2026年11月3日火曜日

あの人に会いたい 篠原勝之

透明な色を重ねて秋の暮

秋空やビーナスベルトぼかしをり

秋の月夕暮れ過ぎて夜更けへと

秋の夜や時間経過に寄り添わん

秋の暮移ろう月にくぎ付けに

 

■あの人に会いたい 篠原勝之(ゲージツ家)

1942-2026(令和8)年 84歳没

 

さびないことが美しいとは吾モわない さびることもやっぱり美しい

滅びるということが…滅びることを知っているということがね

そういう意味では 土に戻っていくことを知っている

物質というのは何か美しいなと思う

 

おやじに絵描きになりたいとか 芸術家になりたいと言ったら

「こら とんでもねえ ばかたれだ」って よくはたかれた 

それぐらい 昔は 男の子は鉄に従事して鉄の仕事をすることが

男だっていうふうになっていたんだろうね そういうことは

俺の生き方とは また違うだろうなって もっと別な生き方が

あるんじゃないかな ということを漠然と思っていた 

 

鏡なんか見なくても剃れちゃう 会社をやめたときにね やっぱり

ちょっと若いからね はっきり体に刻んでやろうと思った

 

「珍怪魚UNILL」(1973年)

鉛筆でね このころ やっぱりずっと貧乏だから これを10冊ぐらいずつ

風呂敷で包んで 着流しで もう頭を剃っていたからそのころは

新宿でね 飲み屋にね 「絵本買ってくれねえか」って言うと

酔っぱらった客がね こう見て 「うんうん黒いな」とか「あ そう」って

ポイって投げて返すんだよ そういうところでね まだとんがっていたから

「何を!立ち読みして何だそれは!」って もうね 絵本を持った

ゴロマキみたいなもんだ 

 

劇場ポスター

「唐十郎版 風の又三郎」(1974年)

 

「人生はデーヤモンド」角川文庫

 

見つけようって そんなに慌てること ねえじゃないかって思うわけよ

たまたま見つからないで死ねば それはそれでいいんだからね

若いときに大志を見つけるなんてことはとんでもないことだね

生意気もいいところだよ そんなものはだな 

大使は40歳を過ぎてから そう

 

鉄筋がこう出ているわけさ 太いH鋼だとか それを今度 

解体屋のおじさんがね バーナーでジューッと切っているわけ

火花がピャーッと飛びながらね こんなぶっといH鋼がボトンと落ちてね

鉄がね 本当にアメのように ようかんのように 切れていってね

それでアメのように曲がってさ その日のうちに溶接機買っちゃってさ

きのうまで自転車だった鉄が きょうから犬になったったいうんでね

その日から俺は「鉄のケージツ家」を宣言した

 

スクラップというのは一つ一つは言葉なんだよな 言葉と言葉が

ひっつけあってさ 今度はフレーズになっていく フレーズが

こう集まっていくと 今度は文体になっていくわけだな 普通に見たら

単なる鉄のくずなんだけれども 言葉なんだなこれが 俺にとっては

 

風来(1993年)室蘭 老朽化のため26年後に解体されるまで愛された

 

鉄がこうやってさびて やがてまた土の中に戻っていく 

その性格が好きなんだね 滅びを知っている いさぎのよい

美しい物質だなあと 思っているんだ 鉄を 

 

硝子を使った作品作りにも挑む

 

ガラス細工をしたいとかね ガラスを細工した造形物を作りたいとか

そういうことではないんだね 光を作りたいばかりに 

ガラスという物質に今きている 光をため込んだり 向こう側に

突き抜けたりするということが やっぱり俺にとってはたまらない魅力がある

 

チ光・ライ光(2000年・奈良県・元興寺)

天外天風(1993年・中国・内モンゴル)

うつろう(1993年・高知県)

 

俺の山を見るのぞき窓 山梨県北杜市 

 

手が考えたり 足が考えたりしているわけだよ この脳みそで

考えるなんていうのはね ゼロから脳みその中で考えるなんて

ろくなもんじゃない やっぱり手とか 爪の間とか それから

耳を 地面に耳をひっつけたり いろんなこと最近 

川を歩いているときに 目が考えたりなんかしている 

 

ゆら水(2009年)

 

