2025年12月31日水曜日

兼題「首」&テーマ「あったらいいなと思うもの」

 行く年や残るマニキュア除光液

買物難民タクシー使う年の暮れ

スーパーの餅売り切れてはしごせり

晦日蕎麦上あご火傷水膨れ

餅のなき正月前のパンの香


NHK俳句 兼題「首」

ゲスト:大熊光汰 藤田直子 能町みね子 かわにしなつき 司会:中川緑

年間テーマ「語ろう!俳句」

 

   老犬の首傾げをり冬銀河 中川緑

   くびもとのやわき結びや冬びより かわにしなつき

   地吹雪や吾 ()は生きて居る首の脈 能町みね子

   冬銀河船首に立ちて仰ぎけり 藤田直子

   首冷やす風が後ろの枯木より 大熊光汰

 

・特選三席発表 兼題「首」

一席 首据わる冬の陽浴びるうんちする   古谷野(こやの)るる

(短文を三つ並べた独特な表現 どれも赤子の行動であるところに

  赤子が日一日と育っていくさまが手に取るようだ ことに三つ目の

 「うんちする」が成長する命のありのままを伝えています)

二席 バーコード巻きたる手首春を待つ   みづちみわ

三席 首たたみ蕾のかたち浮寝鳥   花見鳥

 

特選

コスモスの首のあたりの風きれい   池之端モルト

不合格首で伝えて寒昴   山崎力

天高しキリンは首で愛し合ふ   曽根新五郎

首元へファスナー一気年の市   石井公子

待春や連獅子の首振り揃(そろ)へ   円堂実花

折鶴のまつすぐに春を待つ   中路修平

 

NHK短歌 テーマ「あったらいいのになと思うもの」

選者:木下龍也 ゲスト:坂口涼太郎 司会:尾崎世界観

年間テーマ「“伝える”短歌 “伝わる”短歌」

 

涼太郎の短歌 涼短歌

「えーえんとくちから」笹井宏之著

1パージを開いた時に 宇宙と思い 自分も作りたいと思った

ベランダに出て夕日を見ながら作り始めた 坂口

選ばれし者 木下

 

今回は未来の話 アイデアの話を送って貰いたいと思った

 

・入選九首 テーマ「あったらいいのになと思うもの」

私 はなびらの落ちる香りを嗅ぎわける散るときそばにいられるように

玖嶋(くしま)さくら

もう少し空くでしょ海馬藤本の鼻血を選択、Shift,Delete

白波はるよ

リカちゃんのクローゼットにきっとある人の形をしている喪服

糸田つぶさ

なんかもう分からないので支払っておいてくださいお金は出すので

梅田エルマ

三席 真夜中に微(かす)かに響くなきごえが猫か子どもか分かる脚注

大森渓瑚(けいこ)

一席 私 捨てるときかるく心が痛むから「おわり」の文字の浮き出るパンツ

たんかちゃん

シャンプーの泡に合わせて「後ろにはなにもいない」と教えておくれ

藤井喜楽(きらく)

私 コンビニでビニール傘が消えるから私の顔を覚えさせてる

青山英敏(えいびん)

二席 一文字でパンを表す漢字欲し麦のやうなる雲のやうなる

安達随石(ずいせき)

 

・坂口涼太郎さん「あったらいいのになと思うもの」

将軍よ、もう令和です。わたくしが忘れな内閣総理大臣♡

玄関でアラベスクその指先に日々を振り向くための栞を

花を華とする枝葉の不可欠を教えてくれる軽い峰打ち

 

・坂口涼太郎さんの作られた作品

尾崎さんに贈る涼短歌

リユウには尻尾があって世界から観測されず、声は厄介

 

木下さんに贈る涼短歌

木の下で泣いてるきみを救うべく「我はことばの龍である也」

 

・ことばのバトン

そっくりな猫と出会ってしまった日

仁尾智(さとる)(歌人)

米はあるかとメールを送る

小池理雄(精米店3代目店主)

 

