2026年7月4日土曜日

新美の巨人たち 木下晋×星野真理

ワイエスを詠む

描きたき世界を描く夏の風

分断された時代を生きる夏野

テンペラで父を越ゆ馬鈴薯の花

父の死を乗り越えん夏の暁

いくつかの色と形よ夏に置く

 

■新美の巨人たち【鉛筆で命を描く 木下晋×星野真里】

伝説の鉛筆画家 木下晋(79)

 

命の根源みたいなものをいろんな形で表現したい

人が目を背けたるものを描く

老い 病 差別 偏見

今、パーキンソン病と闘う 妻 君子さんを描いています

チャンスだと思いますね 僕は

美しいからこそ描く その真実は

栃木県足利市

100年の俯瞰」

「瞽女(ごぜ)・小林ハル」像 小林ハル(1900-2005)盲目の旅芸人

「願い」「光陰」

 

神奈川県相模原市 画家の住む団地があります

 

妻の拒否した手

その拒否が果たして患者()にとっていいのか 僕にとっていいのか そういう…

関係性みたいなものの中で 人間の営みとか命が成り立っているわけですよね

 

木下晋の壮絶な人生とは

始まりは竹林から

1947年 富山市に生まれる

3歳の時 火事で家が全焼 近隣も焼く

木下一家が逃れた郊外の竹林 竹林の中の番小屋に移り住む

食べ物が乏しく3歳の弟が餓死 母親は家出を繰り返した

 

絶望の底で上を見て笑っていた 木下晋著「いのちを刻む」より

中学時代 初恋は美術の先生 河西修子先生

モデルを出して みんなでそれを

鉛筆スケッチするという時間があったんですね

女の子の正面に向かって 正面の顔を描くんですね

どの子も大抵 でも彼は全然正面から見ないんです

ぐるぐるぐるぐる周りを回って 横から見て描いたり

後ろから見て描いたり 他の子と全然違う態度だったんですね

えっ!と思ったんです 

2で富山大学の彫刻の先生に学ぶ

そんな最中 中3の冬 父親が事故死 頭に材木、転落死 

富山 工事場で作業中のとび職

 

飢餓と貧困 弟の死 家族の崩壊 父の死 救ってくれたのは絵画

17歳の時の作品「起つ」クレヨン・ベニヤ板

木下君みごと入選 自由美術展 高校生で初めて

19641010日 富山新聞掲載 提供:北國新聞社

「天才少年現る!」

絵で食べていけるかもしれない 高校中退

 

使っている鉛筆は10Bから10Hまでの22

ここまで使うと何となく鉛筆の先々まで神経がいくみたいな

こだわりですかね 大事なことだと思ってるんですいよね

生きていく上において 心意気っていうか

 

なぜ鉛筆だったのか?

「祖母ソノ像」(油彩・1979)兵庫県立美術館 蔵

「赤い帽子の麗子」(油彩・1977)宮城県美術館 蔵

 

1981年 ニューヨーク 海外進出をもくろむ 全く通用せず

アメリカではオリジナリティがなかったら もう絵じゃないんですよ

だったら無いものを探せばいいじゃないか それが鉛筆だったんですよ

 

1981年 冬 新潟

瞽女(ごぜ) 小林ハル(1900-2005)

いい人と歩けば祭り 悪い人と歩けば修行

 

今まで聞いたことがないような音域だから心臓を掴まれたみたいな

金縛りにあったみたいな感じだったです

最初の作品「ゴゼ小林ハル像」(1983)

102年の闘争Ⅲ」苦難の歴史の物語

 

100年の瞑想」

私は自分を捨てて ただ虚心にハルさんと対峙して描けばいいと思った

なんでこの人は こんなに美しいのだろうか?

木下晋著「いもちを刻む」より

 

「黒い闇」(1992) 「103年の闘争」(2003)

 

もう一人の惚れ込んだ人

「桜井哲夫詩集」土曜美術社販売 刊

差別と偏見を乗り超えて

「告発」モデル 詩人 桜井哲夫

13歳の時にハンセン病に罹り国の隔離政策によって療養所で一生を送った人

過剰な薬の副作用で鼻は崩れ、眼球も指も失いました

画家は皺の一つ、皮膚の些細な変化を凝視します

そこに生きてきた時間、人生の叫びが響いているから

 

木下晋の言葉

格好よかったですねぇ あんな格好いい男性は俺 後にも先にもないね

内側から格好いいんじゃないですか?

 

天の職 桜井哲夫

お握りとのし鳥賊と林檎を包んだ唐草模様の紺風呂敷を

しっかりと首に結んでくれた

親父は拳で涙を拭い 低い声で話してくれた

らいは親が望んだ病でもなく お前が頼んだ病気でもない

らいは天が与えたお前の職だ 

長い長い天の職を俺は素直に努めてきた

呪いながら厭(いと)いながらの長い職

今朝も雪の坂道を努めのため登りつづける

終りの日の喜びのために

第一詩集「津軽の子守歌」(一九八八年)より

*「らい」:ハンセン病

 

私たちも同じように多分みなさん色々抱えていて

でも「天職」って思えるならば これほどまで強い

鼓舞される言葉はないなって感じました 星野

 

木下晋は家出を繰り返した母親を描きました

「母の視た物」

亡くなる直前、人生で初めて向き合いました

その皺も克明にえぐるように

 

こんな絵も描いています「シー君の興味」猫の絵です

ほっとします 共に暮らした猫です

 

近くで見るとその細かさに圧倒されるし

遠くから見ると その柔らかさに驚くし

 

魂の写実

白い線(猫の髭)はどうやって描くのか?

一度描いた部分を消しゴムでなぞると

紙の白が出てくることで光が浮き上がってくるのです

ねりけし(練り消しゴム)はぼかしの効果

 

1970年 木下さん23歳の時に君子さんと駆け落ち同然で結婚 

以来 母セキさん 娘麗子さん 各地を転々としながら苦楽を共にしてきた

20年前に君子さんはパーキンソン病を発症

君子さんを描くようになったのはここ10年のこと

そしてある発見をするのです

 

人間がこういう状態になってくると

ひび割れの奥にある命というのか

生きようとする人間の本当の姿が見えてくるのだ

 

(その命の尊厳が美しいのだと木下さん)

 

一刻一刻と命を削っていく妻の姿はモデルとして

どんどん魅力的になっている

私はとことん描き抜くつもりである

木下晋著「いもちを刻む」より

 

彼女が病気になった時にその人間の営みを全部

こっちが取って代わるみたいなところがあるわけですからね

そうした時に単なる夫婦関係じゃなくて命に触れるみたいな

だからその命を描きたいわけですよ それこそが普遍だし 木下晋

 

製作開始から3週間 あの絵が完成しました

こんなもんかな

この手に込めた思いとは?

木下晋作「阻(はば)む手」

動きのままならない指をいっぱいに広げています

それは話すのが不自由な君子さんにとって夫とのCommunicationであり

自分を守るための意思表示でもあるのです

 

自分の思うように指が動かないでしょ

でもそれはそれで美しいなぁと思うんですよね 木下

 

こんなふうに命を感じ取って眺めて知りたいと思って形に残して

そういう活動をされている方が実際にいるっていうのは

すごく心強いし勇気を頂いたというか…

 

魂の鉛筆画、それは人が見ようとしないものに隠されていたのです

途方もない、ただ事ではない、命の尊厳がただ美しいと…

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