これはね 甲斐駒を見るためのオブジェ 

この真ん中に甲斐駒がおさまるようにした

ほー 声が響くだろう 晴れた日は 雪みたいに白く輝く

貴婦人みたいでな いや 俺が言ってんの まあまあ そっとな

 

職業としてゲージツ家 というんじゃねえんだよな 俺

生きるスタイルがゲージツ家 だからもっとキザにいうとさ

生きてる理由の98パーセントぐらいが芸術なんだってみたいなところある

芸術やってねえなら俺 生きていてもしょうがねえな

 

2026年11月2日月曜日

兼題「冬銀河」&テーマ「手紙」

日の出直後のビーナスライン照葉(てりは)

風景が伝えてくれた秋心

絵師、彫り師、刷り師に繋ぐ秋の業

曲げられた松の枝から見る秋よ

鷹渡る空は版画の共通語

 

■NHK俳句 兼題「冬銀河」

選者:堀田季何 レギュラー:庄司浩平 司会:柴田英嗣

年間テーマ「もっと俳句のコリをほぐします」

 

コリのお悩み 季語が無くてもいいの?季語がない無季俳句

季語は絶対ではない

①   戦争が廊下の奥に立つてゐた   渡辺白泉

1939年作 日本が第二次世界大戦に参加する2年前

日常の中に戦争が侵入してくる不気味な恐怖

季語を入れてみると

戦争が廊下の奥に立つ残暑

戦争が桜の奥に立つてゐた

「季語」の情緒と「戦争」が喧嘩する 季語の話になってしまう 

この句は普遍的 季語の情緒が邪魔しない

「戦争」という言葉が季語以上のインパクトがある

無季俳句は何百年も前からあった 

 

②   歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬哉(かな)   松尾芭蕉

最初の挨拶の句に季節の言葉が入りやすかった

恋や旅 離別などのビッグマークの時は

四季の情緒ではなくて無季の句でも良い 芭蕉も言っていた

杖つき坂:旧東海道の三重県四日市市にある坂

本当に坂の名前をおもしろく活用している

地名が季語並みの効果を発揮している

季語並みの言葉があり季節の情緒がいらない時は季語を入れなくてもいい

 

③   見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く   日野草城

季語を入れると

見えぬ眼の方の眼鏡の玉に汗

 

④   黄の青の赤の雨傘誰から死ぬ   林田紀音夫

傘だけ見て人生の心理をついてくる 死の句は無季俳句が多い

季節の情緒を超える 時を選ばない

 

ツボのポイント

季語に負けないキーワード

 

⑤   肉体は砂に記憶は言の葉に   堀田季何

アラブ首長国連邦に1か月近く滞在してひたすら句を作った

土でなく砂 文化施設を訪れた際に思いついた句

回外に行った時 日本の季節感で表現しきれないことが多い

季語を入れた句と同じく似たイメージの言葉を複数使わない

 

・実践 無季の句を作る

A兵隊がゆくはつ冬の汽車に乗り

 兵隊がゆくまつ黒い汽車に乗り   西東三鬼

 

B木にのぼりあざやかあざやか麦秋など

 木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど   阿部完市

 

C長寿の母鹿の子のようにわれを産みぬ

 長寿の母うんこのようにわれを産みぬ   金子兜太

 

まとめ 無季俳句にも挑戦しよう!

 

・特選六句発表 兼題「冬銀河」

モルヒネにたまはる眠り冬銀河   賀山亜紀子

助手席の寝息冬銀河の吐息   家守(いえもり)らびすけ

セロ弾きの捨てた祖国の冬銀河   柿彦

冬銀河非正規だけの送別会   むさし野まさこ

冬銀河きみに尻尾がなくて怖い   里山子

冬銀河五万八千のドッグタグ   秋緒みを

 

・柴田 庄司の歩み

季語がない時は名句かも(笑) 柴田英嗣

季語を超えるインパクト‼ 庄司浩平

 

次回は兼題「短日」

選者:星野高士 レギュラー:松井玲奈 司会:柴田英嗣

 

■NHK短歌 テーマ「手紙」

選者:横山未来子 レギュラー:菊池銀河 横田真子 司会:ヒコロヒー

年間テーマ「三十一音、次の扉へ」

 

