2026年8月28日金曜日

こころの時代 宮沢賢治③

堺雅人かトム・ハンクスか秋高し

ご近所に救急車来し残暑かな

酷暑日を忙(せわ)しく駆ける救急車

頭痛と眠気足が攣る熱中症?

熱中症❓まさか私が❓そのまさか❓

 

■こころの時代 宮沢賢治③「ほんたうのたべもの」としての童話

「注文の多い料理店 序」

これらのわたくしのおはなしは、

みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。

ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、

十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、

もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。

ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、

わたくしはそのとおり書いたまでです。」

 

「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、

おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、

どんなにねがふかわかりません。」

 

「兄のトランク」宮澤清六

中学生の私が、花巻駅に迎いに出たとき、まず兄の元気な顔に安心し、

それからそのトランクの大きなことに驚いた。

その年の正月にあには、念仏とお題目のことについて、

父と激しく話し合った後で、いきなり東京へ逃げたのだ。

童話もうんと書いたと言う。

一カ月に三千枚も書いたときには、原稿用紙から字が飛び出して、

そこらあたりを飛び回ったもんだと話したこともある程だから、

七カ月もそんなことをしている中には、原稿も随分増えたに相違ない。

「童児こさえる代りに書いたのだもや」などと言いながら、

兄はそれをみんなに読んでくれたのだった。

蜘蛛やなめくじ、狸やねずみ、山男や風の又三郎の話は、私共を

喜ばせたし、なんという不思議なことばかりする兄だと思ったのだ。

 

「注文の多い料理店 序」

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、

きれいにすきとほつた風をたべ、

桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。

またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、

いちばんすばらしいびろうどや羅紗らしやや、宝石いりのきものに、

かはつてゐるのをたびたび見ました。

わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。

これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、

虹にじや月あかりからもらつてきたのです。

ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、

十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、

もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。

ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうで

しかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。

ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、

ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、

そのみわけがよくつきません。

なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、

そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。

けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、

おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、

どんなにねがふかわかりません。

大正十二年十二月二十日 宮沢賢治

 

どんぐりと山猫

こんなのです。字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくくらゐでした。

けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。

はがきをそつと学校のかばんにしまつて、うちぢゆうとんだりはねたりしました。

一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるやうな、音をきゝました。

びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あつちにもこつちにも、

黄金いろの円いものが、ぴかぴかひかつてゐるのでした。

よくみると、もんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、

もうその数ときたら、三百も利かないやうでした。

わあわあわあわあみんななにか云つてゐるのです。

「裁判ももう今日で三日目だぞ、いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」

山ねこがすこし心配さうに、それでもむりに威張って言ひますと、

どんぐりどもは口々に叫びました。

「いえいえ、だめです、なんといつたつて頭のとがつているのがいちばん

えらいんです。そしてわたしがいちばんとがつています。」

「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。

いちばんまるいのはわたしです。」

「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。

わたしがいちばんおおきいからわたしがえらいんだよ。」

「さうでないよ。わたしのはうがよほど大きいと、

きのふも判事さんがおつしやつたぢやないか。」

「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」

「押しつこのえらいひとだよ。押しつこをしてきめるんだよ。」

もうみんな、がやがやがやがや言つて、なにがなんだか、まるで蜂の巣を

つゝついたやうで、わけがわからなくなりました。

そこでやまねこがさけびました。

「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」

どんぐりはみんなしづまりました。山猫が一郎にそつと申しました。

「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」

一郎はわらつてこたへました。

「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、

めちやくちうやで、まるでなつていないやうなのが、いちばんえらいとね。

ぼくお説教できいたんです。」

山猫はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取つて、

繻子のきものの胸を開いて、黄いろの陣羽織をちよつと出しで

どんぐりどもに申しわたしました。

「よろしい。しづかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばん

えらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、

あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」

どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、

堅まつてしまひました。

 

「よだか」

よだかは、実にみにくい鳥です。

顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、

くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。

足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。

ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、

いやになってしまうという工合でした。

「まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。」

「ね、まあ、あのくちのおおきいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」

こんな調子です。よだかは、じつと目をつぶって考へました。

(一たい僕は、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。

僕の顔は、味噌をつけたようで、口は裂けてるからなあ。

それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。

赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。

そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでも

とりかえすように僕からひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。)

よだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、

まるで矢のようにそらをよこぎりました。

小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉にはいりました。

また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はいりました。

そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。

よだかはそれを無理にのみこんでしまいましたが、その時、

急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。

泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。

(ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。

そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。

それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。

僕はもう虫をたべないで餓うえて死のう。

いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。

いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)

よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉ぢて、地に落ちて行きました。

そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、

よだかは俄にのろしのようにそらへとびあがりました。

それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。

夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。

寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。

よだかははねがすっかりしびれてしまいました。

そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。

さうです。これがよだかの最後でした。

もうよだかは落ちてゐるのか、のぼってゐるのか、さかさになってゐるのか、

上を向いてゐるのかも、わかりませんでした。

ただこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、

横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居りました。

それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。

そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、

しずかに燃えているのを見ました。

そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。

今でもまだ燃えています。

 

「兄のトランク」宮澤清六

賢治は童話や詩を子供たちによんできかせるのが好きであった。

私がまだ小学校に入らないころにも、兄は自分で絵をかきながら、

昔話などを聞かせてくれたものだ。

私は兄から童話「蜘蛛となめくぢと狸」と「双子の星」を読んで

聞かせられたことをその口調までもはっきりおぼえている。

処女作の童話を、まっさきに私ども家族に読んできかせた得意さは

去っするに余りあるもので、赤黒く日焼けした顔を輝かし、

目をきらきらさせながら、これからの人生にどんな素晴らしいことが

待っているかを予期していたような当時の兄が見えるようである。

 

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