2026年9月12日土曜日

杉本博司&夫婦喧嘩で一句

日美コレ同じBaseを持つ二人

身についた上から目線日美コレ

パソコンと寄り添う時間秋の色

AIと議論重ねる星月夜

長き夜や力抜け落つ午前二時

 

■プレバト纏め 2026910

芸能人夫婦対抗「夫婦喧嘩で一句」

 

特別永世名人 締めの一句 梅沢富美男

桃剥いて犬に告げ口してる妻

(季語:桃 が良かった 柔らかいので丁寧に剥かないといけない

 匂い・仕草全部伝わってくる この桃は夫に剥いてあげている?

 この行動をした奥さまが素晴らしい)

 

1位 井戸田潤・蜂谷晏海夫妻

ガレージに漂う秋思仄暗く

(井戸田が「眠い」といった上に逆ギレ

 秋思:秋の季語 秋に何となく感じられる切なさや寂しさ

ガレージと書いたことで家族間のもめ事?想像を与える効果を持っている

喧嘩後の場面に絞って良かった 

秋の理由のない物思いガレージの中・心の状態も仄暗く

仄暗くとくにした事で余韻がたっぷりできた 上手くバランスが取れた句)

 

2位 柿谷曜一朗・丸高愛実夫妻

でもだって火種となりし初嵐

添削(初嵐:秋の季語 立秋を過ぎて吹く強い風の事 焦点が良かった

   となりしは説明)

でも」「だって」が火種残暑の台所

 

3位 武尊・川口葵夫妻

花曇靴下拾う妻の溜息

添削(下五が7)

花曇靴下をまた拾う

 

4位 石原伸晃・里紗夫妻

鈴虫のかそけき音色妻に似ず

添削(ワンオペ育児中:無断で客を招待&伸晃泥酔で大ゲンカ

   かそけき:色や音などがかすかであるさま=鈴虫の中に含まれている)

鈴虫の言葉の鋭き夜

 

5位 辻本達規・松井珠理奈夫妻

虫たちに騒ぐ嫁から退治する

添削(家では暖房使用禁止 ダウンで生活させられた

   季語に対する認識の間違い 

虫:秋の季語 秋に鳴く鈴虫やコオロギなどの総称

   日に集まって来る蛾・カナブン・コガネムシ=火取虫

   嫁:息子の配偶者の事

火取怖がる妻を叱りたり

火取怖がる妻をなだめたり

 

・清水麻椰アナチャレンジ

秋霖や今日もソファで寝てやろう

 

 

■日曜美術館 滅びゆく写真 そして人類 現代美術作家・杉本博司氏

古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能か

 

湘南の海が見えた。それが自分のたどれる一番最初の記憶だった。

その日から記憶が意識が始まった。

 

人間ってどうして動物から人間になれたのかがテーマになった

これが意識の起源となった

 

海だけは古代人と共通のビジョンが分かち合える

 

虚実があいまいな領域を写真で研究してみる

 

見るからに死んでいて作り物なのに片目で見ると本当に本物に近く見える

どんな虚構でも一度写真に撮ってしまえば実像となるのだ

 

映画一本分を写真に撮ってみる 

ジョン・トラボルタ主演「サタデー・ナイト・フィーバー」

2時間という時間を撮ってみた 時間って何なの?

 

絶滅する銀塩写真

 

銀塩写真の終焉と地球破壊の終焉が具体的なプログラムに乗ってきている。

 

私は写真をメディアとして使ってきた。

普通写真は時間を止める。しかし、私は写真をタイムマシンとして使い

自由自在に時間の海を泳いでいたいのだ。

 

2026年9月11日金曜日

髙嶋弘之&嵐山光三郎

ぼんやりとした不安秋の夕焼

空高し田という海を駆け抜けん

枕詞は「あなたのために」秋思

盆波や糟粕(そうはく)嘗める政治家よ

心なき笑みを浮かべた原爆忌

 

