窓際の頁をめくる春の風
春あした心ある人あらぬ人
木屋平最後の一人卒業す
卒業式閉校となる椿泊(つばきどまり)
好奇心未知体験や春の空
■あの人に会いたい 仲代達也
1932-2025(令和7)年 92歳没
人間を見つめる目 いろんな役を演じますけれども
その人間の持っている 人間を見つめる目っていうのが演技の基本
その当時は就職難 大学を出ても就職難の時期だった
学歴なしでどうにかこれから食べていかなきゃいけないということで
何かなと思って ボクサーか俳優かというふうに決めた
やっぱり殴られるのが もうたまらなく嫌なんですよね
弱虫なんでしょう それで俳優の道を選んだんですけれども
本当に人見知りですから これじゃいけないと思ったんですね 僕は
それである日 突如として京王線でね
「実は私は将来俳優になろうと思って
俳優座の学校に通っているんですけれども」
「詩をちょっと語りますから 聴いてください」
人前で恥ずかしくないような訓練ですね この山を越えないと
俳優になれないぞ というような気持ちがあったんでしょうね
「七人の侍」黒澤明監督
誰がいちばん初めに歩くかというんで「はい君」と僕を指名…
でも刀を差したことがないですしね かつらも初めてですしね
まず「よーいスタート!」とリハーサルが始まったら
「なんだお前は?」ってこう「あれは誰だ」っていうわけです
それで「俳優座の養成所の研究生だ」「なんだ俳優座の養成所は
歩き方も教えないのか!」というんで それから何十ぺんも歩くんですよ
ご飯も食べずに教わって夕方です やっとどうにかOKが出たのは
それで俳優の歩き方というものがどんなに大切なものか
というのを 身をもって体験しました
「影武者」では武田信玄と影武者に仕立て上げられる泥棒の二役を演じた
1980年 カンヌ国際映画祭 パルムドール(最高賞)受賞
42歳の時 妻の宮崎恭子と「無名塾」を立ち上げる
役者は生涯修行 若い俳優を指導
青春の回帰といいますか もう一度こういう若い人たちと
触発し合って常に青春でありたい
素晴しい俳優になるためには 人間としての生き方っていうのも
ひとつ問題だと思うんですよ やっぱり❝他人❞になるわけですから
役者っていうのは だから他を観察して そこに自分があるんだという
考え方を みんなに持ってもらいたい
12歳の時の山の手空襲(1945年5月)の壮絶な体験
この辺ババババーンと鉄砲で飛行機から撃たれる
そうしたら小さなこのぐらいの女の子が1人そこへたたずんでいる
これはどうにかしないと やられるっていうんで 手を引っ張って
こっちへ 自分の方へ 一緒に走って逃げようとしたら 急に
手が軽くなったら 腕を一本持っていたんですよね 恐怖のあまり
その腕をポーンと投げちゃった それがまあ後年まで 悔いとして
どうしてその腕を 墓に埋めてやらなかったのかと
本読み稽古(無名塾)
「銃殺だよ」ってなんかね 弱いんだ 大きな声を出すって
いうんじゃなくて 粘りっていうのが大体基本的に台詞の中にあって
小さくてもグンと腹に入れて粘っていけば 己の敵は己だからね
己と闘ってください
能登演劇堂 舞台「肝っ玉おっ母と子供たち」無名塾(2017年)
「国を守るために」って言いだすと 戦争になるわけで
そうならない状況を 本当に微力である俳優ではありますけれども
それを訴え続けて 平和を訴え続けて
基本には人間 人間の生きざま
クエスチョンマーク 分からないんですよ
人間とは分からないから 人間追及を
役者という商売をやっているわけで
人間を描かないと やっぱりつまらない
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