2026年2月27日金曜日

スイッチインタビュー 市川実日子×藤田真央EP2

愛すべき高野(ムツオ)先生春の風

春うらら何言われてもにっかにか

懐や広さ奥行き春心

的を射る鋭利添削石鹸玉

尊敬と敬愛を持ち春の街

 

■スイッチインタビュー 市川実日子×藤田真央EP2

演技への思い&ゴジラカムカム秘話

 

実日子

自分なりに役とチューニングを合わせたい 理解したい 

一番の理解者になりたい 仲良くなりたい 

期間中は役のことをずっと考えている 私だけど私じゃないみたいな

その人の近くにいて貰って 吹いてきた風にふって乗る感じ

近くに来て寄せて寄せて「用意スタート」で ふーってこの風みたいな

イメージ 

 

真央

人物としての人物像が浮かんできた 

 

実日子

現場で人とものづくりをしていることが一番の喜び

なんで私この仕事しているのかな 表現したいというより伝えたい

何かの通訳者になっている事に喜びを感じる 自然にみんなが

わかるように通訳みたいなこと 出来た時に喜びを感じる

 

真央

私たちの世界は2年先の予定が今 決まる 最初は有名なオーケストラ

有名な都市 こんなところで弾くの? 2年前の私は全部イエス

イエスイエス 毎週公演があって練習する暇がない 

2年後の8月に何食べたいですか」みたいな 「プログラム決めてください

2年後の」 例えば同じ時期に別の(作品) その時の感情の変え方とかって

 

実日子

たった1行のセリフが覚えられなくなった 気持ちが切り替えられなくて

なんでこれが言えないの? 本当にうんって思えるものだけやってみよう

それまでやったことがない仕事がぽんぽん来るようになった

 

体のストレッチ 兼 内側の筋肉をつける 体には知性がある

筋肉にも知性がある 何歳からでも可動域は広がる 

それを知ってから感覚が変わった 巡りが変わる 勘が良くなる

自分の身体を感じられる 

 

真央

頭を一番使っていますね 

今日お会いする前にChatGPTに聞いた

キリル・ゲルシュタイン(2020年から師事しているピアニスト)

iPadを使っている 私はめくるという動作があってはじめて

次のページへ行く 譜めくり

 

美しいものに触れた時の感覚って とても貴重 

絵画だったら その場でずっといられるぐらい美しい絵に出会う

音楽だったら美しい瞬間がはかなくも過ぎ去っていく

 

実日子

美しさというものが生きる基準 日常の中で見いだす美しさに

喜びを感じる 美しいピアノの音色 喋る言葉 仕草 角度

すべてに美しさを感じた 

お茶をいれる時も美しい感覚がいっぱい 茶葉 香り 水の11

音はそんなにないけど 近いものがあってピアノの音と

人が何かを美しいと思った瞬間に立ち会えたことが凄く嬉しくて

美しさといい瞬間を貰えて生きている喜びの時間だった

人はただ生きているだけで知らぬ間に誰かに生きる力を与えている

すごく美しい記憶として刻まれている 

そんな一瞬があるだけでも豊かだな

 

真央

メンデルスゾーン「無言歌 作品672」 歌詞のない歌

こんな美しい曲が存在したんだって心を奪われた

そんな曲をぜひ共有したいな

 

実日子さま 落涙…。最高に美しかった…。

鍵盤の音、真央さまの指の美しさに魅了されたご様子でした。

あんなに近くで聴かせて貰ったらしばらく立てなくなるかも…。

2026年2月26日木曜日

100分de名著 ヤンパース❝哲学入門❞③

神通の氷瀑溶け始めけり

春あした一分違いで停められず

春の日をボールペンまで反抗期

春まけて蓄積疲労忍び寄る

春の夜や耳は遠くへ目は薄く

 

100de名著 ヤスパース❝哲学入門❞③ 世界像は多様である

戸谷洋志 伊集院光 阿部みちこ

哲学者 カール:ヤスパース

「世界像」経験がもたらす価値観の違い

「私の方が絶対的に正義だ」という発想へ

❝他者との対話❞哲学的な「交わり」

文化の違い

キリスト教世界では蛇は不吉・邪悪な存在

旧約聖書では悪しきものとして登場

日本の伝統では縁起の良い兆し 

吉兆を表し脱皮を繰り返す姿は生命力の象徴

キリスト教で育った人が日本にやってくると

蛇の「世界像」は変わっていくのではないか❓

世界像というものは常に不完全で訂正が必要なものだと考えた

 