■鶴瓶ちゃんとサワコちゃん

ゲストは髙嶋弘之氏。

高島忠夫氏の弟であり高嶋ちさ子さんのお父様。

ビートルズの日本初代ディレクター。

由紀さおり様の誕生秘話。

音楽プロデューサーとしての❝髙嶋流❞宣伝戦略には

ダンボの耳で聞き入ってしまいました。




 






■あの人に会いたい 嵐山光三郎

1942-2025(令和7)年 83歳没

 

好奇心の赴くままいまを楽しむ

 

不良というのは非行じゃないですから犯罪を犯すわけじゃなくて

日本人って50歳を過ぎると会社の中で 指導的な立場に

ならなきゃいけない という呪縛があるじゃないですか

何かみんなの見本にならなきゃいけない だからそんなことをしなくて

自分で好きなようにやった方がいい 

 

あま鯛の西京漬

なんか優しく雲がたなびいてさ 5月の夕暮れが

ゆっくりじわっと 沈んでいくような そんな味がするよね

 

周りはいわゆる親を亡くした子供たちがいっぱいいてね すごく怖かった

小学校行くまで荷物なんかを「お前いいな」とか 

みんな持っていかれるじゃない 45人でやられちゃうから

こっちも取られまいと思って頑張るしね

 

「古池や蛙飛びこむ水のおと」なんて習うでしょ?先生が「質問は?」

と言うので「はい蛙は何匹でしょう?」なんて言って 先生が

「そんなことはどっちでもいい」と言う それでもう頭にきちゃってさ

それで図書館に行って本読んでも どこにも書いていないんだよ

それを調べるのに20年かかりましたね 

 

1965年大学卒業後 出版社に入社

檀一雄(1912-1976)等を担当

檀先生がなくなる年ぐらい前だったけど 太宰治のふるさとの弘前に

行ったんですよ そうしたらね 身欠きにしんにみそをつけて

そのまま食べるんですね。あちらの方は料理しないで それは太宰治の

好物だったんだって それで暫く黙って汽車に乗りながら海を見てね

「これはね 太宰が好きだったんだよ」と言って遠くをじーっと見ていた

檀先生の姿はまだ心に残っていますね

 

月刊「太陽」編集長時代

定年まで実直な編集者で終わりたいなとは思っていたけれども

何かそういう時にね 背中でコトンと音がしまして「あ ここが

辞め時かな」という 何か動物的な勘がしましてね それで

辞めちゃったんですね 

 

『「不良少年」は楽しい』 1997(平成9)年を発表します

 

僕は38()(会社を)辞める時に❝これからやりたいこと❞というのを

100ぐらい書き出したんですよ バイクの免許を取って乗るとか

それからアフリカのジャングルに行って その中でハンモックを吊って

池波正太郎さんの時代劇を読むとかね またね いま 書き出している

最中だけどね やりたいこと また100ぐらいありますね

 

この杉が樹齢1,000年でしょう?ということは芭蕉が来た時には

この杉があったわけですね ですから芭蕉もこの杉を見上げて

いろんなことを考えたんでしょうね 

 

「奥の細道」は、旅のあとを辿ることによって

立ちあがってくる言霊がある。

芭蕉が句を得た現場に立ち、芭蕉の目玉を拝借して、

光と風を鑑賞するのである。

風景に三百年前の時間が侵食し、句がピチピチと動き出す。

「芭蕉の誘惑-全紀行を追いかける」より

 

「悪党芭蕉」

2006年 泉鏡花文学賞 読売文学賞(評論・伝記賞)受賞

 

閑かさや岩に染み入蝉の声

この場合「蝉の声」は何かと言うと いろんな論争があったんだけど

蝉の声は自分に俳句を教えてくれた「蝉吟(せんぎん)のことを表している

ですから立石寺は石段を上っていくんですよ 暑い中をね 

蝉の声をジリジリ聞きながら 芭蕉さんはここで蝉吟のことを

思い出していたんだなってことをね 考えながら行くと

こちらまで胸に迫ってくる句ですね 

 

