サーディンラン産卵ですか?集まらん
サーディンラン探す人をり冬の漁
サーディンラン海は真夜中冬の陽よ
(長元坊)繰り返す雌へのお辞儀冬の景
(長元坊)精霊の飛行を披露冬の雲
■所さん!事件ですよ
日野佐和子 特任准教授
50種類のサプリはとり過ぎ
サプリの中には添加物などが入っているものも
筋トレもやり過ぎると遺伝子年齢 体内年齢が老化する
有酸素運動が一番いいのですが
ウォーキングで少し負荷をかけるぐらいがいい
■新美の巨人たち ゴッホの名作に会いに行く
オランダは数多の星のごとく天才画家を生み出した
画家の王国 クレラー・ミュラー美術館
Vincent Van Gogh
大ゴッホ展 夜のカフェテラス 神戸市立博物館
1853年 ズンデルトの牧師の家に生まれる
画商 伝道師 をするも長続きせず
ゴッホが絵を描くきっかけになったのが
27歳の時に一生懸命働いている人たちの姿に感動して
それを何とか絵に描き留めることはできないだろうかと
言うことを思いつく
フランス・パリで画商として成功していた
弟テオ・ファン・ゴッホを頼る
日本は芸術家が住むにふさわしい理想郷だと考える
日本に匹敵するような場所というのはどこかないだろうかと
それがあるとしたらフランスの南の方 地中海の方だろうと
1888年2月 アルルに向かう 現在は世界遺産の街として知られる
ここでPaul・Gauguin(1848~1903)と共に生活を始める
「ぼくには、夜のほうが昼間よりもはるかに生き生きと
色彩豊かに見えることがたびたびある」(弟テオ宛)
「深い青色の空には、普通の青よりも深い青、濃いコバルトブルー、
天の川のように青白い明るい青の雲が、まだら模様を描いていた」
「青を背景に、緑、黄、白、バラ色の星たちが、ぼくたちの故郷より、
さらにはパリよりも明るくまばたいていた」(弟テオ宛)
「ファンゴッホの手紙Ⅰ・Ⅱ」
夜空の下に幸せ
1888年9月カフェを描き始めた
クレラー・ミュラー美術館 学芸員 レンスケ・コーエン・テルヴァート
ウジェーヌドラクロア(1798~1863)から大きな影響を受けている。
色彩の対比を使って表現している。補色の理論
赤 青 黄 青の補色は赤と黄を混ぜたもの 赤の補色は黄と青を混ぜた緑
黄の補色は赤と青を混ぜた紫
夜のカフェテラスでも補色 黄色⇔青紫 オレンジ⇔青 が使われている
この夜のカフェテラスを描く3年前にある小説がベストセラーになりました
「ベラミ」(1885年初版)キ・ド・モーパッサン(1850~1893)
「ベラミ 愛を弄ぶ男」(イギリス/2012年製作)
「目抜き通りのカフェは軒並み人でいっぱいで、舗道にははみ出し、
店頭のどぎつい眩い照明の下に、飲み物を求める大勢の客を晒している」
モーパッサン「ベラミ」中村桂子訳(角川書店/KADOKAWA)
ゴッホはこの小説を描いていた1887年石膏像のある静物
ゴッホはベラミの大変なファンでありまして 主人公もゴッホも
同じようにお金がない貧乏な青年として出てくるんですけれども
こういうカフェで食事をしている人たちが非常にねたましい
いつか自分は大金持ちになって こういうところで遊びまくってやる
という野望を抱くようになっていく
それが「夜のカフェテラス」につながっていく
カフェというのは身を持ち崩し、正気を失い
罪を犯す場所だと言う事を表現してみようとした
「ファンゴッホの手紙Ⅰ・Ⅱ」
青い星空に「新発見」
神戸市立博物館 学芸員 塚原晃
ゴッホの時代のカフェとかレストランという場所は
今日の我々が考えるような場所ではないんですね
風俗営業の現場でもあるんです 男と女のいかがわしい社交場
(ゴッホの考えでは)
星空が人間に対していろんなことを教えてくれるんです
君たち人間は非常に孤独な存在だから 自分の事を愛してくれる
家族 子どもたちをいっぱい作りなさいと言う事を教え諭す存在
これが青空 カフェ=俗 星空=聖
天文学者 谷口義明
1888年の9月の星空をゴッホは忠実に描いていた
宗教=星空なので星空を描いて祈りを込めるような
何か深い思いがあってそれがこういう絵に変わっていった
1888年ローヌ川の星月夜(オルセー美術館蔵)北斗七星に願いを込め
1890年夜のプロバンスの田舎道 月・金星・水星正しい位置に
1889年星月夜(ニューヨーク近代美術館蔵)
夜空を忠実の描くことが大切だったんです
ゴッホにとって人生を切り拓く希望の印だったから
1890年37歳で死去
もう一つのメッセージ
客に給仕する白衣のウェイターが
まるで十字架を背負っているように描かれているのです
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