2026年6月18日木曜日

心の時代 ムーミン 中村圭志 若松英輔

青嵐想像力を刺激され

夏山の朝怪しく光る茜色

夏の風組子障子は受け継がれ

夏座敷組子模様に囲まれて

贅沢に凝った組子よ夏足袋よ

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教③「ムーミン」

トーベ・ヤンソン(1914-2001)

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

 

「ムーミン谷の仲間たち」より 

スナフキン 

あんまり誰かを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。

リトルミー

かなしむなんてできないわね。あたいは、よろこぶか、おこるだけ。

ムーミントロール

みんなそれぞれ、こうもちがうものなんだな。

 

トーベ・ヤンソン「Whai is Freedom

彼らの幸せは ひとりでいる自由 自分だけの考えにひたる自由

だれかに打ち明けたいと思うまでは 自分の秘密を明かさずに

隠し持つ自由から構成されています

このユートピア的とも いうべき家族を わたしはなにかしら

敬意と驚きに近い感情で 見つめてしまう

 

「小さなトロールと大きな洪水」富原真弓訳

八月も終わりの、そう、夕方に近いころだったでしょうか。

ムーミントロールとそのママは、大きな森のいちばん深いところに

やってきました。冬がやってくるまえに、もぐりこむ家を建てようと、

あたたかくて気持ちのいい場所を探しているのです。ふたりは

さまよいつづけ、静けさと暗闇の奥へ奥へと、踏みこんでいきます。

ムーミントロールのママはいいます。

「この家より美しい家はないわ」ママはムーミントロールの手を取って、

空のように青い部屋に入っていきました。こうして、いつまでも、

いつまでも、みんなはこの谷に住みつづけました。

 

スノークのおじょうさん ヘムレン フィリフヨンカ 

 

「ワーディ アマーン」(安心の谷)1990年代 アラブ諸国20か国で放送

 

トーベ・ヤンソン

戦争が執筆にどう関係していたか 自分でもわからないけど 

もしかしたら「現実逃避」だったのかもしれません

実際にそう 責められたこともありました 私がしていたのは

むしろ必ず戻らなきゃいけない「現実からの遠足」だったのよ

 

父は彫刻家ヴィクトル 母は挿絵画家シグネ 

スウェーデン系のマイノリティー

 

「エヴァへの手紙」194112月より

どこもかしこも戦争。世界中が戦争。何を言えばいい?

すべてが感情や気分に左右されてしまいます。

国全体が抱える苦悩が、私を圧迫し、バラバラにし、

爆破されたような恐怖感に教われることもあります。

生きたい、人生をきちんと生き抜きたいという想いが、

逃げたいという感情に打ち砕かれてしまうのです。

 

「ガルム」1941年クリスマス号 に風刺画を掲載

「ガルム」194410月号 ムーミントロールの原型

 

忠誠心、団結心、高圧的な言葉は、彼らの弱さの裏返しでもあります。

一貫性がなく、仲間内では無関心を装いながらも、実は自分だけは

出し抜いてやろうとか、いかに自分がすばらしいかを朝から晩まで

アピールするのです。男たちの戦争!

女として、相手を喜ばせたり、崇拝したり、へりくだったり、

さらには自分のことを諦めるなんて、そんな風にはなれません。

将来また戦争が起きたら、殺されてしまうかもしれないと

わかっていて、子どもを産むなんて、まっぴらごめんです。

 

トーベは女性と恋に落ちたのです。それは当時の社会においては

タブーとされ偏見にさらされる対象でした。

 

スクルット(役立たず) ムーミン谷

 

YLEインタビュー「子どもの本への道」

この物語をわたしは子どもたちだけのためではなく

自分自身のために書いています

ただ私の物語が特定の読者にむけられているとすれば、

それは「スクルット」であるといえます

「スクルット」とはどこにいても 居心地が悪く 外部や周縁に

とどまっていて「小さくてあまりぱっとしなくて汽車を怖がる」

人たちのことです。途方に暮れている人たちのことです。

 

新約聖書「マタイによる福音書」

これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい

 

1962年「ムーミン谷の仲間たち」

「目に見えない子とその他の物語」

 