俳句 人間の死

去年私の父が死んだんです もう死ぬ寸前まで じーっと

私の父と一緒にいましたけれどもね だけどだれか自分の

友だちが死んで あるいは自分の肉親が死んで

「ああ人間は死ぬんだな」ってことを教えてくれるんだよね

だからね 死ぬことを考えるのは 悪いことではなくて 

いつかは必ず死ぬんだから それならば じゃあ生きている間は

精いっぱい自分のやりたいようにと 今後 逆にかんがえるんだよね

 

昔はできたけど今はできないなと思うことも楽しみなんですよ

できないことが楽しみなんですよ 悔しいけどね 悔しいことも

楽しみになってくるんですよ 自転車で ずーっと坂を上っていくと

嫌じゃないですか 一生懸命 苦しいじゃないですか だけど

てっぺんに行って山で 今度下り坂をシューっとゆっくり下りてくると

楽でしょう?下り坂をマイナスの面で捉えるんじゃなくて 下り坂が

楽しいというふうに考える そういう生き方が大事だと思うのね

 

無理に実直でする(生きる)ことはない 不良でいった方がいい

こっち行ったらポキっと折れて こっち行ってポキっと折れて

そのつど また新しい人生が ひらけるじゃないですか

2026年9月10日木曜日

あの本、読みました? 令和のホラー小説事情

天高しポライトネスで穏やかに

ドローンがいく大釜の滝九月

三人背継ぎ獅子舞(さんにんせつぎししまい)や祭

秋日和ふざける為の準備せり

秋麗写実を超えた幻想よ

 

■あの本、読みました?

【怖さ】さらに進化!?令和のホラー小説事情~国内1位作品は

上條一輝 朝宮運河 澤村伊智 鈴木保奈美 山本倖千恵

 

ホラー 怪談 ミステリーの違いは?

本当にあったってつくのが怪談

 

怖さはよりリアルの進化する!令和ホラー小説最前線

 

「深淵のテレパス」の一文 上條一輝著/東京創元社

仕事にめどがつき、少し伸びをする。リビングの影掛け時計に目をやると、

既に、日付を超えてしまっていた。

そろそろ寝支度をしようかと席を立ったーその時だった。ばしゃり

それは、何か水分を含んだ重みのあるものを、

硬い表面に叩きつけるような音だった。

水に濡らした雑巾を床に落としたら鳴るような音。

それが、どこかすぐ近くで聞こえた。

ばしゃり もう一度音がした。寝室の方からだ。いま私がいるのは、

1LDKのマンションのLDKにあたる部分だ。

(中略)

私が知る限り、寝室にそのような音を発するものは置いていないはずだが。

耳を澄ましてみるが、もう音は聞こえてこない。

 

執筆で必ず心がけること

必ず新しいことを入れる

意識的に執筆したシーン

 

「深淵のテレパス」の一文 上條一輝著/東京創元社

「テレビじゃないんだぞ。全部直せ」記念すべき一本目の動画の

編集が終わり、晴子さんに見せた際に言われた一言だった。

収録できたと思われる超常現象があまり地味だったため、

成功している投稿者を真似して、おどおどろしいBGMや、

禍々(まがまが)しい世帯のテロップなどを入れて見たのだが、

それらは全部却下された。

「怖がらせようとするな。目的が曇る」最終的に出来上がったのは

企業の教育ビデオのように淡々としたシンプルなもので、

投稿しても瞬く間にインターネットの海に埋もれてしまった。

最近では継続の成果か、ようやく登録者数も四桁に達したが、

広告収入で会社を辞められるレベルには程遠かった。

 

文字で怖がらせるテクニック

上條流ホラー表現

 

「深淵のテレパス」の一文 上條一輝著/東京創元社

「…散らかってる。とかではないんです」どういう意味だろう、

という疑問は玄関ドアを開けてすぐに解決した。

それは、異様な光景だった。煌々(こうこう)と明かりの点いた

玄関の三和土(たたき)には、スタンドライトが二客置かれていて、

開け放ったままになっている靴箱の中を照らしている。

靴箱のドアは閉まらないように重りですべて、同様の状態だった。

戸棚の中、机の下、テレビの裏など、影という影を

照らすように照明機材が置かれている。

キッチンなど、戸棚を照らすためのライトで、足の踏み場がない状態だ。

寝室のクローゼットには三台も照明器具が向いていて、

内部をくまなく照らしている。

そしてそのクローゼットのドアを含め、あらゆる扉には重りが置かれて、

閉まらない状態になっていた。「こうしていれば、音がしないんです」

そう言ってはにかんだように笑うカレンさんに、少し背筋が寒くなった。

 

