2026年4月2日木曜日

千家十職

ゴイサギや下手くそ過ぎる狩りの春

(ゴイサギ) 春の川夜行性とはいうものの

春の()川生き物・人の交差点

春の山水を守りて志明院

心ある優先順位春うらら

 

■千家十職 ❝茶の湯❞の求道者たち

表千家 十五代家元 千宗左

根幹にあるのは 職家(しょっか)さんのお道具

利休さんのお茶を受け継いできた 周囲の人々の尽力があって

今の表千家のお茶の姿がある 

 

茶の湯について

ジョアン・ロドリゲス(1562頃~1633)

取るに足らない陶土でできているにもかかわらず

123万クルザード 

さらにそれ以上の価格に達するものもある

ほかの民族がこのことを聞けば 

狂気で野蛮なことと思うであろう

日本人はあらゆる人工的なものに華麗なもの

見せかけ 偽善 装飾を大いに嫌う

彼らの言葉で「軽薄」という

万事に渡って節度を保ち

自己の技量や力量を誇示することなく

有り余るよりも むしろ足りないほうを望む

 

サミュエル・モース

利休は道具に❝簡素さ❞という価値を託したのだと思います

利休は派手なものや贅沢なものにはまったく関心がありませんでした

鮮やかな色彩にも興味はなかったのです

手作りの道具は整った美しさではありません

❝不完全な美❞を大切にします 

それは今の西洋の人々に非常に魅力的に映っています

 

ネシム・コーエン

人々はきれいなものを求め 

年老いて汚れることから目を背けています

時代を超えて残った道具は 落ち着きを与えてくれます

「大丈夫だ そのままでいい」と 死をも受け入れさせる美学です

 

シアスター・ゲイツ

私は日本の茶の道具から多くの影響を受けています

茶杓を見ると思うのです この一本をひとつの家が

三百年かけて磨き上げてきたのだと 私のとって茶の道具は

そこに宿る知恵の深さ 職人技の深さ 哲学の深さ

そして ひとつの道を貫く 覚悟の象徴だと思うのです

その姿勢は私が常に心の中で 大切にしている信念でもあります

 

アクセル・ヴェルヴォールト

私が大好きな十五代樂吉左衛門の茶碗です つつましいものですが

精神の豊かさを感じるのです わび つまり❝不完全な美しさ❞です

素材 自然など 非常に簡素なものへの愛です それらに

神聖ともいえる新たな価値を与えます 

利休の茶室に大きな影響を受けました この土地の土や木材を

使っています 瞑想や考え事をするのにとても良い場所です

目で見えるものよりも 心で感じることのほうがずっと多い

それはとても大切で美しいものだと思います 

私たちは自然から離れ 過剰に整った世界に達してしまった

すべてをコントロールしたいという人たちがいますよね

しかし わびの精神は正反対です それが私にとって

本当の豊かさかも知れません 

 

表千家 裏千家 武者小路千家 三千家は今もなお祈りをささげている

千利休の墓 利休が自身と妻子のために1589年生前建立した

327日 利休忌(命日の追善供養) 表千家 残月亭

お茶湯(とう) 家元が利休にお茶を供える

利休が最期をとげた季節の菜の花がいけられる

 

十八代 永樂善五郎 土風炉・焼物師

うちの家は華やかな世界なので まったく子どもの時から

見たことがない世界だった 真っ黒な世界というのが

土風炉では生活が難しくなっていた その当時 京焼で

華やかな焼き物がはやりだして 時代の後押しで 華やかなものを

作りだす 土風炉の技法を再興するために テストを繰り返している

窯の技法であったり どういう焼き方をしたらどういう色になったとか

温度によってどのくらいの変化が出たなど まだわかっていない

ことの方が多いので 

(いぶ)し を十年繰り返している

Q.なぜそこまで土風炉と向き合うの?