世界像というのはいつも、誤って世界存在一般として絶対化された

個別的な認識の世界なのであります。(中略)

あらゆる世界像は世界から切り離された一断片であって、

世界は形象とはならないのであります。

草薙正夫・訳

 

世界像≠世界そのもの 世界像=世界の「一断片」

「世界像」は人間の知識の総体

 

蛇⇨旧約聖書⇨教会⇨街の人々

 

科学も世界の「一断片」である

《科学的世界像》は、それ自身がいつも、科学的な手段と

不完全な神話的形態とを持った一個の新しい神話的世界像なのであります。

 

生命を科学的に定義するのは難しい

科学的な「世界像」では逆に説明できないことがある

科学はひとつの神話に過ぎない

 

❝信仰の山❞富士山がこう見られるのは歴史の積み重ね

「世界像」ができるには長い時間が必要

 

どんな実在するものも私たちの自己確認にとって、

歴史ほど重要ではないのであります。

歴史は(中略)私たちの生活の基礎となっている

伝統の内容を私たちにもたらし、(中略)

自己が属する時代への無意識的な拘束から私たちを解放し、(中略)

その不滅の創造性において見ることを教えるのであります。

 

「世界像」は歴史の中で作られる

❝恋愛❞の歴史を考える ❝家同士のつながり❞

「歴史」を知れば絶対的価値観も相対化できる

過去をながめ返し現在を違った形で捉え直す

そうやって世界像を訂正していく

「歴史」はある種の❝物語❞

歴史の物語も絶対的な真実ではない

1つの❝物語❞を絶対化する危険性をヤスパースはよく理解していた

価値相対主義:相手を理解する態度を捨ててしまう考え方

国同士の「世界像」の違い 

「自衛」「解放」という言葉で「攻撃」「戦闘」を正当化してきた

❝正しい行為❞

 

歴史の究極目標ではないが、それ自身が人間存在の最高の可能性に

到達するための条件であると思われるようなある一つの目標は、

形式的に規定されます。それは人類統一という目標であります。(中略)

しかもそれは可知的・共通的内容として獲得されるのではなくて、

最高潮に達したとき、純粋の愛の闘争となるところの(中略)

歴史的に異なったものの無制限な交わりにおいてだけ

獲得されるものであります。

 

人類の統一 「無制限な交わり」「愛の闘争」

「人類の統一」とはどんなものか?

究極目標ではない

可能性に到達するための条件

「愛の闘争」「無制限な交わり」によって獲得されるもの

 

「人類の統一」は❝他者と一致❞することではない

調整と交渉が継続している関係性 致命的な対立を回避すること

「人類の統一」とは平和のこと(戸谷氏の言い方に直すと)

「交わり」を大切にしない人とどう向き合うか?

自分の世界観を守れるが「交わり」は失う

「交わり」を失うと自分自身も失ってしまう

平和に向かうことは相手にイラっとしてはいけないことではない

2026年2月25日水曜日

インタビューここから 俵万智

マグリットを詠む

人生を心貫き春深し

窮屈な生き方通し春惜しむ

おぼろ夜やまるで洗脳されたよう

春の夜や初恋相手と結ばれて

 (寺山修司氏)マグリットとの別れを決意柳の芽

 

■インタビューここから 歌人 俵万智

(「サラダ記念日」出版当時)書店によっては料理本の所に差してあったり

 

生野菜苦手の息子が残すので「言っとくけど俵万智のサラダやで」と

ボケてみたが、スルーされた。Xより

 

日常のちょっとしたときときめきをちゃんと掬い取ってくれる形が短歌

お金・物・時間 は使うと減る 言葉は使えば使うほど増えていく

 

俵さんにとって「ことば」とは何か?

自分の体の中のときめきが呼び起されてしまいました 司会

最近感じたんだけれども私にとってももう40年前の歌集なので

すごく時代も変わって若い人たちにどんなふうに読まれるんだろうって

若干不安もあったんですけれど やっぱり20代の歌集なんですよ

「サラダ記念日」って だから20代の人がそうやってときめいてくれる

時代じゃなくて世代なんだな うれしいです ときめいていただいて

 

「言葉の力は、生きる力。」現場で考え抜いた伝える、鍛える、表す極意

 

行動範囲がグンと広がり、ネットでのやり取りが日常になっている今、

背景抜きの言葉をつかいこなす力は、非常に重要だ。

それは、生きる力と言ってもいい。

「生きる言葉」より

 

