2026年8月13日木曜日

100分de名著 親鸞❝教行信証❞④

今朝も命が繋がっている秋の風

秋の陽や耳傾けり鳥の声

汗たらりどこへ行くにも秋の声

盆の月零れる涙拭きもせず

「おあいこ」とお隣さんと秋の雲

 

100de名著 親鸞❝教行信証❞④誰一人取りこぼさない救済原理

釈徹宗 伊集院光 阿部みちこ

 

出家のものも在家のものもこの教えを仰いで信じ敬うべきである

 

念仏を非難中傷した人たちが救われますように 「教行信証」

そんな思いで念仏をしましょう

 

「教行信証」の構成

   真仏土巻 阿弥陀仏如来と真実の浄土について

   化身土巻 前半は「仮()の教え」

後半は儒教・道教など仏教以外の宗教についての話

 

今回のキーワードは救済

摂取不捨:阿弥陀仏は決して見捨てることなく救い取ること

仏教という体系の中で阿弥陀仏は「決して捨てない」という原理の象徴

 

(現代語訳)

第十二願は、「無量寿経」に次のように説かれている。

「わたしが仏になったとき、光明に限りがあって、数限りない

仏がたの国々を照らさないようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

また第十三願は、次のように説かれている(無量寿経)

「わたしが仏になったとき、寿命に限りがあって、はかり知れない

遠い未来にでも尽きることがあるようなら、わたしは決してさとりを開くまい」

 

第十二願 第十三願 阿弥陀仏は無限の光と命のはたらき

                空間⇧  ⇧時間

阿弥陀仏は時間も空間も超越

真実の浄土 天 人 修羅 畜生 餓鬼 地獄の中で生き生まれ変わる

最も清浄な世界 天

解脱への道 出家 涅槃(に辿り着くと二度と生まれ変わることはない)

生の本質は苦しみである(一切皆苦)

浄土の道 浄土 涅槃と浄土は第三領域

天は悟りが開けない人が行くところ 悟りを開いた人は涅槃に行く

両方にかかるような誰もがいける世界としての浄土

 

親鸞は浄土からこの世に菩薩として戻り人を救うと説いた(還相回向げんそうえこう)

無住処涅槃:生死の世界にとどまることなく涅槃の世界にも入らない状態

 

化身土(けしんど):人々を真の浄土に導くための「方便」としての仮の浄土

方便とは

ウパーヤ(サンスクリット語):近づく・到達する

到達する方向に向かったの中間点

 

あの街角まで、あの電柱まで(1977) 

マラソン選手の君原健二は出演した青少年自殺防止キャンペーンCM

 

最終的にはすべての人を真の浄土へと導くための中間地点

自らの仏道を振り返る親鸞 

三願転入の文(さんがんてんにゅうのもん)

三願とは?

修行や善を実践して往生する 要門(第十九願)

自力の念仏による功徳で往生する 真門(第二十願)

他力の念仏によって往生する 弘願(ぐがん)(第十八願)

 

(現代語訳)

このようなわけで、愚禿釈(ぐとくしゃく)の親鸞は、龍樹菩薩や天親菩薩の

解釈を仰ぎ、曇鸞大師や善導大師などの祖師方の導きにより、

久しく、さまざまな行や善を修める方便の要門を出て、

永く、双樹林下往生から離れ去り、自力念仏を修める方弁の真門に入って、

ひとすじに難思往生を願う心をおこした。

しかしいまや、その方便の真門からも出て、

選択本願の大海に入ることができた。

速やかに難思往生を願う自力の心を離れ、

難思議往生を遂げようとするのである。

必ず本願他力の真実に入られようと第二十願を

おたてになったのは、まことに意味深いことである。

ここに久しく、本願海に入ることができ、深く仏の恩を知ることができた。

この尊い恩徳に報いるために、真実の教えのかなめとなる文を集め、

常に不可思議な功徳に満ちた名号を称え、いよいよこれを喜び、

つつしんでいただくのである。

 

三願転入の文       親鸞の人生

方便の要門(第十九願)   比叡山において20年修行

方便の真門(第二十願)   常行三昧などの念仏の実践も行う

選択本願の大海(第十八願) 法然との出会いで他力本願の道へと転入

 

迷いながらも他力の道へと導かれる

摂取不捨

「偽の教え」:仏教以外の宗教や神道・儒教・占いなど

仏教を信じる者は「偽の教え」に惑わされてはいけない

当時の仏教が他の教えと混交していたことへの批判

 

(現代語訳)

「涅槃業」には、〈仏に帰依するものは、最後まで仏教以外の

さまざまな神々に帰依することがあってはならない〉と説かれている。

また、〈仏に帰依するものは、決して地獄や餓鬼や畜生の世界に

落ちることがない〉と説かれている。(中略)

だから経典には〈永久に仏教以外のさまざまな教えに

帰依することがない〉と説かれている。

 

三帰依:仏・法(仏が説いた教え)・僧

純粋に仏教の教えに帰依する

法然:専修念仏を説いて批判された親鸞の師

 

富山の薬売り:江戸時代の富山藩で始まった全国を巡回し

       家庭に薬を配置する行商人・販売方式

浄土真宗の門徒が生み出した商業倫理

真摯に日常を生きる方向に発達

 

