吾の世界観守り失う春の星
友失ひて吾も見失ひ石鹸玉
春の雨ジャブ繰り出して交わらん
経験のもたらす価値や風光る
春の夢不完全なる世界像
■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 無鄰菴(むりんあん)
村雨辰剛
足立美術館日本庭園 岡山後楽園 兼六園 龍安寺石庭
❝和の美❞は日本庭園に詰め込まれている
❝無作為の作為❞自然の姿に見える
庭師が計算で作り上げている 計算された庭師の技
❝京都の文化ゾーン❞岡崎エリア
南禅寺 枯山水 方丈庭園 小方丈庭園
❝日本有数の豪邸街❞
南禅寺界隈別荘群
明治新政府が民間に払い下げた南禅寺の敷地 政財界の要人たちが別荘を建てた
對(たい)龍山荘 菊水 真々(しんしん)庵
無鄰菴 施主は元内閣総理大臣 山縣有朋の別荘
南禅寺参道
❝近代日本庭園の傑作❞
植彌(うえや)加藤造園 加藤友規
南禅寺 六道庭 作庭
南禅寺 小方丈庭園 作庭
平城京左京三条二坊宮跡庭園
ホテル椿山荘東京
日本庭園のビギナーにもオススメ
たしなみポイント 目線を誘導し最高の景色を披露
視点場 施主が見せたい景色のビューポイント
飛び石がわざと高低差があってちょっと歩きにくい
視線が足元に誘導
池泉(ちせん)回遊式庭園
日本庭園は施主の思いが込められている
施主 山縣有朋の思い 129年前に出来上がった 東山を取り込んでいる
庭園の景色に外の景色を取り込む技法 借景
此庭園の主山というのは喃 此前に青く聳える東山である…山縣有朋
作庭家 七代目 小川治兵衛(じへい)
對龍(たいりゅう)山荘❝植治の庭❞国指定の文化財となっている
平安神宮 旧古河庭園
山縣有朋は40歳の時に椿山荘を作った
施主 山縣有朋の思いを小川治兵衛が具現化した
新しい作庭感を得て作庭
外縁の木々
たしなみポイント 育ちすぎると内芽が育たない
高い木々が東山を遮っていた
外縁の樹木を低くおさえて山へつなぐ
数年かけて木を低く育てる
U字型の外縁の木々 東山に続くダイナミックな奥行き
無作為の作為 自然のままの姿 作為のあとを見せない
無鄰菴と言えば水の流れが最大の特徴
たしなみポイント 山縣さんは池はあまり好きじゃない 躍動的な流れが好き
浅い水の流れ 躍動感やキラメキを演出
琵琶湖疎水から引いている
個人の庭として琵琶湖疎水を初めて取り入れた
明治時代 京都に近代産業化の計画 びわ湖疎水 開通工事開始
5年後明治23年びわ湖疎水開通
蹴上インクライン
たしなみポイント 飛泉障り(ひせんさわり) 飛泉とは滝のこと
滝を少し隠すことで奥行きを出す手法
ちゃんとこっちに出るように北側に伸びるように
日を遮る高い木があると北に枝を伸ばす
周りの環境で光を遮断して木が北に延びるようにする
無鄰菴の中で一番大きな石 山縣さんの一番の自慢の石
豊臣秀吉が城を作る時、持っていきたかったのに持って行けなかった石
「わしは牛24頭で弾いて持って来た」自慢していた
松は古葉を全て毟り取ってある 129年間毎年庭師が手入れしてきた
年月の積み重ねの深み
切り方に失敗すると二度と形が戻らない 松の手入れはご褒美(村雨)
庭は現状維持していくものではない 「育てる」ことが庭師の神髄
日本庭園の神髄 無鄰菴の苔は植えたものではなく自生したもの
沢飛び 対岸に渡るための飛び石 あえて水面ギリギリの高さに
山縣有朋
瀑布(ばくふ)も此主山から出てきたものとする さすれば石の配置
樹木の栽(うえ)方 皆これから割り出して来なければならんじゃないか喃
春は日が昇る朝 夏は月夜 秋は夕方 冬は雪景色
中に一きは目だちてあはれふかきは雨のけしきなり
無鄰菴担当職人 庭師歴21年 出口健太
杉苔の間に侵入しようとするハイゴケ
芝生に入り込んできた苔の除去をお手伝い
築山 苔を取り除くと春に芝生が成長しやすい
山縣さんは全面芝生 苔が自生 私は断じて芝生が好きと言っていた
苔もいいやん 本人も自生舌苔を受け入れた
庭を育んでいく思い
庭は生きている 完成したものではない 「育む」という事が大事
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