・表現の引き算

人のうしろに爪立ちてみるいちまいの画布の港に雪つもり居り

齋藤史

この歌で省略されているのは美術館という言葉

美術館という言葉を省略して「爪立ちてみる」というような

具体的な表現によってこの場面を鮮やかに描いている

 

大根を探しにゆけば大根は夜の電柱に立てかけてあり

花山多佳子「木香薔薇」

この歌で「落とした」ことは省略されている⇩落としたことを入れる

落としたる大根を探しにゆけば夜の電柱に立てかけてあり

大根を落としたことを省略したことで大根が自分で

行方をくらましたような不思議な感じも出ている

省略によって謎を残して読み手が想像する余地を残している

省略によって音数に余裕ができると表現を工夫することができる

 

・乾きたる落葉のにほい冷えゆきておもふ秋あらむこれからのちも

横山未来子「とく来りませ」

秋に何があったのかということは省略している

その代わりに匂いを細かく表現している

読み手も落ち葉の匂いを感じてそれぞれ想像する秋があると思うので

それに思いを馳せていただければいい

短歌は言いたいことをすべて言ってしまわないと

読み手の想像を残すくらいの余地をとどめておく

 

・入選六首 テーマ「手紙」

特選 いつだってあなたの文字は駆け足で罫線という草原をゆく

青木日向子

生まれしは弟(おと)は妹(いも)かとわれに問う戦場からの父の手紙が

奥田貞人(さだひと)

レターセットの封筒ばかりを余らせて遠くの友と今を繋いだ

古橋紗弓(ふるはしさゆみ)

シャーペンで下書きされた跡がある君の手紙を指でも味わう

けもの

君からの手紙は外で読みたくて綺麗になった公園へ行く

落合かぐや

スカートも帽子も靴も見せられない代わりに選ぶ便箋、切手

鷹野しずか

 

・菊池銀河・横田真子 歌人への道

「か」の角が丸くカーブを描いてる名前が無くても君だとわかる

菊池銀河

今はまだ何処かに眠っているだろう二十歳のわたし待っている文

横田真子

 

・名歌鑑賞

読みゆきて会話が君の声となる本をとざしつ臥す胸の上

相良(さがら)宏「相良宏歌集」

 

次回はテーマ「遠くへ行きたい」

選者:千葉聡 ゲスト:矢野利裕 司会:ヒコロヒー

 

 

・いちご摘み 一語つみ

まだ今日を昨日にしたくないきみのだんだんあたたかくなるかかと

馬場めぐみ(好きな歌人 平岡直子)

⇩

やっぱりやめておこうと思う体重をかかとに気持ち乗せて待つバス

佐クマサトシ(好きな歌人 桝野浩一)

 

摘んだのは「かかと」ためらいを乗せたバスの行く先は?

 

早稲田大学短歌界出身

3年前に第一歌集出版「標準時」佐くまさとし著/左右社

クリスマスソングが好きだクリスマスソングが好きだというのは嘘だ

「標準時」左右社より

 

短歌の形になった時に 初めて届く領域みたいなものがあると思っていて

最後の最後でそこから一歩踏み出すというか 自分でも解釈しきれないし

これからどうなるか分からない これが本当にいいのか分からないみたいな

歌ができた時が多分自分にとって一番いい歌

レールとかを走るわけじゃなくて 自分についている足がそのまんま

走っている道であるみたいな

2026年11月1日日曜日

映像の世紀バタフライエフェクト

菊芋や連作嫌い枯れゆかん

温暖化蚊さえ見かけぬ秋の夕

過疎の里蜻蛉も飛ばぬ温暖化

ITに見捨てられそう秋の空

矜持(きょうじ)ないIT強し秋の月

 

■映像の世紀バタフライエフェクト こうして世界大戦は始まった

ウォレン・ハーディング

「アメリカを第一に守り アメリカを第一に安定させ

 アメリカを第一に繁栄させ アメリカを第一に考え

 アメリカを第一に称え アメリカのために生き

 アメリカを第一に尊ぶ」

 

鮎川義介の言葉

「世界各国はこぞって いよいよ個人主義の大行進となってきた

 他国はあてにならぬ 自給自足で進め 関税の障壁を高くして

 国内産業を確立せよーの狂騒曲が至るところに奏でられるようになった」

 

