2026年6月16日火曜日

こころの時代 蜘蛛の糸 若松英輔

醍醐寺を詠む

水の音よ鳥の鳴き声醍醐寺よ

藤戸石夏の静けさ従えて

見ゆる風音たのしまん夏の庭

夏の風賀茂の三石それぞれに

横向いて眠る秀吉夏木陰

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教②「蜘蛛の糸」

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

或日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを、

独りでぶら〱お歩きになつていらつしやいました。

やがてお釈迦様は その池の縁にお佇みになって、

水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を

御覧になりました。

お釈迦様はこの犍陀多(かんだた)には 蜘蛛を助けたことがあるのを、

お思い出しになりました。

そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら この男を

地獄から救い出してやろうとお考えになりました。

何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、

遠い遠い天の上から、銀色の雲の糸が、まるで人目にかかるのを

恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると、

自分の上へ垂れて参るではございませんか。

犍陀多は、早速その蜘蛛の糸を、両手でしっかりと掴みながら、

一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

元より大泥棒のことでございますからこういう事には、

昔から慣れ切っているのでございます。

ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、

数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、

まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へと一心に

よじのぼって来るではございませんか。

自分一人でさえ断()れそうな、この細い蜘蛛の糸が

どうしてあれだけの人数の重みに堪える事ができましょう。

今の中にどうかしなければ、糸は真ん中から二つに断れて、

落ちてしまうのに違いありません。

そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら罪人ども。

この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、

のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、

急に犍陀多のぶら下がっているところから、

ぷつりと音を立てて断れました。

ですから、犍陀多もたまりません。あっという間もなく、

風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に

暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。

 

ポール・ケーラス「カルマ」

私は多くの悪事を働き、善いことは何も行いませんでした。

私の「業」は、私を地獄へ導くでしょう。

救いの道を歩むことなど私には到底かないません。

善因善果、悪因悪果は天の道ですから、あなたが行った罪業は、

めぐりめぐって来世に報いがもたらされます。

しかし、絶望することはありません。

真の教えに帰依して、「我執」の妄念を絶った者は、

一切の情念罪欲を離れて、自らのみならず、他者をも照らす

祝福の源になることでしょう。

その一例として、大泥棒カンダタの話をしてあげましょう…

カンダタは、蜘蛛の糸を掴み真実の道を歩もうとする願いが

実は奇跡の力を持つことを知らなかったのです。

それは蜘蛛の糸のように細いものですが、

何百万という人々を支えることができるのです。

しかし、人の心に「これは自分のものだ。正しい道へ至る喜びは

自分だけのものであり、他の誰にも分け与えたくない」

という考えが生じた途端、その糸は切れ、あなたは

「我執」に捉われた自分に戻ってしまいます。なぜなら

「我執(がしゅう)」の念こそ破滅であり、真理こそが至福だからです。

地獄とは何でしょうか?それは「我執」にほかなりません。

そして、涅槃(ねはん)とは、正しい道を歩む生涯に他ならないのです。

私にも蜘蛛の糸を掴ませてください。私は地獄の底から逃れ出てみせます。

 

「歎異抄」

第十三条

わがこころのよくて

ころさぬにはあらず

また害せじとおもふとも

百人千人をころすこともあるべし

 

第三条

善人なをもて往生をとぐ

いはんや悪人をや

 

第十三条

さるべき業縁のもよほさば

いかなるふるまひもすべし

 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

犍陀多は大きな声を出して、「こら罪人ども。

この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、

のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

お釈迦様は悲しそうなお顔をなさりながら、

又ぶらぶらお歩きになり始めました。

自分ばかり地獄から抜け出そうとする、犍陀多の無慈悲な心が、

そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、

お釈迦様のお目から見ると、浅間しく思しめされたのでございましょう。

しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。

その玉のような白い花は、お釈迦様のお足のまわりに、ゆらゆら

(うてな)を動かしております。

そのたんびに、まん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない

好い匂が、絶え間なくあたりに溢れ出ます。

極楽ももうお午(ひる)に近くなりました。

2026年6月15日月曜日

第27回NHK全国俳句大会②&第27回NHK全国短歌大会②

パンを食むお腹ぎゅるぎゅる夏の朝

シオマネキ繁殖場所はゴミの山

星涼し結一無二のイマージュよ

夏の夜や今を楽しむルノワール

デッサンは声なき会話夏の星

 

