2026年6月9日火曜日

あの人に会いたい 尾崎将司&松尾芭蕉

半袖でペダル踏み込むお兄ちゃん

山風や陽射しは夏へ変わりけり

肩の凝り歯槽膿漏疼く夏

夏陽射しちりちり焦がす背と腕と

万緑へ向かい打ち込むクラブかな

 

■あの人に会いたい 尾崎将司(プロゴルファー)

2025(令和7)年 78歳没

 

俺の場合は勝つっていうことに対しての執念

人に負けるっていうことは嫌だから

ただ勝ちたいっていう願望だけではなく

勝つためではなくどうしなければいけないかということをね

自分でやって それをものにして初めて

難しいコンディションの中で それ(実力)が発揮できるわけだから

 

もう わんぱく ガキ大将そのものですね

そのころから野球ということに関しては非常に興味を持って

遊ぶ時間の中には野球は随分あったよね

 

そんなに楽しかったなという印象はない

結局マイペースっていうのかな

形の中に入れられて いろんなことを

指示されて動くのが あまり好きではなかった

 

1964年センバツ高校野球で優勝

1965Pro野球 西鉄に入団

 

自分で差を感じれば感じるほど もっと自分を生かせるものが

ないのかなっていうような ゴルフというものに出会って

「あっこれだ!これは自分のすべてを生かせるものである」と

僕が練習場で打っていて そこの支配人とかいろいろな人が

僕の飛距離を見て「すごい!」と

 

23歳でプロ入り

翌年1971年 日本ゴルフ選手権で初優勝

30歳を過ぎた頃

自分の(身体)能力だけでやってきて それなりの答えが出てきた

そうするとどうしても慢心が出てくる なんで慢心が

出て来たかというのは 俺は子供の時から 練習嫌いだったわけだよ

練習せずにうまくいく方法を自分でいつも考えるタイプだったわけ

プロ野球選手 そういうような❝貯金❞でね バーンといけた

そういうことは全く忘れて俺はゴルフに合っているわけだから

ゴルフをいちから積み重ねていこう ただ それだけだよ

 

ハゴミントン

 

自分で考えた時に これはもう1回 神様が僕にチャンスを

くれているんだな あと23年遅くね そういう時期(スランプ)

きたら 僕は立ち直れなかったと思うんです 

 

1982年 関東オープンゴルフ選手権 で復帰の兆し 19カ月ぶりの優勝。

 

やっぱり世界というものに対しての期待 自分も期待しているし

結果を出さなければいけないと 世界のひのき舞台で頑張っている姿を見て

応援してください

 

1995(平成7)年 全米オープン選手権

首位と2打差で迎えた8番ホールでした

結局順位を落とし32位に後退 海外メジャー制覇の夢が消えました

 

感覚のずれが原因と尾崎は分析

 

自分の頭から指令されたものが 指先に伝わってそのまま

動いていかなければいけない これがだんだん ずれてくる

これは本当 事実 このギャップっていうのは 大変な辛さがある

 

今までのスタイルに近いもので いかにうまくストロークできるか

もう研究ばっかりだよ 嫌になるぐらいね だから夜寝られない

 

1996年 通算100勝を達成

 

僕はプロになって第1回目にここで優勝した そういう節目でこういうこと

(100)を成し遂げるということは 運命的なことを感じるしね 

本当にありがたい事です

 

中島常幸 青井功 と「AON」として一時代を築く

 

2018(平成30)年 ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー設立

63歳の時にはゴルフの世界殿堂入り

 

俺みたいなタイプは一生現役 どうこうできるような

そういう器用な人間じゃない 選ばれた人間というのは

自分が選ばれた道を全うするしかない それは自分ですごくわかる

 

■田一枚植えて立ち去る柳かな   松尾芭蕉

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