2026年4月6日月曜日

兼題「鳥の巣」&テーマ「旅」

リハビリの努力の効果春の色

心にはカルペディエムを春の朝(その日を摘め!今を生きよ!)

春うらら意地汚く過ごす時間

星朧縄文を詠む夢枕

再生と復活願う春の月

 

NHK俳句 兼題「鳥の巣」

選者:堀田季何 レギュラー:庄司浩平 司会:柴田英嗣

年間テーマ「もっと俳句のコリをほぐします」

 

コリのお悩み 季語をうまくいかせない

花見:春の季語 イメージ喚起力をもった言葉

食事や酒を楽しむ 人が集まる 春の暖かい気候 桜を見る 外の解放感

 

   町中が弁当楽しみ花見かな 

(これこそ季語の説明になっている)

   世の中は地獄の上の花見かな   一茶

「花見」という季語のイメージ喚起力をいかしている所がポイント

 

ツボポイント 季語を説明しない

 

小鳥:秋の季語 殆どが渡り鳥 逞しい

   手にのせてはかなき青の小鳥かな

(はかなくない)

   野に眠る小鳥の声を臍(へそ)に溜め   高野ムツオ

 

コスモス:秋の季語 外来植物 繁殖力旺盛

   コスモスのやうなる恋や淡く消え

   望郷や土塀コスモス咲き乱れ   星野立子

  コスモスの本来のイメージに硬さや逞しさがマッチする

 

これらを学ぶためには「歳時記

ツボポイント 季語をよく知る

 

・実践 春の季語 朝寝 春眠

春眠やペチペチ叩く父の頬   柴田

添削 ペチペチと嬰(やや)にしばかれ朝寝かな

 

春眠の窓に聞こえるすずめの子   庄司

添削 雀の子:春の季語 

春眠の窓に賑やかすずめの子

 

纏め

   季語の説明をしない ②季語をよく知る

 

・今週の兼題「鳥の巣」(春の季語)

特選六句の発表

 

鳥の巣に背伸びしてみる逢魔時(おうまがどき)   瑠璃

(逢魔時:黄昏時)

方程式鳥の巣材に差し上げる   シュリ

鳥の巣のここが玄関ここが窓   坪田恭壱

👑 鳥の巣やゴドーがやってくる余感   石川夏山(かざん)

(ゴドーは本歌取り 戯曲「ゴドーを待ちながら」サミュエル・ベケット作)

👑 ある鳥の巣のある鳥の死に人の黙(もだ)   あなぐまはる

(どうしようもない二面性の無常感と無力感 冷たく見ている視線との共存)

考えてゐる鳥の巣のはづし方   宇田川たけと

 

・柴田・庄司の歩み

小鳥は強い 柴田

歳時記をもっと開こう! 庄司

 

NHK短歌 テーマ「旅を詠んでみよう」

選者:横山未来子 レギュラー:菊池銀河&横田真子 司会 ヒコロヒー

年間テーマ 入門コース「三十一音 次の扉へ」

 

鴨川の堰落つるみづひびきをり橋わたりゐるわれの耳まで

横山未来子「短歌研究」

誰もが知っている風景を詠むのではなく

自分なりの発見を歌にすることが大事

 

海超ゆる冬の嵐はびしびしとわが歯に当たる息吸いしとき

吉川宏志「鳥の見しもの」

海超ゆる冬の嵐はびしびしと一人受け立つパンイチの我

ヒコロヒー

五巻をいかして詠むことで歯にしみるような寒さが伝わってくる

 

飛行機の揺れつつ揺れのなかに食ふ切り身の魚の尻尾のあたり

永田和宏「わすれ貝」

ささやかなところに旅の醍醐味を描いているところが短歌

 

・入選六首 テーマ「旅」

連れてきたぬいと一緒に真っ暗な窓を見つめる地下鉄の吾子

雪風みなと

沖縄の訛り柔らか居酒屋の芭蕉夜目にも青く輝く

後楡(あとにれ)冬至

特選 私 猫が来て泊りの旅をしなくなり猫と見ている沖縄紀行

川村聡子(ふさこ)

旅先のエレベーターの張り紙に「ノー・ドリアン」と「ノー・スモーキング」

武田ふみ花

親指の腹で切符の角触る 旅に出ているまた夢の中だ

出井(でい)美恵子

液体を小さいボトルに詰め替えて明日飛ぶわたしを軽くしてゆく

工藤さえ

 

・菊池銀河&横田真子の歌人への道

「浅草」をテーマに歌を詠む!

