夏の朝死すまでずっと茹でこぼし
暑き日よテンション下がる茹でこぼし
汗拭い野菜も肉も茹でこぼし
夏の霧言われるがまま茹でこぼし
夏の夕栄養なくす茹でこぼし
■100分で名著 親鸞❝教行信証❞①逆境の中で鍛えられた思想
釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ
日本の思想史上 親鸞が最大の人物だろうと思っている
司馬遼太郎
親鸞(1173-1262)
教行信証 悪人と仏の物語 いちばんダメなやつでも救われる教え
知恩報徳:仏や先人たちの恩・徳に報いること
知恩:クリタジュニャ(サンスクリット語)
先人が私のためにしてくださったことをしっかり受け止める
「知恩報徳」の心で読む
地名に過去の災害が反映されている
先人からのパスはかすかなもの
浄土宗の宗祖 法然(1133-1212)
「南無阿弥陀仏」と念仏を称えれば 誰でも極楽浄土へ往生できるという
「専修念仏(せんじゅねんぶつ)を説く
1201年 親鸞が入門
1207年 承元の法難によって四国に流罪となる(のちに放免)
法然への批判に対する論駁(ろんばく)の書
仏や菩薩のいる世界 浄土 阿弥陀仏
阿弥陀仏の修行者時代の名前 法蔵菩薩
第十八願(至心信楽の願)
心からこの願いを信じて念仏を称える者を極楽浄土へ往生させる
浄土仏教
大乗仏教:紀元前後のインドで成立 他者の救済に努める「菩薩の道」を重視
中国の僧・善導による「観無量寿経疏」一心にもっぱら阿弥陀仏の名号を念じよ
称名念仏(しょうみょうねんぶつ)
法然 「南無阿弥陀仏」とだけ称える 専修念仏の教えを説いた
法然は従来の仏教の枠組みからこぼれる人の救いを求めていた
一切経:仏教に伝わる全ての経典・律・論の総称
仏教の教えからこぼれ落ちる人とは?
生き物を殺すのはだめだ 嘘をつくとだめだ
という教えはあるがなかなかそういう教えに従えない人もいる
地震・飢饉・感染症が頻発した 災害の世紀と言われる12世紀
限界状況(哲学用語):自分の力や理屈では克服できず回避することもできない状況
限界状況の人たちが救われる道とは何かが法然のテーマ
謎の包まれた親鸞の人生 明治時代には架空人物説もあった
比叡山・延暦寺
建仁元年(1201)比叡山を降りる
親鸞が百日参籠(さんろう)をした六角堂(京都・頂法寺)
親鸞夢想之像
元久2年(1205)法然に「選択集」の書写を許される
元久2年(1205)専修念仏の禁止を訴える「興福寺奏状」が朝廷に提出される
承元元年(1207)後鳥羽上皇が法然一門に専修念仏停止を命じる(承元の法難)
承元の法難:法然一門のうち4人が死罪
親鸞は僧籍剥奪のうえ 続名・藤井善信(よしざね)与えられる
「禿(とく)」という字を名字として愚禿・愚禿親鸞と名乗る
「涅槃経(ねはんぎょう)」に出てくる姿は僧侶のようだが名ばかりの僧侶
非僧非俗 という立場をとる
日本仏教は「半僧半俗」の文化が豊か 例えば山伏も「半僧半俗」
僧でもなければ俗人でもない 愚かな一人の人間
教行信証を書き始めたのは おそらく50歳くらいから書き始めて
30年以上 人生の後半書き続けていた
80代が執筆活動の最盛期
親鸞の80代 ●住居が火事になる ●長男と親子の縁を切る
内面を表現することが親鸞にとっての生きる道
知恩報徳の日々だった
「教行信証」の構成
総序(まえがき)
①
教巻 ②行巻 ③信巻 ④証巻 ⑤真仏土巻 ⑥化身土巻
四六駢儷体(べんれいたい)
四字と六字を基本とした漢文の文体
親鸞自身の感情が表現されている
ひそかにおもんみれば、難思(なんじ)の弘誓(ぐぜい)は難度海を
度する大船(たいせん)、無礙(むげ)の光明は無明(むみょう)の
闇(あん)を破(は)する恵日(えにち)なり。
阿弥陀仏の教え 大きな船 王舎城(おうしゃじょう)の悲劇
提婆達多(だいばだった)釈尊の弟子
頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)阿闍世(あじゃせ)の父
阿闍世(あじゃせ)マガタ国の王子
頻婆娑羅王の殺害を助けるから私を教団のトップにしてくれ 提婆達多
韋提希(いだいけ) 阿闍世の母
(現代語訳)
ここに浄土の教えを説き明かす機縁が熟し、
提婆達多が阿闍世をそそのかして
頻婆娑羅王を害させたのである。
そして浄土往生の行を修める正機が明らかになり、釈尊が韋提希を
お導きになって阿弥陀仏の浄土を願わせたのである。
悪人が救われる物語
権家の仁(ごんけのにん):私たちを救うために
人間の姿を借りてこの世に現れた仏や菩薩
いちばんダメなやつでも救われる教えを親鸞は求めた
そうでないと自分は救われない
立派なこともいいこともできない 自分を見つけ続ける
①
教巻 「無量寿経(むりょうじゅきょう)」という経典が
真実の教えだと述べられている 「無量寿」は阿弥陀仏の別名
法蔵菩薩が四十八願をたてて 世自在王仏の元で修業し阿弥陀仏になる物語
(現代語訳)
その真実の教(きょう)を顕(あらわ)せば「無量寿経」である。
この教の大意は、阿弥陀仏はすぐれた誓いをおこされて、
広くすべての人々のために法門の蔵を開き、
愚かな凡夫を哀れんで功徳の宝を選び施され、
釈尊はこの世にお出ましになり、仏の教えを説いて、人々を救い、
まことの利益(りやく)を恵みたいと思いになったというものである。
そこで、阿弥陀仏の本願を説くことをこの経のかなめとし、
仏の名号をこの経の本質とするのである。
なぜ「無量寿経」が真実の経なのか
第十八願が親鸞の教えの一番の軸
第十八番願
たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、心を至し信楽して
わが国に生まれんと 欲ひて、乃至十念せん。
もし生まれざれば、正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法を除く。
法蔵菩薩が悟りを開いて阿弥陀仏になる時に立てた願い