NHK俳句 第27NHK全国俳句大会②

大会選者 西村和子 星野高士 夏井いつき 

大会リポート:庄司浩平 司会:小林千恵

 

選者 夏井いつき 星野高士 西村和子 堀田季何 小川軽舟 

井上弘美 小澤實 岸本尚毅 神野紗希 阪西敦子 和田華凜 高野ムツオ

龍太賞 選考委員 髙柳克弘

 

題詠 自由題 龍太賞

 

題詠「口」

坂西敦子選

つる銭口に雨残りたる若葉かな   北藤詩旦

(遠山に日の当たりたる枯野かな   高浜虚子)

 

夏井いつき選

仮の名を山口さんと月の下   吉野利美子

 

岸本尚毅選

浅く舌噛んで昼寝の吾子の口   此村奈積

(吾子俳句の名句は客観性を持った男性の方が多い

 万緑の中や吾子の歯生え初むる   中村草田男)

 

小川軽舟 たった五七五でもそこから人生が見える

小沢實 嬉しい緊張

 

和田華凛選

小春日や親子口開け離乳食   田村フミ江

(描こうと思って言葉を選んでいくと説明を回避できる場合もある

 写生句は強い 見て作るそうすると理屈とか考えていられない

 写生句で怖いのは日記で終わってしまう 詩に昇華しないといけない)

 

堀田希何選

人類は口から亡(ほろ)ぶジギタリス   下村やす子

(ジギタリス:夏の季語 薬にも毒にもなる)

 

西村和子選

寂しさを口には出さずしゃぼん玉   橋本信子

 

NHK短歌 第27 NHK全国短歌大会②

俵万智 荻原裕幸 寺井龍哉 司会:石井かおる

 

選者 

永田和宏 俵万智 山崎聡子 荻原裕幸 小島ゆかり 小池光 

木下龍也 佐佐木頼綱 永田紅 松村正直 米川千嘉子 寺井龍哉

 

題詠「口」

荻原裕幸選

龍口寺の門前すぎた江ノ電は干し物屋の軒をかすめて走る

落合和子

 

松村正直選

妊活を卒()えて樋口家代々の墓の々(どうのじてん)に一礼

澁戸なずむ

(昨年の受賞作品)世界一短い短詩世界一短い祈り出生届)

自分の生きてきた人生を歌うというのを今込めている 昨年度を対に

なるようなところがあって幸運だと思っています

 

永田紅選

ぐるぐるの思考の出口が見つかった遠心力のしっぽにつかまり

波田野伸子

 

歌を作る時視野を広げるには?

あえて短歌に出てきそうもない言葉を意識的に使う

自分の見聞を広げていく

 

山桜花散り果てし木の幹を静かに露の伝ひゐるかも

馬場あき子

 

永田和宏選

十五年亀飼うてれば何処となく似てくるものよ口元なんか

渡辺啓充(ひろみち)

 

木下龍也選

口元に歯磨き粉まだついており多分半日この顔で母は

国兼麻貴

 

寺井龍哉選

旅といふことばを口にするごとにとほくうるほふ母のひとみは

片山佳代子

2026年度「NHK短歌」第3週 年間テーマ 伝統的な言葉を生かして

旧仮名遣いを使うことによって独特の雰囲気歴史的な記憶を呼び寄せてくれる

 

・いちご摘み

のこぎりや鍋も楽器になる星で君のため吹く淡き口笛

本条恵(好きな歌人 笹公人)

にんげんの吹き過ぐるまでしろたへの雪降る街に麒麟たちをり

渡邊新月(好きな歌人 藤原定家)

