経験を意味なくつなぐ蠅生る(はえうまる)
春深し緊張緩和繰り返し
春の夜や緩い視点で笑わされ
春日和知識の共有ありてこそ
朧月バーンアウトとなりにけり
■こころの時代 生き延びるための物語 哲学研究者・小松原織香
いつもより落ち着いた様子の私に、
医師は「なにかあったのではないか」と問いただした。
私は暴力について話すつもりはなかったので拒もうとしたが、
彼は「ちゃんと話さないと治らない」と言った。
私は「そういうものかと」と思い、性暴力の経験と、
彼と電話で話したことを正直に話した。
医師は途中で私の話をさえぎり、笑いながらこう言った。
「ああ、そんなことはどうでもよいですよ。よくあることだから」
そのときの医師の顔もまた、私の記憶に焼き付いている。
彼は続けて「早く忘れてしまいなさい」と言った。
当時の私が一番に考えたことは「話すべきではなかった」だった。
小松原織香「当事者は嘘をつく」
赦すことができないとしか思えないものを赦すことこそが<赦し>
壊れやすさ、私はそれをみずから要求しましょう。
赦しの壊れやすさは、赦しの経験の大事な要素ですから。
私は、もし赦しがあるならば、それは人知れず、保留された、
ありそうでもないはずのものであって、したがって壊れやすいものに
ちがいない、というところまで考えを押し進めようとしました。
被害者たちの脆弱さ、その脆弱さにに結びつけられる
傷つきやすさは言うまでもありません。
私は、このような壊れやすさを考えようとしている訳です。
言葉にのって ジャック・デリダ 著
「これは私の話だ」と思った。
赦さなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
「すべて赦す」
彼は私の赦すという言葉に対して、「うん、わかった」と答え、
続けてこう言った。
「ところで、お前さあ」私の真剣な<赦し>に対し、
彼はやすやすと話題を変え、久し振りに会った懐かしい友人に
語りかけるように話を続けた。
私の<赦し>は形だけのもので、あまりうまくいかなかった。
私の経験から考えると、自助グループの活動は、
「自分の経験を語ることで、自己を形作る」というよりは、
「他者の語りを、自己の経験に重ねていく」ことに近い。
「私はそれを知っている」その強烈な感覚が自分を揺さぶり、
「あのひとは仲間だ」という想いが体の奥から突き上げてくる。
私は自助グループでは積極的に共振し、同一化していく中で、
孤独だった自己から解放されていった。
トラウマに苦しんでいる渦中の私が、喉から手が出るほど
欲しかったのがこのような「回復の物語」である。
小松原織香「当事者は嘘をつく」
心的外傷と回復 ジュディス・L・ハーマン 著
当事者は加害者を赦す必要はなく、トラウマが癒されていくと、
「加害者がまったく興味のない存在に
なってしまう(略)」と書いてあったから
しかしながら、回復するだけがサバイバーの人生だろうか。
私(たち)は、「心の傷が癒されるべき存在」
として、矮小化されていないだろうか。
赦すに値しない加害者の前で、<赦し>を与えるしかなかった、あの日。
「あれはなんだったのか」一瞬垣間見た<赦し>の影を追って、
私は研究者になる道を進んでいく。
小松原織香「当事者は嘘をつく」
最大の仮想敵 被害者と加害者の対話
知人が「修復的正義」の視点から水俣について考えている
浜元さんは白装束に身を包み、両手に両親の位牌を持ち、
それを社長の胸に突きつけて、「私の心がわかるか!」と怒鳴っていた。
私はその場面を見ながら両目から涙が噴き出してきて、
まともに画面を見ることもできなかった。
それは、被害の内容は違えども、加害者と対話を求め、
加害者に自らの痛みをわからせたいという被害者の声だったからだろう。
小松原織香「当事者は嘘をつく」
この本が公刊されることは、新しい語りの型を、
次に生き延びる人のために提供することでもある。
それは、もっと自由で流動的な誰かの自己を、
狭い型にはめてしまうことかもしれない。
でも、その窮屈な型を破って、
新しい型を生み出すサバイバーがきっと出てくる。
私の語りの型は、誰かの生き延びるための道具となり、
破壊され、新しい型の創造の糧になる日を待っている。
小松原織香「当事者は嘘をつく」
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