「高いとか安い以前の問題でお米がなかった

備蓄米出すってところから備蓄米じゃないお米も普通に出てきた」

「いろんな方々が危機の時じゃなくって

平時からお米について興味を持ってもらいたい」

2025年12月30日火曜日

国本武春&俳句道場

武相荘白侘助のお出迎え

冬の空しがみつくよに萱に苔

武相荘次郎と正子冬を笑む

いらっしゃい釣り花活けで待つあけび

武相荘本白玉よ清らかに

 

■あの人に会いたい 国本武春(浪曲師)

1960-2015(平成27)年 55歳没

そこに当り前じゃない風を起こしたいじゃないですか

日本にこんなに凄いエンターテインメントがあるぞということを

日本の中だけじゃなく外国にも言いたい

「面白いね なるほどあれだったらいいね」っていうのを

受け入れていかないと悔しいんですよね 

そういうものをまずは細々でいいから作っていって

それを段々広げていきたいなと思うんですよね

 

たまに三味線の師匠が遊びに来たりしていましたけど

ずっと子どもの頃から聴いているわけでも何でもないんですよ

 

アメリカのカントリーミュージックから派生 

こんなすごい音楽があるのか ちょうどバンジョー(弦楽器)の速弾きが

タンタカタカタカという速弾きがそういうのが耳に残りましてね

これはすごいなといってもう 虜になって 

 

高校時代「寿ブラザーズ」を結成

(演奏の)合間に水戸黄門 銭形平次 時代劇とかね 色々織り交ぜながら

寸劇みたいなものを入れたりして 笑っていただこうというような

そうすると ワッと受けるわけですよ 

 

三味線が入って歌って語ってストーリーがあって ドラマがあって

泣かせるところがあって これは1人でやる話芸としては

最高の形なんじゃないかなと思ったんですよ

 

1981年 浪曲師 東家幸楽に弟子入り

入った頃はまったくその客席に若い人がいませんでしたから

聴いてる人は7080代なんですよ これはね将来的な心配が

すごくありまして これは開拓をしていかないと 少しその開拓を

するというか 自分のお客さんをね いろいろこう見つけていかないと

(浪曲が)なくなっちゃうんじゃないかなという 

 

長唄とか民謡ばかりじゃなく ロック ブルース バラード

いろんなものを三味線で歌ってみようじゃないか (浪曲は)

もっと広がりがあってどこから入っても入れるようなね

間口の広い芸であると思うんですよ 浪曲の要素というのは

現代に通用するし 逆に今それがかっこいい時代になっていくんじゃ

ないかなと期待はしているんですけどね 

 

2000(平成12)年 ブロードウェイ・ミュージカル

「太平洋序曲 Pacific Overtures」に出演

 

「にほんごであそぼ」(2008) うなりやべべん で登場

(私これはしっかり記憶していて 大好きなキャラクターでした)

 

(浪曲師は)みんなオリジナルを作るんですよ 自分のスタイルを

自分のスタイルを作ったものが勝つという 先輩たちが寛大ですから

「昔はいろんなやつがいたんだ 大いにやれ」と「浪曲という

名前が出るだけでいいから頑張れ」 もう本当に応援してくださって

 

芸術選奨文部大臣新人賞 文化庁芸術祭演芸部門新人賞など

数々の賞を受賞

 

2010(平成22)年 ヘルペス脳炎と診断される

 

2011年 舞台に復帰

 

2012年 大病から奇跡の復活! 

半月ぐらいは意識がなかったわけで 意識が出てきたときにはね

だいぶ体重が減ったり 痩せたり 点滴がついたり 

いろいろしていましたけども すぐよくなるものだと

思っていたんですけど 

 

あの寄席の ちょうちんの感じ お客さんの拍手 雰囲気

自分が出てきたその様子で サーッとね 一瞬にして 何か戻るんですね

「ああ浪曲師なんだな」というのがね そのときに急に入ったんですね

それで「ああ これはいけるな」と思って 「大丈夫 大丈夫」

という感じになりました 

 

