2026年6月22日月曜日

第27回NHK全国俳句大会③&第27回全国短歌大会③

夏空へ我が子誕生祝福打

デイゲーム川に飛び込むホームラン

唾吐いてバットを折って夏野かな

夏の陽よ勝利投手の権利消ゆ

米の夏あっという間の負け試合

 

NHK俳句 第27NHK全国俳句大会③

大会選者 西村和子 星野高士 夏井いつき 

大会リポート:庄司浩平 司会:小林千恵

 

選者 夏井いつき 星野高士 西村和子 堀田季何 小川軽舟 

井上弘美 小澤實 岸本尚毅 神野紗希 阪西敦子 和田華凜 高野ムツオ

龍太賞 選考委員 髙柳克弘

 

題詠 自由題 龍太賞

 

自由題 特選

小沢實選

帰省子()の庭にぬうっと現るる   森秀子

帰省子:夏の季語 実感のある句 西村 

「むうっと」意外性リアルな感じ 星野

評価が高い句は文字面に書いていないことが瞬時に伝わる

 

西村和子選

ぎしぎしや長子泣くなと育てられ   中村かよ

ぎしぎしという季語が良い 夏井 

 

小川軽舟選

芙蓉咲く再出発の新居かな   米一和美

花の場合「咲く」が難しい 下の内容が薄いものにする

「再出発の新居」は心情的に濃い場面 「咲く」で内容が入り混じっている

「花芙蓉」と置いてもいいかな 星野

だめ 西村

「花芙蓉」は「咲く」を使いたくない時によく使うが それは安易 西村

「芙蓉」はいいと思う 星野

あえて「咲く」を使うときとは? 庄司

「咲く」という動詞が残りの言葉に影響を及ぼしたるするときには

捨て石みたいな働きをする 意味としてはいらないけれどあったほうが

意味が広がったりイメージが広がったりする 夏井

向こう側に行くための飛び石みたいな働きをする場合もある 夏井

花によって違う 

「梅咲くや」とは言う 「牡丹咲く」とは言わない「牡丹くずれ」とは言う

俳句の内容も伴いながら的確に使うことも文学 

俳句の伝え方の一つだと思う 星野

 

・テーマ詠「坂」選者 木暮陶句郎(大会アンバサダー)

油照の坂やマイケルの余裕   庄司浩平

油照:夏の季語

結果は来週

 

高野ムツオ選

ねぶた来る空も地べたも踊り出す   坂崎守寿

踊り出すは読みすぎではないかと思った 

高野さんは特選に取るだろうなと思った みちのく代表ですし 西村

祭り 行事は繰り返しの文学 星野

 

夏井いつき選

水掛けて裸祭蒸しあげる   竹縄誠之

言葉が見つかっていない時に奥さまの一言で完成した 夏井

自分の表現したいことに一番合致する言葉を

見つけた瞬間の喜びがコメントにあった 夏井

「蒸しあがる」という自動詞

「水掛けて裸祭蒸しあがる」という手もありましたよね 西村

参加している人の視線と水をかけられている人の視線

作者が言いたかったのは「を」ではないか 夏井

 

井上弘美選

天高しこの空だけを共有す   坂本梨帆

直接手を携えることのできない人への思い 

せめてこの青空を共有したいという祈り

その祈りを最低限自分のできることで発想していった時

俳句という文芸がこのような形で詠むことを教えてくれた

季語は変えた方が良い 3人とも 歳時記をめくることを薦めていた

10年ごとにこのフレーズを思い出し今の自分としての季語はこれだという

成長の記録 世界の変化を記録できる句になっていくかもしれない

 

堀田季何選

羽抜鶏(はぬけどり)山頭火かく歩みしか   大島幸男

羽抜鶏と山頭火が近いという評価と近いからいいという評価に等分される句

作者として己を貫いた方がいいと思う 夏井

 

NHK短歌 第27 NHK全国短歌大会③

俵万智 荻原裕幸 寺井龍哉 司会:石井かおる

 

選者 

永田和宏 俵万智 山崎聡子 荻原裕幸 小島ゆかり 小池光 

木下龍也 佐佐木頼綱 永田紅 松村正直 米川千嘉子 寺井龍哉

 

自由題 特選

小池光選

笠智衆が洗濯物を干してゐるラストシーンのやうな秋の日

荻原信子

笠智衆:「東京物語」「秋刀魚の味」など小津安二郎の映画にかかせぬ存在

比喩にかけた一首 残像を楽しむ歌

 