直接的に書かず読者に想像させる

 

シリーズ2作目「ポルターガイストの囚人」

 

ホラー Horror が定着したのは1980年代半ば

ホラー用語の違いを解説

怪談はお化けの話 ホラーは実話っぽくなっている話

稲川淳二さんが怪談で 上條&朝宮がホラー

「ホラー」と「ミステリー」との違い

怪しい謎が解き明かされるされるのがミステリー

最後まで謎が残ってしまうのがホラー

 

日本ホラー進化の歴史

   江戸川乱歩×「怪談入門」(1948)

   日本ホラー小説の始まり 鈴木光司「リング」1991

   怪談とホラーを融合 小野不由美×「残穢(ざんえ)2012年 モキュメンタリー

   令和ホラーブームのきっかけ 「ぼぎわんが、来る」澤村伊智

 

残穢

モキュメンタリー:「mock(偽物の)documentayy(ドキュメンタリー)

ドキュメンタリー風に作られたフィクションのホラー作品

虚構と現実の境が解からなくなる作品

 

令和ホラーブームの火付け役が登場

現代ホラーの新しい波 「ぼぎわんが、来る」澤村伊智 2015

映像で怖い表現を巧みに言葉で表願されている 絵を想像してぞくっとする

澤村伊智の登場で日本ホラー小説が変化した

現代人が抱える問題や悩みを巧みに描く作品

 

現代ホラーの新しい波 澤村伊智が登場

デビュー作「ぼぎわんが、来る」ホラーの表現

澤村伊智氏の言葉⇩

ホラーそのものには必要なないけどやろうと思ったことは

お化けはめっちゃ強くしようとおもいました。

ストレートに凶暴で凶悪なお化けが来る

❝お化けの危なさ❞書けたらいいなと思った

周辺を書いていくお化けそのものではなくて

怖がらせ自体はそんなに変わるものではない

お化けそのものは見せずにお化けに怖がっている人

お化けの痕跡を見つける過程をちゃんと書けば怖くなるかな

 

「ぼぎわんが、来る」の一文 澤村伊智著/角川ホラー文庫

ピピピピピ、と私のスマホが鳴り出した。手の中で震えている。

(中略)

「もう家を出られていたら、どうしようかと思っていました」と言った。

「それはーどういう意味でしょうか」私が訊くと、

彼女は「端的に申しますと」と前置きし、

「田原さんがご家族と合流すると、

あれに居場所を察知されてしまいます。

なぜなら、あれは田原さん、あなたを追いかけているからです。

そして既にあなたのことは完全に知覚しています。

二十余年かけてあなたを見つけたのです。絶対に逃げられない」

と、一息で説明した。腕と背中に鳥肌が立つ。

(中略)

「「家に着いたら教えてください。結界の張り方を指示します。

焦る必要はありません。あれが来るのには、

もう少しかかるでしょうから」

ハザードランプをチカチカ点滅させながら、

タクシーはゆっくり減速しはじめた。

 

ホラーが苦手な人へ 澤村伊智がオススメの本

「大長編ドラえもん」の前半だって結構怖いでしょ?

明らかに藤子・F・不二雄先生も怖がらせようと思って描いている

「ホラー」というラベリングじゃないから楽しく観る

「ホラー」もラベリング関係なしに観たら

「ドラえもん」ぐらい面白い作品はいっぱいあるよ

💮「作者不詳 ミステリ作家の読む本 上・下」三津田信三著/講談社文庫

自分の小説を書く上で常に一つの指標にしている小説

初めて読んだとき寝食を忘れて読んだ記憶がある

ぜひとも読んでいただければと思います!