やをら取る扇は夜に濡れながらひかりを劈()けるごとくひらけり

連作「楚樹」より

古典の言葉で現代の感情なり現代の自分たちの人生を生き直す

古い言葉遣いを遣うことによって逆に現代の文化社会を新しく詠める

摘んだのは「吹く」人間を超えた力を感じる


2026年6月14日日曜日

モディリアーニとその恋人の物語

(ジュウリョクピエロ)夏競馬騎手に恋して走り切る

(ライオン)群れ成さず戦い嫌い夏に逝く

(ライオン)夏野原気ままに生きて昇天す

青空へまっすぐ伸びん立葵

大輪の花誇らしげ立葵

 

■モディリアーニとその恋人の物語(2009)

 

「私が求めているものは現実でも非現実でもなく

 無意識すなわち人類に本能的に備わっている神秘である」

 

モディリアーニはどうして❝芸術村❞に行って絵を描いたのか?

恐らく孤独から逃れるためだった ❝芸術村❞の芸術家たちは

激しく議論しあったという 伝説にはある夕方モディリアーニは

酔って激高し仲間の作品を壊してしまい❝芸術村❞を去ったという

 

モディリアーニにとってロトンドはわが家同然でした 彼は貧乏で

ツケが何カ月もたまりました ツケを催促されると彼は絵を描き

店主に引き取ってもらいました 

 

ジャン・コクトー

 

モディリアーニの天才は麻薬によって目覚めたという伝説がある

例えば独特の細長い顔が生れたエピソードはこうだ

大麻パーティーで彼は突然❝本物の道を見つけた❞と叫び紙と

鉛筆をつかんで興奮して描き出した 描き終えた彼は白鳥のような

首の女の顔を誇らかに振りかざした 

 

フランシス・カルコ(作家)

 

巴里に出て来た時 モディリアーニは既に結核だった 思えば

小さい頃から繊細で病弱だった だから酒と麻薬は彼の心や体を

一層むしばみ 時々 自分自身への信頼を失わせるほどだった

良い絵を描こうとする焦りや画商たちから加えられた圧力…

これら全てが彼を酒におぼれさせる原因になったかもしれない

でも結局これはモディリアーニにしか分らない心の問題だ

 

「僕の興味を引くのは人間だけだ 人間の顔は自然の中でも

 最も優れた創造物である」

 

パブロ・ピカソ

ヴァルター・ハルヴォーゼン(ノルウエー人画家)

ベアトリス・ヘイスティングス(イギリス人ジャーナリスト)

 

ヘイスティングスは酒や麻薬をけしかけモディリアーニをだめにした

張本人だという人がいる 一方モディリアーニを節制させ仕事に

励ませた立役者だという人もいる 私は彼女は単なる恋人や

モデルではなく 真の伴侶だったと思う 彼女と出会って以来

モディリアーニの絵は一層力強く一層澄んできたからだ

 

ポール・アレクサンドル(コレクター・医師)

レオポルド・ズボロフスキー(画商)

ベルト・ヴェイユ(画廊主)

 

ジャンヌ・モディリアーニ()

ジャンヌ・エビュテリヌ(1898-1920)()

モディリアーニと出会ったのは18

 

ジャンヌは赤褐色の髪をしてとても青白い顔をしていたので❝椰子の実❞

とあだ名されていたという 伝説ではジャンヌ・エビュテリヌは

単なる優しい大人しい人間ということになっている しかしジャンヌが

描いた油絵が一つだけ私の手元にあるが 中庭の風景のこの絵は若い

少女としては驚くべき大胆な絵である ジャンヌは画家としてとても優れた

才能を持っていた 

 

マルク・レステリーニ(パリ ピナコテーク美術館 館長)

 

ジャンヌは後追い自殺以後 彼女の作品は封印されていた

家族には自殺のショックがあまりにも大きかったのだ 家族の中では

ジャンヌについて語ることすらタブーだった 

 

若い娘なのだが彼女には確かに本物の才能があった 驚くべきデッサン力を

持っていた 15歳の頃に描いたデッサンを見ても素晴らしく美しいもので

申し分ない完成度なのだ 長生きすれば偉大な芸術家になっていたはずだ

 