自分の力で どうにかしようとか そのためには あれもしよう

これもしよう こんな人にも会おう というようなことは すごくあって

それが体験の中で どんどんいいことが 積み重なってきて

いたりするので 僕はもう一生途中でいいと思うんですよ

やり続けていくっていうか 探し続けていくっていうか

自分の価値感というか そういうものを自分で持って

それは人がなんと言おうと 揺るぎないものがあれば

いいんじゃないでしょうか

 

■ギュッと!四国 家藤正人の俳句道場

兼題「鴨」冬の季語

傍題 青頸(くび) 真鴨 巴鴨 など

 

ギュッと!特選

みづがひかりが鴨の丸みを愛しけり   家守らびすけ

(選句ポイント) 主語の置き方が上手い

 

放送で紹介された句

佳作 ポケットに片道切符鴨が来る   クラウド坂の上

寒朝の水辺のカモに励まされ   タンポポグランマ

鴨の群れ今日は()山の池におり   立花かおる

秀作 眠そうなあれは美味しい鴨ですか   白沢ポピー

佳作 身を寄せる両国橋の鴨の群れ   ルアン

秀作 水の面()に雲の震へて鴨のこゑ   綾竹あんどれ

鴨の眼はドローン並みだね良く見える   ムレの婆さん

水田に波かけ分ける合鴨の群れ   浜松ヘイタパパ

佳作 親子でも夫婦でも良し鴨の二羽   三浦洋子

佳作 鴨群れて歳月しずか湖面澄む   桜丸

忘却を遥かに置き去り鴨来たる   四万十川翁

秀作 鴨の声がんばらないを頑張る日   沖原イヲ

 

・秀作への道「助詞を使って音数を調整しよう」

佳作 とてとてとあと追う歩み稚児と鴨   見世黙夜

添削

とてとてとあと追う歩み児と鴨と

2025年12月29日月曜日

あの本、読みました?髙橋源一郎

冬の虹メトホルミンへ賭ける人

息白しその場限りの垂らし込み

冬の空行雲流水あるがまま

冬座敷蟹じゃなかったタラバ蟹(ヤドカリ科)

冬の月楽しいことを極めたし

 

   あの本、読みました?

村上春樹・龍も受賞した新人賞~今年文学賞をとったスゴイ作品

髙橋源一郎 ピンク地底人3号 鳥山まこと 遠田潤子 鈴木保奈美 山本倖千恵 林祐輔P

 

野間文芸新人賞

2025年文学賞総ざらいスペシャル

 

日本の文学賞は特殊  文学賞の種類

エンターテインメント 純文学

ベテラン作家の賞   ベテラン作家の賞

中堅作家の賞     中堅作家の賞

若手作家の賞     若手作家の賞

公募新人賞      公募新人賞

 

・吉川英治文学賞 講談社

過去受賞作家 松本清張 司馬遼太郎 東野圭吾 村山由佳 桐野夏生 

今年の受賞作 「方舟を燃やす」角田光代著/新潮社

 

・山本周五郎省 新潮社

過去受賞作家 吉本ばなな 吉田修一 伊坂幸太郎 早見和真 青崎有吾

今年の受賞作 「女の国会」新川帆立著/幻冬舎

 

・山田風太郎賞 KADOKAWA

過去受賞作家 貴志祐介 窪美澄 塩田武士 今村翔吾 米澤穂信

今年の受賞作 「神都の証人」大門剛明/講談社 

「ミナミの春」遠田潤子著/文藝春秋

 

出版社が違う作品が受賞

 