怖いのは好きで読んでいてお化け屋敷とかあんまり行きたくない…

怖いので…怖くて行きたくないレベル 後学のために

「旋律迷宮」(富士急ハイランドの名物お化け屋敷)に行ったりするけど 

こんなに歳を取ってからあんなに全力疾走するのか 

嫌でしょうがない 怖くてしょうがない…でも行く

 

上條さんとの初対面

もっとチャラい人かと思ったけど 

意外と落ち着いた方でビックリしましたね

僕よりも全然落ち着いている方で… すみませんでした

怖い人だと思ったらそんなことなかったです!

多分SNSで結構トゲのあることを言っていたから…?

ちょっと嫌味とか言ったりするんで… 

後に「深淵のテレパス」というタイトルで世に出る小説の応募原稿を

読んだときに「お化けなんていないよ」「人間が一番怖いんだよ」

怪奇現象を認めざるを得なくなっていくプロセスが本当に丁寧に

書かれていて「(大賞は)もうこれだな!」って感じでしたよ

「上條さんの作品だけを推します」読んで即決めました

(応募の時は)「パラ・サイコ」凄いぼんやりした単語

パラサイコロジー:超常現象を研究する学問

もちろんそれをタイトルにした意図もあると思う

実際問題「作品のタイトルとしてありなの?」

ちょっと弱いんじゃないですかね…という話は選考会で出た

タイトル変わってよかったぁ 僕が師匠面するようなこともないし

ちゃんと面白いものを書いていただければ これからも

どんどん怖くて面白い小説を書いてください

 

ホラー作家オススメの小説 鈴木保奈美さまはカバーを変えて読まれるとか

 

令和のホラーブーム次は何がくる?未来のホラーは?

2026年9月9日水曜日

100分de名著 ブルトン❝シュルレアリスム宣言❞④

(森重昭氏)オバマ氏に抱きしめられた原爆忌

広島忌高市帰れ叫ぶ人

平和祭防弾ガラスに守られて

非核三原則堅持はする秋

広島忌30秒の慰問せり

戦争観を異にする原爆忌

 

100de名著 ブルトン❝シュルレアリスム宣言❞④

シュルレアリスムと未来

伊東順二 松尾スズキ 伊集院光 阿部みちこ

 

シュルレアリスム 超現実主義

1969年 シュルレアリスムの終焉 ウルトラマンと闘っていたのはブルトン

 

「シュルレアリスム宣言」後

1924年 28歳で「シュルレアリスム宣言」を発表

1929年 シュルレアリスム第二宣言 メンバーと決裂

1936年 ロンドンで第一回シュルレアリスム国際展 開催

1938年 パリで第二回シュルレアリスム国際展 開催

1939年 第二次世界大戦勃発

1941年 ブルトン アメリカに亡命(1946年に帰国)

1966年 ブルトン70歳パリで死去

1969年 シュルレアリスム解散宣言 発表

 

1920年代 共産主義の台頭

共産主義は人間の解散 社会の変革を目指しブルトンたちと重なる所があった

政治に関わる姿勢にそれぞれ違いがあった

ブルトンは分裂を防ぐために自分たちの原点を見つめ直そうと第二宣言を出した

 

これまでまさしく、人生の姿そのままの害にもならぬ楽しい仲間、

出来高払いで金をもらい、点数かせぎで勝利をねらう人間どもの

仲間をかたち作るにふさわしい顔ぶれではなかろうか。くそくらえ。

「シュルレアリスム宣言集」守本和夫訳

 

私は、シュルレアリスムの深遠にして真正な秘教化を要求する。

私は、この点に関しては、絶対的な厳格さへの権利を宣言する。

現世への譲歩もないし特赦(とくしゃ)もない。恐るべき否か応(おう)かなのだ。

呪われたパンを鳥たちに配るような連中よ、くたばれ。

 

つまり、私が言おうとしていたのは、たとえ人間が最初は 

自分自身のうちにおこされた旋風について われわれを

恨むことになろうとも、自分の気づかぬうちに、人間の精神の

奥底で織りなされるものを、ますますはっきりと見とどけようと

努めることが、われわれの仕事だということだったのである。

 