「ムーミン谷の仲間たち」山室静訳

「さあ、入らっしゃい!」「だれをつれてきたの?」と、

ムーミントロールが聞きました。

「ニンニよ。そう、あの子の名前はニンニっていうの」

なんだかためらっているような、かすかな鈴の音が聞こえてきました。

それが階段を上がったところで止まったかと思うと、

床のちょっと上に、黒いリボンに結ばれた小さな銀の鈴が、

浮かんで見えました。

 

コーヒーを飲みおわると、

三人はそろって川のほうへあそびに出かけました。

ところがニンニは、何ひとつできないことがわかりました。

ニンニは、ひざをおっておじぎをしては、「もちろんです」とか

「とってもたのしいです」とかいうのですが、ただおつきあいで

やっているだけで、ちっともおもしろがっていないのが、

すぐにわかりました。

 

「それで ちやほやされると思ってるの?まったく、だらしないわよ。

あたいにひっぱたかれたいわけ?」ミイがどなると、ニンニは

おとなしく答えました。「いえ、えんりょします…」

「怒ることもできやしないんだわ。それがこの子の悪いとこよ」

ミイはそういうと、ニンニのそばに近づいて

こわい顔をしてつづけました。

「あのさ、たたかうってことをおぼえない限り、

あんたは自分の顔を持てるわけないわ」

 

ムーミンパパが、「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、ぼうしを海の中に

落としてしまいました。ニンニの見えない小さな歯が、ムーミンパパの

しっぽに穴が開くぐらい深くかみついていたのでした。

「おばさまを こんな大きくてこわい海につき落としたら、

ゆるさないから!」

(ニンニは自ら自分の顔を取り戻しました。)

「あら、まあ!なんて、おかしいの!やだもう、最高!」

ニンニがさけんだのです。大笑いするあまり、

桟橋がぐらぐらゆれました。

 

モラン

 

「ムーミンパパ 海へ行く」小野寺百合子訳

「だれも なにもしなかったんじゃないかしら。だれもあのひとのことは

気にかけないという意味よ。あのひとは、雨か暗闇のようなものか、

通りすがりに、よけなければならない石のようなものよ。」

「あいつと話ができるかな」と、ムーミントロールはいいました。

ママは、ため息をつきました。

「モランと話をしてはいけないし、あのひとのことを話してもいけないのよ。

でないと、あのひとはもっともっと大きくなって、追いかけてくるわ。」

 

わたしは世界でいちばんつめたくけっしてあたたかくはならないの

 

1957年「ムーミン谷の冬」

「ママ、起きてよ!」ムーミントロールはさけぶと、走ってもどり、

ママのふとんを引っぱりました。「世界じゅうが、どこかへ行っちゃったよ」

しかし、ムーミンママは目をさましません。

谷間は、灰色のうすあかりにつつまれていました。

緑なんてものは、どこにも見えません。白一色です。

おまけに、まえには動いていたものも、今はじっと止まっています。

生きものの音は、ひとつもしません。角ばっていたものも、今ではみんな

まるみをおびていました。「これがきっと、雪というものなんだ」

ムーミントロールは、つぶやきました。

 

トゥーティッキ

 

「雪って、つめたいって思うでしょ。だけど、雪でこしらえた家に入ると、

あったかいのよ。雪って白いと思うでしょ。ところがピンク色に

なることもあれば、青い色になる時もあるわ。どんなものよりも

やわらかいと思うと、石よりもかたくなったりするの。

ぜったい、なんてものはないのよね」「ものごとって、みんなとても

あいまいなのよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 

「あのね、なんでも寝ほり葉ほり聞くもんじゃないわよ。」

「この世界には、夏や秋や春には居場所のないのが、いっぱいいるのよ」

「みんな少しはずかしがりやで、ちょっぴり変わりものなの。

どこへ行っても場ちがいに感じてしまったり、だれのことも

信じられなかったりする人たちとかね。

そういうものたちは一年じゅう、どこかにこっそりと、かくれているの。

そうして、あたりがひっそりとしてなにもかもがまっ白になり、

夜が長くなって、たいていのものが冬の眠りに落ちたときに、

やっと出てくるというわけ。」

 

「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。

そうして自分ひとりで、それを乗りこえるんだわ」

 

トゥーティッキの元となる人 トゥーリッキ・ピエティラ

トーベの生涯のパートナー

 