復興したからといって 何かいいことがあるわけじゃない

理由なんて必要ない 「なんで生きているんですか?」「生きたいから」

と答えるのと一緒で理由なんていらない そもそも 

理屈を考えるとかじゃない もしかしたら 

できたら理由がわかるかもしれない

茶色から黒に変化するような色を狙って作っている

土風炉を再興しようとした時にいろんな技法をトライアンドエラーしながら

新しい技法を身につけながらやっているので そういう意味では

明らかに自分のものづくりの幅が広がっている それは凄く大きい変化

いくつになっても新しいものをやり続けていくべきという

ものづくりをする人間の大事なところでもある 踏み出したことは

大きい事ではありけど 完成できてないからね 

Q.完成はどのくらいを目指している?

生きてる間

 

十三代 土田半四郎

長男 瑛大(あきひろ)

干支服紗 この寿が面白いと思ったので これを波ととるか 風ととるか

草原ととるか 人それぞれなんですけど ここに馬を走らせたら

疾走感あっていいだろうなと描き始めたので 

手癖を排除しすぎない事が 土田家の仕事としてアイデンティティーが

あるのかなと感じている 自分がどれだけのものを次につなげられるか

Pressureですね そこは感じています この仕事をできる人は

限られているので 今十三代続いている この家の仕事を

自分も次につなげたいなと思って 

 

表千家 十五代家元 千宗左

大量生産 大量消費の中で お茶はそれとは対照的な世界

お茶の道具は一世代だけでなく 代々受け継がれていく

❝物質的豊かさ❞の対極にある❝心の豊かさ❞を追い求める時代

 

サミュエル・モース

利休はあらゆるものの中に価値を見つけられると示しています

この教えは道具の中にとどまりません

一人ひとりがおかれる環境の中で 自分なりの価値を見いだすことに

つながるのです

 

シアスター・ゲイツ

私たちが作るものは完璧にはなり得ません

しかし その❝不完全さ❞の中にこそ より自然な美しさが宿っています

2026年4月1日水曜日

100分de名著 シルヴァスタイン「おおきな木」

山笑うけだかいクマと暮らしたが

隅田川春の気嵐もくもくと

春憂うなくなってゆく交番が

(勝浦町)春光やイグアノドンの歯を見っけ

春の潮情熱だけで生きられず

 

100de名著 絵本スペシャル④ 

シルヴァスタイン「おおきな木」しあわせとは何か

若松英輔 伊集院光 阿部みちこ

 

木は神様?女性の自己犠牲?環境破壊?

シェル・シルヴァスタイン(1930-99)

アメリカの作家・イラストレーター・シンガーソングライター

グラミー賞を2度受賞し アカデミー賞歌曲集にノミネートされた

 

原題は「The Giving Tree」与え続ける 

実際にもらっているときには あまり気が付けない

年を経ていくと 

「あのとき自分は分からなかったけれど 与えられていたんだ」

 

村上春樹・訳

その木は ひとりの少年の ことが だいすきでした。

少年はまいにち その木の下に やってきました。

そして はっぱを いっぱい あつめ ました。

少年はその木が大好きでした。

誰よりも何よりも 木は幸せでした。

「いらっしゃい、ぼうや。わたしに おのぼりなさい。

えだにぶらさがって、りんごをおたべなさい。

わたしのこかげであそんで、しあわせにおなりなさい」

「もう木登りをして遊ぶ年じゃないよ」と少年は言いました。

「ものを買って楽しみたいんだ お金がいるんだよ 僕にお金を頂戴」

「ごめんなさい、おかねはないの」と木はいいました。

「私にあるのは葉っぱと林檎だけ 林檎を持っていきなさい 坊や

それを町でお売りなさい。そのお金で幸せにおなりなさい。」

少年はありったけの林檎を集めると 再び姿を見せなくなりました。

長い時間を経て また少年が姿を現すと 今度は家が欲しいと木にねだります。

すると木は 自分の枝を切って持っていくよう勧めました。

少年は言われた通り 枝を切り落とし 根こそぎ持っていきますが

それでも 木は幸せでした。

 

