烏の巣使って子育てちごはやぶさ
秋の空とうせんぼせりちごはやぶさ
また増えた歯抜けとなった吊るし柿
希(こひねが)ふ怏々不楽(おうおうふらく)秋の夜を
(寂聴)月の暈希くは(こひねがわくは)堕(お)としても
■知恵泉 家康を支え世界で活躍した豪商 茶屋四郎次郎
中村伊知哉 三田寛子 藤田達生
元和2年(1616) 徳川家康死す(享年75)
家康は健康オタクだった
あるものの食べて体調を崩し亡くなった それは鯛の天ぷらだった
その料理を勧めたのは茶屋四郎次郎
京都の呉服商人でありながら武器や資材を調達
京都諸御用向隠密 御用等仰せつけられ相勤め奉り候
家康より茶屋の四郎次郎使わして禁裏へ
邸宅 扶持米を与えられ 名字帯刀を許されていた
茶屋四郎次郎の存在なくして家康の天下はなかった
本当の名字は「中嶋」
13代将軍 足利義輝が遊びに来ていた
「京の三長者」~金持ちベストスリー~ 茶屋家 角倉家 後藤家
政商と呼ばれる人でした
信頼を勝ち取った 初代・茶屋四郎次郎 本名 中嶋清延
知恵その一
ピンチはチャンス!危機に直面した時の行動から真の信頼が生まれる!
家康は橘の紋を授けてその功に報いた
生涯艱難(かんなん)の第一 伸君伊賀越え 天正10年(1582)6月2日
本能寺の変 家康は天下の激震を茶屋四郎次郎のおかげでいち早く知る
同行していた穴山梅雪は伊賀越えの入口宇治田原で死亡したといわれる
茶屋四郎次郎は秘策を用意していた 野武士を金・銀で買収
時間とお金が勝負を決める
日本橋や銀座は水路が利用できる低地にある
武士が住む麹町は高台にある守りやすい
三代目 茶屋四郎次郎 大航海時代をひらく
慶長8年(1603) 1万人が海外へ居住
その時代をひらいたのが 三代目 茶屋四郎次郎
徳川家康は征夷大将軍となっていた 大御所 最高権力者として君臨
その徳川家康が力を入れていたのが貿易
豊臣家との最終決戦に備え貯蓄をしていた時だった
ポルトガルから貿易の主導権を取り戻すよう
茶屋四郎次郎にミッションを化した
知恵その二
国の繁栄を優先せよ 自らの利益は後からついてくる
Missiion1クリア 糸割符(いとわっぷ) 茶屋四郎次郎
Mission2 中国の商人から生糸を買う方法を考えよ
出会い貿易 当時の人はFrontierSpiritに溢れていた
海外に新たな夢を抱いて出て行った人たちがたくさんいた
Mission3 ベトナムからは伽羅 国際情勢に精通
Mission4 金寺院崇伝 外国への手紙 幕府の外交にも関与することに
信頼関係がないと円滑に事が運ばない
世界の情報が入ってきたことで高い見地で物事を見るようになる
意識の変革があった
茶屋四郎次郎は最先端で考え 発信でき お金も出し 技術も出せた
今の政治家と違うところは税金ではなく自分の金でやってのけた
利他
最近の若年層は社会課題を解決したい
目の前の困っている人を助けたい から起業したい お金が欲しい
これこそが長続きする秘訣でもあり 全体に拡大していくこととなる
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