春の陽へクラブ振り抜くあら還よ
亀鳴くや好きに勝るものはなし
春の空努力を勝る好きとなれ
春眠か?汚れ落とせよ洗濯機
掃除機よ吸引しろよ春埃
■あの人に会いたい 佐野藤右衛門(造園家)
佐野藤右衛門 1928-2025(令和7)年 97歳没
彫刻家イサム・ノグチとともに世界の庭園を造ってきた
1997年 ピカソ・メダルを授与される
桜守としても知られる
桜は応えてくれる 愚痴も言わんでもええし ぼやかんでもええ
待っていたら向こうから「咲いたでー」って言うてくれる それがうれしい
祖父 14代目 佐野藤右衛門
4つか5つぐらいおじいさんに手を引かれて どこっていうことなしに
花の咲いているところへ連れて歩かれていたんで 自然に
この桜というもんが 身に染みついているというのかね
初仕事は「祇園のしだれ桜(円山公園)」
この桜は16代目の誕生を祝って 父 15代目 佐野藤右衛門が
種から育てたものでした
これを見るといろんなおやじのことを思い出したり
私の一生についてまわるはなですのでね
1年に5回か6回は見に行きませんと
桂離宮も任されることになります
造園業の集大成として作ったのが「京都迎賓館の日本庭園」
日本でいう❝あしらい❞ いかに うまくあしらうかという
そのあしらいを ちょこちょこっと ほんまのこう「あれ?」
というふうに やるのが 庭のあしらい
秋には赤く色づくドウダンツツジ そこに少しの緑の葉をあしらう
桜は一本だけ 桜さえ庭のあしらいなのです さりげなく さりげなく
全体的にまとまったらいい
築二百年を超える佐野家 周りには1ヘクタールの桜畑が広がります
桜の種類は二百を超えます
太白(たいはく)日本で絶えて世界中探したら
イギリスにあったから持って帰った おやじと叔父のころや
佐野さんが命名した「摩尼八重山桜」ひとつひとつみな表情が違う
そういうもんを追いかけているといろんな面白みが分かってきて
そのうちに ずるずるはまり込んだ
接ぎ木をして育てる 頼む ついてくれよ
Q新しい品種ではなかった?
なかった ちょっとがっかりやけど そんなもん めったに巡り合えん
それはもう万に一つの
やっぱり魔力やなあ まだ咲いた姿を見てないけど 想像はできる
あれが咲いたらどうなるのかなという そこが楽しみちゃうかな
いつごろからあった どう接してきたかね
そういうことは土地の人でないと分からんわけ
やっぱりそこの気候風土っていうのがありますのでね
その土地の文化がやっぱり分かります
私が孫にしゃべるのに 80年の話が伝わります
わしもおやじも叔父もそうしとるから その80年をずっと足していくと
毎日の会話が 200年の会話が成り立っているわけ 伝えてくれるのが桜が…
そういうふうにして次の世代 次の世代にいろんな物語が伝わっていくわけや
震災地にも30年育んだ桜を植樹
青空に映える
4月になったら花見がもう見えてきたよ
こういう風に花見もできたし桜がなかったらこういう席はなかった
本当にいい出会いでした
本当の心の復興というものは何であるか 初めて気づいた
桜を植えて良かったと初めて思った
7年後 がんばりや と桜に声を掛ける
新しい生命と一緒につきあっていく楽しさ
今育てているやつ 私は花見ができません
やっぱり30年かかるから 次の世代のものがそれを
またやってくれるやろうという望み
そういうものがあるから やっぱり楽しい
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