スタニスラス・フュメ(文学者)

 

ジャンヌはモディリアーニが一番多く描いたモデルだ

ラファエロのフォルナリーナやピカソのジャックリーヌと同じく

モディリアーニにとってジャンヌは美の女神だった

モディリアーニの芸術を一番触発した人物だ 

 

アンドレ・サルモン(詩人)

 

友人たちはこの頃モディリアーニの二つの姿を伝えている

一つは重病なのに体をいたわらずカフェを彷徨う姿である

モディリアーニは結核のことを人には隠していた

それで酒や哲学的苦悩のため死んだという伝説が作られた

もう一つは健康を回復して出直したいと思っている姿である

母親に宛てた手紙にこうある

「お母さん写真を送ります 赤ん坊の写真がないのが残念です

 春になったらイタリアに旅行しようと思います」

 

赤ん坊の私を世話したのはこのルニアだった モディリアーニは

娘に会おうといつも酔っ払ってドアのベルを鳴らす ルニアが

静かにとたしなめると大人しくなって長らくドアの所に腰を

下ろしてから立ち去った 

 

ルニア・チェホフスカ

 

ジャンヌは翌朝126日未明 飛び降り自殺しました

モディリアーニの死の二日後でした。

 

彼女は自らの感情を押し隠す内向的な性格で精神的苦痛を溜めこみ

外へ出さなかった 自分の人生に希望を抱いていなかったが

時々 浮き輪につかまった その浮き輪のような存在のモディリアーニが

亡くなった時 彼女はひとり自己と向き合った その時 

死はもう避けようがなかった 

 

ペール・ラシェーズ墓地

一つの墓に眠る2人 墓碑銘は

画家 アメディオ・モディリアーニ

「まさに栄光に包まれんとする時 死の手に奪われたり」

 

ジャンヌ・エビュテリヌ

「よき伴侶として生のきわみまで献身せり」

 

最期の言葉には多くの伝説がある

ズボロフスキーには❝親友を宜しく❞と頼んだ

ジャンヌには❝一緒に死ねば天国でも永遠に幸福だ❞と言った

また❝もう脳のほんの小さなかけらしか残っていない❞と言ったり

病院に運ばれる時は❝懐かしいイタリア❞とつぶやいた

あまりにも最期の言葉が多過ぎる…

 

1958年 ジャンヌが書き表した本「伝説抜きのモディリアーニ」では

次の言葉で終わっています。

「モディリアーニは星の子供でこの世の人ではなかった」

2026年6月13日土曜日

わたしの日々が、言葉になるまで 金原ひとみ

声明は夢を超えたと夏舞台

監督へ感謝を語る風薫る

夏の日よ舞台で今を言葉とす

夏の朝鶯張りのシンク前

ユーモアと愛と優しさ夏の空

 

■わたしの日々が、言葉になるまで 弱音は吐くもの、愚痴はこぼすもの

金原ひとみ 松居大悟 久保史緒里 劇団ひとり 桐山照史

 

弱音は吐かない マイナスなことを言うと 言葉に引っ張られる 桐山

弱音はあえて吐く 「あっもうダメだ」わかりやすく糸が切れた 久保

 

三浦しをんの表現から考える どうして弱音は「吐く」なのか?

「舟を編む」三浦しをん著/光文社

「だめなんだ」喉ばかりかまぶたまでが熱くなり、西岡はうつむいた。

「宣伝広告部へ異動になる。俺は辞書編集部からはずされた」

こんな弱音を吐くなんて、悔しい。なさけない。

でも、やっとひとに打ち明けることができた。

小石のように硬く冷たく肉に食いこんでいた、俺の悔しさなさけなさを。

三浦しをん「舟を編む」

 

どうして弱音は「吐く」なのか?