幼い頃は木と少年は言葉を超えてつながっていた

言葉がいらないときのつながりは次元が違うくらい深い

言葉でないものにも意味が豊かにある 

 

少年が求めたもの お金 家 船 休める場所

木が与えたもの  林檎 枝 幹 切り株

 

相手が自分に信頼してくれていることももらっている

ある心理学者曰く「人生には2つの側面がある 

1つは所有だ もう1つは存在」

 

所有 100円もらった(物的)

存在 人と人との間に信頼が深められた

 

しかし所有には限界がある

もっと欲しい もっと欲しい

 

「満足」と「充足」

満足 量的=所有に近い

充足 内から湧き上がってくるもの(質的)

 

所有を豊かにすることで存在を満たすことはできない

所有の世界に生きていると満足できないと不足に苦しむ

木は所有的よりも存在的 存在対存在のつながりを深めたい

与えることによって一緒に生きていきたい

Boy(少年)と一緒に何かできることが大事

あえて言わないことがたくさんあるんだ 人間と人間のつながりには

この関係はAIにはできない

 

また長い月日が経ちました 再び少年が訪れると木は再会を喜びます

ところが少年は

「ぼくはあそぶにはとしをとりすぎているし、こころがかなしすぎる

(中略)ぼくはふねがほしい。ここじゃないずっととおくに

ぼくをはこんでくれるふねが。ぼくにふねをおくれよ」

「わたしのみきをきって ふねをつくりなさい(中略)

それにのってとおくにいって…しあわせにおなりなさい」

それで木はしあわせになんてなれませんよね。

And the tree was happybut not really

上記一行はアニメーションではカットされた

シルヴァスタインも「これが幸せ」「あれが幸せじゃない」

と簡単に判断しないほうがよいと思ったのではと若松英輔氏

 

さらに随分時が過ぎ すっかり年を取った少年が戻ってきました。

「ごめんなさい、ぼうや(中略)

あなたになにかを あげられるといいのだけど…

でもわたしにはもうなにものこっていない。

いまのわたしは ただのふるい切りかぶ。わるいんだけど…」

「ぼくはもう、とくになにもひつようとはしない(中略)

こしをおろしてやすめる、しずかなばしょがあれば

それでいいんだ。ずいぶんつかれてしまった」

「それなら」と木はいいました。

そして できるだけしゃんと、まっすぐからだをのばしました。

「ふるい切りかぶなら、こしをおろして やすむにはぴったりよ。

いらっしゃい、ぼうや、わたしにおすわりなさい。

すわって、ゆっくりおやすみなさい」

少年はそこにこしをおろしました。

それで木はしあわせでした。

おしまい

 

どんな老い方をしても「めでたしめでたし」伊集院

 

何も所有していない人間がただただ存在する

「所有」は「能力」という言葉に置き換えられる

老年になってくると所有の幅は減ってくる

親に寄り添うことはまさに「存在」

人は本当に大事な居場所を深いところで求めている

 

『「おおきな木」の贈りもの~シェル・シルヴァスタイン~』

マイケル・G・ボーガン=著/水谷阿紀子=著 より

何歳の人でも、ぼくの本の中でじぶんを見つけ、

それを拾いあげて、発見するという個人的な感覚を味わってほしい。

これはすばらしいことだと。

ぼくにとってじゃなく、その人たちにとってね。

 

発刊されて60年 問いと気づきを与え続けている

読み手は書き手とは別の創造者

この本は「いつ読むのか」が大事

 

とある家庭の次男はパラサイト、事あるごとに長男に説教をされていた。

しかし、時を経て両親と一緒に居てくれる次男がありがたい存在になった。

伊集院

最近、生まれ育った過疎地に戻って行く人が増えている

あんなに嫌って出て行った場所なのに…。

伊集院

この話が教えてくれる何か…。

色んな幸せの価値感があることについて学んだような…。
過疎にずっと暮らして今私が思うこと…。

2026年3月31日火曜日

羽海野チカ 漫勉スペシャル

風の電話を詠む

結婚や電話で告る風光る

返事なき東風の電話を涙せり

春の夜や時々母をぎゅっとする

いつも当事者進行形春泥

桜蕊降る聞く耳を持ってます?