第十六回山田風太郎賞受賞作 

「ミナミの春」の一文 遠田潤子著/文藝春秋

「ねえ、吾郎さん。今度、外泊許可がおりたら買物に連れてってくれる?」

「買物?要る物があったら俺が買ってくるが」

「自分で選びたいねん。梅田へ連れてって」

どうせ外泊で家に帰るなら、残り少ない時間を春美と触れ合った方が

いいのではないか、と思ったが、美恵の意思は固いようだった。

外泊許可を取って、阪急百貨店に行った。

車椅子に乗った美恵が向かったのは子供服売り場、ファミリアだった。

「春美にはきちんとピアノを続けさせて。毎年、発表会やコンクールがあるから、

そのときには、このファミリアのワンピースを着せたげて。

ここのワンピースはね、流行に左右されへん。

上品なデザインやからずっと着られるねん」

美恵はワンピースを十一枚買った。一枚一枚サイズが違う。

一枚目はサイズ110。二枚目は120。三枚目は130だった。

「一年に一枚ずつ。必ず着せてあげてね。

あの子が十五歳になるまで揃えておく。

高校生になったら自分で選ばせてあげて。お願い」

美恵は最後のワンピースを手に微笑んでいた。

白い襟がついた紺色のワンピースだった。

小花模様の刺繡が入っている。吾郎は懸命に涙を堪え、何とか笑おうとした。

 

阪急百貨店のファミリア 大阪と「お笑い」

 

「ミナミの春」の一文 遠田潤子著/文藝春秋

「…ねえ、ヒデヨシ君。大昔、うちらが結婚式のネタやったん覚えてる?」

「もちろん。あれ、メチャクチャ面白くて、完成度も高くて、『はんだごて』

の目標でした。特に劇場でやったとき、あれ完璧でした。ほんま凄かった。

鳥肌立ちました」あのときの熱狂が一瞬で蘇る。

あれはみなを呑み込む圧倒的な渦で、

その中心に「カサブランカ」が君臨していた。あれはもはや芸を超えていた。

世界中の祝福を司る女神の降臨だった。

(中略)

「最高の十分間やった。でもね、終わった瞬間、呆然とした。

恐る恐るお姉ちゃんの顔を見たら、やっぱり呆然としてた。

あのときね、うちらはてっぺんと奈落を同時に味わってん」

「どういうことですか」「あのとき悟ってんよ。

…もうこれ以上のものはできへん。この先どれだけやっても、

たとえ一生漫才をやったとしても、今やった以上のものを

作りだすことはできへんのや、って」

 

極めた芸人の境地

阪神淡路大震災を描いた理由

 

2025年文学賞総ざらいスペシャル 新人部門

小説すばる新人賞 集英社

過去の受賞作家 花村萬月 村山由香 朝井リョウ 

今年の受賞作 「ギアをあげた日」平石なぎさ著/集英社

 

江戸川乱歩省 日本推理作家協会主催 賞金がめちゃ高い 5百万円

過去の受賞作家 西村京太郎 東野圭吾 桐野夏生

今年の受賞作 「殺し屋の営業術」野宮有著/講談社

 

・野間文芸新人賞 講談社の創業者 野間清治が創設 野間文化財団が主催

過去の受賞作家 村上龍 村上春樹 柳美里 中村正則 角田光代 村田沙耶香 九段理江

 

今年の受賞作 「世界99上下」村田沙耶香著 受賞

今年の受賞作 「カンザキさん」ピンク地底人3/集英社

       「時の家」鳥山まこと/講談社

 

髙橋源一郎が選考委員を務める「野間文芸新人賞」

 

「時の家」鳥山まこと/講談社

唐突な回想シーンを描いた理由

髙橋源一郎が絶賛する理由 家に記憶を託していく 記憶は物に宿る

 

「時の家」の一文 鳥山まこと著/講談社

いつの間にか空は分厚い雲で覆われ、外の光がぐっと絞られていた。

ガラスの向こうでは日向と日陰の差をなくした庭が立体感を失っている。

青年の視界の先の漆喰壁のついさっきまで白く煌めいていたはずの

表面は灰色を混ぜたように薄暗い。飾り付けも何もされていない

明度を欠いた白い壁。その余白ばかりの平面に心が吸い取られえて

ゆくようだった。真っ白の壁のように残された自分の人生の時間が

青年には時々余分に思えた。

この先に続く現実味の乏しい時間の中を自分は呆然と生きてゆくのだろうか。

給料は世間の平均よりは高く贅沢をしなければ過ごすのに困らない。

その継ぎ足しがむしろ胸の余白の質感をなくしてゆくようだった。

昔から大抵のことは器用にこなすことができ、

酷い苦労をした覚えがなかった。

でもその代わり何かで一番を取ったこともなかった。

生きてきた時間に、自分自身に、とっかかりがなかった。

 

