神通の氷瀑溶け始めけり
春あした一分違いで停められず
春の日をボールペンまで反抗期
春まけて蓄積疲労忍び寄る
春の夜や耳は遠くへ目は薄く
■100分de名著 ヤスパース❝哲学入門❞③ 世界像は多様である
戸谷洋志 伊集院光 阿部みちこ
哲学者 カール:ヤスパース
「世界像」経験がもたらす価値観の違い
「私の方が絶対的に正義だ」という発想へ
❝他者との対話❞哲学的な「交わり」
文化の違い
キリスト教世界では蛇は不吉・邪悪な存在
旧約聖書では悪しきものとして登場
日本の伝統では縁起の良い兆し
吉兆を表し脱皮を繰り返す姿は生命力の象徴
キリスト教で育った人が日本にやってくると
蛇の「世界像」は変わっていくのではないか❓
世界像というものは常に不完全で訂正が必要なものだと考えた
世界像というのはいつも、誤って世界存在一般として絶対化された
個別的な認識の世界なのであります。(中略)
あらゆる世界像は世界から切り離された一断片であって、
世界は形象とはならないのであります。
草薙正夫・訳
世界像≠世界そのもの 世界像=世界の「一断片」
「世界像」は人間の知識の総体
蛇⇨旧約聖書⇨教会⇨街の人々
科学も世界の「一断片」である
《科学的世界像》は、それ自身がいつも、科学的な手段と
不完全な神話的形態とを持った一個の新しい神話的世界像なのであります。
生命を科学的に定義するのは難しい
科学的な「世界像」では逆に説明できないことがある
科学はひとつの神話に過ぎない
❝信仰の山❞富士山がこう見られるのは歴史の積み重ね
「世界像」ができるには長い時間が必要
どんな実在するものも私たちの自己確認にとって、
歴史ほど重要ではないのであります。
歴史は(中略)私たちの生活の基礎となっている
伝統の内容を私たちにもたらし、(中略)
自己が属する時代への無意識的な拘束から私たちを解放し、(中略)
その不滅の創造性において見ることを教えるのであります。
「世界像」は歴史の中で作られる
❝恋愛❞の歴史を考える ❝家同士のつながり❞
「歴史」を知れば絶対的価値観も相対化できる
過去をながめ返し現在を違った形で捉え直す
そうやって世界像を訂正していく
「歴史」はある種の❝物語❞
歴史の物語も絶対的な真実ではない
1つの❝物語❞を絶対化する危険性をヤスパースはよく理解していた
価値相対主義:相手を理解する態度を捨ててしまう考え方
国同士の「世界像」の違い
「自衛」「解放」という言葉で「攻撃」「戦闘」を正当化してきた
❝正しい行為❞
歴史の究極目標ではないが、それ自身が人間存在の最高の可能性に
到達するための条件であると思われるようなある一つの目標は、
形式的に規定されます。それは人類統一という目標であります。(中略)
しかもそれは可知的・共通的内容として獲得されるのではなくて、
最高潮に達したとき、純粋の愛の闘争となるところの(中略)
歴史的に異なったものの無制限な交わりにおいてだけ
獲得されるものであります。
人類の統一 「無制限な交わり」「愛の闘争」
「人類の統一」とはどんなものか?
究極目標ではない
可能性に到達するための条件
「愛の闘争」「無制限な交わり」によって獲得されるもの
「人類の統一」は❝他者と一致❞することではない
調整と交渉が継続している関係性 致命的な対立を回避すること
「人類の統一」とは平和のこと(戸谷氏の言い方に直すと)
「交わり」を大切にしない人とどう向き合うか?
自分の世界観を守れるが「交わり」は失う
「交わり」を失うと自分自身も失ってしまう
平和に向かうことは相手にイラっとしてはいけないことではない
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