 

■漫勉スペシャル 羽海野チカ

将棋の❝苦しみ❞をどう描くか

連載が始まった時から描きたかったシーン(この勝負)

羽海野チカ

3月のライオン」の連載の中で「いちばん大事な回なんだここが」

「ここを描きたいから今まで描いてきたんだ」この回失敗しちゃったら

今まで連載やってきた意味が壊れてしまう 描いて出版してしまったら

戻れないので ものすごく慎重になって描いた回です この人の苦しみは

将棋を指して生きていくからこその苦しみ なので対局とオーバーラップも

させなければならない でも「今まで島田さん そんなことを考えて

苦しんできたんだ…」っていうのも伝えたい けど「ちょっと待てよ」と

「対局って相手がいるものだ」と思って 重要な回なのに 主人公 

対局相手の顔が見えない ッテいう状態は絶対ダメだと思って 零ちゃんの

時系列を作り 島田さんの時系列を作り 最後 これ 両方コピー取って

合わせていったんです 島田八段のモノローグを中心に描かれました

「この道しかない」と思った男の人が 全身全霊で考えて 悩んでいるって

とこを想像して 「どんな気持ちなんだろう?」と思ったら

私がいちばん嫌な夢で 地下鉄の通路を 道が分からなくて

ずっと走ってる夢を(思い出し) 「こんな気持ちかも知れない」と思って

 

3月のライオン」

ブレーキを踏もうがアクセルを噴かそうが 

辿り着く先はそう変わらないと思っている

「命が惜しい」と 思っているうちは 開かない扉があるのだとしたら

何ひとつ迷わず オレは 開けたいのだ

自分とその人の共通点をかすかでもいいから探して 同じ気持ちになった

瞬間のところを広げていく 

 

己の不運にも、間違いにもーそして幸運にさえも

この静かな諦めと怒りのようなものが

果てしなく降り積もった 言葉にできないものすべてが

彼は流されることを良しとしない

焼野ヶ原なんかで あってたまるもんか‼

 

将棋と漫画家

浦沢直樹

「将棋の方の頭の回路に比べたら漫画なんて全然まだまだ」

と僕なんかも思いますけど だけどやっぱり 1人でものすごい量の

情報を取りまとめて 「何かそこで形作んなきゃいけないんだ」

ってことに関しては かなり似たことやってんじゃないかなとかいって

 

羽海野チカ本当に孤独で だってそんなに人は長く集中して

頭の中のものを動かし続けることなんて できないのを

「みんなやってるんだ」と思って 

 

浦沢直樹

将棋はずっと指していくから「待った」がないんですよ

僕ら 連載してますから 連載して載せちゃうと 将棋と同じで

後戻りできないんですよね 

 

羽海野チカ

「あのセリフ書いちゃいけなかった!」

浦沢直樹

「そんなことばっかりじゃないですか」

実は将棋とすごく将棋と似てんじゃないかなって連載漫画

羽海野チカ

10代の方から6070代の方 一緒に戦い続けるんですね

漫画もそうじゃないですか 

浦沢直樹

デビューしたての若者とね

羽海野チカ

これも似てるなと思って 私たちもう放り出されるまでは

全年齢の方と戦わなければいけないっていうのは同じだと思って

「いらない」って言われるまで がんばるしかない

 

浦沢直樹

道を究めようとしている人を描くっていうことを ずっとやるっていうのは

下手すると僕らのところに全部返ってくる 

羽海野チカ

「これを描くに恥じない自分でいなければ…」みたいな

浦沢直樹

このグレードを超えてここまでいきたいって思ってんのは我々なわけで

羽海野チカ

つらい 本当になんでしょうね 苦痛なく 提出することは

できるんですけれども 「それをやってどうしろっていうの?」って

浦沢直樹

それやったら漫画の意味がないんですよね

羽海野チカ

描き終わるのが仕事じゃなくて 読んだ人が喜ぶところまでが仕事なので

「ゴールを間違えちゃダメだ」って 

浦沢直樹

「楽しい絵が描けてないと意味がないんだよ」ってね

 

羽海野チカ

がんばれ!がんばれ!

