2026年7月17日金曜日

100分de名著 親鸞❝教行信証❞①

夏の朝死すまでずっと茹でこぼし

暑き日よテンション下がる茹でこぼし

汗拭い野菜も肉も茹でこぼし

夏の霧言われるがまま茹でこぼし

夏の夕栄養なくす茹でこぼし

 

100分で名著 親鸞❝教行信証❞①逆境の中で鍛えられた思想

釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ

 

日本の思想史上 親鸞が最大の人物だろうと思っている

司馬遼太郎

 

親鸞(1173-1262)

教行信証 悪人と仏の物語 いちばんダメなやつでも救われる教え

 

知恩報徳:仏や先人たちの恩・徳に報いること

知恩:クリタジュニャ(サンスクリット語)

先人が私のためにしてくださったことをしっかり受け止める

「知恩報徳」の心で読む

地名に過去の災害が反映されている

先人からのパスはかすかなもの

 

浄土宗の宗祖 法然(1133-1212)

「南無阿弥陀仏」と念仏を称えれば 誰でも極楽浄土へ往生できるという

「専修念仏(せんじゅねんぶつ)を説く

1201年 親鸞が入門 

1207年 承元の法難によって四国に流罪となる(のちに放免)

 

法然への批判に対する論駁(ろんばく)の書

 

仏や菩薩のいる世界 浄土 阿弥陀仏

阿弥陀仏の修行者時代の名前 法蔵菩薩

 

第十八願(至心信楽の願)

心からこの願いを信じて念仏を称える者を極楽浄土へ往生させる

浄土仏教

 

大乗仏教:紀元前後のインドで成立 他者の救済に努める「菩薩の道」を重視

中国の僧・善導による「観無量寿経疏」一心にもっぱら阿弥陀仏の名号を念じよ

称名念仏(しょうみょうねんぶつ)

 

法然 「南無阿弥陀仏」とだけ称える 専修念仏の教えを説いた

 

法然は従来の仏教の枠組みからこぼれる人の救いを求めていた

一切経:仏教に伝わる全ての経典・律・論の総称

仏教の教えからこぼれ落ちる人とは?

生き物を殺すのはだめだ 嘘をつくとだめだ 

という教えはあるがなかなかそういう教えに従えない人もいる

 

地震・飢饉・感染症が頻発した 災害の世紀と言われる12世紀

限界状況(哲学用語):自分の力や理屈では克服できず回避することもできない状況

限界状況の人たちが救われる道とは何かが法然のテーマ

 

謎の包まれた親鸞の人生 明治時代には架空人物説もあった

 

比叡山・延暦寺

建仁元年(1201)比叡山を降りる

親鸞が百日参籠(さんろう)をした六角堂(京都・頂法寺)

親鸞夢想之像

元久2(1205)法然に「選択集」の書写を許される

元久2(1205)専修念仏の禁止を訴える「興福寺奏状」が朝廷に提出される

承元元年(1207)後鳥羽上皇が法然一門に専修念仏停止を命じる(承元の法難)

 

承元の法難:法然一門のうち4人が死罪 

親鸞は僧籍剥奪のうえ 続名・藤井善信(よしざね)与えられる

「禿(とく)」という字を名字として愚禿・愚禿親鸞と名乗る

「涅槃経(ねはんぎょう)」に出てくる姿は僧侶のようだが名ばかりの僧侶

非僧非俗 という立場をとる

日本仏教は「半僧半俗」の文化が豊か 例えば山伏も「半僧半俗」

僧でもなければ俗人でもない 愚かな一人の人間

 

教行信証を書き始めたのは おそらく50歳くらいから書き始めて

30年以上 人生の後半書き続けていた

80代が執筆活動の最盛期

 

親鸞の80代 ●住居が火事になる ●長男と親子の縁を切る

内面を表現することが親鸞にとっての生きる道

知恩報徳の日々だった

 

「教行信証」の構成

総序(まえがき)

   教巻 ②行巻 ③信巻 ④証巻 ⑤真仏土巻 ⑥化身土巻

 

四六駢儷体(べんれいたい)

四字と六字を基本とした漢文の文体

親鸞自身の感情が表現されている

 

ひそかにおもんみれば、難思(なんじ)の弘誓(ぐぜい)は難度海を

度する大船(たいせん)、無礙(むげ)の光明は無明(むみょう)

(あん)を破()する恵日(えにち)なり。

阿弥陀仏の教え 大きな船 王舎城(おうしゃじょう)の悲劇

 

提婆達多(だいばだった)釈尊の弟子

頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)阿闍世(あじゃせ)の父

阿闍世(あじゃせ)マガタ国の王子

 

頻婆娑羅王の殺害を助けるから私を教団のトップにしてくれ 提婆達多

韋提希(いだいけ)  阿闍世の母

 

(現代語訳)

ここに浄土の教えを説き明かす機縁が熟し、

提婆達多が阿闍世をそそのかして

頻婆娑羅王を害させたのである。

そして浄土往生の行を修める正機が明らかになり、釈尊が韋提希を

お導きになって阿弥陀仏の浄土を願わせたのである。

 

悪人が救われる物語

権家の仁(ごんけのにん):私たちを救うために

人間の姿を借りてこの世に現れた仏や菩薩

 

いちばんダメなやつでも救われる教えを親鸞は求めた

そうでないと自分は救われない

立派なこともいいこともできない 自分を見つけ続ける

 

   教巻 「無量寿経(むりょうじゅきょう)」という経典が

   真実の教えだと述べられている 「無量寿」は阿弥陀仏の別名

法蔵菩薩が四十八願をたてて 世自在王仏の元で修業し阿弥陀仏になる物語

 

(現代語訳)

その真実の教(きょう)を顕(あらわ)せば「無量寿経」である。

この教の大意は、阿弥陀仏はすぐれた誓いをおこされて、

広くすべての人々のために法門の蔵を開き、

愚かな凡夫を哀れんで功徳の宝を選び施され、

釈尊はこの世にお出ましになり、仏の教えを説いて、人々を救い、

まことの利益(りやく)を恵みたいと思いになったというものである。

そこで、阿弥陀仏の本願を説くことをこの経のかなめとし、

仏の名号をこの経の本質とするのである。

 

なぜ「無量寿経」が真実の経なのか

第十八願が親鸞の教えの一番の軸

 

第十八番願

たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、心を至し信楽して

わが国に生まれんと 欲ひて、乃至十念せん。

もし生まれざれば、正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法を除く。

 

法蔵菩薩が悟りを開いて阿弥陀仏になる時に立てた願い

 

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