佐佐木頼綱選

万緑の高速路行くトラックの囲いの隙にのぞく牛の眼

石橋康徳

 

米川千嘉子選

「ママ、ぜったいしなないようにきをつけて」メロンゼリーの匂いのあなた

菊池くもえ

子どもの言葉を生け捕りにして効果をあげている 俵

幼年時代の匂いや色様々なものを呼び起こしてくれる 佐佐木

人間の感覚に着地させてくれる非常にいい名詞「メロンゼリー」 佐佐木

 

どうすれば名詞を溶け込ませられる?

名詞の辞書的な意味を超えて言葉が持っているイメージや色あいは

読者に与えるものはある 敏感になるのは重要なこと 寺井

 

永田和宏選

命取りとなりたる酒と思ひつつ夫へ供(つま)へる結婚記念日

景山武子

結婚記念日という言葉は動かない この歌の❝らしさ❞魅力 俵

結婚記念日だからこそ夫の矛盾を引受ける強さにつながっている 佐佐木

 

Q.歌を作るうえで大切にしていることは?

歌人 馬場あき子女史の言葉

松尾芭蕉は「松のことは松に習え 竹のことは竹に習え」と言った

私は竹を1日見ていたって歌なんかでない 竹のお話をする

竹の話しているうちに竹の今の生活が見えてくる

いろんなことを思い出すと竹の周辺が広がっていく

その次に縦の時間 題材は縦横に広がるもの

歌を作るうえでも いつも縦横を考えて題材一つを一生懸命に

見ていてもだめ 

 

松村正直選

手を合わす老婆もとんと来なくなり石の頭に蜻蛉のとまる

松本進

「とんと」が効いている 歌にされなかったら

消えて行くような確かな時間が歌いとどめられている 俵

作者ひとりの人間ではないような浮遊感 寺井

 

小島ゆかり選

はじめての鋏を握りみどりごは夕焼け空をちょんと切りたり

那須桃子

「ちょんと」が効いている 俵

幼い子どもが大きな世界と対峙するような感じで

初めていろんなものに触れていく 寺井

 

寺井龍哉選

野菜室の奥のおくから一本のぼんやりとした茄子が出て来ぬ

松浦冨美子

「ぼんやりとした茄子が出て来ぬ」という擬人法が絶妙

「茄子」以外での野菜だとだめだと思う 

そこかしこに味わいのポイントがある 寺井

茄子はある意味自画像 親しみと共感を持って向かい入れている感じ 俵

 

歌を作る時の修飾する時の言葉の探し方 選び方

定型詩で文字数音数が決まっているので その中で入れ替えるというのは

みんな考える たくさんの候補を出しいいものを選ぶことが大事

意味も大事だが短歌は「歌」でもあるので音のことも考える必要がある 寺井

定型に無理してでも合わせて考えてみると

面白い言葉が出てくるきっかけになると思う 荻原

自分の気持ちを言語化することに心を砕く 俵

 

・いちご摘み

にんげんの吹き過ぐるまでしろたへの降る街に麒麟たちをり

渡邊新月

地に落ちて蜂の棲まない蜂の巣に染みこんでいく早春の

武田歩(好きな歌人 中津昌子)

京都大学短歌会に在籍 今年で6年目

倒れてもしばらく水を通す木を動かすたびに軍手が濡れる

(誰も気づいていない自然の美しさを短歌にして伝えたい気持ちはあります

生命の力強さみたいなものを短歌を通して見せられればいいな)

摘んだのは「雪」自然はゆっくりと繰り返し

生命の循環と季節の循環を表現できたらいいなという意図でつくりました 

2026年6月21日日曜日

アンドリュー・ワイエス&川合玉堂

夏の朝三重菱(さんじゅうびし)へ願い込め 

和の美学陰翳礼讃風薫る

夏点前組子障子の伝統美

柔らかな光を受くる夏の銀 

アンティーク燻す輝き夏の夜よ

 

■新美の巨人たち アメリカの国民的画家 アンドリュー・ワイエス

恐ろしさのないものは何にせよ本当に魅力はないと思う

すばらしいものすべて恐ろしく、そして悲しい。

 

私があの窓を開けると、海から風がカーテンの吹き上げた。

それはすごい瞬間だった。私は興奮して卒倒してしまうところだった。

 