Alltin gar mycket osakert なんでも不確か

何でも不確か それがわたしを安心させる 

2026年6月17日水曜日

こころの時代 星の王子さま 若松英輔

夏の朝引越し急ぐ花蜂よ

夏の陽や昏き(くらき)眉山へ降り注ぐ

木漏れ日や濃き緑の葉より強く

眩しき陽木下闇(このしたやみ)でひと休み

闇拒む昏き山々夏の朝

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教①「星の王子さま」

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)

 

「星の王子さま」内藤濯訳

「ね…ヒツジの絵をかいて…」「え?」「ヒツジの絵をかいて…」

ぼくは、びっくりぎょうてんして、飛び上がりました。

すると、とても様子のかわったぼっちゃんが、まじめくさって、

ぼくをじろじろ見ているのです。

「だめ!このヒツジったら、病気で、今にも死にそうじゃないか。

描き直しておくれよ」ぼくは描き直しました。

「そうだな…これ、当たり前のヒツジじゃなくって、

ツノが生えてるもの…」そこで、ぼくは、また描き直しました。

「これ、ヨボヨボじゃないか。ぼく、長生きするヒツジがほしいんだよ」

ぼくは、もうがまんしきれなくなってきました。

「こうつぁ箱だよ。あんたのほしいヒツジ、その中にいるよ」

ぶっきらぼうにそう言いましたが、見ると、ぼっちゃんの顔が、

ぱっと明るくなったので、ぼくは、ひどくめんくらいました。

 

新約聖書「マタイによる福音書」1914

子どもたちを来させなさい 天の国はこのような者たちのものである

 

「星の王子さま」

「ヒツジが小さい木をたべるって、ほんとだね?」「うん、ほんとだ」

「なら、バオバブも食べるんだね?」「そのとおりだ。でも、なぜ、

小さいバオバブなんか食べさせたいの、ヒツジに?」

「わからないかなあ、そのわけ!」と王子さまは、

さもわかりきったことのように、言いました。

朝のお化粧がすんだら、念入りに、星のお化粧しなくちゃいけない。

バオバブの小さいのは、一つ残さず、ひっこ抜かなけりゃいけない。

とてもめんどくさい仕事だけど、なに、造作もないよ

ああ、まだねむいわ…。あら、ごめんなさい。

あたくし、まだ髪をといていませんから…

王子さまは、そう言われても、

〈ああ、美しい花だ〉と思わずにはいられませんでした。

「いま、朝のお食事の時刻ですわね。

あたくしにも、なにか、いただかせてくださいませんの…」

王子さまは、どぎまぎしましたが、汲みたての水の入ったジョロを

とりにいって、花に、朝の食事をさせてやりました。

「夕方になったら、覆いガラスをかけてくださいね。ここ、とても寒いわ。」

 

ライト兄弟の初飛行 1903

 

「サン=テグジュペリ」「人間の土地」「夜間飛行」

 

「戦う操縦士」鈴木雅生訳

いま私が見下ろしている黒点、あれはおそらく一軒の人家だろう。

私はそこからなにも感じ取れない。しかしもしかすると、あれは大きな

田舎の館で、一人の子どもの頭の中に、果てしない大海原と同じくらい

途方のないものをゆつくりと築いているところなのかもしれない。

 

「星の王子さま」

おとなというものは、数字が好きです。

新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、

肝心要のことはききません。〈どんな声の人?〉とか、

〈どんな遊びがすき?〉とかいうようなことは、てんで聞かずに、

〈その人、いくつ?〉〈兄弟は何人いますか〉とか、

〈お父さんは、どのくらいお金をとっていますか〉

というようなことを、聞くのです。

そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。

 

「五億一百六十二万二千七百三十一。

おれは大事な仕事をしているんだからね」

「でも、星を持ってて、いったい、なんの役に立つの?」

「金持ちになるのに役だつよ」「でも、その星、どうしようっていうの?」

「管理するのさ。いくつあるのか、勘定するんだ。むずかしい仕事だが、

おれは、ちゃんとした男だからな」

おとなって、まったく変わってるな、と王子さまは、旅を続けながら、

無邪気に考えていました。

 