 

我こそに福よ来れと笑い撒く鬼もはにかむ寄席の節分

菊池銀河 添削

人々に福よ来れと笑い撒く寄席の節分鬼もはにかむ

横山未来子

 

乙女たち拳に秘めた100円を木箱に放ち赤くほころぶ

横田真子 添削

乙女たち拳に秘めた円を木箱に放ちくほころぶ

横山未来子

 

名歌鑑賞

浅草のきさらぎ寒きゆふまぐれ石灯籠(いしどうろう)にねむる雞(とり)

斎藤茂吉「ともしび」

 

・いちご摘み

君がため

春の野に出でて若菜つむ

我が衣手に雪は降りつつ

⇩ 

田中翠香(すいか)(好きな歌人 北原白秋)

第一歌集 パーフェクトワールド 角川書店

 

頑丈で扱いやすく替えがきく少年兵とカラシニコフは

 

初めて総合誌の賞に応募した作品も舞台がイラクだったり

同じ時代を生きている人たちの姿に ずっと昔から興味があったんですね

常に自分の中で問題意識を持ちながら作っていきたい

季節にあった春の歌から 始めて行ければなと思っています。

 

青空の動脈として伸びていく梅の枝から私への春

田中翆香

2026年4月5日日曜日

楽しい日本語&「涅槃西風」&アラン・チューニング&桜井和寿

春の日やブレーキのない林()

陽春やアクセルのみの林()

静けさの象徴あらん苔の花

大瑠璃が法然院の軒先で

大瑠璃の子育て忙し法然院

 

■夏井いつき俳句チャンネル

【第8回】楽しい日本語【めんめんの楊貴妃・後編】

 

「めんめんの楊貴妃」とは…。

各人がそれぞれ自分の妻や愛人を、

中国の楊貴妃のような美人だと思い込むこと。

人にはそれぞれ好みがあり、

好きになると欠点も目につかず、美しく見えるということ。

 

面々の楊貴妃闇鍋の和牛   ローゼン千津

面々の楊貴妃狸汁熱し   夏井いつき

面々の楊貴妃猿山にバナナ   家藤正人

 

■夏井いつきのおウチde俳句

一分季語ウンチク「涅槃西風(ねはんにし)

 

涅槃はあの釈迦入滅の涅槃です 

西風と書いてこの2文字で「にし」と読みます

こういう風の名前に対して西風とか南風と書いて「はえ」とか

そんな独特な読み方のやり方になるわけです

この「涅槃西風」とは涅槃会の頃 陰暦の215日頃に吹く

西風のことを言います 西方浄土からの風とも言われ

まだちょっと寒さが残っている風であると

しかも涅槃という釈迦入滅のというニュアンスから

誰か親しい人が亡くなるご親族が亡くなる

そういった情景に対して「涅槃西風」という季語を取り合わせると

という句にも多数お目にかかる そんな季語になっております

同時に涅槃と誰かとの死別というものが 類想になりうる

近いものであるという事も意識した上で

自分の作句に役立てていきたいですね

 

■偉人の年収 How much? 数学者 アラン・チューリング

チューリングテスト発表から2年後悲劇が降りかかります

同性愛の疑いで逮捕される 男性とわいせつな行為を犯した

有罪 精神科での治療と生殖機能を失わせる女性ホルモンの投与

 

友人に宛てた手紙

私は間違いなく まるで違う人間になるだろう

自分でも知らない誰かに

 

これまでのような研究はできなくなった

自宅のベッドで亡くなっているのを発見される

側には毒の付いた齧りかけの林檎 死因は自殺とされた

アラン・チューリング 1954年没41

 

