(森重昭氏)オバマ氏に抱きしめられた原爆忌
広島忌高市帰れ叫ぶ人
平和祭防弾ガラスに守られて
非核三原則堅持はする秋
広島忌30秒の慰問せり
戦争観を異にする原爆忌
■100分de名著 ブルトン❝シュルレアリスム宣言❞④
シュルレアリスムと未来
伊東順二 松尾スズキ 伊集院光 阿部みちこ
シュルレアリスム 超現実主義
1969年 シュルレアリスムの終焉 ウルトラマンと闘っていたのはブルトン
「シュルレアリスム宣言」後
1924年 28歳で「シュルレアリスム宣言」を発表
1929年 シュルレアリスム第二宣言 メンバーと決裂
1936年 ロンドンで第一回シュルレアリスム国際展 開催
1938年 パリで第二回シュルレアリスム国際展 開催
1939年 第二次世界大戦勃発
1941年 ブルトン アメリカに亡命(1946年に帰国)
1966年 ブルトン70歳パリで死去
1969年 シュルレアリスム解散宣言 発表
1920年代 共産主義の台頭
共産主義は人間の解散 社会の変革を目指しブルトンたちと重なる所があった
政治に関わる姿勢にそれぞれ違いがあった
ブルトンは分裂を防ぐために自分たちの原点を見つめ直そうと第二宣言を出した
これまでまさしく、人生の姿そのままの害にもならぬ楽しい仲間、
出来高払いで金をもらい、点数かせぎで勝利をねらう人間どもの
仲間をかたち作るにふさわしい顔ぶれではなかろうか。くそくらえ。
「シュルレアリスム宣言集」守本和夫訳
私は、シュルレアリスムの深遠にして真正な秘教化を要求する。
私は、この点に関しては、絶対的な厳格さへの権利を宣言する。
現世への譲歩もないし特赦(とくしゃ)もない。恐るべき否か応(おう)かなのだ。
呪われたパンを鳥たちに配るような連中よ、くたばれ。
つまり、私が言おうとしていたのは、たとえ人間が最初は
自分自身のうちにおこされた旋風について われわれを
恨むことになろうとも、自分の気づかぬうちに、人間の精神の
奥底で織りなされるものを、ますますはっきりと見とどけようと
努めることが、われわれの仕事だということだったのである。
美術界でのシュルレアリスムの広がり
マルセル・デュシャンが空間構成 ブルトンが企画 ダリは作品を出品
1938年 パリで第二回シュルレアリスム国際展 開催
真っ暗で懐中電灯で照らしながら見る
全体の展示で一つのメッセージを出す 今で言うインスタレーション
1939年 第二次世界大戦勃発 ヨーロッパが戦場になった
ブルトンを始め多くのメンバーがアメリカに亡命した
アメリカのアーティストたちはヨーロッパの本物の芸術家たちと
直接触れ合った シュルレアリストたちとの交流により
アメリカ美術 現代美術が始まった
「秋のリズム:ナンバー30」(1950)ジャクソン・ポロック
ドリッピング:床置きしたキャンバスに絵の具を
垂らしたり飛ばしたりして描く
2026年5月 作品が史上最高の価格で落札
1946年 ブルトン パリへ帰国
20年をかけて活動は徐々に終息し ブルトンの死後
1969年 シュルレアリスム解散宣言 オワコン化してしまった
長いあいだ地表をかなり勢いよく流れる川だった
シュルレアリスが、ここ何年間というもの、
ずっと地下水流となっているのは事実だとしても、(略)
お生憎さまですが、
シュルレアリスムのエネルギーの本源は
無傷であることを、私は力説しておきます。
「ブルトン、シュルレアリスムを語る」稲田三吉 佐山一訳
自分たちのエネルギーは衰えていないんだ
実感としてシュルレアリスムの影響で変わった世の中が見えていた
日本にも同じ考えの人がいました
岡本太郎(1911-1996) 対極主義独自の思想を生み出した
善と悪 美と醜 秩序と混沌
その象徴が1970年大阪万博(日本万国博覧会)
人類の進歩と譲歩 異彩を放つ存在となる
生命の樹
「未来を誇張するのもよいが人間そのものは❝はらわた❞で生きている」
「ウルトラマン」第17話「無限へのパスポート」四次元怪獣ブルトン
怪獣三原則 バルタン星人
シュルレアリスム 日本へ 1980年代の広告
「おいしい生活」(1982年)糸井重里
シュルレアリスムは文化の一つになった
芸術作品=製品 製品のデモンストレーション
現代のシュルレアリトの一人 明和電機
便器を芸術作品とした芸術家 マルセル・デュシャンの考え
明和電機 代表取締役社長 土佐信道
デュシャンは工業製品を芸術とした
アートを工業製品とすることは誰もやっていなかった
目指すのは ナンセンス=超常識
新しい常識を作ることで今の常識を変えていきたい
今すでにあるものの意外な合体によって新しい価値を生み出す
理想はそれで世界平和になればいい
こういう時代にちょっと無駄 無駄こそがユーモアであり
無駄こそが余裕であり 余裕とユーモアは世界平和である 伊集院
「夢十夜 第一の使者―境界の水鳥」(1982)撮影:宮沢正明
赤外線を感知する特殊なフィルムを使って撮影したもの
常識的な目では見えないものが見えている 伊集院光
時代の叫び どこの時代でも共通している時代の叫び
として捉えて欲しい 伊東順二
「シュルレアリスム宣言」巌谷國士訳
シュルレアリスムはいつの日か敵にうちかつことを
私たちにゆるす「不可視光線だ」
「おまえはふるえてなんかいない、わが痩躯(そうく)よ」。
この夏、薔薇は青い。森、それはガラスである。
緑の衣におおわれた大地も、
私には幽霊ほどのかすかな印象しかあたえない。
生きること、生きるのをやめることは、想像の中に解決だ。
生はべつのところにある。
私感
糸井重里氏がシュルレアリスムの最先端を
走っておられたということは理解できました。
あの時、糸井重里氏に惹かれていた自分を褒めてあげたい…。
難しかったけど、最後の最後で岡本太郎氏と糸井重里氏を
出してくださったことでシュルレアリスムを近くに感じることができました。