マグリットを詠む
人生を心貫き春深し
窮屈な生き方通し春惜しむ
おぼろ夜やまるで洗脳されたよう
春の夜や初恋相手と結ばれて
(寺山修司氏)マグリットとの別れを決意柳の芽
■インタビューここから 歌人 俵万智
(「サラダ記念日」出版当時)書店によっては料理本の所に差してあったり
生野菜苦手の息子が残すので「言っとくけど俵万智のサラダやで」と
ボケてみたが、スルーされた。Xより
日常のちょっとしたときときめきをちゃんと掬い取ってくれる形が短歌
お金・物・時間 は使うと減る 言葉は使えば使うほど増えていく
俵さんにとって「ことば」とは何か?
自分の体の中のときめきが呼び起されてしまいました 司会
最近感じたんだけれども私にとってももう40年前の歌集なので
すごく時代も変わって若い人たちにどんなふうに読まれるんだろうって
若干不安もあったんですけれど やっぱり20代の歌集なんですよ
「サラダ記念日」って だから20代の人がそうやってときめいてくれる
時代じゃなくて世代なんだな うれしいです ときめいていただいて
「言葉の力は、生きる力。」現場で考え抜いた伝える、鍛える、表す極意
行動範囲がグンと広がり、ネットでのやり取りが日常になっている今、
背景抜きの言葉をつかいこなす力は、非常に重要だ。
それは、生きる力と言ってもいい。
「生きる言葉」より
「生きる力」はそもそもどうして書かれたんでしょうか 司会
生き方についてインタビューして それをまとめて1冊に
しませんかっていうようなお話だったんですね ゲラ(校正刷り)になって
読み始めて手を加えようとしたときに 言葉について
話しているところだけはどんどん書きたくなって これじゃ
足りない足りないっていうふうに膨らんでいって 言葉について
いま自分がこんなに書きたいんだって気づきましたっていうことで
1回ご破算してもらって それで書き始めたっていうのが経緯ですね
それは俵さんの言葉への興味があふれて止まらないっていうところもある? 司会
もともと言葉は好きだったんですけれども 特にいまの時代っていうのが
言葉の時代だなっていうことを改めて思って 言葉がこんなに世の中で
あふれているっていうこともないし みんな自分が発信できることで
言葉がすごく身近なツールとしてあるんだけれども 便利ゆえに
トラブルも起こったり どうやって使っていいか分からない
インフラはすごく整って高速でバンバン行けるんだけれども
みんな免許を持ってないみたいな状況かなと思ったりもして
どう言ったらいいかという部分を欲しているから
こうやって多くの人に届いているところはあるんですかね 司会
いま本当に言葉のあふれている時代ですけれども どっちかというと
人と人とを分断する方向で使われる言葉も目立ちますよね
でも本来 言葉はそうじゃない 言葉を使ってどう人と関係を
築いていけるか ということが言葉の力だと思うんですね
言葉ってそもそも人と人とをつなげたり 関係を紡いでいくために
あると便利だなと思って人類は発明したと思うんですね そういう
そもそもの形で言葉をうまく使えるようになるっていうのは
本当 一生ものの財産だと思いますね
俵さんって言葉への興味がすごいと思うんですけど それは
どのタイミングからっていうのはあるんですか? 司会
小さいときから絵本を読むのは好きだったりしましたし
小学生時代のことで思い出すのはクラスにユウジくんっていう
男の子がいて その子がしくじったかな それでみんなが
大阪の小学校だったからはやしたてて「言うたろ言うたらあかんのに
あかんのに先生に言うたろ」ってはやしたてたんですよ
そのときに彼が「俺はユウタロウやない ユウジや!」って言って
みんなを黙らせてみんなドーッと笑ったんですよね あれ私の
小学校時代の思い出の中では結構ピカイチかもしれない
「ユウジすげえ」と思ったんですよ「俺はユウタロウやない ユウジや!」
って言ったそのアイデアでみんなを笑わせて何事もなく先生に
言いつけられることもなく すごいなと思っていまでも覚えている
言葉の力をまざまざと見た経験の原点にもしかしたらあるかも
すごい久し振りに思い出した いま
そんな言葉に対する俵さんのベースがある中で短歌と出会ったのが 司会
大学生ですね 自覚的に作り始めたのは 言葉にすごく興味があるから
何かしら言葉で表現する人になれたらいいなっていう興味は
あったんですけれども 大学に入って文学サークルとかそういうの
ちょっと見学したんですけれども もうすでに書きたいことがいっぱいある
すごい人が集ってて自分はとてもまだ何にも自分の中にそれがないなと
思ったんですね 私 壮大なストーリーを紡ぐとか全然できない
自分にちょっと劣等感を持っていたんです
そんな時短歌と出会い 初めて投稿した短歌
