張感を持たせて

シンボルとしての役割を果たしている

 

たしなみポイント

どこから見ても絵になる立石

 

先の東日本大震災では立石も南側に8度傾いた

2011311日 周りの水をせき止め 立石の修復

被災者を受け入れた毛越寺

庭園は庭園自体に人に訴えかける力がある

改めて教えていただいた 藤里

 

最初にここが建てられたのも平和の願いがあった 村雨

 

庭園の持つ不思議な魅力不思議な力

それは言葉では表現できないもの

人の心を和らげて 前に進む力を与えてくれるのではないか 藤里

 

■渥美清 風天

俳優の渥美清は「風天(ふうてん)」という俳号を持ち、

身内にも隠して独自の句会でユーモアとペーソスに

あふれる俳句を約220句残しました。

 

代表作

「お遍路が一列に行く虹の中」

「さくらんぼプッと吹出しあとさみし」

「流れ星ひとりみつけて肌寒く」

「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」

「大根のサックリ切れて手の赤く」

「立小便する気も失せる冬木立」

「冬の蚊もふと愛おしく長く病み」

「霜ふんでマスクの中で唄うたう」

「湯豆腐ののど元過ぎて腹熱く」

「ただひとり風の音聞く大晦日」

「そのはねであの空飛んだか置物の鷹」

「好きだからつよくぶつけた雪合戦」

「ゆうべの台風どこに居たちょうちょ」

「ちつちゃくて一匹で居る赤金魚」

2026年8月14日金曜日

花火大会で一句&「早桃(さもも)」&「説明と描写の違い」

東野圭吾氏追悼

天才がまた一人大山蓮華(れんげ)

画面にははにかんだ笑み夏の露

愛込めた百六冊や雲の峰

汗拭ひ笑い誘った悪態よ

お別れの言葉はいつか夏の潮

 

■プレバト纏め 2026813

花火大会で一句 花火は夏の季語

 

特別永世名人〆のお手本 千原ジュニア

磊塊(らいかい)の爆()ず洋上の大花火

(磊塊:大きな石が重なる様子心の蟠り さすがのバランス感覚

   大きい石が積みあがる②強く怒りなげき悲しむ③もやもやした蟠り

   ③を使っているのだろう あっという間に爆ぜてしまった

それは広い海の上の大花火を見たから 

前半が質量が重たい後半も質量を重くしないとバランスが崩れる 

洋上 広い空間の大花火とすることでバランスを取った)

 

1位 世良マリカ

会議続くロジックツリー遠花火

(必要な言葉が必要な位置にある 上五で状況場所がわかる 時間経過

 中七で窓の向こうの遠花火 作者の気持ちが鮮やかに想像できる

 これを俳句と呼ぶ)

 

2位 髙地優吾

甚兵を着てく約束雷の音

添削(甚兵と雷は夏の季語 季重なり 実体験が伝わる 

上五中七が口語のお喋り リアリティーがある 

気重なりを主役脇役にする 約束に意味の軸がある

雷が強い季語 の音ははずす)

甚兵を着てく約束雷かすか

 

3位 ベッキー

花火の音くぐりスキップ6歳児

添削(手花火=線香花火等 大花火・揚花火=打ち上げ花火

   あなたの映像と読み手の映像に隙間 打ち揚げ花火とわかるように大花火

   くぐり⇨くぐるかに 吾子をいれる)

花火くぐるかに吾子スキップ

 

4位 エルフ荒川

黒髪を赤に染めあげ揚げ花火

添削(揚げ花火:打ち上げ花火 揚げ花火が黒髪を染めるかのように

   発想自体が陳腐 黒髪を詠嘆する 赤を揚げ花火の描写に使う)

黒髪や()きて揚げ花火

 

5位 八嶋智人

腹にドン!光遅れて大花火

添削(表現しようとする意欲がない 上五中七は大花火の事

   大花火しか残ってない 花火の真下を何で書かない

(はらわた)に轟(とどろ)大花火の真下

 

・清水麻椰チャレンジ

あの日の河川敷明日は花火大会

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「早桃(さもも)

 

読んで字の如く 早くに出回る桃で「早桃」なんですね

普通は一般的に桃というと 秋の季語になるんですが

この「早桃」は晩夏の頃から出回る桃です。

夏桃という傍題もあります

この夏桃 「早桃」を使った時には

そこに夏の季語がのることが大事になるわけです

歳時記に載っている例句を眺めてみると

例えば前田普羅(ふら)さんの

ぬれ縁に早桃おとせし音にさむ

という一句があります

目覚めるという意味での「さむ」

なんじゃないかと思うんですが

これなんかのこの季語の背後に昼寝していた人間が

そんな夏の生活の模様も察せられる 

そういう一句に仕上がっております

「早桃」ならではの季節感 活かしたいですね

 

