日本列島災害級の暑さかな
酷暑日の記録更新夏休み
熱中症命を守る行動を
夏の風過疎もエアコン稼働せり
40度お薄に氷浮かべけり
■100分de名著 親鸞❝教行信証❞③「実存的改読」がもたらすもの
釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ
信楽(しんぎょう)を獲得(ぎゃくとく)することは
如来選択(せんじゃく)の願心(がんしん)より発起(ほつき)す
念仏を軸とした普通の暮らしが仏道
往生した極楽浄土から菩薩となって戻る
死をも超えて続く仏道を親鸞の中に生み出した
親鸞による独創的な仏教典籍(てんせき)の読み方・受け止め方を味わいたい
「実存的改読」
難しい親鸞の思想体系も私たちの暮らしに根づいている
信巻③序文
それおもんみれば、信楽を獲得(ぎゃくとく)することは、
如来選択の願心より発起す。
身心を開闡(かいせん)することは、
大聖(だいしょう)(釈尊)矜哀(こうあい)の善巧(ぜんぎょう)より顕彰せり。
信楽:阿弥陀仏の願いをそのまま受け入れる心
大変受動性の高い思想
「無量寿経」の第十八願(至心信楽の願)
(現代語訳)
至心信楽の本願(第十八願)の文は、「無量寿経」に次のように説かれている。
「わたしが仏になったとき、あらゆる人々が、まことの心で信じ喜び、
わたしの国に生まれると思って、たとえば十声念仏して、もし生まれることが
できないようなら、わたしは決してさとりを開くまい」
第十八願(至心信楽の願)
衆生が真実の心を持ち(至心)信じ喜び(信楽)浄土に生まれたいと願って(欲生)
仏が真実の心を持ち(至心)送る信心の喜びを受け入れる心(信楽)
衆生を浄土に招き入れようとする心(欲生)
「ただし、五逆の罪を犯したり、正しい法を謗(そし)るものだけは除かれる」
五逆の罪
・父を殺す事
・母を殺す事
・阿羅漢を殺す事
・仏を傷つけ血を流す事
・僧団の和合を壊す事
正しい法を謗るもの(誹謗正法):仏教の正しい教えを軽んじ否定する事
悪人は救われない?
抑止門(おくしもん):悪行を犯さないためにあらかじめ戒める教え(抑止力)
罪人も悪人も救われる
仏教の教えの中に経典に基づくものとしてあると立証
根拠としたのが「王舎城の悲劇」父を死に至らしめた阿闍世(あじゃせ)
釈迦の教団乗っ取りを企む 提婆達多(だいばだつた)
阿闍世が救われるという「涅槃経」の文章を延々と引用
月愛三昧(がつあいざんまい):優しい月の光のような釈尊の深い慈悲の心
最後、阿闍世は自分の中に「無根の信」が芽生えたと言う
信心は仏から届くんだという論の立て方
デジタルタトゥー:インターネット上で公開されたか見込みが
半永久的に残り続ける現象を指す造語
二河白道(にがびゃくどう)
白く細い道 ためらうことなく
この細い道を進みなさい
ためらわずに
こっちに来なさい わたしがあなたをまもります
「二河白道」の真実の信心
版画家の棟方志功や漫画家の水木しげるが
「二河白道」を題材に作品を制作している
火の河は怒り・恨み 水の河は過剰な欲望
極楽浄土 阿弥陀仏 白い道(他力の信心) 釈尊 娑婆 悪鬼(私たちがいる社会)
これを作ったのは 善導(中国唐時代の僧)
釈尊 細い道を進みなさい
阿弥陀仏 こっちに来なさい
ひとつの仏道を歩む者にとっての心理劇
アレゴリー(寓話)
独生独死 独去独来(どくしょうどくし どっこどくらい)
孤独な限界状況 その時に聞こえてくる声を受け入れるのが真実の信心
人知を超えるものの声に耳を傾ける
(現代語訳)
つつしんで、真実の証(しょう)を顕せば、それは他力によって与えられる
功徳の満ちた仏の位であり、この上ないさとりという果である。(中略)
さて、煩悩にまみれ、迷いの罪に汚れた衆生(しゅじょう)が、
仏より回向(えこう)された信と行とを得ると、
たちどころに大乗の正定聚(しょうじょうじゅ)の位に入るのである。
正定聚の位にあるから、浄土に生れて必ずさとりに至る。
ニルヴァーナ(サンスクリット語):
煩悩の火が吹き消された状態の安らぎ悟りの境地
阿弥陀仏信仰の本質を求めて
臨終正念:臨終に際して心が乱れることなく
阿弥陀仏の来迎や浄土への往生を期する状態
法然・親鸞は死に方がこの教えの本質ではない
本質は今 私がここで生きるための教え
現世正定聚(げんせいしょうじょうじゅ)
正定聚:仏となる身と定まった悟りの境地・人々
親鸞は来世ではなく今ここでと説いた
他力の信心を得た時点で間違いなく浄土に往生できる身となる
(浄土への往生が)決まったからこそ「知恩報徳」に暮らしていこう
普通に暮らしていくのが仏道そのものになっていく
近江商人(現在の滋賀県) 三方よしもこの背景から生まれた
売り手よし 買い手よし 世間よし
倫理観・経営理念を持って商売に励んでいた
誰もが幸せになるようにと願う倫理観 三方よし
この背景には信仰や信心があった
浄土真宗とビジネス界
初代 伊藤忠兵衛(1842-1903)
幕末から明治時代にかけて活躍した近江商人 大手総合商社の創業者
船場:大阪経済の中心地 浄土真宗の寺院(北御堂と南御堂)がある
司馬遼太郎は紀行文集「街道をゆく」の中で
「おかげさまで」は近江商人が広めたと書いた
常に今 私がここで 何をすべきかが問われている
還相回向(げんそうこう):阿弥陀仏の力(他力)によって浄土に往生したものが
再び迷いの世界(この世)に還ってきてすべての人々を救済するはたらき
浄土から戻って人を救う?
回向(えこう):自分が積んだ善行や功徳を他者に振り向けること
往相回向(おうそうえこう):阿弥陀仏のはたらきによって
すべての人が浄土に往生する事
還相回向(げんそうこう):浄土に往生した人が再びこの世界に戻り
人々を浄土へ導く事
(現代語訳)
二つに、還相の回向というのは、思いのままに衆生を教え導くという
真実の証にそなわるはたらきを、他力によって恵まれることである。
これは必至補処の願(第二十二願)より出てきたものである。
この願をまた一生補処の願と名づける。
また還相回向の願とも名づけることもができる。
曇鸞(どんらん)(中国の僧)は「無量寿経」の第二十二願から
この世に帰って利他行為を行うと解釈
こういう還相回向の捉え方は親鸞によって構築された
救えなかった苦しむ人のために
死をも超えて続く仏道
自利利他:他者を利することが自分自身の利益になる