地球は、そうやたらにある星とはちがいます。そこには百十一人の王さま、

九十万人の実業屋と、七百五十万人の呑んだくれと、三億一千一百萬人の

うぬぼれ、つまり、かれこれ二十億人のおとながすんでいるわけです。

 

「ぼくは、この世に、たった一つという、めずらしい花を持っている

つもりだった。ところが、じつは、あたりまえのバラの花を、一つ

持ってるきりだった。」王子さまは、草の上につっぷして泣きました。

 

「ぼくとあそばないかい?ぼく、ほんとにかなしいんだから…」

と、王子さまはキツネに言いました。

「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから」

と、キツネがいいました。

「〈飼いならす〉って、それ、なんのことだい?」

「よく忘れられてることだがね、〈絆を結ぶ〉っていうことさ」

「絆を結ぶ?」

もう一度、バラの花を見にいってごらんよ。あんたの花が、

世の中に一つしかないことがわかるんだから。

 

自他不二

 

心で見なくちゃものごとは見えないってことさ。

肝心なことは目に見えないんだよ

「肝心なことは、目に見えない」と、

王子さまは、忘れないように繰り返しました。

あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思ってるのはね、

そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ。人間って

いうものは、この大切なことを忘れているんだよ。

あんたは、このことを忘れちゃいけない。

面倒みた相手には、いつまでも責任があるんだ。

 

一遍1239-1289 時宗の宗祖 全国を遊行し「踊り念仏」を広めた

 

「星の王子さま」

「きみ、いい毒、持ってるね。きっと、ぼく、長いこと苦しまなくて

いいんだね?」王子さまは、ぼくに、こう言いました。

機械のいけないとこが見つかってよかったね。これで、きみは、うちへ

帰っていけるんだ… ぼくも、きょう、うちに帰るよ…

大切なことはね、目に見えないんだよ…

夜になったら、星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、

どこにぼくの星があるのか、きみに見せるわけにはいかないんだ。

だけど、そのほうがいいよ。きみは、ぼくの星を、星のうちの、

どれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、

ながめるのが好きになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。

 

五眼 仏教における心理を見る眼〈肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼〉

 

霊性

 

「城砦」山崎庸一郎訳

死は確かにつらく、悲しい。しかし、死者たちは、この世で

それを見送る者たちが、もしほんとうに魂を賭けて、戻れと

願うならば、ほんとうに戻ってくるだろう。

戻ってきて、彼らが在りし日より、もっと確かな方法で

再会できるであろう。

2026年6月16日火曜日

こころの時代 蜘蛛の糸 若松英輔

醍醐寺を詠む

水の音よ鳥の鳴き声醍醐寺よ

藤戸石夏の静けさ従えて

見ゆる風音たのしまん夏の庭

夏の風賀茂の三石それぞれに

横向いて眠る秀吉夏木陰

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教②「蜘蛛の糸」

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

或日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、

独りでぶら〱お歩きになつていらつしやいました。

やがてお釈迦様は その池の縁にお佇みになって、

水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を

御覧になりました。

お釈迦様はこの犍陀多(かんだた)には 蜘蛛を助けたことがあるのを、

お思い出しになりました。

そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら この男を

地獄から救い出してやろうとお考えになりました。

何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、

遠い遠い天の上から、銀色の雲の糸が、まるで人目にかかるのを

恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると、

自分の上へ垂れて参るではございませんか。

犍陀多は、早速その蜘蛛の糸を、両手でしっかりと掴みながら、

一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

元より大泥棒のことでございますからこういう事には、

昔から慣れ切っているのでございます。

ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、

数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、

まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へと一心に

よじのぼって来るではございませんか。

自分一人でさえ断()れそうな、この細い蜘蛛の糸が

どうしてあれだけの人数の重みに堪える事ができましょう。

今の中にどうかしなければ、糸は真ん中から二つに断れて、

落ちてしまうのに違いありません。

そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら罪人ども。

この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、

のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、

急に犍陀多のぶら下がっているところから、

ぷつりと音を立てて断れました。

ですから、犍陀多もたまりません。あっという間もなく、

風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に

暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。

 