ヤルマー・シャハトの言葉

「強大なドイツをつくりあげるためなら 私は悪魔であろうと協力する」

 

1939年 ドイツ ポーランド侵攻

東方生存圏 ヒトラー

戦争4年目 ドイツの食糧事情は大幅に改善された

大東亜共栄圏

わが奇襲と強襲に全く狼狽する敵兵は早くも潰走し

南部スマトラの油田地帯パレンバンの完全占領に成功したのであります

1918年11月 第一次世界大戦終結

石橋湛山 東洋経済新報社 記者 後に総理大臣になった

石橋湛山の言葉

「欧州の諸強国は最近の五年にわたる戦争において疲れに疲れた

 ヘトヘトになった しかるに強国を以て任ずる国に戦争をし足らぬものが

 二つある米国と日本だ この戦争をし足らぬ両国民が互いに驕れる気分を

 もって資本主義全盛の波に乗って外に向けて帝国主義的の発展を盛んに

 試みつつある」

 

セルロイドのキューピー人形 紡績業

和田豊治 富士瓦斯紡績社長

1919年 パリ講和会議 

賠償金

ジョン・メイナード・ケインズ 経済学者

ケインズの言葉

「一時的な勝利の力を乱用し いまや降伏したドイツを破壊しようとするなら

 自らの破壊をも招くことになるのである 戦勝国は認識されていない精神的

 経済的なつながりにより実に深く分かちがたい形でドイツと

からみ合っているのだから」

 

破壊される航空機 クルップ社 

グスタフ・クルップ クルップ社会長の言葉

「平和産業への転換はわが社の従業員と工場を動かしておくことが

 ただ一つの目的だった」

 

1923年1月 ルール占領 ハイパーインフレ 1ドル=4兆2000億マルク

ヤンマー・シャハト(銀行家) レンテンマルク

スイス ジュネーブ 1920年11月 国際連盟第一回総会(米不参加)

アメリカ議会 第5代大統領ジェームズ・モンロー モンロー主義の生みの親

ウォレン・ハーディング 第29代アメリカ大統領(共和党)

 

ウォレン・ハーディングの言葉

「もし一つだけ選ぶとしたら私は全世界の国際平和を統治するよりも

 自国における産業と社会の平和を望む」

トーマス・エジソン ヘンリー・フォード 

ハーベイ・ファイアストーン(タイヤ・メーカー)

 

移民法 イタリア ベニート・ムッソリーニ(ファシスト党)

 

ムッソリーニの言葉

「私は世界をありのままに見ている 

すなわち奔放な利己主義がはびこる世界としてだ

私は誰をも求めない 頼るのは自らの力だけだ」

 

ラジオ中継(1929年10月30日)

「起きたばかりの株価の暴落を知り 

取引所の前には大きな人だかりができています」

1929年10月 ウォール街株価大暴落

1930年6月 スムート・ホーリー関税法

 

アメリカ経済学者 チャールズ・キンドルバーガーの言葉

「アメリカは責任を放棄した 

この法案に署名したことは世界史における転換点だった

なぜなら世界経済に責任を持つものがいないということを

明らかにしたからである」

 

カナダ オタワ 1932年 オタワ会議

イギリス代表

「イギリス連邦の構成国が相互に市場開放をすることによって 経済的な利益を得る

 そうした処置を求める強い意志が高まっている」

スターリング・ブロック(貿易国)

映画「一九三六年」(1934年)プロパガンダ映画より

各国は自国産業保護を目的に競って関税障壁を築き上げ それらが原因して

未曾有の大不況が全世界を席巻した 

世界の貿易額は4割に 1931年9月~満州事変

円ブロック 「朝鮮視察記録」1934年撮影

鞍山製鉄所 撫順炭鉱

ドイツ 失業率30%

ヤルマー・シャハト(銀行家) アドルフ・ヒトラー

 

ヤルマー・シャハトの言葉

「自分が正しいと信じて疑わないヒトラーの態度 そして自分の考えを

 必ず実行に移すという決意に私は圧倒された 

強大なドイツを作り上げるためなら私は悪魔であろうと協力する」

「ナチには統治することはできないだろう 私がナチを使って統治する」

 