40年後 アランの夢見ていた世界が現実に

1997年 人工知能VS人間チェス対決に勝利

アランが思い描いた思考する機械が現実となり世界に衝撃が走った

研究はさらに進み 人間と同じように知識を持ち 柔軟な判断

想像的な活動する未来が予想されている

 

アランは亡くなる3年前語っています

機械が思考する方法をひとたび確立したならば 

我々のごとき ひ弱な力は すぐに追い抜かれるだろう

 

アランの言葉が現実になる日は遠くないかもしれない

 

■初耳学 より

桜井和寿氏の言葉

「星座は本当に形があるわけではない 星の配置 星座の名前

形が見える 歌詞は星みたいに配置だけ 形は聞いている人が自由に作る」

歌詞は星みたいに配置するだけ

 

1992年「星になれたら」

さようなら 会えなくなるけど さみしくなんかないよ

そのうちきっと 大きな声で 笑える日が来るから

 

桜井和寿が大切にする考え方

誠実である事 自分の思い描く理想や正義に誠実でいたい

縁を大事にする 人として縁を大事にする

音楽を聴いてもらえた喜び 頭の中のイメージを汚さない

 

Saturday

汗水流しながら 懸命に働いても

期待した見返りを手にすることはなくても…

風の歌 聴きながら 公園を散歩なんかどう?

毎日に疲れたら気分を変えてみんだよ

僕らの世界はこんなにも複雑で 簡単だ

 

林修先生が気付かなかった事 

僕は「ファンの人」と使った (桜井さんは)使わない

必ず「リスナー」を使っていた

聴いてくれる全ての人に向けてのメッセージ

あえて使ったおられたのではないかと

2026年4月4日土曜日

あの人に会いたい 仲代達也

窓際の頁をめくる春の風

春あした心ある人あらぬ人

木屋平最後の一人卒業す

卒業式閉校となる椿泊(つばきどまり)

好奇心未知体験や春の空

 

■あの人に会いたい 仲代達也

19322025(令和7)年 92歳没

 

人間を見つめる目 いろんな役を演じますけれども

その人間の持っている 人間を見つめる目っていうのが演技の基本

 

その当時は就職難 大学を出ても就職難の時期だった

学歴なしでどうにかこれから食べていかなきゃいけないということで

何かなと思って ボクサーか俳優かというふうに決めた

やっぱり殴られるのが もうたまらなく嫌なんですよね

弱虫なんでしょう それで俳優の道を選んだんですけれども

本当に人見知りですから これじゃいけないと思ったんですね 僕は

それである日 突如として京王線でね 

「実は私は将来俳優になろうと思って 

俳優座の学校に通っているんですけれども」

「詩をちょっと語りますから 聴いてください」

人前で恥ずかしくないような訓練ですね この山を越えないと

俳優になれないぞ というような気持ちがあったんでしょうね

 

「七人の侍」黒澤明監督

誰がいちばん初めに歩くかというんで「はい君」と僕を指名…

でも刀を差したことがないですしね かつらも初めてですしね

まず「よーいスタート!」とリハーサルが始まったら

「なんだお前は?」ってこう「あれは誰だ」っていうわけです

それで「俳優座の養成所の研究生だ」「なんだ俳優座の養成所は

歩き方も教えないのか!」というんで それから何十ぺんも歩くんですよ

ご飯も食べずに教わって夕方です やっとどうにかOKが出たのは

それで俳優の歩き方というものがどんなに大切なものか

というのを 身をもって体験しました

 

「影武者」では武田信玄と影武者に仕立て上げられる泥棒の二役を演じた

1980年 カンヌ国際映画祭 パルムドール(最高賞)受賞

42歳の時 妻の宮崎恭子と「無名塾」を立ち上げる

役者は生涯修行 若い俳優を指導

 

青春の回帰といいますか もう一度こういう若い人たちと

触発し合って常に青春でありたい 

 