アンナ・クリスティーナ・オルソン

 

彼女のような何か巨大なもののそばにいると、

薄汚い取るに足らないものは消さってしまう。

クリスティーナは私にとってすばらしい人だ。

下がってひざまずくしかない。

 

1892年スウェーデンの船乗りジョン・オルソンが

クッシングの農場の娘ケイトと結婚

1893年 クリスティーナ誕生

若い時は健康でしたが、彼女は年を重ねるごとに

体の自由がきかなくなり進行性の神経疾患で歩けなくなりました

クリスティーナが家事 弟のアルヴァロが農場で働く

 

私の庭はとてもきれいです。百日草とキンセンカは特に美しい。

種子から育てたダリアも少しあります。

来年はもっと大きい花の種子を買うつもりです。

それを咲かせるのがとても楽しみです。

 

クリスティーナ46歳の時にワイエスと出会いました。

1947年クリスティーナ・オルソンを描きました。

 

戦後アメリカが世界の中心になって発展していく中で

取りこぼされていった人たちをワイエスは描いた

国民的画家といわれるほどに人気を博した

 

今日の一枚はクリスティーナ・オルソン54歳の時の横顔

オルソン嬢 1962年 59歳 生れたばかりの子猫を抱いています

〈アンナ・クリスティーナ〉習作 1967年 74

ドアが開いて誰かを待っているような横顔

 

196712月 アリヴァロ・オルソン死去(弟 病死)姉に尽くした人生

19681月 クリスティーナ・オルソン死去

 

生前最後に遺した言葉

「私は絵の中にいるんです」

 

それでもワイエスはオルソンハウスを描き続けました

やがて消えて行く記憶の悲しみ アルヴァロとクリスティーナ 1968

オルソン家の終焉 1969

 

女が一人遠くを見つめています 激しく変わり続ける時代からも

華やかな文明社会からも 遠く離れて強さも儚さも絶たれた命が

海からの風に吹かれて今のアメリカが失ったもののように

アンドリュー・ワイエス作「クリスティーナ・オルソン」

私はここにいます

 

■日曜美術館境界に寄せるまなざし アンドリュー・ワイエス

アンドリュー・ワイエス(1917-2009)

91歳のアンドリュー・ワイエスの言葉

「ここを自分の家だと思っていいわよ」って言ってくれたんだ

 

孫ヴィクトリア・ワイエス

いまも毎日描き続けるそのエネルギーはどこからくるんですか

アンドリュー・ワイエス

生きていることで受ける刺激からさ

朝起きた時は死にそうなほど疲れていても

何かの拍子でスイッチが入る 窓の外に何かを見つけて

イマジネーションが働いて 魂のエネルギーが生れるんだ

 

1917年生まれ ペンシルベニア州チャッズフォードで育つ

5人兄弟の末っ子 著名な挿絵画家N.C.ワイエスから影響を受ける

 

アンドリュー・ワイエス

クリスティーナは妻ベッツィの親しい友人で

妻はよく彼女の髪をとかしてあげていたよ

ベッツィとの長い付き合いもあって初対面の時から

あたたかく受け入れてくれた

「ここを自分の家だと思っていいわよ」って言ってくれたんだ

 

まるで屋根裏部屋でひび割れた骸骨が

かたかた音を立てているような印象がある

Two Worlds of Andrew Wyeth

 

196712月 弟 アルヴァロ死去

19681月 姉 クリスティーナ死去

 

正直に言うが私は自分のことを抽象画家だと思っているんだ

「アンドリュー・ワイエスへのインタビュー」リチャード・メリマン1965

 

■日曜美術館 アートシーン「川合玉堂-なつかしい日本の風景-

川合玉堂(1873-1957)の言葉

大自然に接してその感じをしばしば受けておくと

描く時には自分の主観でもって そこへ表現するというのでしょうか

色はそうでなくても 自然そのままじゃなくても

見る人がその人その人の経験から 自分の想像を引き起こして

楽しんでもらえるということがあるようですね

 

能阿弥

あけぬ暮れぬ 願うはちすの花のみを

まづあらわせる一筆ぞこれ

老能七十五歳 

2026年6月20日土曜日

ゴジカル&舟木一夫

ウチノ海深紅の花やブラシノキ

東福寺皐月の古木艶やかに

小学生十六人の田植えかな

カレー自販機四十年の夏に幕

目を閉じた瞬間気絶夏の朝

 

