2026年1月25日日曜日

椎葉 山物語❝のさり❞の原風景

 ライバルは昨日の自分寒土用

可能性なき挑戦へ寒の雨

寒月や自己中心に考えん

震度一一糸乱れぬ鏡餅

蝋梅の香に誘われて阿波史跡

 

■椎葉 山物語 ❝のさり❞の原風景

 

・意味

「のさり」は熊本県天草地方の方言で、

「天からの授かりもの」という意味を持ち、

良いことも悪いことも運命として受け入れ、

生きていく糧とする考え方や、そのようにして生きていく様を表します。

単に「もらう」という意味で使われることもありますが、

根本には目の前の境遇を否定せず、

穏やかに受け入れる天草の文化や人生観が込められています。

 

・意味のポイント

天からの授かりもの: 幸運も不運も、

すべてが天から与えられたものとして受け入れる。

運命の受容: 良いことがあっても浮かれすぎず、

悪いことがあっても落ち込みすぎない、穏やかな精神状態。

「のさる」という動詞: 「(湯で)のさる」のように、

心の中の澱みを洗い流す、排出する行為にも使われる。

「のさりもん」: そうした「のさり」の精神で

出会う人や出来事も指す(例:「のさりもんの手帳」)。

 

以上、ITに教えて貰いました。

 

■のさりについて

のさりとは人間の理性知恵、自己本位の計算や意志、

教養などのはるかに及ばぬ大いなるもののはからいによって、

その人に授け与えられたもの、という意である。

 しかしのさりの想念は、受動的な諦めではなく、敗退の思想でもない。

おのれの禍福の正真を素直な心でみつめ、災禍に絶望せず、

福徳に驕らず、大いなるものの摂理のもとで禍福を乗り越えて生きていくという、

生命の源泉から発した思想である。自然(じねん)に生きるということだ。

 

 「のさり」の意味をこれほど端的に言い表している文章はありませんが、

そこには、2つの大切な意味が語られています。

 ①のさりとは、人の力が遠く及ばない大いなる存在によって自分に授けられたもの

 ②人はその大いなる存在から授けられた「のさり」を受け入れて感謝して生きる

 「のさり」の考え方の根底には、人は自分の力で生きているのではなく、

生かされて生きているというニュアンスを感じます。

それは、自分の命をはじめ、身体、家族、時間、空間、

環境、事象、出来事、出会い、縁、機会など、

すべての存在を生かしめている「大いなる存在」から授けられたものです。

その「のさり」を受け入れる態度を「のさる」といいますが、

そこには人事を尽くしても変えることが

できないものに対する人の謙虚な在り方があります。

 自力と他力といいますが、のさりは自力の及ばない他力の働きを受け入れる心で、

自分が生かされていることへの畏敬と感謝の心がそこにあります。

これは、古き良き日本の精神(大和の心)に通じるものだと思います。

 

「のさりに感謝」をご覧になってどんどん幸せになる

(自己成長の)糧にして頂けたら幸いです。

 

以上:https://waraku.nosaru.news/concept/ より

 

・私感

NHKスペシャルで「のさり」を知り、すっかり嵌っています。

最近、人生を自分の思いのままにしようとする人が多すぎるような。

社会全体がぎすぎすしているように感じます。

もっと、鷹揚にゆったりとした心持ちで暮らしても良いのでは…❓

「のさりに感謝」この精神で、個性を大切に各々が

今後、自分らしく生きて行けたならと深く感じ入りました。

自分を大切に、周りに感謝しつつ生きて行けたならと…。

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