秋の寄付詐欺師の肥やす私腹かな
秋湿り使途不明あり赤い羽根
秋黴雨テレビ募金の抜き取りが
横領や着服重ね秋渇き
中抜きされる善意の資金残暑
■NHK俳句 兼題「蜻蛉(とんぼ)」
選者:星野高士 レギュラー:松井玲奈 司会:柴田英嗣
年間テーマ「虚子の近代俳句」
今月は「俳句から小説へ」
此土手で追ひ剝がれしか初桜 夏目漱石
漱石は先に俳句の才能を評価された
夏目漱石(1867-1916) 22歳のとき
第一高等中学校で同級生の正岡子規(1867-1902)と出会う
漱石の俳句は斬新で奇想天外 芝居がかっているのが多い 星野
この句は映像的 物語が始まるような動きを感じる 松井
自分の境涯が写生句に入っている
初桜:その年に始めてみる桜
子規は「滑稽味がある」と評価
挨拶や髷(まげ)の中より出る霰(あられ) 夏目漱石
霰:冬の季語 大事な集まりで挨拶したら髷から霰がポロっとこぼれた
クスッと笑ってしまう句
物語には緊張と緩和が大事と監督から教わった 松井
漱石の人と違った目線を子規は評価した
しかし子規は漱石の3分の2にダメ出しをした
高浜虚子(1874-1959)
1900(明治33)年 漱石 イギリスへ留学
1902(明治35)年 子規 結核を患い死去
1903(明治36)年 漱石 イギリスから帰国
1898(明治31)年 虚子 雑誌「ホトトギス」を引き継ぐ
虚子が漱石に「長いもの(文章)でも書いたら?」
「吾輩は猫である」を漱石「ホトトギス」(1905(明治38)年1月)でデビュー
最初漱石が考えたタイトルは「猫」 高浜虚子がタイトルをつけた
それが「吾輩は猫である」 登場人物の松山弁(伊予弁)も虚子が直した
虚子は自分が小説家として売れたかった虚子
漱石の小説のお陰で「ホトトギス」は結構売れた
「小説では漱石に勝てない」と虚子も思ったかもしれない
虚子は漱石の亡くなった時、電報で弔電を送った
ワガハイノカイミヤウモナキススキカナ 高浜虚子
虚子句集で唯一カタカナだけの俳句
(吾輩の戒名も無き芒かな)
この句の季語は「ススキ」野ざらし ススキは寄る辺(よるべ)ない
戒名のない猫の生涯をススキに見立てた
・今週の兼題「蜻蛉(とんぼ)」
とんぼ(3音) とんぼう(4音) 両方ともOK
とんぼは真っすぐ自由に飛ぶ 過去に戻るより未来形と思う
赤とんぼ夕暮れはまだ先のこと 星野高士
赤とんぼと一緒に夕暮れになるのは寂しい
夕暮れはもう少し先に延ばしたい
・特選三句 兼題「蜻蛉」
一席 里山へ夕日を運ぶ赤蜻蛉 村上修二
二席 蜻蛉の何も決まつてゐない貌(かお) 眩む凡(くらむぼん)
三席 彷徨へる大東京の赤とんぼ 木下風民
・特選句 兼題「蜻蛉」
赤蜻蛉島の灯台灯(とも)る頃 名賀孝惠
畠(はた)仕事終(お)へて蜻蛉に見送られ 新藤忠司(ただし)
とんぼうや風を探してゐて多忙 広島じょーかーず
私 集落の五軒が空き家赤蜻蛉 後藤久
とんぼうの通り過ぎたる町の午後 森山明
巡礼の先達(せんだつ)となる蜻蛉かな 榧野実(かやのみのり)
・松井玲奈 今月の一句
指先をかすめて蜻蛉空を継(つな)ぐ 松井玲奈
説明っぽい 文章っぽくなってる 散文 エッセイ
俳句は切れをもってきたり余韻をもたせてつなげていく
これは「継ぐ」で止まっている 星野
添削(散文が俳句に消化できる 空間が出る)
とんぼうの指先からも空継ぐ
今月のポイント
「散文からも俳句に昇華させる」
・はみだせ!教室俳句
千葉大学教育学部付属中学校 大澤由紀先生
玉を打つリング高しや夏まひる
「し」「や」両方で切れた 「リングの高し」「リングは高し」にすると
「や」を入れなくても「高し」で切れている
薫風や変わる自分に恐れずに
「に」を「を」に 助詞の使い方練れてくるともっと良くなる
「俳句手帳」を持ち歩くと外の景色を見るようになった
俳句手帳で1年間に蓄積して行った時に学びの足跡が見える
色んな広がりが見られたのが意外な喜びとなった 大澤先生