■鶴瓶ちゃんとサワコちゃん

ゲストは舟木一夫さん。「母親と呼ぶ人が9人」

「兄弟は全員異母」という環境で育ったとか…。

奥さまとの馴れ初めや今を語る時の幸せそうなお顔が印象的でした。

素敵な奥様と巡り合えて本当に良かった。

番組中の広告に吃驚。

舟木さんのコンサートやDVDCMがずっと流れていました。

益々お元気でご活躍くださいね。

色紙の言葉は「迎え手より送り手 舟木一夫」でした。



 





■ゴジカル!

「今日という日は、残りの人生の最初の一日」byオードリー・ヘプバーン

 

ゴリさんこと筒井則行の「今日が一番若い日」

黒川麗海アナウンサー KINDAI GIRLSに大学時代所属していた

今回の舞台は新野ダンス・クリエイト 徳島市東新町

新野祥司先生(53) 田中真理子先生(51)

 

基本の姿勢

骨盤の位置をできるだけ高く上げる




 





前にグッと上げて








胸を上げて

首を長く アゴを上げずに首の後ろを上げる

 

ペアで踊るためのホールド

男性の三角筋に女性の左手を乗せる

男性の右手は肩甲骨のあたりに

女性 首の右側をななめに

肩はおさえるけれどひじは上に

 

ワルツのステップ

男性 右足が相手の足の間に入る

慣れることが一番

右回転(ReverseTurn)になると難易度が上がる

女性 キック⇨背中をそってポーズ

足の甲を伸ばす このまま左に向く

黒川曰く「男性がリードしてくれるので自我は捨てよう

     自我は必要ないと思いました」(大きな間違いです)

ゴリ曰く「真理子先生めちゃかっこよくて怖がらずに

     私が連れて行ってあげるから真っ直ぐ来なさい

     すごいんですよLeadが 足ぶつかってもいいからって

     ちょっと泣きそうになった」

 

猛特訓すること3時間

 

ゴリ曰く「やっぱりワルツって3拍子 3ステップなわけですよ

     最初の一歩を勇気を出して相手に踏み出さなければ

     あとの2ステップ・3ステップはない 学んだ気がする」

黒川アナ「シンデレラになりきって踊っていた みんな見て~💗

     自己主張強めなシンデレラで踊っていました

     12時になったらこの衣装もメイクもすべて落として

     黒川麗海に戻る ほらぴったり🎵

12時まであと10時間あるけど」

 

コメンテーターの加渡いづみ先生 Dance&Fitness Passionの発表会でお話したことが…。

もう止めちゃっていたんですね。またお会いできるかと思っていたのに…。

コロナがありましたものね…。

 

新野祥司先生とのツーショット写真、いまだに我が家には飾ってあります。

 

SHINNO DANCE CREATE(新野DANCE・クリエイト)

徳島市東新町2-9-1()090-5271-7515

 

2026年6月19日金曜日

6月の山手線で一句&愛南町杯&「朝茶の湯」

夏の朝涙堪えて指おらん

永遠の沈黙へ夏の旅立ち

台風一過車ピカピカ輝けり

干し柿が梅干しのごと梅雨じめり

艶やかに泰山木(たいさんぼく)の花の香

 

■プレバト纏め 2026618

6月の山手線で一句

・特別永世名人 梅沢富美男の締めの一句

三脚を立てて空蝉橋夕焼け

(大塚駅の近く空蝉(うつせみ)橋 固有名詞空蝉橋の使い方が巧い

  蝉の抜け殻を写そうと三脚を立てていると思った瞬間に橋が出てくることで

  映像そのものが広がる この橋の背後に夕焼けが広がっていく

  カメラワークが上手い 今日は酒が旨いとなつき先生)

 

1位 徳光和夫

ラッシュ抜け新大久保や梅雨の月

(長い時間を上手に17音の中に表現 「や」やれやれあのラッシュを抜けて

 目的の新大久保まで来た やれやれがちゃんと見える 実力がしっかりある)

 

2位 ME:IMIU

階段しか無い五月雨の旅鞄

添削(810音という調べが内容にあっている 破調)

階段しか無い梅雨キャリーケース

 