 

羽海野チカ女史はご自身をギリギリまで追い込んでいる…。

2026年3月30日月曜日

羽海野チカ 漫勉スペシャル

風の電話を詠む

春の空風の電話の噂聞き

風の電話聞こえぬ声に耳澄ませ

線なき電話東風が心を届けけり

愛歌う風の電話や春一番

春陽射し風の電話に気持ち込め

 

■漫勉スペシャル 羽海野チカ

「場面から風とか空気の匂いがする」

「読んでいて希望が持てる」

萩尾望都著「マンガのあなたSFわたし」より

 

羽海野さん 特殊なうまさなんですよね 

感情を「的確にとにかく表すんだ 表現するんだ」っていうね

それがもう羽海野さんからあふれ出て キャラクターに

乗り移って 目がウルウルってなりますよね

「いろんな人がいて いろんな人 全員かわいいよ」って

言っている感じがしますよね どんなに憎たらしいオヤジも

ほっぺ ちょっと赤いんですよ もうこれだけでかわいいですもん

浦沢直樹

 

勝負の世界を描いてきた「3月のライオン」

浦沢直樹

ドラマの初めの時に彼女たちの濃いドラマは想定していたんですか

羽海野チカ

想定してない部分もありましたね 三姉妹の物語は1415

描いている間に知り合った友人とかのエピソードが入っていったりしました

浦沢直樹

いじめの頃の話で「うわ そこまで踏み込んでいくんだ」っつって

「将棋がちょっと背景になっちゃうよ こんな熱い話やると」

羽海野チカ

あれは「必要だな」と思って 自分漫画家になった読者さんがいる

もしその中に私が子どもの時みたいな人がいたら 何か助けになる

読めるもの 「いじめを受けてます どうしたらいい?」っていうの

本屋さんに行って いじめの本を手にとっても レジに

行けないじゃないですか ネットで相談しても 本当に恐ろしい

答えが返ってくるんですね だから漫画だったら普通に 

「漫画買ったんだ」って買えるから 「私が描かなきゃ」と思って

凄く取材をしました 

浦沢直樹

男の先生出てきてズバリ解決する回があるんですよ

 

ナレーション

いじめた子の親を呼び出したシーン

いじめたこの親

「いじめ」だなんて とんだ言いがかりだわっっ 証拠もないクセに

先生

証拠なんて出てくる訳が無い イジメではね 証拠がないのが当たり前なんですよ

その子が嘘ついていたらどうするのよ!

口ではねっ何とでも言えるでしょ!?

先生

じゃあ 嘘をついているって証拠は?

母親は何も言えなくなりイジメは解決に向かいます

 

浦沢直樹

あそこまでね ズバリ解決する話って なかなかいじめとかで

そういうの ないんですよ だけどね 羽海野さん あそこでね

バシーン!って解決したんですよ それがね ちょっと

手たたくぐらい爽快で

羽海野チカ

たまたま私の生体の先生が 元高校のだった方で 何となく話したら

「うちの学校では こうしてました」っていう話をしてくださったんですね

浦沢直樹

ああいうのを 骨太っていうんだろうなと思って

「難しい問題よね」って いうのではなく 1つの答えをバーンと

提示するっていうのは 非常に勇気のいることなんで

羽海野チカ

夢物語だって言われても 漫画に描いておいたら 読んだ人の中の

誰かがやってくれるかもしれないと思って すごく考えて描きました

 

いじめが終わったあと主人公ひなちゃんは

「先生… 私 許さなくてもいいですか?」

 

羽海野チカ

謝られたら許さなきゃいけなくなってしまうんですが 謝る側が

「ごめんなさい」って文字で言ってるだけの場合は 

「許さなくていいんだよ」ってことは描いておきたいなと思って

ひなちゃんに言ってもらいました

 

将棋でまで「弱い人間扱い」されたら もうボクはどこで生きて

行ったらいいんですか!?