「生きる力」はそもそもどうして書かれたんでしょうか 司会

生き方についてインタビューして それをまとめて1冊に

しませんかっていうようなお話だったんですね ゲラ(校正刷り)になって

読み始めて手を加えようとしたときに 言葉について

話しているところだけはどんどん書きたくなって これじゃ

足りない足りないっていうふうに膨らんでいって 言葉について

いま自分がこんなに書きたいんだって気づきましたっていうことで

1回ご破算してもらって それで書き始めたっていうのが経緯ですね

それは俵さんの言葉への興味があふれて止まらないっていうところもある? 司会

もともと言葉は好きだったんですけれども 特にいまの時代っていうのが

言葉の時代だなっていうことを改めて思って 言葉がこんなに世の中で

あふれているっていうこともないし みんな自分が発信できることで

言葉がすごく身近なツールとしてあるんだけれども 便利ゆえに

トラブルも起こったり どうやって使っていいか分からない

インフラはすごく整って高速でバンバン行けるんだけれども

みんな免許を持ってないみたいな状況かなと思ったりもして

どう言ったらいいかという部分を欲しているから

こうやって多くの人に届いているところはあるんですかね 司会

いま本当に言葉のあふれている時代ですけれども どっちかというと

人と人とを分断する方向で使われる言葉も目立ちますよね

でも本来 言葉はそうじゃない 言葉を使ってどう人と関係を

築いていけるか ということが言葉の力だと思うんですね

言葉ってそもそも人と人とをつなげたり 関係を紡いでいくために

あると便利だなと思って人類は発明したと思うんですね そういう 

そもそもの形で言葉をうまく使えるようになるっていうのは

本当 一生ものの財産だと思いますね

俵さんって言葉への興味がすごいと思うんですけど それは

どのタイミングからっていうのはあるんですか? 司会

小さいときから絵本を読むのは好きだったりしましたし

小学生時代のことで思い出すのはクラスにユウジくんっていう

男の子がいて その子がしくじったかな それでみんなが

大阪の小学校だったからはやしたてて「言うたろ言うたらあかんのに

あかんのに先生に言うたろ」ってはやしたてたんですよ

そのときに彼が「俺はユウタロウやない ユウジや!」って言って

みんなを黙らせてみんなドーッと笑ったんですよね あれ私の

小学校時代の思い出の中では結構ピカイチかもしれない

「ユウジすげえ」と思ったんですよ「俺はユウタロウやない ユウジや!」

って言ったそのアイデアでみんなを笑わせて何事もなく先生に

言いつけられることもなく すごいなと思っていまでも覚えている

言葉の力をまざまざと見た経験の原点にもしかしたらあるかも

すごい久し振りに思い出した いま 

そんな言葉に対する俵さんのベースがある中で短歌と出会ったのが 司会

大学生ですね 自覚的に作り始めたのは 言葉にすごく興味があるから

何かしら言葉で表現する人になれたらいいなっていう興味は

あったんですけれども 大学に入って文学サークルとかそういうの

ちょっと見学したんですけれども もうすでに書きたいことがいっぱいある

すごい人が集ってて自分はとてもまだ何にも自分の中にそれがないなと

思ったんですね 私 壮大なストーリーを紡ぐとか全然できない

自分にちょっと劣等感を持っていたんです 

そんな時短歌と出会い 初めて投稿した短歌

 

「手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のその時の愛」

 

短歌って「手紙1通受け取った」それが作品になるんだっていう

これやったら私もできるかも 出来たっていうことの喜びがすごくあってね

短歌っていうのはそういう日常のさまつなことも作品になるっていうのかな

それがすごく励まされたと思います

いまもその気持ちはずっと変わらず? 司会

その時代その時代の自分なりの言葉で紡ぐっていうのがすごく

大事だと思いますね 短歌ってその時の心をパッケージできるっていうか

その気持ちっていうのは例えばカメラを持っていても写真には

撮れないですよね でもその目に見えないものをとっておけるって

いうのが言葉であり短歌の良いところかと思いますね

 

「また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話したい」

「サラダ記念日」

 

40歳の時に息子を出産

 

「気配濃く秋は来たれりパンのことパンとわかってパンと呼ぶ朝」

「プーさんの鼻」

 

「手伝ってくれる息子がいることの幸せ包む餃子の時間」

「未来のサイズ」

 