美術界でのシュルレアリスムの広がり

マルセル・デュシャンが空間構成 ブルトンが企画 ダリは作品を出品

1938年 パリで第二回シュルレアリスム国際展 開催

真っ暗で懐中電灯で照らしながら見る

全体の展示で一つのメッセージを出す 今で言うインスタレーション

 

1939年 第二次世界大戦勃発 ヨーロッパが戦場になった

ブルトンを始め多くのメンバーがアメリカに亡命した

アメリカのアーティストたちはヨーロッパの本物の芸術家たちと

直接触れ合った シュルレアリストたちとの交流により 

アメリカ美術 現代美術が始まった 

 

「秋のリズム:ナンバー30(1950)ジャクソン・ポロック

ドリッピング:床置きしたキャンバスに絵の具を

垂らしたり飛ばしたりして描く

20265月 作品が史上最高の価格で落札

 

1946年 ブルトン パリへ帰国

20年をかけて活動は徐々に終息し ブルトンの死後

1969年 シュルレアリスム解散宣言 オワコン化してしまった

 

長いあいだ地表をかなり勢いよく流れる川だった

シュルレアリスが、ここ何年間というもの、

ずっと地下水流となっているのは事実だとしても、()

お生憎さまですが、

シュルレアリスムのエネルギーの本源は

無傷であることを、私は力説しておきます。

「ブルトン、シュルレアリスムを語る」稲田三吉 佐山一訳

 

自分たちのエネルギーは衰えていないんだ

実感としてシュルレアリスムの影響で変わった世の中が見えていた

 

日本にも同じ考えの人がいました

岡本太郎(1911-1996) 対極主義独自の思想を生み出した

善と悪 美と醜 秩序と混沌

その象徴が1970年大阪万博(日本万国博覧会)

人類の進歩と譲歩 異彩を放つ存在となる

生命の樹

「未来を誇張するのもよいが人間そのものは❝はらわた❞で生きている」

「ウルトラマン」第17話「無限へのパスポート」四次元怪獣ブルトン

怪獣三原則 バルタン星人

シュルレアリスム 日本へ 1980年代の広告

「おいしい生活」(1982)糸井重里

シュルレアリスムは文化の一つになった

 

芸術作品=製品 製品のデモンストレーション

現代のシュルレアリトの一人 明和電機

便器を芸術作品とした芸術家 マルセル・デュシャンの考え

明和電機 代表取締役社長 土佐信道

デュシャンは工業製品を芸術とした

アートを工業製品とすることは誰もやっていなかった

目指すのは ナンセンス=超常識

新しい常識を作ることで今の常識を変えていきたい

今すでにあるものの意外な合体によって新しい価値を生み出す

理想はそれで世界平和になればいい

 

こういう時代にちょっと無駄 無駄こそがユーモアであり

無駄こそが余裕であり 余裕とユーモアは世界平和である 伊集院

 

「夢十夜 第一の使者―境界の水鳥」(1982)撮影:宮沢正明

赤外線を感知する特殊なフィルムを使って撮影したもの

常識的な目では見えないものが見えている 伊集院光

 

時代の叫び どこの時代でも共通している時代の叫び

として捉えて欲しい 伊東順二

 

「シュルレアリスム宣言」巌谷國士訳

シュルレアリスムはいつの日か敵にうちかつことを

私たちにゆるす「不可視光線だ」

「おまえはふるえてなんかいない、わが痩躯(そうく)よ」。

この夏、薔薇は青い。森、それはガラスである。

緑の衣におおわれた大地も、

私には幽霊ほどのかすかな印象しかあたえない。

生きること、生きるのをやめることは、想像の中に解決だ。

生はべつのところにある。

 

私感

糸井重里氏がシュルレアリスムの最先端を

走っておられたということは理解できました。

あの時、糸井重里氏に惹かれていた自分を褒めてあげたい…。

難しかったけど、最後の最後で岡本太郎氏と糸井重里氏を

出してくださったことでシュルレアリスムを近くに感じることができました。

2026年9月8日火曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 旧古河(ふるかわ)庭園

秋日和大人になって「パインミー」

川渡る雲と戯(たわむ)る鮎の群れ

花カンナ落花戻らず青き空

渡り鳥破鏡写らずいらっしゃい

各自仕様の津軽鋏や夜長

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 旧古河(ふるかわ)庭園

村雨辰剛

 