3位 トンツカタン森本

入梅の雨音超えし地下ライブ

添削(意欲的な句 地上と地下の様子を音で比較

    入梅:時候の季語「梅雨の入った頃」という意味

    天文の季語は雨音が聞こえてくる 激しく降る梅雨の雨:荒梅雨)

荒梅雨(あらづゆ)の音超えたる地下ライブ

 

4位 なえなお

夕立や死守の前髪プリ一枚

添削(三段切れ 語順を変えて意味を繋ぎ直す 回復可能な句)

前髪死守夕立プリ一枚

 

5位 高橋成美

左手にアキバ界隈扇風機

添削(季語:扇風機 

アキバ行く手にポータブル扇風機

 

・清水麻椰チャレンジ

梅雨じめり山手線は弱冷車

 

■夏井いつき俳句チャンネル

【コラボ投句企画】愛南町杯、入選句紹介!

テーマ 愛南ゴールド

 

この南風にこの香愛南ゴールド語   夏風かをる

愛南ゴールド苦労は人に見せぬもの   加治川の鴨

太陽の夏の明度の果実哉   マレット

愛南ゴールドしゅばっと夏のふっとんだ   葦屋蛙城

花珠の如し愛南ゴールドは   モッツァレラえのくし

 

時間の無駄遣いさせることなかれ

 

■一分季語ウンチク「朝茶の湯」

夏井いつきのおウチde俳句

 

こうやって紹介しておきながら 私ちゃんとした

お茶席というのは ほぼ経験がのうございます

一度テレビのロケでやったぐらいで この「朝茶の湯」

というものはですね 千利休が茶の湯の中で記した言葉によると

夏はいかにも涼しく 冬はいかにも暖かく 風情を持って

やるべしと書いてあるらしいんですが 夏の朝まだ涼しい

時間帯にやる 茶の湯のことだそうです

大体御ぜん時から始まって 午前9時には終わると

いう風に解説がのっています 日本の歴史を紐解くと

茶人として有名だった千利休 そして茶が好きであった

豊臣秀吉の逸話なんかもたくさん目にするんですけれども

この二人のやり取りとして「朝顔の茶の会」という

エピソードがあるらしいのですが これはこの「朝茶の湯」が

舞台であったと そういう話が歳時記には記述があります

2026年6月18日木曜日

心の時代 ムーミン 中村圭志 若松英輔

青嵐想像力を刺激され

夏山の朝怪しく光る茜色

夏の風組子障子は受け継がれ

夏座敷組子模様に囲まれて

贅沢に凝った組子よ夏足袋よ

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教③「ムーミン」

トーベ・ヤンソン(1914-2001)

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

 

「ムーミン谷の仲間たち」より 

スナフキン 

あんまり誰かを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。

リトルミー

かなしむなんてできないわね。あたいは、よろこぶか、おこるだけ。

ムーミントロール

みんなそれぞれ、こうもちがうものなんだな。

 

トーベ・ヤンソン「Whai is Freedom

彼らの幸せは ひとりでいる自由 自分だけの考えにひたる自由

だれかに打ち明けたいと思うまでは 自分の秘密を明かさずに

隠し持つ自由から構成されています

このユートピア的とも いうべき家族を わたしはなにかしら

敬意と驚きに近い感情で 見つめてしまう

 

「小さなトロールと大きな洪水」富原真弓訳

八月も終わりの、そう、夕方に近いころだったでしょうか。

ムーミントロールとそのママは、大きな森のいちばん深いところに

やってきました。冬がやってくるまえに、もぐりこむ家を建てようと、

あたたかくて気持ちのいい場所を探しているのです。ふたりは

さまよいつづけ、静けさと暗闇の奥へ奥へと、踏みこんでいきます。

ムーミントロールのママはいいます。

「この家より美しい家はないわ」ママはムーミントロールの手を取って、

空のように青い部屋に入っていきました。こうして、いつまでも、

いつまでも、みんなはこの谷に住みつづけました。

 

スノークのおじょうさん ヘムレン フィリフヨンカ 

 

「ワーディ アマーン」(安心の谷)1990年代 アラブ諸国20か国で放送

 

トーベ・ヤンソン

戦争が執筆にどう関係していたか 自分でもわからないけど 

もしかしたら「現実逃避」だったのかもしれません

実際にそう 責められたこともありました 私がしていたのは

むしろ必ず戻らなきゃいけない「現実からの遠足」だったのよ

 

父は彫刻家ヴィクトル 母は挿絵画家シグネ 

スウェーデン系のマイノリティー

 

「エヴァへの手紙」194112月より

どこもかしこも戦争。世界中が戦争。何を言えばいい?

