全て捨て春に向き合う本質と
春の暮いかに生きるか生きたかが
風光る極限までを捨ててこそ
本質の行きつく先の春の陽よ
春の山道具造りは竹探し
■100分de 名著 ウィトゲンシュタイン❝論考❞❝探求❞②言葉はゲーム?
古田徹也 伊集院光 阿部みちこ
ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」「哲学探究」
読者は梯子をのぼりきったら、それを投げ棄てなければならない。
世界と言語の関係
私の諸命題は、私を理解する人が それらを通り、それらの上に立ち、
それらを乗り越えて、最後に、それらが無意味であることを
悟ることによって、解明の役割を果たす。
(言うなれば、読者は梯子をのぼりきったら、それを投げ棄てなければならない。)
読者は私の諸命題を葬り去らねばならない。
そのとき、読者は世界を正しく見るだろう。
語りえないことについては、沈黙しなければならない。
「論理哲学論考」
「世界が存在することについては語りえない。」
「論考」の命題も命題もどきと理解しなくてはならない
「そこ(部屋の中)からだと、外でどんな嵐が吹き荒れているか分からないし
嵐の中で通行人はただ必死に立っているだけかもしれない、
ということが分からないんだよ」
ヘルミーネ・ウィトゲンシュタイン「我が弟ルートウィヒ」
小学校教師として写真が残っていた
好奇心を刺激する授業だった
小学校の授業を受けたことの無い彼にとっては大変な経験だった
「哲学探究」
「意味」という言葉が使用される おおよそのケースで、
人はこの言葉について、〈言葉の意味とは、言葉内の使われ方である〉
というふうに説明することができる。
「机の上にリンゴがある」
言葉の意味とはその使われ方である
言語ゲーム Sprachspiel
⇩ ⇩
言語 ゲーム・遊び・演技
「言語ゲーム」という言葉は、ここでは、
言語を話すということが活動の一部分
―または、生活形式の一部分―であることを際立たせるべきものだ。
前期と後期ウィトゲンシュタインの違い
言葉の意味というのは「現実の生活」でどう使われているかが大事
言語活動はゲームのように多種多様だ
家族的類似性 緩やかな結びつき
ゲームも言葉も本質はなくても全体として一つのまとまりを成している
ひとつの言語を想像することは、ひとつの生活形式を想像する事である。
文を理解するとは、言語を理解する事である。
言語を理解するとは、技術に通じるという事である。
定義によらずに理解する
家族的類似性は本質主義に揺さぶりをかける
2020年M-1グランプリで優勝した
マヂカルラブリーの決勝ネタが漫才かどうか議論に
定義を求めると毀れる 定義を作ろうとするとそこから離れていく
曖昧な結びつきによって成り立っている
言葉は、生活の流れのなかではじめて意味をもつ。
「ラスト・ライティングス」第1巻
言語を理解するとは、技術に通じることである。
「哲学探究」第1部
技術=生活の術
■ウィリアム・シェイクスピアは1564年4月23日、
イングランド中部のストラトフォー・アポン・エイヴォンに生まれ、
52 年後1616年4月23日に感染症で亡くなったそうです。
坂本龍馬の誕生日は天保6年11月15日(1836年1月3日)とされ、
命日は慶応3年11月15日(1867年12月10日)。
二人とも誕生日と命日が一緒だったんですね。
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