建築士だからこそ書ける表現

 

「笑って欲しい」と思って書いた

「カンザキさん」の一文 ピンク地底人3/集英社 

モリちゃんは 自分が浮いていることに自覚的だったし、

自分の行動が周りを不愉快にさせることもよくよくわかっていた。

だから 出来るだけ自分から何かをすることを避け、とにかく

人に言われたことだけをやっていく、それが彼が長年考え

生み出した処世術だった。ただ残念なことにモリちゃんは

人に言われたことができなかったし、一度間違えたことは

何度やっても間違えた。そして間違えた時、失敗した時よく笑った。

それが周りをさらに怒らせ不快にさせていた。

「俺、何度も何笑ってんねんって怒られたり 殴られたり

しているんだけどどうしても 堪えきれないの。とにかく

笑っちゃうの。だって笑えない?俺のダメっぷり。

俺は面白いと思うなあ」

 

登場人物の作り方 初めての小説は「私小説」

髙橋源一郎が推薦した理由

 

私感

髙橋源一郎氏❣最高❣魅力全開でした。

ありがとうございました❣

2025年12月28日日曜日

偉人の年収How much?オードリー・ヘプバーン

経験に優るAI冬日没る

北吹くや血しょう輸血始めねば

冬の靄金持ちだけの抗老化

冬銀河病気の増える検査かな

冬の月ジレンマという老化かな

 

■偉人の年収How much

女優 オードリー・ヘプバーン

1929年ベルギー ブリュッセルで誕生

父 ジョセフ 母 エラ 

オードリー6歳の時 突然 父親が失踪

音楽学校でClassicBalletを始める

1939年 第二次世界大戦勃発 

母の実家 オランダへ移り住む

1940年 ドイツがオランダを占領

1945年 第二次世界大戦終結

空腹を救ってくれたのは 連合国救済復興機関アンラ(ユニセフの前身)

19歳の時 ロンドンの名門バレエ学校へ入学

プリマバレリーナになる夢を断念 170㎝近くなった身長のため

モデルの仕事 ファッションセンスを磨く 運命の出会い

フランス人作家 シドニー=ガブリエル・コレット

自著「ジジ」のミュージカル化 主人公を探していた

ブロードウェイミュージカルの主役に抜擢

22歳でミュージカル俳優デビュー

この時の出演料は週給500ドル6か月(24)12,000ドル 3,100万円

子犬のように無邪気ではつらつとした魅力があり

しかも天真爛漫さと聡明さを感じさせる女優だったと評された

1952年ローマで映画の撮影がスタート

相手役のグレゴリー・ペックは無名の新人を相手役にすることに驚いた

しかし スクリーンテストの映像で納得

ウィリアム・ワイラー監督は「カット」と言った後も

カメラを回しっぱなしにしてほしいという注文を出していた

このスクリーンテストを見たグレゴリー・ペックは

この映画の本当のスターはオードリー・ヘプバーンだ

彼女は素晴らしい女優になりますよ と絶賛

映画にとって必要なもの

「単純さと真実だけが重要だ 

内面からにじみ出てくるものでなければならない

作り物であってはならないんだ」

単純さと真実 グレゴリーからの救いの手

「真実の口」心に偽りがある人が手を入れるとかみちぎられる

このシーンは一発OKを出したウィリアム・ワイラー監督

映画史の残る名シーンとなった

初主演映画でアカデミー賞主演女優賞受賞

「演技の時代」から「存在の時代」

時代を象徴する名作を生みだしスーパースターへと駆け上がる

 

オードリーの主な出演作品&推定出演料

1953年 ローマの休日      2,500万円

1954年 麗しのサブリナ     3,000万円

1961年 ティファニーで朝食を    15億円

1964年 マイ・フェア・レディ    20億円

 