すべてが感情や気分に左右されてしまいます。

国全体が抱える苦悩が、私を圧迫し、バラバラにし、

爆破されたような恐怖感に教われることもあります。

生きたい、人生をきちんと生き抜きたいという想いが、

逃げたいという感情に打ち砕かれてしまうのです。

 

「ガルム」1941年クリスマス号 に風刺画を掲載

「ガルム」194410月号 ムーミントロールの原型

 

忠誠心、団結心、高圧的な言葉は、彼らの弱さの裏返しでもあります。

一貫性がなく、仲間内では無関心を装いながらも、実は自分だけは

出し抜いてやろうとか、いかに自分がすばらしいかを朝から晩まで

アピールするのです。男たちの戦争!

女として、相手を喜ばせたり、崇拝したり、へりくだったり、

さらには自分のことを諦めるなんて、そんな風にはなれません。

将来また戦争が起きたら、殺されてしまうかもしれないと

わかっていて、子どもを産むなんて、まっぴらごめんです。

 

トーベは女性と恋に落ちたのです。それは当時の社会においては

タブーとされ偏見にさらされる対象でした。

 

スクルット(役立たず) ムーミン谷

 

YLEインタビュー「子どもの本への道」

この物語をわたしは子どもたちだけのためではなく

自分自身のために書いています

ただ私の物語が特定の読者にむけられているとすれば、

それは「スクルット」であるといえます

「スクルット」とはどこにいても 居心地が悪く 外部や周縁に

とどまっていて「小さくてあまりぱっとしなくて汽車を怖がる」

人たちのことです。途方に暮れている人たちのことです。

 

新約聖書「マタイによる福音書」

これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい

 

1962年「ムーミン谷の仲間たち」

「目に見えない子とその他の物語」

 

「ムーミン谷の仲間たち」山室静訳

「さあ、入らっしゃい!」「だれをつれてきたの?」と、

ムーミントロールが聞きました。

「ニンニよ。そう、あの子の名前はニンニっていうの」

なんだかためらっているような、かすかな鈴の音が聞こえてきました。

それが階段を上がったところで止まったかと思うと、

床のちょっと上に、黒いリボンに結ばれた小さな銀の鈴が、

浮かんで見えました。

 

コーヒーを飲みおわると、

三人はそろって川のほうへあそびに出かけました。

ところがニンニは、何ひとつできないことがわかりました。

ニンニは、ひざをおっておじぎをしては、「もちろんです」とか

「とってもたのしいです」とかいうのですが、ただおつきあいで

やっているだけで、ちっともおもしろがっていないのが、

すぐにわかりました。

 

「それで ちやほやされると思ってるの?まったく、だらしないわよ。

あたいにひっぱたかれたいわけ?」ミイがどなると、ニンニは

おとなしく答えました。「いえ、えんりょします…」

「怒ることもできやしないんだわ。それがこの子の悪いとこよ」

ミイはそういうと、ニンニのそばに近づいて

こわい顔をしてつづけました。

「あのさ、たたかうってことをおぼえない限り、

あんたは自分の顔を持てるわけないわ」

 

ムーミンパパが、「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、ぼうしを海の中に

落としてしまいました。ニンニの見えない小さな歯が、ムーミンパパの

しっぽに穴が開くぐらい深くかみついていたのでした。

「おばさまを こんな大きくてこわい海につき落としたら、

ゆるさないから!」

(ニンニは自ら自分の顔を取り戻しました。)

「あら、まあ!なんて、おかしいの!やだもう、最高!」

ニンニがさけんだのです。大笑いするあまり、

桟橋がぐらぐらゆれました。

 

モラン

 

「ムーミンパパ 海へ行く」小野寺百合子訳

「だれも なにもしなかったんじゃないかしら。だれもあのひとのことは

気にかけないという意味よ。あのひとは、雨か暗闇のようなものか、

通りすがりに、よけなければならない石のようなものよ。」

「あいつと話ができるかな」と、ムーミントロールはいいました。

ママは、ため息をつきました。

「モランと話をしてはいけないし、あのひとのことを話してもいけないのよ。

でないと、あのひとはもっともっと大きくなって、追いかけてくるわ。」

 