ヤルマー・シャハトはドイツ帝国銀行総裁に任命される

「10年前 ドイツ通貨の安定化のために最前線で戦い 成功を収めた私が

 ドイツの財政 銀行 信用政策全般を指揮することになった これからは

 政府と帝国銀行は一致団結して政策を実行するだろう」

 

ドイツ再軍備

グスタフ・クルップ クルップ社会長

1933年 熱河作戦

鮎川義介 日産コンチェルン創業者

イギリス軍需工場

ニュース

イギリス防衛計画における重要性に加え 軍需工場は職を失っていたであろう

何千人もの英国の職人に雇用をもたらしている

フランス

1935年10月 イタリア エチオピア侵攻 

1937年7月 日中戦争勃発

 

陸軍 参謀本部 武藤章の言葉

「千載一隅の好機だから この際中国の軍事作戦をやった方がよい」

ことに戦時において戦車 装甲自動車 牽引車として 自動車の

利用せらるる種類は実に百数十種の多きにおよび 自動車工業の発達が

国防上に及ぼす影響のいかに大きいかを知ることができるのであります」

 

ニッサンありて堅い銃後の護り

鮎川義介 日産コンチェルン創業者の言葉

「世界各国はこぞって いよいよ個人主義の大行進となってきた

 お前たちは極楽に行こうとして 地獄の門に押し寄せつつあるぞよと

 神様はのたまうのちがいあるまい」

 

1938年3月 ドイツ・オーストリア進軍

チェコスロバキア 

アドルフ・ヒトラー

「私たちが暮らすこの土地は 狭く恵まれない環境にある

 

ヤルマー・シャハトの言葉

「ユダヤ人の事業を破壊したり 略奪したり ユダヤ人市民を手荒に

 扱ったりすることは実に不名誉なことであり まともなドイツ人ならば

 みな恥ずかしさのあまり赤面するところだ」

 

開戦を告げるヒトラー

「本日 ポーランドが初めて我が領土に対し 正規軍による攻撃を開始した

 わが国は爆弾には爆弾で報いる」

 

1939年9月 ドイツ ポーランド侵攻

フランス軍 イギリス軍 

 

グスタフ・クルップ クルップ社会長の言葉

「皆さんにも私と共に 我らが愛する指導者 すなわちアドルフ・ヒトラーへの

賛辞を唱和していただくようよびかけます」

 

グスタフ・クルップの誕生日を祝うヒトラー

 

フランクリン・ルーズベルト 第32代アメリカ大統領

ジョン・メイナード・ケインズ イギリス経済学者の言葉

「あなた方の戦争準備は犠牲を必要とするどころか かえって個人の消費を

 これまで以上に促進し 生活水準をより高める刺激要因となろう

 それはニューディール政策では決してアメリカ国民に与えることが

 できなかったものとなるだろう」

 

「ヨーロッパは我々に参戦を要求しているのではありません 戦争のための

 兵器を要求しているのです 我々の民主主義の兵器庫となるのです」

 

1940年9月 日独伊三国同盟

映画「代用品時代」(1939年)

石油輸入 90%

カンボジアの大平原をまっしぐらに快速自動車の列を連ねての進駐を開始

1941年7月 南部仏印進駐

 

野村吉三郎 駐米大使の言葉

「アメリカの状況は最近では益々 国防の方に力を注いでおりまして

 あるいは近い将来に参戦するかとも言われております」

 

賀屋興宣 大蔵大臣の言葉

「険悪極まれるこの国際情勢の下において高度国防国家建設の要務であることは

 いまさら言うまでもありません そのためには国家としても多額の経費を

必要とし その資金を生み出すものは実に国民貯蓄の増加にあるのであります」

 

黙々として昼夜を分かたぬ猛訓練を積んだ血の結晶は

12月8日米英宣言によって爆発

 

石油の供給を止められた日本

 

1941年12月 真珠湾攻撃

ゼネラル・モーターズ 砲弾の量産開始

 

躍進 満州 鞍山(あんざん)製作所

 

日本ニュース

真っ赤な鉄のかたまりがイギリスを打倒し アメリカを打ち砕く力を見せる

見よ 鉄も生きている 東亜の理想をみなぎらせて生きている

共栄圏確立に力を合わせる時 

生産量の増強と楽度に生きる幸福が待ち受けているのだ

 

