2026年6月25日木曜日

篠原勝之&竹中半兵衛&タゴールの死生観

大山賢二容疑者を詠む

夏の草気持ち話せる人をらず

夏の雨誰も信じてくれもせず

話しても言葉通じず雲の峰

夏の川「しねん」と最後呟いて

メモした最後の言葉夏の家

 

■篠原勝之 人生漂えど沈まず

甲斐駒ヶ岳

山梨県北杜市武川

「風弦」(1994)風のオブジェ 

大武川 北杜市武川山高 山房「放屁庵」 

盧舎那池(るしゃないけ)東大寺貫主より茎根を譲り受けた

華厳唯心偈(けごんゆいしんげ)華厳経の世界観を表す経文

一即一切(ひとつが一切であり小は大である)

「ひかり繭」(2004) 「天外天風」(1993) 「風の樹」(1998) 「うつろう」(1996)

 

17歳の時 製鉄の町 室蘭から上京した

「骨風(こっぷう)」「戯れの魔王」自伝的小説

粘土をこねるのも焼くのも言葉を書くのも同じ

「蚕(かいこ)をひらう」小さな命の躍動感

 

生まれて間もなくしてジフテリアを患い、左耳の聴覚と嗅覚を失った

不機嫌な父の暴力におびえた日々だった 身体だけは無駄に大きかった 

いつも父の暴力から逃げることばかり考えていた 高校時代美術部に入部(1959)

17歳の時 家出して東京へ 赦すけど忘れねえ

自費出版した絵本「珍海魚」(1972)

状況劇場紅テント公演「風の又三郎」(1974)

 

Fluctuat nec mergitur(漂えど沈まず) ラテン語

掌の宇宙 小さな一個の茶碗を焼く

 

2015年泉鏡花賞受賞「骨風」

「今日は はればれ」(2015)母裕さんの最晩年を描いた作品

「悲しくなったら手を動かすんだよ」裕(ひろ)さんの言葉

「天気は晴々 今日ははればれ」裕さん肉筆のメモが残されていた

 

「蓮葬(おく)り」(2017) 死にゆく者の踊りに見えた≒ふんころがし

20年前サハラ砂漠で鉄のオブジェを制作した

砂漠の民はフンコロガシは天の川を感知するという

長い息を吐き終わると裕さんは旅だった

「大きな月が出た今宵 唯一持っている瀬戸黒茶碗で

 おっかさんに抹茶を点てて供えた。

 父親の死後、母さんは骨壺に入りきらなかった骨を

 新聞紙に挟んで木槌(きづち)で叩き砕いた。

 飛び出した骨風を唾をつけた指先で集めて舐めたが

 なんの味もしないと笑っていた。俺はおっかさんのかけらを

 口の含んでみた。口ちつがいつまでもじゃりじゃりして

砂嵐になっただけだった。おっかさんへの顕著で思い出した。

翌朝は4時半ごろに東の空が明るくなりだし大きく膨らんだ

白い蕾の先端が開き始めた。日の出と同じ速度だった。

1時間ばかり開くと徐々に閉じ始め昼前には蕾に戻ってしまった。

花びらの動きは美しい舞踏そのものだった。」

 

「ゆら水」(2009)

甲斐駒ヶ岳に柏手を送る

水の揺らぎがいい音なのよ みんな忘れちゃってるのよ

甲斐駒には龍神が棲んでいてオレを守ってくれる

よって出来上がった茶碗の銘は「龍神さま」

これからの人生も漂っていくだろうな

漂いながら軽薄なほどふわふわ浮いてるという沈まず

ふわふわ漂っているけど沈まねえってことだなあ

茶碗にまでそれが出て来ちゃった

あの窯で百個焼こうと思っている 百個焼けるかなあ

 

私感

焼いて欲しかった…。

くまさんの茶碗で点てたお抹茶を頂きたかった。

 

■竹中半兵衛 三木城攻めの際に逝去 豊臣秀吉の心境

秀吉限りなくかなしひ劉備孔明を失ひしに

竹中重門「豊鑑」より

 

■タゴールの生と死

アジア人初のノーベル文学賞を受賞したインドの詩人タゴールは、

死を忌避すべきものではなく、「生の完成」や「自然なサイクルの一部」として

捉える深い死生観を数多くの名言や詩に残しています。

 

代表的な死生観の名言

「生は夏の花のように美しく、死は秋の葉のように静かであれ」

『迷える鳥たち』より。

命ある限り鮮やかに精一杯生き、最期の時は逆らうことなく

自然に受け入れる美しさを表現しています。

 

「死は決して生を滅ぼすものではない。

ただ、私たちがこれまで見てきた光のベールを取り除くだけなのだ」

死は終わりではなく、姿を変えて永遠に続くものだ

というタゴールの思想を象徴する言葉です。

 

「死は生に属する、生誕がそうであるように。

歩みは足を上げることにある、足を下げることでもあるように」

誕生と死は対極のものではなく、一つの連続した

「命の営み」の一部であると説いています。

 

「死は生を最後に、完成させるもの」

死があるからこそ、今この瞬間をどう生きるか、

そして命そのものが美しい形にまとまるのだという深い洞察です。

0 件のコメント:

コメントを投稿