個性持ち黄花片栗すまし顔
停戦や爆音響く春の空
春疾風(はやて)ブルーベリーの負け戦
御衣黄(ぎょいこう)や今年の花となりにけり
通り抜け伯母に連れられ愛でた春
■100分de名著 ウィトゲンシュタイン❝探求❞③生成AIは言葉を理解しているのか
古田徹也 伊集院光 阿部みちこ
「倫理哲学論考」「哲学探究」
言葉の意味とはその使われ方である
痛みを感じたことが一度もない人に、
「痛み」という言葉は理解できるのだろうか。
「言葉の使われ方がわかれば 言葉の意味を理解したことになるのか」
「言葉の意味とはその使われ方という着想を発展させたのだ」
今の自然言語処理系のAI
「哲学的文法」
意味とは本当に、言葉の使われ方ということに尽きるのだろうか。
「素晴らしい」という言葉について、人々がこれをどのように、
そしてどんなときに使用するかを知りさえすれば、
私はこの言葉を理解したことになるのか
それだけでもう、自分でこの言葉を使うことができるのか。
つまり、いわば確信をもって使用することができるのだろうか。
使い方は知っているが、理解せずにそれをなぞっている、
ということはありえないだろうか。
理解というものが成立するのに、何か別のことにおいてではないか。
すなわち、「自分の胸の内に」感じること、当該の表現を
体験することにおいてではないだろうか。
有人火星探査の計画が発表された。
それはスバラシイ!と返してくるかもしれない。
言葉の意味を深く理解するには⇨生活することの中で体験する
言葉の真の理解とはー
間接接地 統計的パターン 確率の高い言葉を選ぶ
人間とAIの言葉の使い方の違いは?
我々は間接接地と直接接地の両輪で学習している
慣習 身体知(自転車を漕ぐ 社交ダンス) 生活知
毒蝮三太夫の毒舌を理解するのはかなりの時間を必要とする 伊集院
言葉をうまく使いこなすことができれば 言葉を理解したと言えるのか?
まさにこれが哲学だ!と言える。 古田
アスペクトの閃(ひらめ)き 表情 そうぼう
「哲学探究」
我々は文の理解について、二通りの意味で語る。
ひとつは、その文が同じことを言う
別の分に置き換えられうる、という意味である。
そしてもうひとつは、その文がどんな別な文にも
置き換えられない、という意味である。
前者の場合、文が表している内容とは、
様々な文に共通するものである。
後者の場合にはそれは、そのように並んだ言葉だけが
その配置において表現している何かである。(詩の理解。)
駄洒落 ジョーク 皮肉 ❝かわいがり❞
短歌で❝アスペクトの閃き❞体験
冬という漢字は淡い水色のマフラーを巻くきみに似ている
(若山牧水青春短歌大賞 第二十四回青春短歌大賞)
教室の横にかけられるチャックが少し開いているリュック
(若山牧水青春短歌大賞 第二十一回優秀賞)
茹ですぎたそうめんみたいな居眠り数字が飛び交う教室でる
(若山牧水青春短歌大賞 第十七回優秀賞)
驚いたり新しい見え方に感動するのは人間がする
王の戴冠式は壮麗さと威厳の像である。
式の流れのなかの一分間を元の文脈から切り離してみよう。
即位のマントを纏った王の頭に、王冠が載せられる場面だけを切り離すのだ。
―さて、別の環境においては、金は最も安価な金属であり、
その輝きは卑俗なものと見なされているとしよう。
マントの織物も安く製造できるし、
王冠はまともな帽子のパロディーにすぎない、等々。
「泉」(1917年)マルセル・デュシャン
ぶれ・揺らぎ 言葉には含まれる 言葉の特徴
ひとつの視点・基準から離れて新しい別の見方を見出す
0 件のコメント:
コメントを投稿