わたしは世界でいちばんつめたくけっしてあたたかくはならないの

 

1957年「ムーミン谷の冬」

「ママ、起きてよ!」ムーミントロールはさけぶと、走ってもどり、

ママのふとんを引っぱりました。「世界じゅうが、どこかへ行っちゃったよ」

しかし、ムーミンママは目をさましません。

谷間は、灰色のうすあかりにつつまれていました。

緑なんてものは、どこにも見えません。白一色です。

おまけに、まえには動いていたものも、今はじっと止まっています。

生きものの音は、ひとつもしません。角ばっていたものも、今ではみんな

まるみをおびていました。「これがきっと、雪というものなんだ」

ムーミントロールは、つぶやきました。

 

トゥーティッキ

 

「雪って、つめたいって思うでしょ。だけど、雪でこしらえた家に入ると、

あったかいのよ。雪って白いと思うでしょ。ところがピンク色に

なることもあれば、青い色になる時もあるわ。どんなものよりも

やわらかいと思うと、石よりもかたくなったりするの。

ぜったい、なんてものはないのよね」「ものごとって、みんなとても

あいまいなのよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 

「あのね、なんでも寝ほり葉ほり聞くもんじゃないわよ。」

「この世界には、夏や秋や春には居場所のないのが、いっぱいいるのよ」

「みんな少しはずかしがりやで、ちょっぴり変わりものなの。

どこへ行っても場ちがいに感じてしまったり、だれのことも

信じられなかったりする人たちとかね。

そういうものたちは一年じゅう、どこかにこっそりと、かくれているの。

そうして、あたりがひっそりとしてなにもかもがまっ白になり、

夜が長くなって、たいていのものが冬の眠りに落ちたときに、

やっと出てくるというわけ。」

 

「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。

そうして自分ひとりで、それを乗りこえるんだわ」

 

トゥーティッキの元となる人 トゥーリッキ・ピエティラ

トーベの生涯のパートナー

 

Alltin gar mycket osakert なんでも不確か

何でも不確か それがわたしを安心させる 

2026年6月17日水曜日

こころの時代 星の王子さま 若松英輔

夏の朝引越し急ぐ花蜂よ

夏の陽や昏き(くらき)眉山へ降り注ぐ

木漏れ日や濃き緑の葉より強く

眩しき陽木下闇(このしたやみ)でひと休み

闇拒む昏き山々夏の朝

 

■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教①「星の王子さま」

中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)

 

「星の王子さま」内藤濯訳

「ね…ヒツジの絵をかいて…」「え?」「ヒツジの絵をかいて…」

ぼくは、びっくりぎょうてんして、飛び上がりました。

すると、とても様子のかわったぼっちゃんが、まじめくさって、

ぼくをじろじろ見ているのです。

「だめ!このヒツジったら、病気で、今にも死にそうじゃないか。

描き直しておくれよ」ぼくは描き直しました。

「そうだな…これ、当たり前のヒツジじゃなくって、

ツノが生えてるもの…」そこで、ぼくは、また描き直しました。

「これ、ヨボヨボじゃないか。ぼく、長生きするヒツジがほしいんだよ」

ぼくは、もうがまんしきれなくなってきました。

「こうつぁ箱だよ。あんたのほしいヒツジ、その中にいるよ」

ぶっきらぼうにそう言いましたが、見ると、ぼっちゃんの顔が、

ぱっと明るくなったので、ぼくは、ひどくめんくらいました。

 

新約聖書「マタイによる福音書」1914

子どもたちを来させなさい 天の国はこのような者たちのものである

 

「星の王子さま」

「ヒツジが小さい木をたべるって、ほんとだね?」「うん、ほんとだ」

「なら、バオバブも食べるんだね?」「そのとおりだ。でも、なぜ、

小さいバオバブなんか食べさせたいの、ヒツジに?」

「わからないかなあ、そのわけ!」と王子さまは、

さもわかりきったことのように、言いました。

朝のお化粧がすんだら、念入りに、星のお化粧しなくちゃいけない。

バオバブの小さいのは、一つ残さず、ひっこ抜かなけりゃいけない。

とてもめんどくさい仕事だけど、なに、造作もないよ

ああ、まだねむいわ…。あら、ごめんなさい。

あたくし、まだ髪をといていませんから…

王子さまは、そう言われても、

〈ああ、美しい花だ〉と思わずにはいられませんでした。

「いま、朝のお食事の時刻ですわね。

あたくしにも、なにか、いただかせてくださいませんの…」

王子さまは、どぎまぎしましたが、汲みたての水の入ったジョロを

とりにいって、花に、朝の食事をさせてやりました。

「夕方になったら、覆いガラスをかけてくださいね。ここ、とても寒いわ。」

 

