2026年8月13日木曜日

100分de名著 親鸞❝教行信証❞④

今朝も命が繋がっている秋の風

秋の陽や耳傾けり鳥の声

汗たらりどこへ行くにも秋の声

盆の月零れる涙拭きもせず

「おあいこ」とお隣さんと秋の雲

 

100de名著 親鸞❝教行信証❞④誰一人取りこぼさない救済原理

釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ

 

出家のものも在家のものもこの教えを仰いで信じ敬うべきである

 

念仏を非難中傷した人たちが救われますように 「教行信証」

そんな思いで念仏をしましょう

 

「教行信証」の構成

   真仏土巻 阿弥陀仏如来と真実の浄土について

   化身土巻 前半は「仮()の教え」

後半は儒教・道教など仏教以外の宗教についての話

 

今回のキーワードは救済

摂取不捨:阿弥陀仏は決して見捨てることなく救い取ること

仏教という体系の中で阿弥陀仏は「決して捨てない」という原理の象徴

 

(現代語訳)

第十二願は、「無量寿経」に次のように説かれている。

「わたしが仏になったとき、光明に限りがあって、数限りない

仏がたの国々を照らさないようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

また第十三願は、次のように説かれている(無量寿経)

「わたしが仏になったとき、寿命に限りがあって、はかり知れない

遠い未来にでも尽きることがあるようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

 

第十二願 第十三願 阿弥陀仏は無限の光と命のはたらき

                空間⇧  ⇧時間

阿弥陀仏は時間も空間も超越

真実の浄土 天 人 修羅 畜生 餓鬼 地獄の中で生き生まれ変わる

最も清浄な世界 天

解脱への道 出家 涅槃(に辿り着くと二度と生まれ変わることはない)

生の本質は苦しみである(一切皆苦)

浄土の道 浄土 涅槃と浄土は第三領域

天は悟りが開けない人が行くところ 悟りを開いた人は涅槃に行く

両方にかかるような誰もがいける世界としての浄土

 

親鸞は浄土からこの世に菩薩として戻り人を救うと説いた(還相回向げんそうえこう)

無住処涅槃:生死の世界にとどまることなく涅槃の世界にも入らない状態

 

化身土(けしんど):人々を真の浄土に導くための「方便」としての仮の浄土

方便とは

ウパーヤ(サンスクリット語):近づく・到達する

到達する方向に向かったの中間点

 

あの街角まで、あの電柱まで(1977) 

マラソン選手の君原健二は出演した青少年自殺防止キャンペーンCM

 

最終的にはすべての人を真の浄土へと導くための中間地点

自らの仏道を振り返る親鸞 

三願転入の文(さんがんてんにゅうのもん)

三願とは?

修行や善を実践して往生する 要門(第十九願)

自力の念仏による功徳で往生する 真門(第二十願)

他力の念仏によって往生する 弘願(ぐがん)(第十八願)

 

(現代語訳)

このようなわけで、愚禿釈(ぐとくしゃく)の親鸞は、龍樹菩薩や天親菩薩の

解釈を仰ぎ、曇鸞大師や善導大師などの祖師方の導きにより、

久しく、さまざまな行や善を修める方便の要門を出て、

永く、双樹林下往生から離れ去り、自力念仏を修める方弁の真門に入って、

ひとすじに難思往生を願う心をおこした。

しかしいまや、その方便の真門からも出て、

選択本願の大海に入ることができた。

速やかに難思往生を願う自力の心を離れ、

難思議往生を遂げようとするのである。

必ず本願他力の真実に入られようと第二十願を

おたてになったのは、まことに意味深いことである。

ここに久しく、本願海に入ることができ、深く仏の恩を知ることができた。

この尊い恩徳に報いるために、真実の教えのかなめとなる文を集め、

常に不可思議な功徳に満ちた名号を称え、いよいよこれを喜び、

つつしんでいただくのである。

 