ポール・ケーラス「カルマ」

私は多くの悪事を働き、善いことは何も行いませんでした。

私の「業」は、私を地獄へ導くでしょう。

救いの道を歩むことなど私には到底かないません。

善因善果、悪因悪果は天の道ですから、あなたが行った罪業は、

めぐりめぐって来世に報いがもたらされます。

しかし、絶望することはありません。

真の教えに帰依して、「我執」の妄念を絶った者は、

一切の情念罪欲を離れて、自らのみならず、他者をも照らす

祝福の源になることでしょう。

その一例として、大泥棒カンダタの話をしてあげましょう…

カンダタは、蜘蛛の糸を掴み真実の道を歩もうとする願いが

実は奇跡の力を持つことを知らなかったのです。

それは蜘蛛の糸のように細いものですが、

何百万という人々を支えることができるのです。

しかし、人の心に「これは自分のものだ。正しい道へ至る喜びは

自分だけのものであり、他の誰にも分け与えたくない」

という考えが生じた途端、その糸は切れ、あなたは

「我執」に捉われた自分に戻ってしまいます。なぜなら

「我執(がしゅう)」の念こそ破滅であり、真理こそが至福だからです。

地獄とは何でしょうか?それは「我執」にほかなりません。

そして、涅槃(ねはん)とは、正しい道を歩む生涯に他ならないのです。

私にも蜘蛛の糸を掴ませてください。私は地獄の底から逃れ出てみせます。

 

「歎異抄」

第十三条

わがこころのよくて

ころさぬにはあらず

また害せじとおもふとも

百人千人をころすこともあるべし

 

第三条

善人なをもて往生をとぐ

いはんや悪人をや

 

第十三条

さるべき業縁のもよほさば

いかなるふるまひもすべし

 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

犍陀多は大きな声を出して、「こら罪人ども。

この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、

のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

お釈迦様は悲しそうなお顔をなさりながら、

又ぶらぶらお歩きになり始めました。

自分ばかり地獄から抜け出そうとする、犍陀多の無慈悲な心が、

そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、

お釈迦様のお目から見ると、浅間しく思しめされたのでございましょう。

しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。

その玉のような白い花は、お釈迦様のお足のまわりに、ゆらゆら

(うてな)を動かしております。

そのたんびに、まん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない

好い匂が、絶え間なくあたりに溢れ出ます。

極楽ももうお午(ひる)に近くなりました。

2026年6月15日月曜日

第27回NHK全国俳句大会②&第27回NHK全国短歌大会②

パンを食むお腹ぎゅるぎゅる夏の朝

シオマネキ繁殖場所はゴミの山

星涼し結一無二のイマージュよ

夏の夜や今を楽しむルノワール

デッサンは声なき会話夏の星

 

NHK俳句 第27NHK全国俳句大会②

大会選者 西村和子 星野高士 夏井いつき 

大会リポート:庄司浩平 司会:小林千恵

 

選者 夏井いつき 星野高士 西村和子 堀田季何 小川軽舟 

井上弘美 小澤實 岸本尚毅 神野紗希 阪西敦子 和田華凜 高野ムツオ

龍太賞 選考委員 髙柳克弘

 

題詠 自由題 龍太賞

 

題詠「口」

坂西敦子選

つる銭口に雨残りたる若葉かな   北藤詩旦

(遠山に日の当たりたる枯野かな   高浜虚子)

 

夏井いつき選

仮の名を山口さんと月の下   吉野利美子

 

岸本尚毅選

浅く舌噛んで昼寝の吾子の口   此村奈積

(吾子俳句の名句は客観性を持った男性の方が多い

 万緑の中や吾子の歯生え初むる   中村草田男)

 

小川軽舟 たった五七五でもそこから人生が見える

小沢實 嬉しい緊張

 

和田華凛選

小春日や親子口開け離乳食   田村フミ江

(描こうと思って言葉を選んでいくと説明を回避できる場合もある

 写生句は強い 見て作るそうすると理屈とか考えていられない

 写生句で怖いのは日記で終わってしまう 詩に昇華しないといけない)

 

堀田希何選

人類は口から亡(ほろ)ぶジギタリス   下村やす子

(ジギタリス:夏の季語 薬にも毒にもなる)

 

西村和子選

寂しさを口には出さずしゃぼん玉   橋本信子

 

NHK短歌 第27 NHK全国短歌大会②

俵万智 荻原裕幸 寺井龍哉 司会:石井かおる

 

