2024年5月12日日曜日

紫式部 千年の孤独 ~源氏物語の真実~

夏めくや原点回帰立ち返る
(日本)創造的思考なくす五月かな
赫灼(かくしゃく)とレッドパールの気高さよ(無季句)
薪集め村おこしせり夏の空
木野駅ひだか薪を集めて巣立鳥

■英雄たちの選択 紫式部 千年の孤独 ~源氏物語の真実~
磯田道史 古い日本の幕の内弁当
山本淳子 貧しくてシングルマザー
高橋源一郎 世界で最も古い小説であり世界文学の最高傑作
山口真由 信州大学特任教授 財務官僚
イザベラ・ディオニシオ 伊出身 大学で古典文学をまなび来日
杉浦友紀アナウンサー

天延元年(973)頃 紫式部 生まれる
父は藤原為時

何とも残念だ お前が男でなかったのは 我が家の不運だ
「紫式部日記」より

長徳2年(996) 越前の国司となった父に従って越前へ
そんな彼女に思いを寄せる男が…。藤原宣孝…。
また従兄で年齢差20歳以上上であった
「春は解くるものと いかで知らせたてまつらむ」
「春なれど白嶺のみゆき いや積もり 解くべきほどの いつとなきかな」
「紫式部集」より

長徳4年(998) 紫式部 藤原宣孝と結婚
30歳直前に女の子を授かる
長保3年(1001) 夫 宣孝 伝染病で病死
心の支えは「物語」だった

取るに足りないものでは あるけれど
物語についてだけは 語り合える友がいた
私はこの物語というものを 慰みにして さびしさを紛らわせた
「紫式部日記」より

女目線で紫式部は描き始めた「帚木三畳(ははきぎさんじょう)」
光源氏という名前だけはご立派なものだが
褒められたものではない 恋の過ちが多い
さらにこのような 色恋沙汰が後世に伝わり
軽薄な浮名を 流すことになろうとは

この時相手をした女人は 夕顔 空蝉(うつせみ) 軒端荻(のきばのおぎ)
夕顔の話は「古今著聞集」が元になっているという

寛弘2年(1005) 紫式部 宮中に出仕
駕籠(かご)かきが階段を上がって 苦しそうに這いつくばっている
あれは私の苦しさと同じだ 身分の違いはどうしようもないことを
知ると 安らかな心ではいられない
「紫式部日記」より

左大臣 藤原道長の野望があった
兄の藤原道隆が摂政についていた
道隆の娘 中宮定子を一条天皇に嫁がせていた

長徳元年(995) 定子の父 道隆が死去
定子は出家

長保元年(999) 道長娘 彰子を入内させ正室にする
長保元年(999) 定子 敦康(あつやす)親王を出産
長保2年(1000) 3人目出産後 定子死去

野辺までに 心ばかりは通へども 我が御幸とも 知らずやあるらん

第1帖「桐壺」
いずれの御時にか 女御 更衣 あまたさぶらひ給ひける中に
いとやんごとなき際にはあらぬが すぐれて時めき給ふありけり
桐壺亭 一条天皇
桐壺更衣 中宮定子
光源氏 敦康親王

初仕事 心新たにご挨拶 頑張りますゆえ どうぞよしなに

寛弘3年(1006)5月 紫式部 再び宮中に出仕

あなたがこんな人だなんて 思ってもみませんでしたわ
会ってみたら不思議なほどおっとりとしているんですもの
「紫式部日記」より

第5帖「若紫」に解答が記されている
雀の子を犬君が逃がしつる 
伏籠(ふせご)のうちに籠(こ)めたりつるものを

道長の命令に従い彰子をモデルにし立て上げた(紫の上)
身分も後ろ盾もない申し分ない恋敵を登場させる
朧月夜 六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ) 
藤壺の女御(にょうご) と登場させることで読者を
「源氏の正妻にふさわしいのは若紫しかいない」と思わせていった

第33帖「藤裏葉」
光源氏 娘を東宮に嫁がせ政治の世界で権力を握る
御輦車などゆるされたまひて女御の御ありさまに異ならぬを

寛弘5年(1008) 彰子 敦成親王を出産

ああこの若宮の 御尿(おしと)に濡れるのはうれしいことだ
この濡れたのを火に炙(あぶ)ると
本当に思い通りに なったような気がする
「紫式部日記」より

道長と紫式部日記の関係について噂はあった
後に宣孝に嫁(か)したとあるのは伝説の誤りなり
紫式部日記では主従関係だったが
紫式部集では恋人同士に作り替えられている

試しに物語を手にとってみたが 昔のような感動は
全く湧き起こらず あきれるほど味気ない
「紫式部日記」より

源氏物語をまだ先を書きつづける道を選んだ

源氏は女三宮を正妻として迎える
紫の上は改めて自分が妾(しょう)同然であることを悟る

庭の池で水鳥が遊んでいる のびのび遊んでいるように
見えるけれど 水面の下では とても苦しいのだろうと
つい思い比べてしまう
「紫式部日記」

第1部 1帖~33帖 第2部 34帖~41帖 第3部 42帖~57帖 
第3部後半は「宇治十帖」と呼ばれる
「宇治十帖」のヒロイン 浮舟

誰か世を 永らえて見む 書き留めし 跡は消えせぬ 形見なれども
「紫式部集」より

いづくとも 身をやる方の 知られねば 憂しと見つつも ながらふるかな

何も信じるものがなくても それでも
生きていく それが人というものだ 紫式部の辿り着いた思い 山本淳子

仏教も男も信じられない 女も…。寂しい感じがした。 杉浦友紀

孤独…。 イザベラ・ディオニシオ

紫式部は書くことこれは否定されていない 
自分が思った浮舟のいる世界は希望がある
それを作れるのは自分だけ 高橋源一郎

過去に様々に女性が生きづらさを抱えながら
生きていたことが自分の身を軽くする
物語という虚構空間を通じて私たちは
様々な女性と時空を超えて繋がっている 山口真由

命は苦しく辛く必ず終わるから だから無駄なのか❓
だから良いのか❓紫式部は書いていない
これを読むことで結論は読者に委ねられている 磯田道史

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