偏った知識とセンス秋麗
地虫鳴く交わりのない世界線
艶やかにお口ぱっかり栗拾い
栗林いがから顔を覗かせん
寝落ちから慌てふためく秋の宵
■愛を生き切った人~瀬戸内寂聴の99年~
寂庵 京都嵯峨野
2021年11月9日逝去(享年99)
誰かを愛することは人間に許されたこと
愛していけない相手はないと思う
報いを求めなければね
1973年11月14日 出家 得度 岩手 中尊寺
座右の銘 愛することは生きること
視点1 瀬戸内晴美から寂聴へ 愛の軌跡
1973年11月14日 岩手県平泉町 中尊寺
当時51歳 超売れっ子の流行作家
虚無的になっては出家はできないの
非常に絶望して子どもが死んだりね 夫が女の所へ行っちゃったりね
形而下的な問題でした 出家は続きません
私の場合はもうちょっと違ってたんじゃないかな
当時は生真面目な忠君愛国のガリガリ少女だった私は、
勉強への熱意を失ってしまった。
「放浪について」瀬戸内晴美 講談社
20歳の時 見合い結婚
1945年8月15日 終戦
ただ教えられた通りに素直に信じて生きて来ましたけどね
これからは教えられた通りのままじゃなく自分で考えてね
自分の心と肌で感じたものだけしか信じちゃいけないんだって
その時に私の人生で一大転換があったわけですね
1948年(15歳)出奔(しゅっぽん)
小説家になりたいから、家を出させてください。
凉(りょう)太という名で小説に登場する最初の不倫相手
凉太への理不尽な情熱のため私は安隠(あんのん)な家庭を自ら破壊した。
「場所」瀬戸内寂聴 新潮社
最初の不倫相手の幼馴染 三井新造
1957年 文壇デビュー
その若者のからだの下でさえ、私の子宮はうめき声を押さえきれず、
私は快楽の極に待つあの甘美な失神に、夜明けまでに二度もおちいった。
「花芯」瀬戸内晴美 三笠書房
「田村敏子」「伊藤野枝」「岡本かの子」次々に描いていく。
晴美にとって恋愛は生きる糧であり生命力の源泉だった
本当の恋愛は落雷だ
恋愛は逃れられないね 理屈じゃないんだから
雷のように落ちてくるもんだからね 打たれるしかないんですよ
それがとんでもない悪女だったりね
とんでもない詐欺男だったりしますよ
それでも恋愛の雷に打たれないより打たれた方がいい
人間が一番成長するのは恋愛です 本ではない 学問でもない
本気で恋愛したら絶対成長します
作家 小田仁二郎(1910~1979)と半同棲生活を送りながら
凉太と再会 複雑な三角関係になる
その愛憎劇を私小説として世に問いかけると高い評価を受ける
1963年第2回女流文学賞 「夏の終り」
慎吾=小田 凉太=最初の不倫相手
「あんたに何がわかるの、慎とあたしにはあんたのしらない、
きずいてきた生活があったのよ。
今のあたしはあの人につくられたあたしなのよ。」
「それじゃ、ぼくのことは何だ、浮気か」
「憐憫(れんびん)よ」
「夏の終り」瀬戸内晴美 新潮社
本当に人間は自分の中のダメなね 煩悩の五欲煩悩の
どうしようもないものを吐き出したら何かそこに光が見えて来る
これかなって思ったの 私は だからもうそこにじゃあ腰据えて
自分のしたことを見つめてみましょうって感じになったの
4歳の娘を置いて家を出たこと
その1年後、会いに行っている
麦畑があって麦畑で潜んで待ってたの 出てこないかなと思って
そしたらね ちっちゃな女の子が遊んでたのが帰ってきたの
呼んだら素直にこっち向くんだけど 私は抱きしめて「ママは?」
って聞いたら「死んじゃった」って言ったんですよ
どきっとしましたね
1973年11月14日 瀬戸内晴美 得度
とにかく男とのことを繰り返したってね 同じだと思ったしね
50になった頃ね もういいよって気がしたの それを切るためには
どうしたらいいかって それは出家するしかないなって思った
もうこの世が嫌になってっていう出家じゃないの
私はもっと生きたいからもっと自分の人生を充実したいから
出家したんですよ
もう一人の不倫相手の存在
全身小説家 作家 井上光春(1926~1992)
視点2 作家 井上荒野 ❝鬼たち❞の生き方
長野県茅野市 寂聴の不倫相手の娘 井上荒野
「あちらにいる鬼」井上荒野著/朝日新聞出版
帯の言葉「作者の父 井上光晴と、私の不倫が始まった時、
作者は五歳だった。瀬戸内寂聴」
小説家の父、美しい母、そして瀬戸内寂聴をモデルに、
〈書くこと〉と純愛によって貫かれた三人の〈特別な関係〉を
