風薫る百工比照(ひゃっこうひしょう)ひも解けり
夏涼し百工比照(ひゃっこうひしょう)基礎残す
夏の月絶望抱き立ち直る
ハンタウイルス地球を制覇するか?夏
病葉(わくらば)やハンタウイルス脅威かな
■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 醍醐寺
村雨辰剛
豊臣秀吉が最晩年に仕上げた一世一代の大イベント 醍醐の花見
七百本の桜が植えられた 日本史上豪華絢爛伝説の花見
その舞台となったのが 世界遺産 総本山 醍醐寺
圧巻の桜並木 異彩を放つ庭 三宝院庭園(豊臣秀吉が基本設計)
国の特別名勝 庭の中心には究極の名石
(天下人が代々お持ちになっていた名石) 天下の名石
総本山 醍醐寺 岡田文史
昔から桜の名所 醍醐の花見 慶長3年(1598年)一度きりの花見
この寺は貞観16年(874年)のできた
応仁の乱で荒廃していた醍醐寺を秀吉は「醍醐の花見」を機に復興させた
桜を700本ほどこちらへ持ってこられた スケールの大きな花見
紙本著色醍醐花見図屏風 花見の参加者 約1,300人
二度のお色直しがあった
山の中腹のあたりから下の境内をご覧になった
花見のために茶屋や休憩所を設置
見下ろすと下が真っ白 雪のようだった 山から桜の海を見下ろす
秀吉自ら花見の準備を指示
三宝院(さんぼういん)
弥勒菩薩坐像 快慶作 重要文化財
特別名勝 特別史跡 三宝院庭園(秀吉の庭)
醍醐水 池泉(ちせん)庭園
醍醐:仏教において牛乳を精製して得られる最上の味
また 仏の教えが最上であるという意味
醍醐寺開山 理現大師(りげんだいし)聖宝(しょうぼう)
醍醐味(だいごみ)老人が飲んでいた水を讃えていたことから由来
池の中に2つの島があります 亀島(静寂) 鶴島(躍動感)
秀吉が縄張りをした
縄張り:石や池の位置などを現場で定め庭全体の骨格を決める工程
慶長3年(1598年)作庭開始 天皇を招く計画があったと伝えられている
立体的 醍醐は水が有名 水を流すことによって立体感もより表れている
醍醐の山を望む庭(借景)
たしなみポイント
賀茂の三石 石の形や模様で賀茂川(鴨川)の水の流れを表現
左(水が素早く流れていく様子) 中央(水がよどんだ様子)
右(水が割れて砕ける様子)
自分で見て気づくもの 想像して気づくもの 教えられて気づくもの
池泉庭園と枯山水を組み合わせている
たしなみポイント
二つの島に渡る橋が造られている その材質は 木橋 石橋 土橋
材質の違う橋 橋の見た目と素材を変えることで目を楽しませる
橋の下を舟が通れるようになっている 岡田 舟遊式でもある 村雨
お月見なんかも考えておられたかも? 岡田
舟で庭を巡る構想
静けさの中に水の音 鳥の声 音でも楽しむ庭
三宝院庭園の木々の特徴 桜の木が一本もない
春は外の桜を楽しみ その他の季節には三宝院庭園を味わう
全ての季節を醍醐寺で楽しめるようにしてある
主人石(しゅじんせき) 藤戸石(ふじといし)
天下人が代々お持ちのなっていた天下の名石
天下を治める者が所有すると言われる名石 藤戸石
天下の名石 織田信長足利義昭のため旧二条城に設置⇩
豊臣秀吉 聚楽第(じゅらくだい)⇩
三宝院庭園
この三宝院庭園の石は主人石:日本庭園の中心として捉えられる石
慶長3年(1598年)4月7日作庭開始 9日藤戸石設置
縦長の石なので仏様に見立てた
高い石を阿弥陀様のお姿と低い石で阿弥陀三尊を表している
天下人の石で阿弥陀三尊を表現
手前を現世 池をはさんで極楽浄土を表している
藤戸石が極楽で迎える阿弥陀如来
なぜ徳川に藤戸石は移らなかったのか? 村雨
徳川と言えど仏様として見立てていたので寺から持ちだせなかったのかも 岡田
部屋の中からの景色 三宝院表書院(国宝)から藤戸石がよく見える
天下人(秀吉)だけが堪能できた景色
襖がフレームの様になってさらによく見える 岡田
滝の部分は一つの言葉を表している 登竜門
鯉に見立てたのが手前の石 鯉魚石(りぎょせき)
登竜門:鯉が滝を遡ることで竜となる 立身出世の関門を表現
完成した所を太閤殿下は見られていない
慶長3年(1598年)
4月 作庭開始
5月 いったん庭が完成 秀吉の訪問記録なし
8月 豊臣秀吉死去
当時の権力と財力というのが伺える
三宝院の小高い所に秀吉公をおまつりしてある
庭には向かず横を向いている おまいりした記録もない
慎重におまつりしてきた 寺領を減らされないように
人生のスタートからこの上に至るまでの物語でもあるのかな 村雨
純浄観(じゅんじょうかん) 重要文化財
表書院より一段高く作られている
建物の下にのびた池 純浄観の下を舟が通れるようになっている
茶室・松月亭(しょうげつてい)
たしなみポイント
池が茶室へのアプローチ
舟着き場を下りて躙口(にじりぐち)へ
池の中に据えられた手水鉢(ちょうずばち)
池に浮かぶ月 太閤しだれ桜
醍醐の花見の桜の子孫と言われる桜 推定樹齢170年以上
あらためて名を替えてみむ深雪山うづもる花もあらはれにけり
豊臣秀吉
秀吉ゆかりの桜を未来まで伝える試みも行われている
クローン桜「太閤千代しだれ」太閤しだれ桜のクローン
金堂 薬師三尊像 重要文化財 四天王立像
金堂 国宝 も次世代に残していかなければ…。
