2024年12月10日火曜日

100分de名著 有吉佐和子①

冬の月インク固まるボールペン
冬の原自由に色をはべらせて
広重を模写したゴッホ冬星座
冬日没(い)る個性を残し断捨離へ
気紛れと共に歩みて冬の空

■100分de名著有吉佐和子スペシャル①埋もれた「女たちの人生」を掘り起こす
女性のリアル
山下聖美 伊集院光 阿部みちこ
1978年放送「歴史への招待」より
私は女だから女を書くという単純な理由じゃなくて
あまりにも多くの女が存在を蔑ろにされてきた
女を忘れていませんか?

加恵は八歳のとき初めて於継(おつぎ)を見た。
話を聞かせてくれた乳母の民に早速ねだって
隣村の平山へ出かけたのは夏で、
めざす家の前庭には雑草が生い繁り、
気違い茄子(なすび)の白い花々が暑苦しい緑の中で、
妙に冴え冴えと浮かんで見えた。
それは古ぼけた家の軒からふと外へ出て来た於継の色白の横顔と、
あまりにもよく似ていた。

手桶を下げている加恵に雲平は気がついた様子だったが、
一緒に振返った於継は、「ああ、もうよろしいわ、ご苦労さん」
と笑いながら云い、雲平の背を押して奥へ行ってしまった。

「今夜はひとりで、ゆっくりおやすみ」

加恵の心の中に思いがけず、まったく思いがけない烈しさで、
於継に対する憎悪が生まれたのはこの時である。
加恵は、女が家に入ることの難しさが、この断たれることのない
血縁の壁の中に入ることの難しさだということを
初めて思い知らされたのであった。
しかし加恵は絶望していなかった。それどころか、
それまで一途に敬愛していた於継に闘志を湧き立たせていた。
夫の母親は、妻には敵であった。

何一つ目に見える衝突があったわけでもないのに、
この女の二人はいつの頃からか滅多に口をきかなくなってしまっている。
(中略)
今では二人とも黙りこくって、
どちらから先に部屋を出ていくかという根競べしている。

あなたのためではなくお腹の子のため

「ご苦労さんやったのし、加恵さん。この次には男の子をオ産んで頂かして、え」

「麻沸騰(まふつとう)」の実験は私は使うてやりよし」
「雲平さんの研究に人間で試すことだけが残ってあるのを、
身近くいて気付かないのは阿保だけや。
私は雲平さんを産んだ親ですよってに、雲平さんの欲しいもの、
やりたいことは誰にましてはっきりと分かるのやしてよし」
「とんでもないことやしてよし。その実験に私は使うて頂こうと
かねてから心にきめて真下のよし。私で試して頂かして」
「分った」彼は自分の体を絞り上げたように云った。
云いきったとき、彼の目は涙とは違う、脂ぎったもので光っていた。
その太い眉には本然の慾望を通すという決意が見えた。

史実の裏に「あったかもしれない」物語に肉付けする手腕
通仙散 青洲が開発した全身麻酔薬

薬が悪かったかと雲平さんが心配するのをなんで黙って
おくれやなんだのやろ至らんことやして

加恵の腹部に胎動があった。生まれてくるものが生命を持っている
証拠を示しているのであった。加恵は黙然としていた。
死ぬ者を思っているとき、これから生きる者が胎動している。
人間というものが生まれたり死んだりするのは、
いったいなんという恐ろしいことなのだろう。

「なんで泣いてなさるのよし」

「そのことやったら悔やむどころか、私は嫁に行かなんだことを
何よりの幸福やったと思うて死んで行くんやしてよし」
私は見てましたえ。お母はんと、あねさんとのことは、
ようく見てましたのよし。
なんという怖ろしい間柄やろうと思うてましたのよし。
嫁に行くことが、あんな泥沼にぬめりこむことなのやったら、
なんで婚礼に女は着飾って晴れをしますのやろ。長い振袖も富貴綿の
厚い裾も翌日から黒い火が燃えつくようになるのによし。」

「そう思うてなさるのは、あねさんが勝ったからやわ」

女同士の争いも結局は男に利する家というシステムのいびつな構造
小陸は看破していた
小陸の大きな視点は有吉佐和子自身の視点
俯瞰するまなざし 人の生死を不偏的に描いている

菖蒲池の前にある華岡家の墓地の中で
加恵の墓石は於継の墓を背後にして、
於継のものより一回り以上も大きい。
しかしこの二人の女たちの墓石を二つ重ねて
倍にしても及ばないのは、華岡青洲の墓である。
この墓の真正面に立つと、すぐ後に順次に並んでいる加恵の墓石も、
於継の墓石も視界から消えてしまう。それほど大きい。

小さなお墓の存在こそ忘れるな というメッセージを受け取った山下聖美女史
小さき者、声なき者、無数の人たちの人生があった。このような人の声を忘れるな
リアルな人生というのは伏線回収全部できているわけではない
有吉佐和子女史は小説に文学にそれを残すことができる人だった

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