 

アナタの居場所なんて この世の何処にも無いじゃない?

 

誰に作品を届けるか

羽海野チカ

自分みたいな子が読んでいるんだろうなと思うので 私も子どものころ

図書館で絵本を読んだ 「赤毛のアン」のアンは友だちと思っていたので

イマジナリーフレンドみたいな感じで「そのあと こういうことが

起こるけど もうちょっといくと大丈夫だから」みたいなのを

言いたいなと思います

 

浦沢直樹

母親が僕が生れると同時に家を出て別居が始まるんですよ

それで4歳ぐらいの時に母子家庭の生活苦で浦沢家にもう1回戻るんですよ

突然じいちゃん ばあちゃん おやじの家にボーンって 僕4歳で家で

ほったらかしだったんで それで漫画を描くようになっちゃったんですよ

おばあちゃんの三面鏡に映る自分を「スミスくん」って名前にして

米軍基地の青い目の男の子なんですけど 「きょう 基地で何があった」

とか ずっと会話してたんですよ そういうことから 

漫画のストーリー作りみたいなのがあるんですよね 

羽海野チカ

うまく生きられなかったから

浦沢直樹

しんどい時を過ごしたっていう事ね 孤独を知っているから

寂しさも知っているから それに対する癒しみたいなものが

どういうものであればいいのかっていうのが わかってる人たちって

いう感じはしますよね

羽海野チカ

似たようなところにいる人に読んでもらえると 

浦沢直樹

そういう人に届けばいいなって すごく思いますよね

2026年3月29日日曜日

玉田元康&「土筆」&楽しい日本語

霍乱(かくらん)や夫(つま)の愛する「話寿司」

花水木あなたを思い植えました

春の草歩みを少し止めましょう

木の芽和難儀な事と向き合わん

春の夜や不定時法に導かれ

 

■鶴瓶ちゃんとサワコちゃん

今回のゲストは倍賞千恵子女史が❝兄的存在❞と語っておられた

ボニージャックスの玉田元康氏。

昭和9年満州国安東省生まれ。

ボニージャックスをTalk

喜劇王榎本健一氏(エノケン)とのレコーディングのお話。

「小さい秋見つけた」の生歌唱。91歳で現役。

介護施設で働きながら入居者に歌を届けておられるとか…。

矍鑠としたお姿に感銘を受けました。




 






■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「土筆」

 

子供の頃に沢山「土筆」採ったなぁという記憶を

思い出す方もいらっしゃるかもしれませんね

「土筆」は文字通り土の筆と書きまして

春先になってくると土の中からこうヒュッと

まさに筆みたいな形をしたものが立ち上がる

しかもひと所に結構まとまって生えているものですから

それを沢山採っていっては卵とじにして食べる

そんな記憶のある人もいらっしゃるでしょうね

愛媛の辺りですと この「土筆」をその辺で採って

それぞれパックに詰めてそこら辺のスーパーで売っている

という光景もよく見ましたね

この「土筆」というのは植物のジャンルの季語でありまして

その傍題には「土筆摘」というものも

含まれていることが多いようです

この「土筆」を摘んでいるのは人の動き 

人事の動きのようにも思えますが その「土筆」を採るという所までは

植物の季語として分類されている ということなのでしょうね

 

■夏井いつき俳句チャンネル

【第8回】楽しい日本語【めんめんの楊貴妃】

 