■夏井いつき俳句チャンネル

「説明と描写の違い」の話

 

冬晴のライトレールや胸躍る

胸躍るは説明。感想です。

描写とは言葉で書くこと

この場合は黄色い車体黄の車体

添削

冬晴やライトレールの黄の車体

空の青と車体の黄色の色彩が映像として見えてくる

 

ウイスキーカボス浮かべて孫笑顔

ウイスキーにカボス これだけで浮かべていらない

笑顔になってくれましたと云うのは説明

笑顔になったというのは描写ではなく説明

笑顔と書いた瞬間に気をつけた方がいい

一切れのかぼす孫とのウイスキー

一切れのカボスで映像が切れる そして

カボスの映像から孫の映像に切り替わる

孫「との」で私がいることも読んだ人の脳で再生される

 

「俳句添削辞典」に記されているらしい。

 

2026年8月13日木曜日

100分de名著 親鸞❝教行信証❞④

今朝も命が繋がっている秋の風

秋の陽や耳傾けり鳥の声

汗たらりどこへ行くにも秋の声

盆の月零れる涙拭きもせず

「おあいこ」とお隣さんと秋の雲

 

100de名著 親鸞❝教行信証❞④誰一人取りこぼさない救済原理

釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ

 

出家のものも在家のものもこの教えを仰いで信じ敬うべきである

 

念仏を非難中傷した人たちが救われますように 「教行信証」

そんな思いで念仏をしましょう

 

「教行信証」の構成

   真仏土巻 阿弥陀仏如来と真実の浄土について

   化身土巻 前半は「仮()の教え」

後半は儒教・道教など仏教以外の宗教についての話

 

今回のキーワードは救済

摂取不捨:阿弥陀仏は決して見捨てることなく救い取ること

仏教という体系の中で阿弥陀仏は「決して捨てない」という原理の象徴

 

(現代語訳)

第十二願は、「無量寿経」に次のように説かれている。

「わたしが仏になったとき、光明に限りがあって、数限りない

仏がたの国々を照らさないようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

また第十三願は、次のように説かれている(無量寿経)

「わたしが仏になったとき、寿命に限りがあって、はかり知れない

遠い未来にでも尽きることがあるようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

 

第十二願 第十三願 阿弥陀仏は無限の光と命のはたらき

                空間⇧  ⇧時間

阿弥陀仏は時間も空間も超越

真実の浄土 天 人 修羅 畜生 餓鬼 地獄の中で生き生まれ変わる

最も清浄な世界 天

解脱への道 出家 涅槃(に辿り着くと二度と生まれ変わることはない)

生の本質は苦しみである(一切皆苦)

浄土の道 浄土 涅槃と浄土は第三領域

天は悟りが開けない人が行くところ 悟りを開いた人は涅槃に行く

両方にかかるような誰もがいける世界としての浄土

 

親鸞は浄土からこの世に菩薩として戻り人を救うと説いた(還相回向げんそうえこう)

無住処涅槃:生死の世界にとどまることなく涅槃の世界にも入らない状態

 

化身土(けしんど):人々を真の浄土に導くための「方便」としての仮の浄土

方便とは

ウパーヤ(サンスクリット語):近づく・到達する

到達する方向に向かったの中間点

 

あの街角まで、あの電柱まで(1977) 

マラソン選手の君原健二は出演した青少年自殺防止キャンペーンCM

 

最終的にはすべての人を真の浄土へと導くための中間地点

自らの仏道を振り返る親鸞 

三願転入の文(さんがんてんにゅうのもん)

三願とは?

修行や善を実践して往生する 要門(第十九願)

自力の念仏による功徳で往生する 真門(第二十願)

他力の念仏によって往生する 弘願(ぐがん)(第十八願)

 

(現代語訳)

このようなわけで、愚禿釈(ぐとくしゃく)の親鸞は、龍樹菩薩や天親菩薩の

解釈を仰ぎ、曇鸞大師や善導大師などの祖師方の導きにより、

久しく、さまざまな行や善を修める方便の要門を出て、

永く、双樹林下往生から離れ去り、自力念仏を修める方弁の真門に入って、

ひとすじに難思往生を願う心をおこした。

しかしいまや、その方便の真門からも出て、

選択本願の大海に入ることができた。

速やかに難思往生を願う自力の心を離れ、

難思議往生を遂げようとするのである。

必ず本願他力の真実に入られようと第二十願を

おたてになったのは、まことに意味深いことである。

ここに久しく、本願海に入ることができ、深く仏の恩を知ることができた。

この尊い恩徳に報いるために、真実の教えのかなめとなる文を集め、

常に不可思議な功徳に満ちた名号を称え、いよいよこれを喜び、

つつしんでいただくのである。

 

