2026年3月9日月曜日

100分de名著 佐野洋子「100万回生きたねこ」

春の日やまるで死人(しにびと)如く寝る

春眠し白昼の月誘いて

潮風の吹きて真鰯増す風味

天日干し一串十尾春鰯

干し棚で三日寝かせた真鰯を

 

100de名著 絵本スペシャル① 佐野洋子「100万回生きたねこ」

輪廻する「とらねこ」が解放されるまで

宮崎哲弥 伊集院光 阿部みちこ

 

佐野洋子「100万回生きたねこ」(1977)

これまで100回以上重版された 

過去には英語など11か国語に翻訳された実績がある

 

主人公 100万かい輪廻する「とらねこ」

あらすじ 1001回目の生で一匹のメス猫と出会い深く愛し合う

結末 「とらねこ」は息絶えたが二度と輪廻しなかった

 

大人になって読んでみると難しさを持っている絵本

100万回生と死を繰り返す⇨異常な設定

「なぜ輪廻しているのか」という説明がない

テレビのチャンネルを変えるように次の生に移ってしまう

「これは一体どういう意味があるのだろう」と考えてしまう

非常にやっかいな設定が謎を呼び起こす

 

100万年も しなない ねこが いました。

100万回も しんで、 100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

ある日、 ねこは とんできた やに あたって、

しんでしまいました。

王さまは、 たたかいの まっさいちゅうに、

ねこを だいて なきました。(中略)

そして、 おしろの にわに ねこを うめました。

ある日、 ぬこは、 女の子の せなかで、

おぶいひもが 首に まきついて、 しんでしまいました。

ぐらぐらの頭に なってしまった ねこを だいて、

女の子は 一日じゅう なきました。

そして、 ねこを にわの 木の下に うめました。

ねこは しぬのなんか へいきだったのです。

 

6つの生

王さま ねこ           矢に当たって死ぬ

船のり ねこ           船から落ちて死ぬ

サーカス 手品つかい ねこ   まっぷたつになって死ぬ

どろぼう ねこ          犬に噛まれて死ぬ(悲惨な死に方)

ひとりぼっち おばあさん ねこ 年をとって死ぬ

小さな 女の子 ねこ       おぶいひもが首に巻きつき死ぬ

 

エゴイスティックな愛の押しつけ 宮崎

「とらねこ」の方から求めたものは何もない 伊集院

愛の押しつけになってしまった場合の怖さ 宮崎

あなたたちに足りていない何かを反省せずに泣いているでしょ 伊集院

」という助詞は所有者を表す

飼い主に所有されている限り自由なんかない

結局自分は所有物でしかなかった 宮崎

 

ねこは しぬのなんか へいきだったのです。

真の意味で生きてないから死ぬのも平気 

この状況そのものが不条理 宮崎

 

あるとき、 ねこは だれの ねこでも ありませんでした。

のらねこだったのです。

ねこは はじめて じぶんのねこに なりました。

ねこは じぶんが だいすきでした。

「おれは、 100万回も しんだんだぜ!」 と いいました。

しろいねこは、 「そう。」 と いったきりでした。

ねこは、 すこし はらをたてました。

なにしろ、 自分が だいすきでしたからね。

「おれは、 100万回も…。」 と いいかけて、 ねこは、

「そばに いても いいかい」 と、 白いねこに たずねました。」

白いねこは、 「ええ。」 と いいました。

ねこは、 白いねこの そばに、 いつまでも いました。

 

自己所有の感覚というものを「とらねこ」は持った 

世界の歴史の中で「自分の自分だ」と言えることは珍しかった

みんな誰かの所有物 宮崎

奴隷制度 徴兵制 

1970年頃やっとしがらみとか絆とか言ったものから自由になれた

自分と同じ価値観で言い寄ってくる者は真の愛の対象者ではない

自分に対して外側から影響を与える者こそが愛すべきもの

「そう。」というたった1つの言葉 真の愛に繋がった

 

やがて、 子ねこたちは 大きくなって、

それぞれ どこかへ いきました。(中略)

白いねこは、 すこし おばあさんに なっていました。

ねこは、 いっそう やさしく、 グルグルと のどを ならしました。

ねこは、 白いねこと いっしょに、

いつまでも 生きて いたいと 思いました。

 

このねこは ただ一回だけ生きた。

誰だって 何百回も生きられない。

「どんな人でも一回しか生きないという

非常に平凡なことが大事だ」ということを私は言いたかった。

「人間はただ一回生きて、人を愛して死んでいけばそれだけでよい」

という非常に簡単なメッセージだったと思うんですけども。

ラジオ音源「白作を語る」19875月放送より 佐野洋子の声

 

「ただ一回の真の生」というものを描くために

100万回の生き死に」を設定せざるを得なかった

「唯一一回」というものが浮かび上がってくる

輝いてくる 宮崎

 

人を愛すると生にも執着が芽生えていつまでも生きたいと思う 安部

自己から他者へ愛の対象が拡大した 宮崎

 

本物の愛と本当に生きたにも関わらず 

結局終わりがきてしまう事を悟る 

この世界に対する執着が消え去る

この世界の中に溶け込んでしまうような 存在形態に変わっていった 宮崎

 

最後のページの絵

空気そのもの 地球そのものになったという解釈がこの絵には合う 

調和というか悟りというか 伊集院

 

イヌタデ・オミナエシ・エノコログサ・クサネムのような

夏から秋にかけて見られる草原の風景が描かれている 宮崎

 

やっとこの輪廻の繰り返しから解放された 寂寥感も感じるけれど

「とらねこ」のことを考えると「さわやか」だな…。 宮崎

 

空気感が残る いろいろな余白が持てる 伊集院

白いねこは輪廻をしたと思う 伊集院

恋愛とは勘違いなのか❓ この余白がおもしろい 伊集院

そこまで残酷な事は考えなくて良いけど…。余白は考えさせられる。 伊集院

 

私感 

実は私も白いねこは輪廻していたと、初めて読んだ時から考えていました。

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