身近にまっさらな状態で生まれた人間が日本語ペラペラになるっていう

そこの過程を見ていられるっていうのは本当に興味深かったですし

いろいろ気づかされることはありましたね「賞味期限が切れるから」

って言ってたら「えっ何が切れるの」って言われたり❝切れる❞って

いうのは比喩的な表現なんだな 意外と比喩的な表現って日常の中で

使ってる 時間がなくなるとか 水に流すとか 子どもがつまづくことで

再発見させられる楽しさもありましたし 言葉っておもしろいなって

いうのは改めて思いましたね 子育て中

お母さんになってからの俵さんは言葉への向き合い方って変わりましたか? 司会

子どもの歌は❝刺身で出せる❞っていうのが私の実感なんですね

恋の歌は若干 手を加え 盛りつけにこだわったり ソースを

かけたりしないと 人様に出せないんですけど 子どもの歌は目の前で

起こっていることがすごくワクワクするし 子どもの言葉そのものも

おもしろいですし どんどん切り取ってどんどん出していかないと

変化していって上書きされていっちゃうんですね だから

子どもの歌は刺身で出せるなっていうのが実感で そういう意味では

ずいぶんたくさん子どもの歌を詠ませてくれた存在ですね

 

「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」

「未来のサイズ」

 

6年間送り続けたハガキ

ハガキ毎日書いてて

毎日ってすごいですよね 司会

毎日ともいうけど1日に1枚とも言う 

1日にたった1枚って思ってましたけど

それぐらいあふれてたってことですか? 司会

肩に力の入ったものじゃなくて やっぱりホームシックっていうのは

日常的に家族との会話がない寂しさだと思ったので その日常会話の

代わりっていう感じで 「おはよう」とか「だんだん暑くなってきたね」

とか そういうことを話す息子がいない その寂しさをこの形に

したっていう感じですね 

きょうはサラダ記念日ということでメールが来たりSNSが盛り上がったり

宮崎歌会でひと言スピーチさせられたりいろいろでした そもそも

何でもない日ということで選んだ76日だったのに 結果として

まあまあ特別な日になっています 

息子さんからのリアクションとかそういうのは? 司会

返事はそんなに来ないですけれども楽しみにしてるっていう感じでしたね

でも後にみんなで読んでたっていうことが分かるんですけどもね

3ぐらいになるとさすがに「お母さんから毎日あいつハガキ来てるぜ」

とかって なんか恥ずかしくないのかなと思ったんですよね

そしたら「やめないで」って言うから だからうれしいと思ったら

「みんなも楽しみにしてるから」って 「みんな楽しみにして

なんか癒されるんだよね」とかって読んでたらしく

 

「あす会えるあした会えると思うとき子を産む前の夜を思い出す」

「未来のサイズ」

 

これを詠んだ当時のことは覚えていらっしゃいますか 司会

やっぱり結構私も寂しかったんですね あした息子が帰ってくると思うと

すごくワクワクして あしたこそ会えるんだっていうその夜のことですね

子どもを産むときに早く出ておいでよっていう歌を詠んだりして

子どもと早く会いたいなっていう気持ちだった 出産の前の日のことと

重なるような気がして詠んだ歌ですね 

 

この「あす会える」の短歌の返歌を息子さんに詠んでいただきました

俵さんの息子さんは今や大学生

 

「ホームシックの終わりはこわい思い出す入寮の夜それからの夜」

 

韻 踏んでてちょっとうまいじゃないですか

「の」はないほうがいいんじゃない?

歌人・俵万智のほうが思いのほか強く出たな

この歌のどういう思いを込めたっていう解釈なんですけど

ホームシックという気持ちがなくなってしまうことが怖い

ずっと息子さんは感じていらっしゃって

ホームシックっていうのはさみしいという気持ちで

それほどホームシックを感じるほど思える人がいるって

いうのは大きいことだから その気持ちがなくなることが

悲しいですってそのを上の句に込めて 司会

これ寮の先生にも聞いたんですけれどもホームシックが特に重い

子どもにはちゃんと寮の先生が対応していろいろ相談に乗って

くれたりするらしいんですね 後で聞いたんですけどその先生が

「みんなそのうち忘れて楽になるから」「ホームシックで

退学した子はいないから大丈夫」って励ましたら 息子が

「いや 今これはつらいけど この気持ちは忘れたくありません」

って言った 初めて親と離れてこんなにさみしいって思う気持ちを

味わっている このことは大事にしたいって言ってっていうのは

後でそういえば聞きました じゃあ絶対「の」はいるね

それぞれの俵さんのフェーズでの言葉っていうのがあると

思うんですけど 母・俵万智としての言葉って何でしょう? 司会

子どもと自分をつないでくれるものっていう感覚はありますね

子どものおかげで自分も新たな言葉にたくさん出会いましたし

いまでは言葉について話す時間がすごく多いんですよ

「この❝を❞についてどう思う?」とか言って何時間も

しゃべっていられる感じで家庭の親子の関係をいまは

言葉が取り持ってくれているかもしれないですね

 