選者 

永田和宏 俵万智 山崎聡子 荻原裕幸 小島ゆかり 小池光 

木下龍也 佐佐木頼綱 永田紅 松村正直 米川千嘉子 寺井龍哉

 

題詠「口」

荻原裕幸選

龍口寺の門前すぎた江ノ電は干し物屋の軒をかすめて走る

落合和子

 

松村正直選

妊活を卒()えて樋口家代々の墓の々(どうのじてん)に一礼

澁戸なずむ

(昨年の受賞作品)世界一短い短詩世界一短い祈り出生届)

自分の生きてきた人生を歌うというのを今込めている 昨年度を対に

なるようなところがあって幸運だと思っています

 

永田紅選

ぐるぐるの思考の出口が見つかった遠心力のしっぽにつかまり

波田野伸子

 

歌を作る時視野を広げるには?

あえて短歌に出てきそうもない言葉を意識的に使う

自分の見聞を広げていく

 

山桜花散り果てし木の幹を静かに露の伝ひゐるかも

馬場あき子

 

永田和宏選

十五年亀飼うてれば何処となく似てくるものよ口元なんか

渡辺啓充(ひろみち)

 

木下龍也選

口元に歯磨き粉まだついており多分半日この顔で母は

国兼麻貴

 

寺井龍哉選

旅といふことばを口にするごとにとほくうるほふ母のひとみは

片山佳代子

2026年度「NHK短歌」第3週 年間テーマ 伝統的な言葉を生かして

旧仮名遣いを使うことによって独特の雰囲気歴史的な記憶を呼び寄せてくれる

 

・いちご摘み

のこぎりや鍋も楽器になる星で君のため吹く淡き口笛

本条恵(好きな歌人 笹公人)

にんげんの吹き過ぐるまでしろたへの雪降る街に麒麟たちをり

渡邊新月(好きな歌人 藤原定家)

やをら取る扇は夜に濡れながらひかりを劈()けるごとくひらけり

連作「楚樹」より

古典の言葉で現代の感情なり現代の自分たちの人生を生き直す

古い言葉遣いを遣うことによって逆に現代の文化社会を新しく詠める

摘んだのは「吹く」人間を超えた力を感じる


2026年6月14日日曜日

モディリアーニとその恋人の物語

(ジュウリョクピエロ)夏競馬騎手に恋して走り切る

(ライオン)群れ成さず戦い嫌い夏に逝く

(ライオン)夏野原気ままに生きて昇天す

青空へまっすぐ伸びん立葵

大輪の花誇らしげ立葵

 

■モディリアーニとその恋人の物語(2009)

 

「私が求めているものは現実でも非現実でもなく

 無意識すなわち人類に本能的に備わっている神秘である」

 

モディリアーニはどうして❝芸術村❞に行って絵を描いたのか?

恐らく孤独から逃れるためだった ❝芸術村❞の芸術家たちは

激しく議論しあったという 伝説にはある夕方モディリアーニは

酔って激高し仲間の作品を壊してしまい❝芸術村❞を去ったという

 

モディリアーニにとってロトンドはわが家同然でした 彼は貧乏で

ツケが何カ月もたまりました ツケを催促されると彼は絵を描き

店主に引き取ってもらいました 

 

ジャン・コクトー

 

モディリアーニの天才は麻薬によって目覚めたという伝説がある

例えば独特の細長い顔が生れたエピソードはこうだ

大麻パーティーで彼は突然❝本物の道を見つけた❞と叫び紙と

鉛筆をつかんで興奮して描き出した 描き終えた彼は白鳥のような

首の女の顔を誇らかに振りかざした 

 

フランシス・カルコ(作家)

 

巴里に出て来た時 モディリアーニは既に結核だった 思えば

小さい頃から繊細で病弱だった だから酒と麻薬は彼の心や体を

一層むしばみ 時々 自分自身への信頼を失わせるほどだった

良い絵を描こうとする焦りや画商たちから加えられた圧力…

これら全てが彼を酒におぼれさせる原因になったかもしれない

でも結局これはモディリアーニにしか分らない心の問題だ

 

「僕の興味を引くのは人間だけだ 人間の顔は自然の中でも

 最も優れた創造物である」

 

パブロ・ピカソ

ヴァルター・ハルヴォーゼン(ノルウエー人画家)

