2025年7月31日木曜日

100分de名著 フッサール③&「徳島のピアノ」

浮世絵で辿る鉱脈明易し

走馬灯愛でる稚拙美新しき

忙しなく左右する蠅夏の朝

美~なすの陽光受けて増す白さ

美~なすや切らずに揚げん夏の夕

 

100de名著 フッサール❝現象学❞③現象学的還元によって見えるもの

西研 伊集院光 阿部みちこ

「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」

意識 思考実験

むしろ、それ自体において最初のものは主観性である。

主客一致の難問:主客が客観にどうやって一致に果たして正しい認識を得られるのか❓

 ⇧   ⇧

客観主義 相対主義

 

現象学は客観主義でも相対主義でもない第三の道を提案している

 

意識体験 価値 認識

 

それ自体において最初のものは問われるまでもない

自明性のうちにある世界の存在ではない

むしろ、それ自体において最初のものは主観性である。

主観性は、世界の存在を素朴にあらかじめ与えておき

次いでそれを合理化し、あるいは同じことであるが、

客観化するのである。

 

現象学的還元:あらゆる現象を意識における信念・確信とみなす という思考の方法 

Epoche 判断停止 意識の場面だけをみましょう

主客一致はどう解決される?

 

ありありと知覚され 体験のつじつまが合う 体験の調和 他者との体験の調和

 

すなわち、われわれの連続的に流れる世界知覚において

われわれは孤立しているのではなく この世界知覚において同時に

ほかの人間と連携しているという点である。

各人は、それぞれ自分の知覚や()自分の調和性をもち

また自分の確信がその価値を失って それが単なる可能性や

疑わしさや問いや仮象に変わってゆくということを経験する。

しかし他人と共に生きることによって だれでもが他人の生に

与ることができる。

こうして一般に世界は個別化された人間にとってのみ

存在するのではなく 人間共同体にとって()存在するのである。

 

世界信念の条件

1ありありとした知覚

2自分の中の体験の調和

3他者との体験の調和

 超越論的間主観性

 (他者とお互い喋りあって世界を作っている)

 

世界信念が維持されるためには❝他者の存在❞が重要 

知覚 他者 客観的認識 知覚 

 

知覚は直感の根本様相であり 知覚は根源的本現世、すなわち

「実物が目の前にある」という様相においてものを呈示する。

もしわれわれが純粋に事物の物体的性格だけで注意するならば

それは明らかに()見る、触れる、聞くといったはたらきのおいて

()のみ知覚的に呈示される。

 

現象学では知覚が客観的認識のカギとみなされる

 

間主観的に 共有できる

多様な他者たちと共生していく知恵や作法に繋がる

 

神の存在は共有できないがその心は共有できる

 

今、読むべき本です!西研先生のおかげです。

 

2025728日 鳴潮の一文より

〈どこかのあばら家の中から「徳島のピアノ」、すなわち

家庭の機織(はたおり)機械の調子のよいカタカタという

ゆっくりとした物音が聞こえることがときどきある〉。

子どもたちとの生活を支えるため、母親が夜なべ仕事をしているのだ。

深夜に響く音を、鍵盤楽器になぞられた。

一方欧州では、各家庭に置かれたこの楽器は夜の静寂をはなはだ乱すもの、

と辛辣に書くモラエス。

〈ヨーロッパのピアノにはいらいらさせられる、

「徳島のピアノ」にはほろりとさせられる〉

つつましく暮らす者たちへのやさしい視線が感じられ、

いささか暑さも吹き飛ぶ気分である。

 

私感

この一文を拝見しモラエスへ表現し難い近しさを感じたのでした。 

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