ホスト歌会

「ポッキーの箱に収まる100万の厚み見ている俺らの厚み」

 

各地飛びまわったり会いたい人に会ってっていう暮らしをされていて

そういう生き方ってどうしてできるのかな 司会

その唯一の共通点は「ことば」ですよ 新しい言葉とか 

生き生きしている 言葉に出会える現場かなと 私アイドルとも

定期的に歌会「アイドル歌会」をしているので もうオタクの

人たちの言葉がおもしろくて 

オタクの言葉ありますよね 「推ししか勝たん」とか 司会

「後方腕組み彼氏面」とか そうとしか言えないニュアンスを

みんなが工夫して生み出すというのは楽しいことだと思いますね

それで言うと結構 言葉って変わりゆくものじゃないですか

そうい言葉の変化に対してどう思われますか? 司会

言葉は変化するのが当然だと思いますね

だから正しい正しくないっていうのは

どんな言葉にも当てはまらないと思います

でもだいたい若い人たちから 生きのいいところから言葉って

どんどん変化していくから それを見て年配の方がちょっと

顔をしかめているっていうのも それが健全な姿かなと思うんですね

どんどん変化するっていうのは言葉が生きている証だと思うので

私は変化しているところを観察するのを楽しみにしています

これからも俵さんは言葉を紡ぎ続けると思うんですけど

俵さんにとって言葉というのはどういうものであり続けますか? 司会

ずっといい人生の相棒だというふうに思っています

言葉がそばにいてくれることで自分を支えてくれるのかなと

そばにいてくれる言葉が機嫌よくいられるように

自分も努めたいなと思いますね

言葉も乱暴に使ったり嫌なふうに使うと寂しそうに見えるんですよね

例えばなんでもない言葉でも短歌の中に使ってやるとすごく喜んで

見えるっていうこともあるし やっぱり常に一緒にいる相棒とは

機嫌のいい関係でいたいですよね

 

「傘だった言葉を閉じて歩くとき杖ともなりゆく空の下」

俵万智

2026年2月24日火曜日

あの本、読みました? 木爾(きな)チレン&一穂ミチ

かりそめの現(うつつ)見つめて春の空

風光る歴史を守り引き継がん

大聖堂は市民の誇り春の空

(ステンドグラス)イスラムの影響受くる春北斗

浮いた船アルカサル城春の月

 

■あの本、読みました?いま話題!

バレンタインに読みたい大人の恋愛小説スペシャル

木爾(きな)チレン 一穂ミチ 鈴木保奈美 山本倖千恵 林祐輔P

(木爾チレンの夫 けんご@小説紹介 紙上健吾 

アルジャーノンに花束を で既に番組出演していた。) 

 

川上未映子著

乳と卵 夏物語 ヘヴン 黄色い家

今年、映画化されるのは 「すべて真夜中の恋人たち」

 

凪良ゆう著

汝、星のごとく

 

吉田修一著 邦画実写歴代興行収入ランキングNo.1作品 22年ぶり

国宝 ミス・サンシャイン

 

一穂ミチ著 第30回島清(しませい)恋愛文学賞

光のとこにいてね アフター・ユー

 

アフター・ユー おじさんと別れを描いた理由

清吾と同じく愛する人、夫・波留彦を失った沙都子の言葉

 

「アフター・ユー」の一文 一穂ミチ著/文藝春秋

「写真もある、書類もある、彼の上司や同僚も知ってる、

でも、時々不安になるんです。あの人の存在ごと、

わたしの夢だったらどうしよう、って自信がなくなるー

変なことを言ってるのはわかってます。

でも「いたこと」って、みんな、どうやって信じてるんでしょうか」

せめて遺体があれば、「死」という現実を自分の目で確かめ、

葬儀や火葬という段階を踏んで心に刻むことができる。

弔いという儀式は、死者の魂をあちらに送ると同時に、

生者の魂をこちらに繋ぎ止める役割を持つのだろう。

でも、波留彦も多美もただ、「いない」。拭うことも捉えることも

できない不在の影が沙都子をすっぽり覆ってしまっていて、

清吾にはどうすることもできない。

自分の手元に、多美の生を証すものはどれだけ残されているのか。

 

「いたこと」ってどうやって信じる?