 

弱音は意識的 愚痴は自動的 久保

弱音はのどの奥の方にある 松居

愚痴はコップからあふれる 弱音は扉から流れ出す 

弱音はきっかけタイミングが合うとパッと開く 

かつては弱音を吐けない方だった 

2012年から6年ほど家族と共にフランスパリで生活 

それまで人のことを信用してなかった 金原

弱音はダサい 顔で笑って腹で泣く AIが弱音を聞いてくれる ひとり

 

柚木麻子の表現から考える どうして愚痴は「こぼす」?

「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子著/NHK出版

だって外にも出られないんだもん…。「おうちで楽しく過ごすアイデア」は

巷に溢れているけれど、頑張ってやればやるほど、

国から搾取されている気分になるからもう嫌…。

ベランダでやった夏祭り、ハッピや宝石すくい用の宝石をネットで買ったり、

焼きそばや枝豆をパックに詰めたりして、準備も後片付けも大変だったわりに、

三歳児がそもそも「夏祭り」をわかっていないため、始終キョトン顔だったな…。

柚木麻子「とりあえずお湯わかせ」

 

どうして愚痴は「こぼす」なのか?

愚痴は自分だけに留まる 桐山

弱音は「分かんない」って返して欲しい 愚痴は共感して欲しい 久保

愚痴は器の大きさが同じ人にこぼす 久保

弱音:共感× 愚痴:共感◎ 久保

愚痴にFollowは求めていない 金原

弱音は吐かないが愚痴はいくらでもこぼせる ひとり

愚痴は弱さがない 弱音は弱さを出す ひとり

愚痴を言われるとうっとおしい ひとり

弱音だったら「なるほど」と聞ける感じが 松居

弱音は言ってくれている感じがする ひとり

弱音は積極的に吐くようにしている 松居

戦略的弱音 松居

 

スタッフ困惑!?弱音を吐いているのか?愚痴をこぼしているのか?

鬼滅の刃

「そんな前向きなこと言うんであれば俺とお前の仲も今日これまでだな‼」

「お前はいいだろうよ まだ骨折治ってねぇから ぬくぬくぬくぬく

寝とけばいいんだからよ‼俺はもう 今から行かなきゃならねぇんだぞ

わかるかこの気持ち」

 

弱音は弱いのでこれは口調が強いので愚痴 桐山 ひとり

自分の弱い部分を弱い部分を提示できている 久保

弱音っぽい愚痴 松居

弱音と愚痴 両方混ざっている  弱音 金原

23で弱音に決定

 

なぜ弱音は吐くのに、愚痴はこぼすのか、

その真相がわかる有力な情報を持ってきた

弱音を吐く:中のものを口から出す わかるように言う 例:本音を吐く

      本音を相手に向かってわかるように言う場合に使う

愚痴をこぼす:ついつい外に出す 思わず見せてしまう 例:笑みをこぼす

       たとえ独り言でもついつい言ってしまう場合に使う

コントロールできるものとできないもの

鬼滅の刃の言葉は半分コントロールしている感じがする 入り混じっている 金原

 

朝井リョウが描いた弱音を吐けなかった中年男性の心情

2026年本屋大賞受賞 朝井リョウが描くファンダム経済

「イン・ザ・メガチャーチ」

 

一瞬、あのころに戻ったような気持ちになっていた。

あのころみたいに、心のやわらかい部分も含めて、

何でも曝け出しそうになっていた。

もう五十近い男がネガティブな感情を吐露したところで、

相手を困らせるだけだ。

そういう、弱音を含めた本音を響かせ合うような

コミュニケーションは若い人間の特権だと、この歳になってますます思う。

「イン・ザ・メガチャーチ」朝井リョウ

 

嘘の弱音も言い合っていた 大人になればなるほどなくなっていって

自分を大きく見せなきゃいけない 松居

子どもの頃は弱さ自慢があった 大人になると強さ自慢になっちゃう ひとり

弱音を吐かないと老害になる 自分の弱さを認められない人は人の弱さも

認められない 弱音はガンガン吐いて本当の自分の心を知るべき 金原

お酒の席で弱音吐くの?キモっ!

