人としてそこまで落とす?鎌鼬(かまいたち)
北颪(おろし)政策なしのパフォーマンス
政策が蔑ろ冬の鶯
冬の空プリンシプルを持ちて生く
暮易しチョコ一粒の元気かな
■知恵泉 忠臣蔵を書いた男 並木千柳~人形浄瑠璃の黄金期
歌舞伎三大名作 「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」
1746年から三年連続に作られた 作者は同じ並木千柳
ゲスト 木ノ下裕一 ヤマザキマリ 黒石陽子
並木千柳の主な作品
夏祭り浪花鏡 1745年
菅原伝授手習鑑 1746年
義経千本桜 1747年
仮名手本忠臣蔵 1748年
双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 1749年
一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき) 1751年
並木千柳(1695-1751)
操り段々流行して歌舞伎は無が如し
木ノ下裕一
演劇は3つの要素でできているってよく言われる
戯曲 俳優 演出 「夏祭り浪花鏡」は全部新しい
「僕らのカルチャーが出来上がったぞ」と
いうような興奮があったんじゃないか
千柳の中では意味のある転身だったんじゃないか
人間と人形のチャンネルを点けたり消したりしながら
書けるようになったんじゃないかな
豊竹座(実力主義) 竹本座
立作者への執着
黒石陽子
江戸時代は儒教の考え方が奨励されている 特に享保の改革以降
千柳は人間というものの本能は儒教の教えとは正反対位に
自分の業というか欲望とかがうごめいている存在なのであって
それを止めようがないというか本来そういうものなんだっていう
根幹ではそういう風な見方を持っていた
竹本織太夫
忠臣蔵であっても千本桜であっても 落ちこぼれが主役になることがある
落ちこぼれと言われながらも なんとか現状を打破しようと
必死で生きていく姿に当時の人たちも心を打たれ見に行ったんだと思います
義理と本能のせめぎ合いを経験をしてきた千柳だからこそ描けた
竹本座を3年後に離れ豊竹座に戻る
満を持して一人で「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の執筆に挑む
三段目執筆中に力尽きこの世を去った 五十代半ばでした
ヤマザキマリ
生きていく上でのおりだとかエントロピーのようなものが
エネルギーとなり作品を生み出すための糧となっている
葛藤しつつも義理を立てよ
木ノ下裕一
全部譲っているわけじゃなくてこれで私は義理を済ませました
じゃあこっちへいきます というような意思表示にもなっている
大きい穴からだと弱い風だけど 小さい穴から出る風はぴゅーっと
激しい風になる 自分に負荷をかけることで表現っていうのが
深まっていったり 表現の切っ先がどんどん鋭くなっていったりする
葛藤を持ち続けたっていうのはすごくいいこと
ヤマザキマリ
抑えながらそこで発酵させて熟成させて昇華していく 言わないからこそ
自分の中で気づきがあったりする 美徳かなと思います
義理っていうのはある意味で
人形浄瑠璃文楽は解るより感じろ
時空を超えてみてみよう
■ミヒャエル・エンデ著「モモ」
「人間には時間を感じ取るために心というものがある」
「時間とは、生きるということ、そのものなのです」
時間泥棒に利用され、余裕のない生活を強いられている人も…。
生きる意味までも見失っている人も…。
タイパやコスパ重視で、あくせく働くとはこれ如何に…。
■夏井いつきのおウチde俳句
一分季語ウンチク「白菜」
寒くなってくると「白菜」の美味しい時期になってきますね
冬に食べるこの野菜 それに鍋の具材としても
最も代表的なものの一つといったものですね
この「白菜」なんですけれども 最近は物価の高騰などもありまして
スーパーで買ったりするものもカットしたものが多くなってきた
ということもあるかもしれません ですが先行句を見たときには
スーパーで売られている姿だけではなく 畑で栽培されている状態
でありますとか 白菜をまるごと一つ買って あるいは抱えていく
といった描写の句というのも大変多いのですね
「白菜」という季語を考えるにあたって あの丸々とした姿
立ち上がっている姿 この質量 そういったものも
「白菜」という季語の重要な要素となってくるのではないかと
過去の句を見ると考えさせられるわけですね
ちなみに生産量を見てみると茨木県と長野県が産地としては
非常に有名だそうです
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