懐かしの電話ボックス

海難事故に遭って行方不明の多美を探しに行った遠鹿島で

夜車を走らせていた清吾は電話ボックスを発見

多美が残したお守りの袋の中に入っていた

テレフォンカードを取り出し多美の携帯に電話を掛ける

 

「アフター・ユー」の一文 一穂ミチ著/文藝春秋

清吾はボックスの中に入り、スマホに比べるとでかくて重たい

受話器をあげてテレフォンカードを差し込んだ。

49」と赤いデジタル文字が表示される。ちゃんと使えるようだ。

0のボタンを押すと、つめたい金属がかこんとへこむ。

ああ、公衆電話の感触や。

若草色の受話器の向こうからは発信音が聞こえてきた。

しまった、間違えた。あわててフックに指をかけた瞬間、

「はい」と応答があった。「もしもし、青さん?」多美の声だった。

夢か、それとも、俺の頭がどないかなってしもたんやろか。

夢やとしたら、どっからや。「青さん?」受話器の向こうからは、

確かに多美の声がする。ありえない。

「どうしたの?何かあった?」「多美」そろりと口にした。

 

電話ボックスを登場させた理由

タイトルの付け方「アフター・ユー」=「お先にどうぞ」

 

バレンタインに読みたい 今話題の恋愛小説~短編部門~

島本理生(りお)

ファーストラブ Red ナラタージュ 一撃のお姫様

 

恋は落ちずに、落とすもの?君に綴る4つの駆け引き 

浅倉秋成 織守きょうや 辻堂ゆめ 日部星花著

 

綿矢りさ著

グレタ・ニンプ 深夜のスパチュラ(スパチュラ泣きをしてほしい 一穂ミチ)

 

木爾チレン著

(あい)を飲む

水みたいな人 ジンジャーエールに似ている ぬるいラムネ

コーラの泡 梅酒と眠る 生きる薬 骨を飲む

飲み物にこだわった理由 

👑悲しさのない恋愛はない 木爾チレン

骨を飲む

 

「哀を飲む」の一文 木爾チレン著/実業之日本社

多くの人は始まりが好きだという。楽しいのは、

始まりの本の僅かな間だけなの、と。

でも、私は幹夫と私が、どういうふうに別れるのだろうと

想像するのが好きだった。

だって終わりは、どんなに暴力的だったとしても、美しい。

だからドラマだってマンガだって、

すぐに最終回が見たいと思ってしまう。

だから、別れはいつか来てもいい。

それが最高にすてきな別れなら、来てもいいと思う。

 

「水みたいな人」テーマは「喪失」

 

「哀を飲む」の一文 木爾チレン著/実業之日本社

優しい青は、「あたしのことを好き?」と訊けば、何度だってあたしのことを

好きだと言ってくれる。けれどあたしが聞きたいのは、そんな木霊のような

言葉じゃない。(「ぬるいラムネ」より)

愛は無料だ。だからこそ、みんなこわがる。対価を払わず手に入れたものは、

いつ消えてもおかしくないから。だから私は、お金で愛を買う。

なくならない代わりに、永遠に手に入らない。(「コーラの泡」より)

「骨って、どんな味がするの」「愛の味」そう言って、私は嘘笑いした。

「愛ってきっと、不味いのね」中川も、私と同じように嘘笑いした。

(「骨を飲む」より)

 

「私のこと好き?」って聞く?

 

木爾チレン女史はよしもとばなな女史が好き

「白河夜船」/新潮文庫 が一番お好きだとか…。

吉川ばなな女史の文体が好き 

吉本ばななからの影響 最初の頃は生とか死を書いていた

こんなに読みやすい小説があるんだが第一印象

読みやすい文体で重いテーマを綴られている

 

「夏の匂いがする」木爾チレン著

恋とも友情とも言えない 同性に強く焦がれる気持ちを描いた少女たちの物語

 

一穂ミチが鈴木保奈美に薦める恋愛小説

小池真理子著「恋」

女子大学生が憧れの助教授夫妻と築いた三人の愛の聖域。

一人の青年が完璧な均衡を壊し、殺意と悲劇を招く。

 

木爾チレンが鈴木保奈美に薦める恋愛小説

中山可穂著「白い薔薇の淵まで」

一行も読み飛ばせない、完璧な恋愛小説

平凡なOLと新人女性作家、女性同士の恋の物語。

激しく求め合い、傷つけ合い、修羅場を繰り返す…