石橋湛山の言葉

「世界の経済は何らかの形で 通商の自由が確保されなければ治まらないが

 それにはフューラー(指導者)が必要である 過去においてはその役目を

 英国が務めたのです しかしその英国はもはや世界の経済的フューラーたる

 力を失いました すでにこれを失っていたから今回の戦争は起こったのでしょう

 しからばいずれの国が今後その指導者の位地を取るでしょう」

 

1945年5月 ドイツ敗戦

1945年8月 日本敗戦

1945年11月 財閥解体

日産コンチェルン創業者 鮎川義介 A級戦犯の容疑がかけられた

1年8か月収監されたが その後日本の復興に尽力した

1945年-1946年 ニュルンベルク裁判

ヤルマー・シャハトは裁判で身の潔白を訴えた

「ヒトラーの陰謀の核心的なグループに誰が加わっていたのか私は知らない

 被告ゲーリングはこのグループの一員であったと聞いている しかし

 他に誰がこの核心的なグループにいたのか私は知らない」

 

ニュース

「ヤルマー・シャハト 裁判所は彼が侵略戦争には反対の立場をとっていたと

 判断した シャハトは起訴事実について無罪とされ無罪判決を受けた」

 

1944年7月 ブレトンウッズ会議

ジョン・メイナード・ケインズ 経済学者 の言葉

「各国はこれまで規律を失い無秩序に陥り近隣諸国に対する経済的な敵対行為を

取ってきたが それは結局自国に不利益をもたらすものとなった お互いの

利益のためにこそ 各国は緊密に協力し合うべきである」

 

1945年1月 ルーズベルト大統領就任式(四期目)

「われわれは一国で生きられない事実を学んだ 国の繫栄は遠い地にある

諸国の安寧に依拠している」

 

私感

トランプ大統領!今こそルーズベルトの言葉に耳を傾けてください。

あなたのやっていることは間違っています。

それは歴史がすでに証明しています。

2026年10月31日土曜日

100分de名著❝万葉集❞③

懐かしい社名発見秋の空

幼き日チャリンコ漕いだ秋の道

秋渇きお洒落な紳士颯爽と

秋陽背に煙草くゆらせ歩き出す

秋の蝿日に日に増える忘れ物

 

■100分de名著❝万葉集❞③旅と別れのなかで 息子の無事を祈る母

上野誠 伊集院光 阿部みちこ

 

旅人の宿りせむ野に霜降らば我(あ)が子羽(は)ぐくめ天の鶴群(たづむら)

 

万葉時代の「旅」

(今なら)電車でちょっと30分が(当時は)旅行で3泊4泊

旅にかかる枕詞は「草枕」

防人(さきもり):北九州の防衛にあたった兵士 

東国の農民などが徴兵されることが多かった

遣新羅使(けんしらぎし):朝鮮半島の新羅に派遣された使節

4隻船が出て1隻つけばいいかな

 

生駒山

難波津(なにわと)を漕ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲そたなびく

(太田部三成(おおたべのみなり) 巻二十の四三八〇)

 

妹に逢はずあらばすべらみ岩根踏む生駒の山を越えてそ我(あ)が来る

(作者不記載歌 巻十五の三五九〇)

 

万葉びとと山

歩いてみないとこの感覚は分からない

 

旅の喜び

音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田(むつた)の淀を今日見つるかも

(作者不記載歌 巻七の一一〇五)

 

旅の土産話を共有

「音に聞く」

 

帰国の時に詠んだ歌

いざ子ども早く日本(やまと)へ大伴の三津の浜松待ち恋ひぬらむ

(山上憶良 巻一の六三)

 

天の原ふりけさ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも

(阿倍仲麻呂「古今和歌集」巻九の四〇六)

 

目の前に浮かんでいるのは蘇州の月 故郷の春日にある三笠山の月

心の中に思い起こしているのは 故郷の春日にある三笠山の月

阿倍仲麻呂は 結局 帰ることができず唐で生涯を閉じた

「昔の人のこんな旅のことを忘れちゃいけないよね」

「古今和歌集」にも「百人一首」にも入っている

 

秋萩を妻問(ど)う鹿(か)こそ独り子(ご)に子持てりといへ鹿(か)