三願転入の文       親鸞の人生

方便の要門(第十九願)   比叡山において20年修行

方便の真門(第二十願)   常行三昧などの念仏の実践も行う

選択本願の大海(第十八願) 法然との出会いで他力本願の道へと転入

 

迷いながらも他力の道へと導かれる

摂取不捨

「偽の教え」:仏教以外の宗教や神道・儒教・占いなど

仏教を信じる者は「偽の教え」に惑わされてはいけない

当時の仏教が他の教えと混交していたことへの批判

 

(現代語訳)

「涅槃業」には、〈仏に帰依するものは、最後まで仏教以外の

さまざまな神々に帰依することがあってはならない〉と説かれている。

また、〈仏に帰依するものは、決して地獄や餓鬼や畜生の世界に

落ちることがない〉と説かれている。(中略)

だから経典には〈永久に仏教以外のさまざまな教えに

帰依することがない〉と説かれている。

 

三帰依:仏・法(仏が説いた教え)・僧

純粋に仏教の教えに帰依する

法然:専修念仏を説いて批判された親鸞の師

 

富山の薬売り:江戸時代の富山藩で始まった全国を巡回し

       家庭に薬を配置する行商人・販売方式

浄土真宗の門徒が生み出した商業倫理

真摯に日常を生きる方向に発達

 

後序:「化身土巻」の末尾に添えられた600字程度の短い文章

法然や「専修念仏」の人々を迫害した当時の仏教界や朝廷への批判も表明

 

(現代語訳)

わたしなりに考えてみると、聖道門のそれぞれの教えは、

行を修めさとりを開くことがすたれて久しく、

浄土真実の教えは、さとりを開く道として今盛んである。

しかし諸寺の僧侶たちは、教えに暗く、何が真実で

何が方便であるかを知らない。(中略)

このようなわけで、興福寺の学僧たちは、後鳥羽上皇・土御門天皇の時代、

承元元年二月上旬、朝廷に専修念仏の禁止を訴えたのである。

天皇も臣下のものも、法に背き道理に外れ、怒りと怨みの心を抱いた。

そこで浄土真実の一宗を興された祖師源空聖人をはじめ、

その門下の数人について、罪の内容を問うことなく、不当にも死罪に処し、

あるいは僧侶の身分を奪って俗名を与え、遠く離れた土地に流罪に処した。

私もその一人である。だから、もはや僧侶でもなく俗人でもない。(中略)

「安楽集」にいわれている。「真実の言葉を集めて往生の助けにしよう。

なぜなら、前に生まれるものは後のものを導き、後に生まれるものは

前のもののあとを尋ね、果てしなくつらなって

途切れることのないようにしたいからである。

それは、数限りない迷いの人々が残らず救われるためである」

このようなわけであるまら、末法の時代に生きる出家のものも

在家のものも、この教えを仰いで、信じ敬うべきである。よく知るがよい

 

主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ。

これに因りて、真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、

罪科を考えず、みだりがわしく死罪に坐す。

あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。

しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆゑに禿の字を以て姓とす。

 

「後序」に込められた抗議

法然の主著「選択集」の書写を許されたことを書いている

その題字を法然自ら書いてくれた 喜びも記されている

 

念仏に御心にいれてつねに申して、念仏そしらん人びと此世、

後の世までの事を祈りあはせたまふべく候

念仏を心に入れて常に称えて、他力念仏のことを非難・中傷する人の

現世・来世をいのってください

 

よくよく念仏謗らん人をたすかれと思召して

念仏しあはせたまふべく候

念仏を非難・中傷する人が救われますようにと思って念仏してください

坂東法恩寺の性信に宛てた手紙

 

立場の異なる人への思い

 

心を解きほぐす仏の教え

 

「新型コロナウイルスの3つの顔」

   病気(ウイルスそのもの) ②不安と恐れ ③差別と偏見

 

我々は不安・恐れがあると心が委縮

見えない世界に心を伸ばす取り組みは我々にとって大切だと痛感

大きな仏の願いを通して自分を見つめると生き方も変わる

 

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