素晴しい俳優になるためには 人間としての生き方っていうのも

ひとつ問題だと思うんですよ やっぱり他人になるわけですから

役者っていうのは だから他を観察して そこに自分があるんだという

考え方を みんなに持ってもらいたい 

 

12歳の時の山の手空襲(19455)の壮絶な体験

この辺ババババーンと鉄砲で飛行機から撃たれる

そうしたら小さなこのぐらいの女の子が1人そこへたたずんでいる

これはどうにかしないと やられるっていうんで 手を引っ張って

こっちへ 自分の方へ 一緒に走って逃げようとしたら 急に

手が軽くなったら 腕を一本持っていたんですよね 恐怖のあまり

その腕をポーンと投げちゃった それがまあ後年まで 悔いとして

どうしてその腕を 墓に埋めてやらなかったのかと

 

本読み稽古(無名塾)

「銃殺だよ」ってなんかね 弱いんだ 大きな声を出すって

いうんじゃなくて 粘りっていうのが大体基本的に台詞の中にあって

小さくてもグンと腹に入れて粘っていけば 己の敵は己だからね

己と闘ってください 

 

能登演劇堂 舞台「肝っ玉おっ母と子供たち」無名塾(2017)

「国を守るために」って言いだすと 戦争になるわけで 

そうならない状況を 本当に微力である俳優ではありますけれども

それを訴え続けて 平和を訴え続けて 

 

基本には人間 人間の生きざま

クエスチョンマーク 分からないんですよ

人間とは分からないから 人間追及を

役者という商売をやっているわけで

人間を描かないと やっぱりつまらない

2026年4月3日金曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 小石川後楽園

青空とひとつのトマト春の朝

桜蕊降る沈黙の叫び声

風光る新聞記事をモデルとす(フランシス・ベーコン)

マグリットの洗礼受けて春の闇

春月夜グロテスク且つ美しく

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 小石川後楽園

❝黄門様❞徳川光圀が完成させた庭園 おもてなしの庭園 たくさんの仕掛け

特別名勝 特別史跡 この二重指定は全国の庭園で9か所のみ

村雨辰剛(たつまさ)

 

兼六園 岡山後楽園 南禅寺方丈庭園 南禅寺小方丈庭園

無鄰菴 日本庭園は気軽に楽しめる 

 

小石川後楽園サービスセンター長 鈴木弓

睡蓮の見頃は5月中旬から9月中旬 内庭

東京ドームのほうに藩主の御殿がある そこの庭なので内庭になる

江戸時代に造られた現存する最古の大名庭園

江戸城(現在の皇居) 水戸 尾張 紀伊 ❝徳川御三家❞

水戸藩主 上屋敷の庭 小石川後楽園 初代藩主は徳川頼房

徳川光圀(くに)が完成させた 2人の思いが調和した庭園

唐門 唐門から先が「後楽園」先憂後楽から一説をとった名前

君子たる者 民に先んじて世を心配し 民よりに自分もしむ

毎年113日のみ開門される ここから京都への旅が始まります

京都への旅を疑似体験 仕掛けがいっぱい 木曽路 木曽川

江戸時代は人々が自由に行き来できない

客人に京都までの旅を楽しんでもらいたい 究極のおもてなし

 

たしなみポイント

青石「この先景色が変わりますよ」❝木曽路の終わり❞

石で「景色が変わる」合図を示す

 

琵琶湖を模した池 大泉水 

縮景:各地の名所を庭園に表現する手法

唐崎の松を模した松も植わっている 一つ松

 

たしなみポイント

象徴的なものを添えて景色を表す おもてなしの心が表現された庭

❝竜田川❞紅葉林 秋の庭園 

 

たしなみポイント

あえて浅くして流れを見せている 掃除が欠かせない

深さを感じてもらう為あえて掃除をしない 大泉水

手入れの仕方で川と湖を表現

 

たしなみポイント

踏み外(はず)し石 役石=役割のある石

道を譲るための「踏み外し石」 ちょっとした気遣い

 