ライト兄弟の初飛行 1903

 

「サン=テグジュペリ」「人間の土地」「夜間飛行」

 

「戦う操縦士」鈴木雅生訳

いま私が見下ろしている黒点、あれはおそらく一軒の人家だろう。

私はそこからなにも感じ取れない。しかしもしかすると、あれは大きな

田舎の館で、一人の子どもの頭の中に、果てしない大海原と同じくらい

途方のないものをゆつくりと築いているところなのかもしれない。

 

「星の王子さま」

おとなというものは、数字が好きです。

新しくできた友だちの話をするとき、おとなの人は、

肝心要のことはききません。〈どんな声の人?〉とか、

〈どんな遊びがすき?〉とかいうようなことは、てんで聞かずに、

〈その人、いくつ?〉〈兄弟は何人いますか〉とか、

〈お父さんは、どのくらいお金をとっていますか〉

というようなことを、聞くのです。

そして、やっと、どんな人か、わかったつもりになるのです。

 

「五億一百六十二万二千七百三十一。

おれは大事な仕事をしているんだからね」

「でも、星を持ってて、いったい、なんの役に立つの?」

「金持ちになるのに役だつよ」「でも、その星、どうしようっていうの?」

「管理するのさ。いくつあるのか、勘定するんだ。むずかしい仕事だが、

おれは、ちゃんとした男だからな」

おとなって、まったく変わってるな、と王子さまは、旅を続けながら、

無邪気に考えていました。

 

地球は、そうやたらにある星とはちがいます。そこには百十一人の王さま、

九十万人の実業屋と、七百五十万人の呑んだくれと、三億一千一百萬人の

うぬぼれ、つまり、かれこれ二十億人のおとながすんでいるわけです。

 

「ぼくは、この世に、たった一つという、めずらしい花を持っている

つもりだった。ところが、じつは、あたりまえのバラの花を、一つ

持ってるきりだった。」王子さまは、草の上につっぷして泣きました。

 

「ぼくとあそばないかい?ぼく、ほんとにかなしいんだから…」

と、王子さまはキツネに言いました。

「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから」

と、キツネがいいました。

「〈飼いならす〉って、それ、なんのことだい?」

「よく忘れられてることだがね、〈絆を結ぶ〉っていうことさ」

「絆を結ぶ?」

もう一度、バラの花を見にいってごらんよ。あんたの花が、

世の中に一つしかないことがわかるんだから。

 

自他不二

 

心で見なくちゃものごとは見えないってことさ。

肝心なことは目に見えないんだよ

「肝心なことは、目に見えない」と、

王子さまは、忘れないように繰り返しました。

あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思ってるのはね、

そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ。人間って

いうものは、この大切なことを忘れているんだよ。

あんたは、このことを忘れちゃいけない。

面倒みた相手には、いつまでも責任があるんだ。

 

一遍1239-1289 時宗の宗祖 全国を遊行し「踊り念仏」を広めた

 

「星の王子さま」

「きみ、いい毒、持ってるね。きっと、ぼく、長いこと苦しまなくて

いいんだね?」王子さまは、ぼくに、こう言いました。

機械のいけないとこが見つかってよかったね。これで、きみは、うちへ

帰っていけるんだ… ぼくも、きょう、うちに帰るよ…

大切なことはね、目に見えないんだよ…

夜になったら、星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、

どこにぼくの星があるのか、きみに見せるわけにはいかないんだ。

だけど、そのほうがいいよ。きみは、ぼくの星を、星のうちの、

どれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、

ながめるのが好きになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。

 

五眼 仏教における心理を見る眼〈肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼〉

 

霊性

 

「城砦」山崎庸一郎訳

死は確かにつらく、悲しい。しかし、死者たちは、この世で

それを見送る者たちが、もしほんとうに魂を賭けて、戻れと

願うならば、ほんとうに戻ってくるだろう。

戻ってきて、彼らが在りし日より、もっと確かな方法で

再会できるであろう。