三願転入の文       親鸞の人生

方便の要門(第十九願)   比叡山において20年修行

方便の真門(第二十願)   常行三昧などの念仏の実践も行う

選択本願の大海(第十八願) 法然との出会いで他力本願の道へと転入

 

迷いながらも他力の道へと導かれる

摂取不捨

「偽の教え」:仏教以外の宗教や神道・儒教・占いなど

仏教を信じる者は「偽の教え」に惑わされてはいけない

当時の仏教が他の教えと混交していたことへの批判

 

(現代語訳)

「涅槃業」には、〈仏に帰依するものは、最後まで仏教以外の

さまざまな神々に帰依することがあってはならない〉と説かれている。

また、〈仏に帰依するものは、決して地獄や餓鬼や畜生の世界に

落ちることがない〉と説かれている。(中略)

だから経典には〈永久に仏教以外のさまざまな教えに

帰依することがない〉と説かれている。

 

三帰依:仏・法(仏が説いた教え)・僧

純粋に仏教の教えに帰依する

法然:専修念仏を説いて批判された親鸞の師

 

富山の薬売り:江戸時代の富山藩で始まった全国を巡回し

       家庭に薬を配置する行商人・販売方式

浄土真宗の門徒が生み出した商業倫理

真摯に日常を生きる方向に発達

 

後序:「化身土巻」の末尾に添えられた600字程度の短い文章

法然や「専修念仏」の人々を迫害した当時の仏教界や朝廷への批判も表明

 

(現代語訳)

わたしなりに考えてみると、聖道門のそれぞれの教えは、

行を修めさとりを開くことがすたれて久しく、

浄土真実の教えは、さとりを開く道として今盛んである。

しかし諸寺の僧侶たちは、教えに暗く、何が真実で

何が方便であるかを知らない。(中略)

このようなわけで、興福寺の学僧たちは、後鳥羽上皇・土御門天皇の時代、

承元元年二月上旬、朝廷に専修念仏の禁止を訴えたのである。

天皇も臣下のものも、法に背き道理に外れ、怒りと怨みの心を抱いた。

そこで浄土真実の一宗を興された祖師源空聖人をはじめ、

その門下の数人について、罪の内容を問うことなく、不当にも死罪に処し、

あるいは僧侶の身分を奪って俗名を与え、遠く離れた土地に流罪に処した。

私もその一人である。だから、もはや僧侶でもなく俗人でもない。(中略)

「安楽集」にいわれている。「真実の言葉を集めて往生の助けにしよう。

なぜなら、前に生まれるものは後のものを導き、後に生まれるものは

前のもののあとを尋ね、果てしなくつらなって

途切れることのないようにしたいからである。

それは、数限りない迷いの人々が残らず救われるためである」

このようなわけであるまら、末法の時代に生きる出家のものも

在家のものも、この教えを仰いで、信じ敬うべきである。よく知るがよい

 

主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ。

これに因りて、真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、

罪科を考えず、みだりがわしく死罪に坐す。

あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。

しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆゑに禿の字を以て姓とす。

 

「後序」に込められた抗議

法然の主著「選択集」の書写を許されたことを書いている

その題字を法然自ら書いてくれた 喜びも記されている

 

念仏に御心にいれてつねに申して、念仏そしらん人びと此世、

後の世までの事を祈りあはせたまふべく候

念仏を心に入れて常に称えて、他力念仏のことを非難・中傷する人の

現世・来世をいのってください

 

よくよく念仏謗らん人をたすかれと思召して

念仏しあはせたまふべく候

念仏を非難・中傷する人が救われますようにと思って念仏してください

坂東法恩寺の性信に宛てた手紙

 

立場の異なる人への思い

 

心を解きほぐす仏の教え

 

「新型コロナウイルスの3つの顔」

   病気(ウイルスそのもの) ②不安と恐れ ③差別と偏見

 

我々は不安・恐れがあると心が委縮

見えない世界に心を伸ばす取り組みは我々にとって大切だと痛感

大きな仏の願いを通して自分を見つめると生き方も変わる