蓬莱島(ほうらいじま) 神仙思想

中国の神仙思想に由来 不老不死の仙人が住むとされる島

横向きは亀 大名や長寿や子孫繁栄が大切  長寿のシンボル

 

作庭した庭師 徳大寺佐兵衛から名付けた石 徳大寺石

これらの石は伊豆から舟で運ばれてきた

どれだけ徳川家の力が強かったか

江戸幕府が行った大規模な治水工事で水路による物流機能が発展

力の誇示を庭園造営に注いだ

栗林公園(高松藩) 玄宮園(彦根藩) 水前寺成諏園(熊本藩)

 

小石川後楽園 庭師 庭師歴37年 木村央

蓬莱島の大きな手入れは5年に一度 人間が入れない神聖な島

広葉樹が多い スダジイ アラカシ モチノキ 

仙人はイネ科の穀類を食べない 松の実を食べて栄力を養っている

青大将の抜け殻 草を抜くことで蓬莱島の険しさが浮き出る

手で抜くことで根っこが取れる その分 人が島に入る回数が減る

 

たしなみポイント

手入れで「人が入れない神聖な場所」を表現

 

歴史的な庭で作業するだけでもテンションが…

黒ボク石(溶岩) 

石は日本庭園の骨格 

 

終点の京都 嵐山の景色 渡月橋 下を流れるのは❝大堰(おおい)川❞

 

光圀時代に造られた❝西湖の堤❞中国の杭州の蘇堤(そてい)を模したもの

京都の隣に中国 杭州 西湖の堤 中国と日本()の風景の調和

日本で最初に❝西湖の堤❞を造ったのは小石川後楽園

各地の大名庭園でブームに

縮景園(広島) 養翠園(和歌山) 

 

水戸藩2代目藩主 徳川光圀

中国の儒教を学んで育った

民から亡命してきた 儒学者 朱舜水(しゅしゅんすい)

 

頼房が造った庭を光圀は石ひとつ木ひとつ 動かさなかった

潤色して光圀が完成させた

 

池泉回遊式庭園 人をもてなすための庭園

円月橋 唐門 

 

光圀は完成させた庭を誰でも鑑賞できるようにした

❝白糸の滝❞ 名君として親しまれた君主でした

日本庭園は「おもてなし」が根本的なところにある

来るたびにいろんな良さに気づいていく

2026年4月2日木曜日

千家十職

ゴイサギや下手くそ過ぎる狩りの春

(ゴイサギ) 春の川夜行性とはいうものの

春の()川生き物・人の交差点

春の山水を守りて志明院

心ある優先順位春うらら

 

■千家十職 ❝茶の湯❞の求道者たち

表千家 十五代家元 千宗左

根幹にあるのは 職家(しょっか)さんのお道具

利休さんのお茶を受け継いできた 周囲の人々の尽力があって

今の表千家のお茶の姿がある 

 

茶の湯について

ジョアン・ロドリゲス(1562頃~1633)

取るに足らない陶土でできているにもかかわらず

123万クルザード 

さらにそれ以上の価格に達するものもある

ほかの民族がこのことを聞けば 

狂気で野蛮なことと思うであろう

日本人はあらゆる人工的なものに華麗なもの

見せかけ 偽善 装飾を大いに嫌う

彼らの言葉で「軽薄」という

万事に渡って節度を保ち

自己の技量や力量を誇示することなく

有り余るよりも むしろ足りないほうを望む

 

サミュエル・モース

利休は道具に❝簡素さ❞という価値を託したのだと思います

利休は派手なものや贅沢なものにはまったく関心がありませんでした

鮮やかな色彩にも興味はなかったのです

手作りの道具は整った美しさではありません

❝不完全な美❞を大切にします 

それは今の西洋の人々に非常に魅力的に映っています

 

ネシム・コーエン

人々はきれいなものを求め 

年老いて汚れることから目を背けています

時代を超えて残った道具は 落ち着きを与えてくれます

「大丈夫だ そのままでいい」と 死をも受け入れさせる美学です

 

