匂いたつ新聞よ枯れ残る菊
朽ちた木を孟宗竹や冬空へ
苔生(む)して孟宗竹の伸びる冬
いい風に吹かれていたい寒昴(かんすばる)
移ろわん光りと大気冬銀河
■100分de名著❝百人一首❞(3)リメイクの広がり
ピーター・マクミラン 伊集院光 阿部みちこ
百人一首が人気になった理由
松尾芭蕉が俳句に葛飾北斎が浮世絵に落語にもリメイクされています。
かるた 俳句 浮世絵 落語などたくさんの媒体でリメイクされたことで浸透
日本文学でそこまでリメイクされているのは百人一首だけ
リメイクの世界を見ていきたい
百人一首かるたが生まれたのは江戸時代初期 競技かるたにも人気があった
「光琳かるた」尾形光琳が描いたら武家の社会でも芸術として人気が集まる
松尾芭蕉(1644~1694)もリメイクした
七四 源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)
うかりける人を初瀬の山おろしよ激しかれとて祈らぬものを
わたくしにつれなかった薄情なあの方との恋は、実らないまま終わってしまった。
わたくしに想いを向けてくれるようにと恋の成就を初瀬の観音さまに祈りこそすれ、
初瀬の山おろしよ、その激しい風のように、あの人がわたくしに
辛く当たるようにとは、けっして祈りはしなかったのに。
うかれける人や初瀬の山桜 松尾芭蕉
(天才的な機知に富んだりメイク)
その後「狂歌」が流行 狂歌としても楽しまれた
七 安倍中麻呂(あべのなかまろ)
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも
大空を遠く仰ぎ見ると、そこにある月は故郷の春日にある
三笠の山に出たのと、同じ月なのだなあ。
⇩狂歌
仲麻呂はいかい歯ぶしの達者もの三笠の山にいでし月かも(月嚙もう)
仲麻呂はえらく歯茎が丈夫な人だ。三笠の山に出た月を噛もうなんて。
ユーモラスに読みかえている
仲麿と番組上は表記されていましたがネット検索では
仲麻呂と記されていたのでネットに合わせました。
昔詠まれた所をもう一回読み返してそれを超えていこう
百人一首が広かったから俳句のリメイクがわかるようになる
かるたのおかげだと思う
三二 春道列樹(はるみちのつらき)
山川は風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
⇩狂歌
質蔵にかけし赤地のむしぼしはながれもあへぬ紅葉なりけり
(質流れ)
自分が持っている着物が流れないようにしたい
雅の世界から切り離された江戸らしい世界観
パロディーというのは大きく変えないほうが面白い
赤い着物と紅葉が重なっているというギャップ 違いも楽しい
「扇の草子」
六 中納言家持(やかもち)
鵲(かささぎ)の渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける
鵲が天の川にかけた橋に置いた霜が白いことを見ると、夜も更けたことであるよ。
カサ サギ 視覚的な言葉遊び 日本ならではの文化
日本文化の中の異文化間を感じる 2つの時代が同時に見える
葛飾北斎「百人一首姥(うば)がゑとき」
六一番 伊勢大輔の歌(いせのだいふ)(下絵)
いにしえの奈良の都の八重桜今日九重(けふここのえ)に匂ひぬるかな
奈良の旧都から届けられた八重桜が今日は九重で色美しく咲いていることよ。
百人一首の全てを絵解きしようと思っていた
八八 皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう)
難波江(なにはえ)の葦のかりねの一よゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき
巨大な荷車を3人の男性が押している夕方の光景
相手に身を尽くす平安時代の恋愛を江戸時代の肉体労働に言い換えている
掛詞の面白ささらに勘違いしていくテクニック
(乳母が)深読みしたのか間違えたのか
七七 崇徳院(すうとくいん)
瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
川瀬の流れが速いので、岩にせき止められて二つに分かれる急流が、
いつかはまた一つに合流するように、今は別れてしまっても、
末にはきっと逢おうと思う。
下の句のことを知っていればどう思っているかはわかりますよね
落語になっているということからどれほど浸透していたかわかる
新たな命を与えられて伝承されてきた 江戸では説明なしにわかってる
ベースの「百人一首」の足腰は強い 江戸のオリジナル
(和歌は)雅の世界だけど(落語は)庶民的になっている
雅の時代はロマンティックなことを書いている 江戸はふざけたい
雲の上の人を私たち下々の世界へ 生活感も伝わる
一七 在原業平
ちはやぶる神代もきかず龍田川から紅に水くくるとは
粋とか教養のない男が「これどういう意味なんですかね?」
と隠居に聞きにいく 隠居は頭が良いとされている人だから
わかって当たり前だけど (隠居は)わからないから
龍田川という力士を嫌いな遊女が「ちはや」
ちはやが龍田川を振る だからちはやがふる
神代も龍田川のことが嫌い 神代もきかず
龍田川はお豆腐屋さんになる 千早がお腹を空かせて
「おからだけでもください」と言ったら からをくれると思うか
からくれない! その時ちはやはショックで井戸に身を投げる
とははちはやの本名と言って終わった
今は遊びが少ない世の中になってる
明治までは古典が大事にされ 伝承されてきたことによって
いろんな媒体に展開していく 今の時代は古典の世界から切り離されている
何百年も大事にされてきた「百人一首」日本人のアイデンティティ
ぜひ、復活していきたい
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