2026年5月10日日曜日

知恵泉 川路利良

てんこ盛り夏の三陸海の幸

心あるもてなしを受く夏の久慈

眼福と口福の夏の駅弁

夏の旅乗って眺めて味わわん

大船渡温泉浸かり夏の月

 

■知恵泉 川路利良

下級武士から警察の父へ西郷との決別を終えて

 

日新公いろは歌

道にただ身をば捨てむと思ひとれかならず天のたすけあるべし

(正しい道のために身を捨てる覚悟をせよ 

そうすれば必ず神の助けがあるだろう)

 

治安維持

聲無キニ聞キ形無キニ見ル

規律 公共に奉仕する人民のための組織

常人の忍び難いところを忍び勉めて

常に自分の涙と汗によって人民に尽くさなければならない

1日の睡眠時間は4時間

部下の元に手土産を持って慰問

 

江戸時代は卑しい仕事として警察的な仕事の人は扱われていた

(明治に入ると)エリートは軍隊に生かされて 元々武士で

身分が低かった人が警察に入った中で 誇りを持って使命を

全うできる仕事として意識づけを頑張ったのが大きかった

 

西郷は征韓論を主張 大久保や岩倉具視は反対

明治六年 西郷が下野

 

私情まことに忍び難いが国家行政の活動は

一日として休むことは許されない

大義の前に私情を捨てあきまで警察に献身する

神川武利「大警視・川路利良」より

 

大警視に任命される

御上の御慈悲

権利としての安全と安心を守る警察とは違う お奉行所と警察の違い

末は博士か大将か 西郷に警察へ行けと言われたことがショックだった

川路はその時「ならば最高のものを作ってやる(警察)

ハングリー精神の強さ 置かれた所でどう咲こうか

警察とは何か 日本にとってどうあるべきかを考えて

(警察主眼の)言葉の中に❝国民の母である❞と言っている

 

ミッションは理念を仲間と共有し実現せよ!

 

伝えることと共有することで大きな力になって目標達成できるはず 迫田孝也

彼なりのコンプレックス 葛藤 分析があってのことだった 

裕福な人だったらしなくていい経験を山のようにしている

その中で育まれる理念は説得力を持っていた ヤマザキ

理念なき組織は形にならない 加来先生

 

情勢分析

川路が西郷の暗殺計画が疑われる

西郷を暗殺に行くというのは絶対ない 警察組織を強固なものにする

大義名分があるので もし西郷が挙兵したなら自分は討ちに行く

それが変なふうに広がってしまったのが悲しい部分ではある

 

明治10年 西南戦争勃発

悪戦苦闘していた幕府隊に

川路が作った❝警視抜刀隊❞が送り込まれた

追い詰められた西郷は切腹し 戦は政府軍の勝利に終わりました。

そのことで川路は「裏切り者」「悪者」と評されることとなった。

親族が殺されるという悲劇も起こった その後視察のため再びパリを

訪れるも病に倒れ帰国後すぐに倒れます。

明治12年 逝去 西南戦争からわずか2年後のことでした

 

川路の大切な人と対峙しても守ったこの国の治安

その理念は「警察官は人民の為に…。」警察主眼として残され

今も大切に残されています

 

自分が構築して正しいと思う正義を譲るわけにはいかなかった ヤマザキ

守らなきゃいけないのは最初に立てた理念 迫田

俯瞰で見た時にどっちが自分のいるべき場所か ヤマザキ

 

Q.川路による西郷の暗殺計画はあったか?

資料を見る限りなかったと思いますね

川路も大久保も西郷も堂々としている

川路は警視抜刀隊を率いて実際に戦いに行っている

真正面から受けて立つタイプ それと公明正大であることが

警察の職務だと思っている そんなことはしないと私は思う 加来先生

 

「郷土教材 かごしまの心」鹿児島県教育委員会発行

努力する心 自分にきびしくするということ

川路利良が取り上げられています

教科書に取り上げられたということは 

鹿児島で川路利良の評価が変わってきたようです

 

鹿児島では「西郷さん」「大久保 川路」は呼び捨て

 

今の日本で作るうえで大事な理念を築いた人 ヤマザキ

 

私感

自分の思い通りにならないと気のすまない人がおられます。

妥協点を見いだせない人は如何なものかと思っていました。

何でもかんでも思い通りに事が運ぶ訳はありません。

今回の米大統領もそのうちに一人です。

あの人こそ自己中心的思考ど真ん中の人ですよね。最低…。

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