シアスター・ゲイツ

私は日本の茶の道具から多くの影響を受けています

茶杓を見ると思うのです この一本をひとつの家が

三百年かけて磨き上げてきたのだと 私のとって茶の道具は

そこに宿る知恵の深さ 職人技の深さ 哲学の深さ

そして ひとつの道を貫く 覚悟の象徴だと思うのです

その姿勢は私が常に心の中で 大切にしている信念でもあります

 

アクセル・ヴェルヴォールト

私が大好きな十五代樂吉左衛門の茶碗です つつましいものですが

精神の豊かさを感じるのです わび つまり❝不完全な美しさ❞です

素材 自然など 非常に簡素なものへの愛です それらに

神聖ともいえる新たな価値を与えます 

利休の茶室に大きな影響を受けました この土地の土や木材を

使っています 瞑想や考え事をするのにとても良い場所です

目で見えるものよりも 心で感じることのほうがずっと多い

それはとても大切で美しいものだと思います 

私たちは自然から離れ 過剰に整った世界に達してしまった

すべてをコントロールしたいという人たちがいますよね

しかし わびの精神は正反対です それが私にとって

本当の豊かさかも知れません 

 

表千家 裏千家 武者小路千家 三千家は今もなお祈りをささげている

千利休の墓 利休が自身と妻子のために1589年生前建立した

327日 利休忌(命日の追善供養) 表千家 残月亭

お茶湯(とう) 家元が利休にお茶を供える

利休が最期をとげた季節の菜の花がいけられる

 

十八代 永樂善五郎 土風炉・焼物師

うちの家は華やかな世界なので まったく子どもの時から

見たことがない世界だった 真っ黒な世界というのが

土風炉では生活が難しくなっていた その当時 京焼で

華やかな焼き物がはやりだして 時代の後押しで 華やかなものを

作りだす 土風炉の技法を再興するために テストを繰り返している

窯の技法であったり どういう焼き方をしたらどういう色になったとか

温度によってどのくらいの変化が出たなど まだわかっていない

ことの方が多いので 

(いぶ)し を十年繰り返している

Q.なぜそこまで土風炉と向き合うの?

復興したからといって 何かいいことがあるわけじゃない

理由なんて必要ない 「なんで生きているんですか?」「生きたいから」

と答えるのと一緒で理由なんていらない そもそも 

理屈を考えるとかじゃない もしかしたら 

できたら理由がわかるかもしれない

茶色から黒に変化するような色を狙って作っている

土風炉を再興しようとした時にいろんな技法をトライアンドエラーしながら

新しい技法を身につけながらやっているので そういう意味では

明らかに自分のものづくりの幅が広がっている それは凄く大きい変化

いくつになっても新しいものをやり続けていくべきという

ものづくりをする人間の大事なところでもある 踏み出したことは

大きい事ではありけど 完成できてないからね 

Q.完成はどのくらいを目指している?

生きてる間

 

十三代 土田半四郎

長男 瑛大(あきひろ)

干支服紗 この寿が面白いと思ったので これを波ととるか 風ととるか

草原ととるか 人それぞれなんですけど ここに馬を走らせたら

疾走感あっていいだろうなと描き始めたので 

手癖を排除しすぎない事が 土田家の仕事としてアイデンティティーが

あるのかなと感じている 自分がどれだけのものを次につなげられるか

Pressureですね そこは感じています この仕事をできる人は

限られているので 今十三代続いている この家の仕事を

自分も次につなげたいなと思って 

 

表千家 十五代家元 千宗左

大量生産 大量消費の中で お茶はそれとは対照的な世界

お茶の道具は一世代だけでなく 代々受け継がれていく

❝物質的豊かさ❞の対極にある❝心の豊かさ❞を追い求める時代

 

サミュエル・モース

利休はあらゆるものの中に価値を見つけられると示しています

この教えは道具の中にとどまりません

一人ひとりがおかれる環境の中で 自分なりの価値を見いだすことに

つながるのです

 

シアスター・ゲイツ

私たちが作るものは完璧にはなり得ません

しかし その❝不完全さ❞の中にこそ より自然な美しさが宿っています