ベアトリス・ヘイスティングス(イギリス人ジャーナリスト)

 

ヘイスティングスは酒や麻薬をけしかけモディリアーニをだめにした

張本人だという人がいる 一方モディリアーニを節制させ仕事に

励ませた立役者だという人もいる 私は彼女は単なる恋人や

モデルではなく 真の伴侶だったと思う 彼女と出会って以来

モディリアーニの絵は一層力強く一層澄んできたからだ

 

ポール・アレクサンドル(コレクター・医師)

レオポルド・ズボロフスキー(画商)

ベルト・ヴェイユ(画廊主)

 

ジャンヌ・モディリアーニ()

ジャンヌ・エビュテリヌ(1898-1920)()

モディリアーニと出会ったのは18

 

ジャンヌは赤褐色の髪をしてとても青白い顔をしていたので❝椰子の実❞

とあだ名されていたという 伝説ではジャンヌ・エビュテリヌは

単なる優しい大人しい人間ということになっている しかしジャンヌが

描いた油絵が一つだけ私の手元にあるが 中庭の風景のこの絵は若い

少女としては驚くべき大胆な絵である ジャンヌは画家としてとても優れた

才能を持っていた 

 

マルク・レステリーニ(パリ ピナコテーク美術館 館長)

 

ジャンヌは後追い自殺以後 彼女の作品は封印されていた

家族には自殺のショックがあまりにも大きかったのだ 家族の中では

ジャンヌについて語ることすらタブーだった 

 

若い娘なのだが彼女には確かに本物の才能があった 驚くべきデッサン力を

持っていた 15歳の頃に描いたデッサンを見ても素晴らしく美しいもので

申し分ない完成度なのだ 長生きすれば偉大な芸術家になっていたはずだ

 

スタニスラス・フュメ(文学者)

 

ジャンヌはモディリアーニが一番多く描いたモデルだ

ラファエロのフォルナリーナやピカソのジャックリーヌと同じく

モディリアーニにとってジャンヌは美の女神だった

モディリアーニの芸術を一番触発した人物だ 

 

アンドレ・サルモン(詩人)

 

友人たちはこの頃モディリアーニの二つの姿を伝えている

一つは重病なのに体をいたわらずカフェを彷徨う姿である

モディリアーニは結核のことを人には隠していた

それで酒や哲学的苦悩のため死んだという伝説が作られた

もう一つは健康を回復して出直したいと思っている姿である

母親に宛てた手紙にこうある

「お母さん写真を送ります 赤ん坊の写真がないのが残念です

 春になったらイタリアに旅行しようと思います」

 

赤ん坊の私を世話したのはこのルニアだった モディリアーニは

娘に会おうといつも酔っ払ってドアのベルを鳴らす ルニアが

静かにとたしなめると大人しくなって長らくドアの所に腰を

下ろしてから立ち去った 

 

ルニア・チェホフスカ

 

ジャンヌは翌朝126日未明 飛び降り自殺しました

モディリアーニの死の二日後でした。

 

彼女は自らの感情を押し隠す内向的な性格で精神的苦痛を溜めこみ

外へ出さなかった 自分の人生に希望を抱いていなかったが

時々 浮き輪につかまった その浮き輪のような存在のモディリアーニが

亡くなった時 彼女はひとり自己と向き合った その時 

死はもう避けようがなかった 

 

ペール・ラシェーズ墓地

一つの墓に眠る2人 墓碑銘は

画家 アメディオ・モディリアーニ

「まさに栄光に包まれんとする時 死の手に奪われたり」

 

ジャンヌ・エビュテリヌ

「よき伴侶として生のきわみまで献身せり」

 

最期の言葉には多くの伝説がある

ズボロフスキーには❝親友を宜しく❞と頼んだ

ジャンヌには❝一緒に死ねば天国でも永遠に幸福だ❞と言った

また❝もう脳のほんの小さなかけらしか残っていない❞と言ったり

病院に運ばれる時は❝懐かしいイタリア❞とつぶやいた

あまりにも最期の言葉が多過ぎる…

 

1958年 ジャンヌが書き表した本「伝説抜きのモディリアーニ」では

次の言葉で終わっています。

「モディリアーニは星の子供でこの世の人ではなかった」