(小野正嗣氏)春の空心遣いのできる人
旗を振るモネの万博風光る
(モネ)朧めく光求めて移り住む
春景や考えしこと筆に込め
夕霞泊まることなき高級ホテル
■あちこちオードリー より 小説家の反省ノート
西加奈子
・自分自身がベタなのにベタを避けていたなあ
・思考の方が身体より強いと思っていたけれどそうじゃなかったなぁ
朝井リョウ
・❝人の目を気にするな❞の意味わかってなかったなあ
・作家同士が互いに書き合っている推薦コメントは❝慣れ合い❞と
見なしていたけれど その眼差しが今の自分を縛っているなぁ
■岡本太郎の言葉 芸術の三原則
著書『今日の芸術』(1954年)
「うまくあってはいけない、
きれいであってはいけない、
ここちよくあってはならない」
上手さや美しさ、心地よさを超え、爆発するような激しい表現で
人間の生を問いかけることこそが真の芸術であると主張しました。
1. うまくあってはいけない
技術的な巧みさや器用さ(「うまく」)に逃げると、
芸術の本質である情熱が失われる。
下手でもいい、未熟でもいいから、魂をぶつけるべき。
2. きれいであってはならない
表面的な美しさ(「きれい」)は、
見る人を惹きつけるが、それは安易な妥協。
醜悪さや強烈な違和感こそが、見る人の心にインパクトを与える。
3. ここちよくあってはならない
鑑賞者を癒やしたり心地よくさせたりする(「ここちよく」)のは、
芸術の役目ではない。
むしろ、心を揺さぶり、生きる姿勢を問いかけるような、
厳しい表現であるべき。
この三原則は、既存の芸術の常識を否定し、
芸術家自身が「逃げない」という姿勢を貫くための根本原理です。
■日美50「私の出会ったダリ 岸惠子」
カダケス ダリの家 ガラ婦人
国立美術館ソフィア王妃芸術センター
ピカソ「ゲルニカ」 ミロ ダリ「ヒトラーの謎」(1937)
ダリ21歳「窓辺の人物」(1925)
ガルシア・ロルカ(1898-1936)と親交を深める
1926年初めてパリを訪れる ピカソやブルトンと出会う
1920年ころ シュルレアリスムを展開
エルンスト「夜明け」 キリコに影響を受ける
ダリ「セックス・アッピールの亡霊」(1932)
「燃えるキリン」(1936-37)
3年に渡って内戦が続くバルセロナ フランコ将軍
「内乱の予感」(1936)内乱の6か月前に描く
「ゆでた隠元豆のある柔らかい構造」
「果てしない謎」(1938)だまし絵 隠し絵 怪し絵
フィゲラス(スペイン) ダリ劇場美術館
ガウディを尊敬していた
「焼いたベーコンのある柔らかい自画像」(1941)
「ガラリーナ」(1945)1929年25歳のダリが初めて出会った時は
ポール・エリュアールの婦人だった ひと目で恋に落ちたダリ
周囲の反対を押し切り結婚 カダケスに白い宮殿を建築
1982年ガラが世を去るまで彼女は守護伸・霊感の源としてダリに
豊かな想像の息吹を吹き込むこととなりました
「レダ・アトミカ」(1949)
ガラの手はセクシーで官能的でだけど力強い感じだった 岸
イブ・モンタンとダリは同じ女性像
(芸術のインスピレーションの源となる)を共有していた 岸
1940年ダリとガラはアメリカに移住
ニューヨーク近代美術館
「照らし出された快楽」(1929)ダリ25歳の時の作品
「記憶の固執」(1931)
「大自涜者」(1929)
カダケスにダリのルーツがある 岸
芸術家は影響を受ける土地である 岸
岸恵子女史のお嬢さまはカダケスは心の故郷だとか
どこの家からも海が見えるような家を建てる
後ろの家の展望を塞がない みんなの約束事
繊細さと野性的なところがまじりあっている
ただの避暑地とか漁村ではない 独特の魅力がある
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