東京北区 約1万坪 

古河虎之助 1887-1940

この家は自分の住居としてはぜいたくに過ぎるが

何かの場合にはお役に立てるつもりだからおごりになれてはいけない

「古河虎之助伝」より

 

旧古河庭園サービスセンター長 樋口直行

バラの開花時期 4月下旬-6/10-12月上旬

 

フランス式:左右対称に木々や花壇を配置して幾何学的な模様を描く

イタリア式(テラス式):傾斜地などに高低差をつけて庭を造る

 

旧古河庭園技能主任 久留宏二

 

ジョサイヤ・コンドル 1852-1920 設計

鹿鳴館 ニコライ堂などの名建築を残し「日本近代建築の父」と呼ばれています

河鍋暁斎はコンドルを描いている

河鍋暁斎の日本画の弟子になったジョサイヤ・コンドル

コンドルは庭園に込められた日本の文化や構造 精神性をリスペクト

この古河庭園の洋館はコンドル最晩年の作品

日本文化への敬意が現れています。

 

洋館の外壁には真鶴の新小松石(江戸城にも使用されている)が使われている

日本で大切にされてきたものを象徴的に使っている

コンドルの日本文化への敬意の表れ

 

庭園最大の秘密 グラデーション

和風庭園で見る刈り込み 曲線です

たしなみポイント

洋風庭園から日本庭園への移行スペースを設けた 中間エリア

グラデーションの仕掛けがもう一つあります それは階段です

洋風庭園の階段は 切石階段 から 日本風の階段に切り替わる

 

旧古河庭園 高低差約11mの斜面

 

日本庭園入り口には「黒ボク石積(いしづみ)

この和風庭園を手掛けたのは 七代目小川治兵衛 1860-1933

植治(うえじ)の庭と呼ばれている

京都・無鄰菴や平安神宮など数々の名園を創り出してきました

 

1918(大正7)日本庭園着工 

小川治兵衛とジョサイヤ・コンドルの夢の競演

 

飛び石の先にあったのは 自然の中にいるような渓谷がありました

景色を見せたいところに平らな石を据えている

視点場=ビューポイント

洋館が見えない別世界への誘い 飛び石の先には見晴台

池泉回遊式庭園 枯滝(一個一個の石が水の流れを作っているかのような感じ)

水落ち石(今に蚯蚓が落ちてきそうに設置されている)

たしなみポイント

対岸の滝を枯滝の効果音に

 

大滝 全長約20m 落差約8m 水受け石

地下水をくみ上げた気をこしらえた

自然をそのまま体験してもらうような狙いがあったと思う

 

沢飛び 

 

崩石積(くずれいしづみ)石同士でバランスを取っている

関東大震災 東日本大震災でも崩れませんでした

完成から百年あり続けるお庭

かつて庭園の一角に温室があったらしいんですけど

1923年関東大震災の時に取り壊した 被災した2千人の人々を

受け入れ救護所も設けました

温室も壊して500人ほどが暮らせるバラックを建てて向かいいれた

 

虎之助の言葉

「この家は自分の住居としてはぜいたくに過ぎるが

何かの場合にはお役に立てるつもりだからおごりになれてはいけない」

 

戦争 財閥解体 進駐軍接収

 

二人の巨匠が西洋と日本の文化を調和させて

共存した庭だからすごく大事にされてきた 樋口直行

 

お互いをリスペクトして力を合わせて

残してくれた奇跡の庭園 村雨辰剛

 

これから次の世代ずっとそういう思いをつないで

いけたらなあと思っています 樋口直行

 

先人が残したメッセージなど日頃感じていることは? 村雨辰剛

 

実際はまだまだわかっていないというか

まだまだ仕掛けが出てくるんじゃないかな 

自分たちの理解を深め成長することによって

見えてくるものがあるんじゃないか 

宝探しみたいな感じで頑張っていきたい 樋口直行