「手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のその時の愛」
短歌って「手紙1通受け取った」それが作品になるんだっていう
これやったら私もできるかも 出来たっていうことの喜びがすごくあってね
短歌っていうのはそういう日常のさまつなことも作品になるっていうのかな
それがすごく励まされたと思います
いまもその気持ちはずっと変わらず? 司会
その時代その時代の自分なりの言葉で紡ぐっていうのがすごく
大事だと思いますね 短歌ってその時の心をパッケージできるっていうか
その気持ちっていうのは例えばカメラを持っていても写真には
撮れないですよね でもその目に見えないものをとっておけるって
いうのが言葉であり短歌の良いところかと思いますね
「また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話したい」
「サラダ記念日」
40歳の時に息子を出産
「気配濃く秋は来たれりパンのことパンとわかってパンと呼ぶ朝」
「プーさんの鼻」
「手伝ってくれる息子がいることの幸せ包む餃子の時間」
「未来のサイズ」
身近にまっさらな状態で生まれた人間が日本語ペラペラになるっていう
そこの過程を見ていられるっていうのは本当に興味深かったですし
いろいろ気づかされることはありましたね「賞味期限が切れるから」
って言ってたら「えっ何が切れるの」って言われたり❝切れる❞って
いうのは比喩的な表現なんだな 意外と比喩的な表現って日常の中で
使ってる 時間がなくなるとか 水に流すとか 子どもがつまづくことで
再発見させられる楽しさもありましたし 言葉っておもしろいなって
いうのは改めて思いましたね 子育て中
お母さんになってからの俵さんは言葉への向き合い方って変わりましたか? 司会
子どもの歌は❝刺身で出せる❞っていうのが私の実感なんですね
恋の歌は若干 手を加え 盛りつけにこだわったり ソースを
かけたりしないと 人様に出せないんですけど 子どもの歌は目の前で
起こっていることがすごくワクワクするし 子どもの言葉そのものも
おもしろいですし どんどん切り取ってどんどん出していかないと
変化していって上書きされていっちゃうんですね だから
子どもの歌は刺身で出せるなっていうのが実感で そういう意味では
ずいぶんたくさん子どもの歌を詠ませてくれた存在ですね
「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」
「未来のサイズ」
6年間送り続けたハガキ
ハガキ毎日書いてて
毎日ってすごいですよね 司会
毎日ともいうけど1日に1枚とも言う
1日にたった1枚って思ってましたけど
それぐらいあふれてたってことですか? 司会
肩に力の入ったものじゃなくて やっぱりホームシックっていうのは
日常的に家族との会話がない寂しさだと思ったので その日常会話の
代わりっていう感じで 「おはよう」とか「だんだん暑くなってきたね」
とか そういうことを話す息子がいない その寂しさをこの形に
したっていう感じですね
きょうはサラダ記念日ということでメールが来たりSNSが盛り上がったり
宮崎歌会でひと言スピーチさせられたりいろいろでした そもそも
何でもない日ということで選んだ7月6日だったのに 結果として
まあまあ特別な日になっています
息子さんからのリアクションとかそういうのは? 司会
返事はそんなに来ないですけれども楽しみにしてるっていう感じでしたね
でも後にみんなで読んでたっていうことが分かるんですけどもね
高3ぐらいになるとさすがに「お母さんから毎日あいつハガキ来てるぜ」
とかって なんか恥ずかしくないのかなと思ったんですよね
そしたら「やめないで」って言うから だからうれしいと思ったら
「みんなも楽しみにしてるから」って 「みんな楽しみにして
なんか癒されるんだよね」とかって読んでたらしく
「あす会えるあした会えると思うとき子を産む前の夜を思い出す」
「未来のサイズ」
これを詠んだ当時のことは覚えていらっしゃいますか 司会
やっぱり結構私も寂しかったんですね あした息子が帰ってくると思うと
すごくワクワクして あしたこそ会えるんだっていうその夜のことですね
子どもを産むときに早く出ておいでよっていう歌を詠んだりして
子どもと早く会いたいなっていう気持ちだった 出産の前の日のことと
重なるような気がして詠んだ歌ですね
この「あす会える」の短歌の返歌を息子さんに詠んでいただきました
俵さんの息子さんは今や大学生
「ホームシックの終わりはこわい思い出す入寮の夜それからの夜」
韻 踏んでてちょっとうまいじゃないですか
「の」はないほうがいいんじゃない?