今回の楽しい日本語「めんめんの楊貴妃」

綿々の楊貴妃重き花衣   家藤正人

面々の楊貴妃神楽はなやかに   夏井いつき

麺麺の「楊貴妃」すする神の旅   ローゼン千津

2026年3月28日土曜日

あの人に会いたい 佐野藤右衛門(造園家)

春の陽へクラブ振り抜くあら還よ

亀鳴くや好きに勝るものはなし

春の空努力を勝る好きとなれ

春眠か?汚れ落とせよ洗濯機

掃除機よ吸引しろよ春埃

 

■あの人に会いたい 佐野藤右衛門(造園家)

佐野藤右衛門 19282025(令和7)年 97歳没

 

彫刻家イサム・ノグチとともに世界の庭園を造ってきた

1997年 ピカソ・メダルを授与される

桜守としても知られる

 

桜は応えてくれる 愚痴も言わんでもええし ぼやかんでもええ

待っていたら向こうから「咲いたでー」って言うてくれる それがうれしい

祖父 14代目 佐野藤右衛門

4つか5つぐらいおじいさんに手を引かれて どこっていうことなしに

花の咲いているところへ連れて歩かれていたんで 自然に

この桜というもんが 身に染みついているというのかね

 

初仕事は「祇園のしだれ桜(円山公園)

この桜は16代目の誕生を祝って 父 15代目 佐野藤右衛門が

種から育てたものでした

 

これを見るといろんなおやじのことを思い出したり 

私の一生についてまわるはなですのでね

1年に5回か6回は見に行きませんと 

 

桂離宮も任されることになります

造園業の集大成として作ったのが「京都迎賓館の日本庭園」

日本でいう❝あしらい❞ いかに うまくあしらうかという

そのあしらいを ちょこちょこっと ほんまのこう「あれ?」

というふうに やるのが 庭のあしらい

秋には赤く色づくドウダンツツジ そこに少しの緑の葉をあしらう

桜は一本だけ 桜さえ庭のあしらいなのです さりげなく さりげなく

全体的にまとまったらいい

 

築二百年を超える佐野家 周りには1ヘクタールの桜畑が広がります

桜の種類は二百を超えます 

太白(たいはく)日本で絶えて世界中探したら

イギリスにあったから持って帰った おやじと叔父のころや

 

佐野さんが命名した「摩尼八重山桜」ひとつひとつみな表情が違う

そういうもんを追いかけているといろんな面白みが分かってきて

そのうちに ずるずるはまり込んだ

 

接ぎ木をして育てる 頼む ついてくれよ 

 

Q新しい品種ではなかった?

なかった ちょっとがっかりやけど そんなもん めったに巡り合えん

それはもう万に一つの

 

やっぱり魔力やなあ まだ咲いた姿を見てないけど 想像はできる

あれが咲いたらどうなるのかなという そこが楽しみちゃうかな

 

いつごろからあった どう接してきたかね 

そういうことは土地の人でないと分からんわけ

やっぱりそこの気候風土っていうのがありますのでね

その土地の文化がやっぱり分かります

 

私が孫にしゃべるのに 80年の話が伝わります

わしもおやじも叔父もそうしとるから その80年をずっと足していくと

毎日の会話が 200年の会話が成り立っているわけ 伝えてくれるのが桜が…

そういうふうにして次の世代 次の世代にいろんな物語が伝わっていくわけや

 

震災地にも30年育んだ桜を植樹

青空に映える 

4月になったら花見がもう見えてきたよ

こういう風に花見もできたし桜がなかったらこういう席はなかった

本当にいい出会いでした

 

本当の心の復興というものは何であるか 初めて気づいた 

桜を植えて良かったと初めて思った

 

7年後 がんばりや と桜に声を掛ける

 

新しい生命と一緒につきあっていく楽しさ

今育てているやつ 私は花見ができません

やっぱり30年かかるから 次の世代のものがそれを

またやってくれるやろうという望み

そういうものがあるから やっぱり楽しい