 

弱音吐かざる者に酒の味わからず ひとり

一緒に50歳になって愚痴や弱音を言い合えるいったん離れちゃうと

虚勢はらなきゃ かっこよく見せたい 思っちゃうんじゃないかな 金原

昔の友達には言えるけど新規の友達はそこまで弱い部分見せられない ひとり

 

弱音はどうしたら吐けるようになるのか? ひとり

 

弱音言語化のヒント

弱音を吐く役を演じている気持ちで嫌なことやつらいことを言葉に 金原

 

弱音の吐露から始まる「ミーツ・ザ・ワールド」

原作・金原ひとみ 監督・松居大悟

「あなたみたいになりたかった。

 あなたみたいに生きたかった。

 あなたみたいな顔に生まれたかった」

弱音の吐露から始まる2人の関係

金原・松居が弱音に託した想いとは?

 

近い人には本音は言えない 言いたくない 急に現れた人なら本音を言える

スナック効果

彼女がコンプレックスを持っていることを伝えられるので

最初から彼女が何を抱えているのか 読者・視聴者に伝わっている状態になる

弱音を最初に持ってくることでいろんなことを省略できた はしょれた 金原

弱音は主人公の内面を表すもの?

弱音は感情移入のきっかけ 金原

 

久保・桐山がアイドルとしての弱音を語り合う

朝日が見えてきた 弱音はもう吐かない

今日こそは 今日こそは 自分らしく生きる

乃木坂46「夜明けまで強がらなくていい」

 

弱音は吐いた瞬間 本当になる怖さがある ひとり

どれが弱音で どれが弱音じゃないか わからない 桐山

全員ライバルを思っていた 桐山

つらい!ここが弱いと思われた瞬間 喰われると思ったりする 桐山

弱音は吐くとアイドルの中のその人自身が出ちゃう 松居

 

最後にみんなで弱音を吐いてみよう!

相手の顔色をうかがって会話しちゃう 久保

この後の現場で弱音吐いていいだろうか 松居

本を読みたい。2週間くらい本の世界にこもりたい。 金原

スナックに行きます。 桐山

 

弱音を吐くことで自分を知っていく 

弱音を吐く練習をしておいた方がいい 金原

 

弱さを知らないと強さもわからない ひとり 

2026年6月12日金曜日

あいにくの雨で一句

草茂る強運ゆえのハメ外し

青芝や儀に裏切られ素を生きる

ゲルニカを支えたマール風薫る

夏の月オルガはミューズ?悪妻か?

(ピカソ)夏の星オルガ死すまで取り憑かん

 

■プレバト纏め 2026611

あいにくの雨で一句

  

特別永世名人 梅沢富美男の締めの一句

補聴器の集む雨音慈雨の音

添削(慈雨【季語】日照りの時に田畑を潤す「恵みの雨」のこと

 題材はさすが! 集むは終止形で意味が切れる 集むるにしないと

 下に意味がつながらない 俳句ではよくある凡ミス)

補聴器の拾う雨音慈雨の音

 

一位 バッテリィズ・エース

野球部の熱気をさます夏の雨

添削(試合の途中に夏の雨が降り出した 自分の思ったことを正しく書く方法

   愛の心で教えようと思っている がっかりすることを落胆という 

緑雨と取り合わせる)

野球部の落胆放課後の緑雨

 

二位 市川紗椰

梅雨の窓散歩まだかと鼻を寄せ

添削(自分の体験を背伸びをしないで素直に書いてる

「犬」1つも使っていない 単語1個で全部を詠めるワードがある

最後は鼻に焦点が当たって鼻の湿り具合などがリアルに伝わってくる)

梅雨の窓散歩をねだる黒き

 

三位 石原伸晃

あじさい忌南の海を思い出す

添削(あじさい忌は717日 忌日【季語】著名人が亡くなった日を表す季語

   故人のことを思い出している 不要な言葉を平然と使う凡人の凡人たるゆえん

   叔父と分かった方が良い 甥の立場でしみじみと偲んでいる

   調べの中で俳句として詠める 小さな所に細々捉われてはいけない)

あじさい忌叔父と渡った太平洋

 