衣装は“天才デザイナー”ユベール・ド・ジバンシー“

サブリナパンツ 黒 エレガントで洗練された印象の服装

ファッションアイコンとしての美意識のカリスマ

イタリア・ローマ1971年オードリー42

結婚して夫と2人の息子と暮らす

夫はローマ大学の助教授で精神科の医師だった 9歳年下

当時治安の悪かったローマを離れ息子2人とスイスの村で暮らすことに

46歳の時 9年ぶりに映画出演 離婚

7歳年下の俳優 ロバート・ウォルダースと再婚

1987年 オードリー58歳 転機が訪れる

世界中の子どもの命と健康を守る 国連機関ユニセフ から

思いがけないオファーが!ユニセフ親善大使の要請

ソマリア視察から2か月後 体調を崩し ロサンゼルスの病院に入院

末期の結腸癌 余命幾ばくもないと知った彼女は

「最期はスイスの自宅で過ごしたい」

19921224日 家族に囲まれたオードリー 

クリスマスプレゼントを手渡す 人生で最期のクリスマス

4週間後 オードリー・ヘプバーン 1993年 没 63

 

ユニセフ親善大使として各国を視察していた60歳の年収は

最後の映画「オールウェイズ」に出演 監督スティーブン・スピルバーグ

13,800138

ユニセフ親善大使の年間報酬 1ドル138(1989年為替レート)

映画「オールウェイズ」の推定出演料 100万ドル13,800万円

映画の出演料はユニセフに全額寄付

 

2025年12月27日土曜日

100分de名著「死ぬ瞬間」③

ごきぶり(蜚蠊)は虫に非ず廉き虫なり

鮟鱇や生々しさとグロテスク

(寛永寺)冬を龍素材生かして後世へ

(根本中堂)未来への不安と期待冬の板

天井絵見つむ手塚へ冬の風

 

100de名著 キューブラー・ロス「死ぬ瞬間」③死を受け入れる?

エリザベス・キューブラー・ロス(1926-2004)

島薗進 伊集院光 阿部みちこ 

 

死の受容過程の5段階

   否認 ②怒り ③取り引き ④抑鬱 ⑤受容

 

3段階「取り引き」

「避けられない結果」を先に延ばすべく 

何とか交渉しようとする段階に入っていく。(中略)

取り引きとは何とか命を長らえようとすることである

それは「よい行い」をすることへのご褒美を兼ねていて、(中略)

「もしそのための延命がかなったならそれ以上は望まない」という

暗黙の約束をすることになる。

鈴木晶・訳

 

医学的に大事なことをしっかりやる 

それによって自分の一番大事なことをし続けたい

「こういうことはできるんじゃないか」ということを試してみる

生き方を変えていく なんとか生き続ける望みのほうに賭けてみる

願掛けに近いかもしれない

 

こういう交換条件をしたら これはうまくいくんじゃないか

かなりステップは変わっている 

 

生きる望みを捨てきれないでいる段階 人の心の揺れ動き

迷いながら自分らしい生き方をしたい

 

死が近いという現実を認めた しかし認めきれない だから揺れている

 

治療のアプローチも受け入れて貰いやすくなる唯一の時期

 

4段階「抑鬱」

抑鬱を招く原因は2つに分類できる

反応的な抑鬱 

無気力さや冷静さ、苦悩や怒りは、すぐに大きな喪失感に取って代わられる。

その喪失感にはいろいろある。乳がんを患った患者は女らしい体つきを

失うことに抵抗を感じるだろうし、子宮がんの患者は自分がもはや

女ではないと感ずるかもしれない。(中略)

だがこんなことはまだ序の口で、患者はもっと多くのものを

失うことに耐えなくてはならない。

患者:(中略)だれかこの状況を助けてもらいたいのですが。

私たち家族はその日のことしか考えられません。

毎日毎日なんとか生き延びているようなものです。

   でも、先のことを考えたら途方にくれてしまうのは

当然でしょう?何と言っても私がこんな病気なんですからね。

 