長女である著者が描き切る、正真正銘の問題作
作家生活30周年記念作品
お互いに4歳の時に(子どもを)捨てた女と 4歳の時に(親に)
捨てられた男が出会ったのは一個ひとつの大きい
つながりだったんじゃないかな 寂聴と井上は共に
5月15日生まれ
光晴が開講した「文学伝習所」
井上郁子 光晴の妻であり 荒野の母親
瀬戸内晴美=長内みはる 郁子=笙子 光晴=白木篤郎
笙子
ただ、長内みはるが何を書いても、その小説の中に、
篤郎のことはきっとあらわれてしまうだろう。
私はそれを避けている。
長内みはるから滲み出る篤郎の姿を知りたくない。
知れば、あのふたりのことを許せなくなってしまうかもしれないから。
「あちらにいる鬼」井上荒野 朝日新聞出版
2014年 寂聴が倒れる
2015年 寂聴に作家仲間と会いに行く(江國香織と角田光代)
この日、光晴の思い出を口にした
祇園のお茶屋にも繰り出した
これは私が書いて残さないとダメだと思った 荒野
みはる
男と女の関係になってから、白木は再び私の前で、
出会った頃よりもずっと露骨に、
妻の自慢をことさらにしてみせるようになった。
そういう男を、わたしはすでにどうしようもなく愛していた。
笙子
あなたには吐き気がするわ。私はいっそう大きな声で叫んだ。
そうしなければ、シチューの鍋を篤郎めがけて
ぶちまけてしまいそうだったから。
笙子
私は篤郎と別れない。別れられないのではなく、別れないのだ。
「あちらにいる鬼」井上荒野 朝日新聞出版
愛とは?
テレビを見ている男の背に、「出家しようと思うのだけれど」
と、声をかけたのは、いつのことだったか。
聞こえなかったのかと思うほどの間をおいて男のことばが帰ってきた。
「そういう方法もあるね」
「比叡」瀬戸内晴美 新潮社
父が唯一ものすごく誠実になったセリフ
郁子は寂聴に戦友とでも呼べる感情を抱くようになっていく
同じ穴に落ちちゃった者同士
女同士というよりは人間対人間の共感 惹かれあうものがあった
憧憬があった 評価をしたのではないか
光晴が亡くなるまで友情関係を続けた
渡辺勝夫 元編集担当者
奥さんと一緒に病人の井上さんを2人で足をもんでるんですからね
こんなすごいことは頭をそったからできたわけですよ
結果としてはそったおかげで最後までちゃんと付き合えたと
寂聴からの頼み事
「かっちゃんね 井上さんの骨取ってちょうだい」
それで「わかった」って言って僕は焼き場行ったときに
奥さんと荒野ちゃんのいる前で光晴さんの骨をパッと取って
ハンカチに包んで瀬戸内さんにあげましたよ
あとどうしたか知りませんよ 瀬戸内さんが井上さんの
「骨ほしい」って言うんだもん
岩手県 浄法寺町 天台寺墓地
井上光晴と郁子と同じ墓地に寂聴は眠っている
「愛した 書いた 祈った 寂聴」
三人の関係 自由という言葉を思い浮かべる
精神の自由でつながっていた3人じゃないかな 荒野
視点3 寂聴に救われた人たち
1987年から2005年まで 岩手県浄法寺町 天台寺の住職を務める
2011年 東日本大震災
物事はどん底に落ちると はずみで上に上がるんですよ
ボールをついてごらん 下に落ちたら上がってくるじゃないですか
だんだんね よくなっていくの 信じてください つらいとき
「寂聴さんはどん底の下はない」って言ったと思い出してほしい
希望を失わないで元気を出して生きて欲しいと思います
結局は人間は一人なんですよ ひとりで生まれて やがて
一人で死んでいくんです 一人はさみしいけれど
でも一緒に死ぬことはできない だから 必ず
いつか一人になるんです そのことを覚悟して そして
生まれてきたんだから 死ぬまで力いっぱい情熱を込めて
自分一人の人生を生き切りましょう
生きている間は一人ですけど 亡くなった人の魂は
この世で一番愛した人が心配で 必ずあなたのそばに来てくれます
今日 ここへあなたがいらしたのは ご主人が
連れてきてくださったんです 一人でさみしいけれど
やがてあなたも行くんだから 向こうで会いましょう
私はお見舞いっていうつもりでね いろいろ各地に行ってるんですけれど
本当にショックを受けたり 強い感動を受けたりして
私が鍛えられて新しいことを見せつけられて 人間に対する信頼を
盛り返して暗く考えていたら生きていられない
私感
私とはかなり人生観、価値観、世界線は違うけど…。
こんなに大勢の人を救ってあげるって素晴らしい人生でしたね…。
先輩…。