指紋なき指でこさえる今朝の春
ドア閉める音響きけり春の朝
楽し気に自転車倒す春の風
(カーナビ)春塵や心にゆとり持てばA
晩白柚(ばんぺいゆ)笑ひを誘ふでかさかな
■100分de名著 ヤンパース❝哲学入門❞② 他者との関わり
ドイツの哲学者 カール・ヤスパース ❝根源的な挫折❞=限界状態
戸谷洋志(とやひろし) 伊集院光 阿部みちこ
哲学の本質は真理を所有することではなくて
真理を探究することなのであります。
哲学とは途上にあることを意味します。
他者との「交わり」を必要とすると説いた
哲学するには他者との交わりが必要だと言っている
哲学的な生活態度はつぎの二つの道をとります。
あらゆる種類の反省を通じてなされる孤独な思弁と、
共同活動・共同討議・お互いの沈黙、などにおいて行われる
あらゆる種類の相互関係による人びととの交わり、がそれであります。
草薙(なぎ)正夫・訳
「みんなは あそこで遊んでいるよ。
まぁ でも、君には無理だろうけどね」
私が内省によって自分だけのものとして獲得するものは
―もしそれがすべてであるならー獲得しなかったのと同じことであります。
交わりにおいて実現されないものは、いまだ存在しないものであり、
究極において交わりに基礎を持たないものは、
十分な根拠を持たないものであります。
真理は二人から始まるのです。
「挫折」から再生するには他者と共に考えていくことが必要
真理に至るには「他者」が必要
他者との対話に必要なもの
率直に自分の意見を言ってくれること
その対話を「愛の闘争」と名付けた
弁護や攻撃は、権力を獲得するための手段ではなく
お互いが接近するための手段なのであります。
闘争は愛の闘争であって、このような闘争にあっては
各人は他人に対してあらゆる武器を引渡すのであります。
「交わり」は家庭から始まる 一番近しい人と逢いの闘争を経験する
なぜ❝闘争❞なのか 信頼を寄せあう時にだけ成立する
ディぺートとは全く違うもの
関係性を構築するためだけの対話
哲学の対話では人がどんな時代にどんな人生を歩んだのかが表現される
「愛の闘争」はお互いを理解するための対話であって論破ではない
どんな人とでも「愛の闘争」は可能か
ただ言語化がうまいことだけが重要ではない
「愛の闘争」は完結することのない営み
哲学の本質は真理を所有することではなくて
真理を探究することなのであります。
哲学とは途上にあることを意味します。 (中略)
人間がそのつど置かれている状況のうちにこの現実を捉えることが
「哲学すること」の意味なのであります。(中略)
哲学とは何であるかということは、私たちによって
実験されなければならないことなのです。
なぜ哲学は「途上」なのか
人生そのものが変わるから哲学することにも終わりがない
人にはどんな挫折からも立ち上がれるエネルギーがある が前提