子じもの我(あ)が独り子の草枕旅にし行けば

竹(たか)玉をしじに貫き垂れ斎瓮(いわいべ)に

木綿(ゆう)取り垂(し)でて斎(いわ)ひつつ我が思ふ我が子ま幸(さき)くありこそ

(作者不記載歌 巻九の一七九〇)

 

続けて詠んだ歌

旅人の宿りせむ野に霜降らば我(あ)が子羽(は)ぐくめ天(あめ)の鶴群(たづむら)

(作者不記載歌 巻九の一七九一)

 

羽 組む:はぐくむ

 

君が行く海辺の宿に霧立たば我(あ)が立ち嘆く息と知りませ

(作者不記載歌 巻十五の三五八〇)

 

旅先の大切な人へ思いを込めて

旅人を送り出す側の感情が表れている

「万葉集」は心の文化財

2026年10月30日金曜日

秋の定食で一句&「ななかまど」

秋の海ウツボ孤軍で挟み撃ち

追立てて待伏せて秋の夕焼

秋の雨怏怏不楽(おうおうふらく)続く日よ

秋旱(ひでり)進化と制御知恵比べ

伸びたのか?痩せたのか?高きに登る

 

■プレバト纏め 2026年10月29日

秋の定食で一句

・特別永世名人の締めの一句 梅沢富美男

鰹箱(かつばこ)に居住(いず)まい正しとろろ汁

添削(鰹箱(かつばこ):鰹節を削る箱 感想じゃなくて映像に

   違う季語なら2倍3倍化ける)

鰹箱正座正対(せいたい)とろろ汁

 

・昇格試験 森口瑤子

焼き過ぎた秋刀魚とか更年期とか

(余白に「他にもある」とにおわす 秋刀魚と更年期取り合わせがリアル

「わかる!」が半分「意外性がない」が半分

かなり高いハードルを課せられている ほとんどの評価が一致する所まで

攻めていただけると嬉しい あるあると下手)

 

一位 大久保佳代子

水割り濃し今夜は舞茸揚げる音

添削(情報が多い時は上五で字余りにする 待ってる時間も入っている

   中八で損をしている部分もある 7音にしたかったら⇩ 

濃し美味しで韻を踏む)

水割り濃し今夜は舞茸音美味し

 

二位 世良マリカ

打鍵二万字深夜二時の焼き芋

添削(打鍵:キーボードや鍵盤を押すこと 五七五を裏切った調べ 

   7音6音4音 全部足すと17音の破調 残業の切迫感を表現

   テーマ性で2位となった ギクシャク感を破調で表現)

 

三位 二階堂高嗣

秋時雨直火を囲み酒を吞む

添削(テーマが秋の定食なのにキャンプとは いつ先生の好意はいずこ

   2つの「よ」が深める感動 5音4音8音の破調)

直火には秋刀魚よ酌み交わす酒よ

 

四位 中丸雄一

焼き秋刀魚背骨一本父の箸

添削

秋刀魚一本食うに正しき父の箸

 

五位 稲田美紀

母炊きし貰ったまったけ薄き味

添削(テーマ定食で母が出るのはおかしい 句を整えても中身が凡人 

   よくなる可能性のない凡人)

貰いたるまったけ炊けば薄き味

 

・清水麻椰チャレンジ

数式に飽けば階下の秋刀魚かな

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「ななかまど」

 

平仮名で書くと柔らかい印象になりますね

漢字の漢数字の「七竈」ごちゃごちゃっとした字を書いても

勿論「七竈(ななかまど)」になります

こういう平仮名の印象と漢字の印象 使い分けるのも

意識してみると 一つのヒントになるかもしれませんね

どう言う季語かといいますと秋の植物の季語になってきます

晩秋の頃にかなり背の高い木なんですけれども

非常に真っ赤な紅葉を見せてくれる植物になってますね

さらにしこには葉っぱよりも赤いぐらいの実をつける

そんな赤の色彩が非常に印象的な木になっています

この名前の由来「ななかまど」というのは

七回竈にくべてもまだ形が残るぐらい

燃えにくい木だからという説を見たことがあります

そういうのを見ると 本当にそんなに焼け残るんかいなと

ちょっと試したくなる 科学的にどうなのか検証したい

そんな季語でございます