抑鬱1 

反応的な抑鬱 この世で生きている中で生じる胸のつかえ

この世で解決できない問題がある 色々なものを喪失していくが

そのことに胸が塞がれて元気がなくなる 経済的な問題や

家庭に関する心配は反応的な抑鬱を生じやすい

直接的にその課題を解消する仕組み

病院で死ぬようになってそういう環境から離れてしまう

それをどう変えていくか という問題意識がある

より多元的な多職種連携 自分も専門家的ではないアプローチを

していたので 専門家のケアでは足りない所を

自覚的に取り組むことを提案している 

反応的な抑鬱の中には精神的な解決が必要なものもある

患者:(中略)こんな状況の中で生きていても価値がないと

考えたことはあります。

牧師:価値がない?

患者:だって、私が明日死んでしまったとしても、妻はまったく

平然として、これまでどおり生きていくでしょうからね。(中略)

私は何十年も、長老派教会で教会のための仕事をしてきました。

(中略)この私にだって少しはできることがあったんです。

地域社会で役に立つと思われることが、私にもいくらか

できたのです。(中略)だけど、私のしてきた活動は、金もうけに

ならないという理由で、どれもくだらないとしか

評価されなかったんです。

 

薄々感じていたことがより顕著になってしまう 心のすれ違い

経済的・社会的サポートがあれば解消されるというものではない

妻に人生の中で生き甲斐にしていた 大事な意味があると思って

やってきたことを認めて貰っていない 

ああいったこともこういったことも評価なんかされてないじゃないか

ロスは医師なんだけれど心の問題に取り組む

宗教と医療の間に自分の役割がある 従来は医者は身体的な問題を解決する

スピリチュアルな問題は教会関係者が解決するみんなが教会に

熱心にいかない時代 そういう時に医療職の人もこういう自覚を持って取り組む

 

これらすべてが抑鬱状態を招く原因となることは、患者を扱う人なら

だれでもよく知っている。だが、忘れがちなのは、死期の近い患者には、

この世との永遠の別れのために心の準備をしなくてはならないという

深い苦悩があるということである。

 

医師:あなたにとって、死とは何ですか。

患者:死ですか。それは価値ある活動が終わってしまうということです。

私の場合、価値あるというのは、妻とちがって、金を稼ぐ行為を

意味しません。

牧師:聖歌隊で歌ったり、日曜学校で教えたりということを

おっしゃっているんですね。人と交流を深めるとか、

そういったことですね。

医師:(中略)あなたがおっしゃりたいのは、自分の存在にいくらかでも

   価値があって、有意義な活動ができるのなら、人生は

   生きるに値するってことでしょう?

 

準備的な抑鬱

その抑鬱が、もうすぐ愛する者たちと別れなくてはならないことへの

準備段階であって、その事実を受容するためのものだったならば、

励ましたり元気づけたりしてもさほど意味がない。(中略)

自分がもうすぐ死ぬことについて考えるなと言っているような

ものだからである。患者に向かって「悲しむな」などと

絶対に言ってはならない。だれだって愛するものを失うのは

このうえなく悲しい。患者はこれから自分の愛する物も

愛する者もすべて失おうとしているのだ。だから、悲しむことを

許されれば、目前に迫った自分の死をもっと楽に受け入れることが

できるだろうし(中略)そばにいてくれた人にも感謝するだろう。

 

死にゆく彼にとっては「すべてを失うこと」

 

抑鬱2

準備的な抑鬱 この世から遠ざかっていくことによって生じる心の痛み

 

全てを失って向こう側へ行くときに抑鬱的な気持ちになるのは自然

だからそれを防ごうと考えてはいけない

 

伊集院

人間が呆けるのは人間が本能的に死の恐怖を弱めていくスイッチ

 

準備的抑鬱では、まったくあるいはほとんど言葉を必要としない。

むしろ、感覚でお互いを理解し合える。

髪をなでたりして手を触れればより通じるものがあり、

黙っていっしょにいるだけで十分なこともある。

(沈黙の時を共にするそういうことが力になる)

この時期には患者はお祈りだけを望むかもしれない。

 

ただそこにいる あなたの力になりたい