四位 薮宏太

つゆ啜り(すすり)茗荷を爆ぜて麺遠し

添削(正直にすべてを書いたらいい 茗荷を主役にする リアリティーを足す

   そうめんまで行きついてない 書かなくても想像してくれる 

素直に書けばいい 上に上がれる可能性だけはあった)

つゆ一口啜り茗荷が美味すぎる

 

五位 牧野真莉愛

虎が雨真莉愛のいい人つれて来い

(虎が雨【季語】虎御前が愛する人の死を悼んで涙の雨を降らせた伝説に由来

 17音の俳句の中で10音が丸々パクリ フレーズに対して寂しそうな雨

 雨の季語を取り合わせたらいい 歌の流れをそのままパクっただけ

 発想フレーズをパクッテニコニコ座っているあなたが凄い 添削しようがない)

 

・清水麻椰のチャレンジ

2時間待ちの夕立をジェットコースター 

2026年6月11日木曜日

旗&田中角栄&「瓢虫」&「芒種」

雲の峰継いだ名前は與喜郎

風青し抜苦与楽(ばっくよらく)を実践す

青嵐周りをいつも与喜とする

ドア透かしオープン今かと夏の朝

見たことのない自転車の手信号(無季句)

 

■「旗」城山三郎

旗振るな

旗振らすな

旗伏せよ

旗たため社旗も

校旗も国々の旗も

国策なる旗も

運動という名の旗も

ひとみなひとり

ひとりには

ひとつ

生きるには

旗要らず

 

あらゆる権威や組織、思想のシンボルを否定し、

個人の尊厳を最優先する反戦・平和のメッセージが込められた作品

 

背景と意義

17歳で海軍の少年兵に志願した城山三郎は、

戦時中の過酷な軍隊体験を原点としています。

戦勝後に手のひらを返して反戦や民主主義を叫んだ大人たちの姿勢に

深い違和感と怒りを抱き続けていました。

この詩には、「組織」や「大義」という名の旗に

人々が盲従することへの強い警戒心と、

一人ひとりの「個」としての生き方を大切にしたい

という気骨ある作家の哲学が表れています。

 

■日本人同士の論戦で日本語が通じないって、

論点をはぐらかした時は議長は速やかに注意すべきでは?

 

「戦争を知らない世代が

 政治の中枢になった時はとても危ない」

 

田中角栄元首相の予言が

現実になりませんように…。()

 

202665日の国会のかみ合わない言葉の応戦を見て

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「瓢虫(てんとうむし)

 

普段「瓢虫」という名前を聞く時に よく見かけるのはカタカナ表記

または天道虫と書いての「瓢虫」という表記を見かけることが

多いんじゃないかと思いますが 実はこの2文字でも

瓢虫てんとう虫と読むんですね

別名「ひさごむし」と言う傍題もあったりします

見た目にも可愛いですし 指に乗せても先っぽまで歩いて行った

「瓢虫」がピュっと飛び立つとか そんな風にして

観察した人も多いかと思います

じつはこの「瓢虫」は農家にとって良い利益をもたらす

益中でもあったりします

「瓢虫」はいろんな所にわくあぶらむしをよく食べてくれる虫なんです

あぶらむしはいろんな物を食害する虫なものですから

そのあぶらむしを食べる「瓢虫」は益中というわけです

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「芒種」

 

二十四節気のひとつになります 時候の季語です

手紙をよく書かれる方は時候の挨拶として 芒種の頃と

いったような書き方をなさる方もいるかもしれませんね

この「芒種」いつ頃かというと 現在の暦でいうところの

66日頃からになっています

(のぎ)のある植物 稲とか米とかを播き始める時期

という意味になってきます

農家が忙しくなってくるのもこの位の時期からといわれています

またこの「芒種」という季語を使うにあたって

この芒というイメージを踏まえた句を作る

というやり方もあるわけです

鷹羽狩行さんの有名な句に

「芒種はや人の肌さす山の草」という一句もあったりします

芒のイメージがしっかりいきていますね