歌人・俵万智のほうが思いのほか強く出たな
この歌のどういう思いを込めたっていう解釈なんですけど
ホームシックという気持ちがなくなってしまうことが怖い
ずっと息子さんは感じていらっしゃって
ホームシックっていうのはさみしいという気持ちで
それほどホームシックを感じるほど思える人がいるって
いうのは大きいことだから その気持ちがなくなることが
悲しいですってそのを上の句に込めて 司会
これ寮の先生にも聞いたんですけれどもホームシックが特に重い
子どもにはちゃんと寮の先生が対応していろいろ相談に乗って
くれたりするらしいんですね 後で聞いたんですけどその先生が
「みんなそのうち忘れて楽になるから」「ホームシックで
退学した子はいないから大丈夫」って励ましたら 息子が
「いや 今これはつらいけど この気持ちは忘れたくありません」
って言った 初めて親と離れてこんなにさみしいって思う気持ちを
味わっている このことは大事にしたいって言ってっていうのは
後でそういえば聞きました じゃあ絶対「の」はいるね
それぞれの俵さんのフェーズでの言葉っていうのがあると
思うんですけど 母・俵万智としての言葉って何でしょう? 司会
子どもと自分をつないでくれるものっていう感覚はありますね
子どものおかげで自分も新たな言葉にたくさん出会いましたし
いまでは言葉について話す時間がすごく多いんですよ
「この❝を❞についてどう思う?」とか言って何時間も
しゃべっていられる感じで家庭の親子の関係をいまは
言葉が取り持ってくれているかもしれないですね
ホスト歌会
「ポッキーの箱に収まる100万の厚み見ている俺らの厚み」
各地飛びまわったり会いたい人に会ってっていう暮らしをされていて
そういう生き方ってどうしてできるのかな 司会
その唯一の共通点は「ことば」ですよ 新しい言葉とか
生き生きしている 言葉に出会える現場かなと 私アイドルとも
定期的に歌会「アイドル歌会」をしているので もうオタクの
人たちの言葉がおもしろくて
オタクの言葉ありますよね 「推ししか勝たん」とか 司会
「後方腕組み彼氏面」とか そうとしか言えないニュアンスを
みんなが工夫して生み出すというのは楽しいことだと思いますね
それで言うと結構 言葉って変わりゆくものじゃないですか
そうい言葉の変化に対してどう思われますか? 司会
言葉は変化するのが当然だと思いますね
だから正しい正しくないっていうのは
どんな言葉にも当てはまらないと思います
でもだいたい若い人たちから 生きのいいところから言葉って
どんどん変化していくから それを見て年配の方がちょっと
顔をしかめているっていうのも それが健全な姿かなと思うんですね
どんどん変化するっていうのは言葉が生きている証だと思うので
私は変化しているところを観察するのを楽しみにしています
これからも俵さんは言葉を紡ぎ続けると思うんですけど
俵さんにとって言葉というのはどういうものであり続けますか? 司会
ずっといい人生の相棒だというふうに思っています
言葉がそばにいてくれることで自分を支えてくれるのかなと
そばにいてくれる言葉が機嫌よくいられるように
自分も努めたいなと思いますね
言葉も乱暴に使ったり嫌なふうに使うと寂しそうに見えるんですよね
例えばなんでもない言葉でも短歌の中に使ってやるとすごく喜んで
見えるっていうこともあるし やっぱり常に一緒にいる相棒とは
機嫌のいい関係でいたいですよね
「傘だった言葉を閉じて歩くとき杖ともなりゆく空の下」
俵万智
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