言の葉と戯れし子ら泉湧く 大澤由紀
言葉と遊んでたくさんの感覚を磨いて アイデアが湧いて
表現する楽しみも そんな泉が湧いてくるような授業を目指しています
■NHK短歌 テーマ「私のなかのもう一人の私」
選者:千葉聡 ゲスト:瀧波(たきなみ)ユカリ 司会:ヒコロヒー
年間テーマ「きょうの放課後
いつかの放課後」
我という三百六十五面体ぶんぶん分裂して飛んでゆけ
俵万智
自己肯定の歌 千葉
力強さと優しさを感じる 瀧波
・入選九首 テーマ「私のなかのもう一人の私」
どしらそふぁみれどうなったっていい夜にゆっくりくだる螺旋階段
三月とあ
政治などどうでもよかったあの頃の私を守るための声帯
村崎残滓(ざんし)
三席 根っこごと掘らなかったからまたあなたの若葉だけが芽吹いてしまう
三須絵美
私 パーソナルベストを超えた社会性をもって顧客の犬と接する
須山暢彦
呼ばれるは名字ばかり下の名で呼ぶ人だけが知ってる私
寺田智樹
本当はそんなに結婚したくない方の私が頼む焼酎
つきこ
プチプチの本名は気泡緩衝材(きほうかんしょうざい) わたしにも名がふたつあります
星野珠青(たまお)
一席 私 海と空たがいの青を染めあってレシピエントとドナーのように
水沢わさび
二席 ドライヤー強にしてから(もう知らない)(関係ないから)叫べ乾かせ
相内(あいうち)あみ
・ちばさとの放課後短歌部
瀧波ユカリさんの「私のなかのもう一人の私」
毒リンゴで握力測定してもいい白雪姫よりカラフルな私
千葉聡
心の中は自由で人に合わせすぎない
ちばさとの注目ポイント
意外な自分を見いだす!
短歌づくりのヒント
新しい言葉や表現に挑戦すると意外な自分が見いだせる
・瀧波ユカリさんが思いを作品にする時に心がけていることは?
最初はぼんやりとした輪郭
モヤモヤした状態を濃縮させていく
自分の言いたいことが一文まで収まったところで
4コマとかストーリーとかエッセイとか
どうやって入れていけばいいのかという作業になる
そこで初めて読者の目というものを意識する
切り詰めたものにプラスしていくという作業になっていく
足りないなって思う時 本屋さんとか自分の本棚の前に立って
適当に1冊スッと出す そこに足りない要素を補うようなことが
書かれてあったりする
自分では思いつかなかった要素がポッと入ってきてカチっと噛み合う
いわゆる「誤配」思いかけずに本に出会うとか文章に出会うって
最近ない ヒコロヒー
ヒントをもらった 千葉
・いちご摘み
穴のあいたカーテンを買い替えるとき人生が始まったとおもう
山中千瀬(ちせ)(好きな歌人 寺山修司)
⇩
その街のはじまりの名はおしよせる潮のひびきのただそれだけの
佐々木朔(さく)(好きな歌人 山中智恵子)
摘んだのははじまり 街が始まったのは遠い記憶
朗読をかさねやがては天国の話し言葉に至るのだろう
「往信」書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)
短歌やってると周りの人とかも
就職なんて別にいいやとなりがちというか
裏を返せば視野が狭いみたいな感じの 自分だったらもしかしたら
なってたかもなと思うところはあるので そういう意味では
この人生で良かったのかなと思っています
これはもっといろんな人の人生というか 無数のこの世にある人生が
始まるみたいなイメージも膨らんでくる
家を出てひたすら歩いてみたり 来たバスに乗ってみたりして
収録歌より
はるのゆめはきみのさめないゆめだからかなうまでぼくもとなりでねむる
いちめんに銀杏つぶれラブコメの最後はかならずラブが勝つこと
関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花
にしんそばと思った幟はうどん・そば 失われたにしんそばを求めて
香港の十分おきに雨が降る映画のなかの雨の香港
参照:https://www.kankanbou.com/books/tanka/0666