後序:「化身土巻」の末尾に添えられた600字程度の短い文章

法然や「専修念仏」の人々を迫害した当時の仏教界や朝廷への批判も表明

 

(現代語訳)

わたしなりに考えてみると、聖道門のそれぞれの教えは、

行を修めさとりを開くことがすたれて久しく、

浄土真実の教えは、さとりを開く道として今盛んである。

しかし諸寺の僧侶たちは、教えに暗く、何が真実で

何が方便であるかを知らない。(中略)

このようなわけで、興福寺の学僧たちは、後鳥羽上皇・土御門天皇の時代、

承元元年二月上旬、朝廷に専修念仏の禁止を訴えたのである。

天皇も臣下のものも、法に背き道理に外れ、怒りと怨みの心を抱いた。

そこで浄土真実の一宗を興された祖師源空聖人をはじめ、

その門下の数人について、罪の内容を問うことなく、不当にも死罪に処し、

あるいは僧侶の身分を奪って俗名を与え、遠く離れた土地に流罪に処した。

私もその一人である。だから、もはや僧侶でもなく俗人でもない。(中略)

「安楽集」にいわれている。「真実の言葉を集めて往生の助けにしよう。

なぜなら、前に生まれるものは後のものを導き、後に生まれるものは

前のもののあとを尋ね、果てしなくつらなって

途切れることのないようにしたいからである。

それは、数限りない迷いの人々が残らず救われるためである」

このようなわけであるまら、末法の時代に生きる出家のものも

在家のものも、この教えを仰いで、信じ敬うべきである。よく知るがよい

 

主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ。

これに因りて、真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、

罪科を考えず、みだりがわしく死罪に坐す。

あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。予はその一なり。

しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆゑに禿の字を以て姓とす。

 

「後序」に込められた抗議

法然の主著「選択集」の書写を許されたことを書いている

その題字を法然自ら書いてくれた 喜びも記されている

 

念仏に御心にいれてつねに申して、念仏そしらん人びと此世、

後の世までの事を祈りあはせたまふべく候

念仏を心に入れて常に称えて、他力念仏のことを非難・中傷する人の

現世・来世をいのってください

 

よくよく念仏謗らん人をたすかれと思召して

念仏しあはせたまふべく候

念仏を非難・中傷する人が救われますようにと思って念仏してください

坂東法恩寺の性信に宛てた手紙

 

立場の異なる人への思い

 

心を解きほぐす仏の教え

 

「新型コロナウイルスの3つの顔」

   病気(ウイルスそのもの) ②不安と恐れ ③差別と偏見

 

我々は不安・恐れがあると心が委縮

見えない世界に心を伸ばす取り組みは我々にとって大切だと痛感

大きな仏の願いを通して自分を見つめると生き方も変わる

 

2026年8月12日水曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 對龍山荘(たいりゅうさんそう)

没後百年鳴門市で咲く睡蓮よ

睡蓮で羽を休める蜻蛉かな

大睡蓮今を盛りと開きけり

睡蓮よモネの愛した睡蓮よ

睡蓮は陽射しと何を話しをる

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 對龍山荘(たいりゅうさんそう)

村雨辰剛

130年前に誕生した名園 秘蔵の名園が一般公開

滝の水音は對龍山荘独特のサウンドマジック

水の流れ 流れの秘密 南禅寺 真々庵(しんしんあん)  菊水

南禅寺界隈別荘群 そのひとつが對龍山荘

 

植彌加藤造園 加藤友視

(以前には無鄰菴の説明をしていただきました)

 

對龍山荘は庭屋一如の最高傑作 庭と建物が絶妙に調和した空間

明治29(1896)実業家 伊集院兼常が別荘として造営

総面積は 約1800

 

對龍台 

對龍山荘には北と南に大きく2つ庭がありまして 

北「池の景色」 南「流れの景色」

 

たしなみポイント

對龍山荘は近景の一部だけ 隣の金地院(こんちいん)の木々を眺めている

近景 中景 遠景(高雄山の景色)

💮外の景色を取り込む「借景」で3段階の奥行

フロアのレベル(高さ)と滝の水落ちのレベルが同じ

水落ち:水が下に落ちる部分

精密な測量器具のない時代に合わせていくのは凄い

💮滝を最も迫力ある角度で見せる緻密な設計

滝の水音は對龍山荘ならではのサウンドマジック 

25m離れているとは思えない近さを感じる

実は仕掛けがりまして軒下に小滝を設けて ここで水音を奏でている

座敷の下に小滝

💮効果音用のたきがあった!

 

建物にも仕掛けが 普通軒下に柱がある ここでは大パノラマを

実現するために「桔木(はねぎ)」の構造で柱をなくした

💮視界を遮らない建物の造り 

大工の棟梁 島田藤吉 と 作庭家 七代目小川治兵衛

島藤 と 植治のコラボ

對龍山荘は 薩摩出身実業家 伊集院兼常が完成させた庭園を

島根出身呉服商 市田弥一郎が譲り受けた

建物と庭の大改修を手掛けた一流職人

庭屋一如の景色が実現した

庭園は 国の名勝に 建物は 国の重要文化財に指定された

庭を引き立てるために建築がひと肌脱いでくれた

 

流れが部屋の中に入ってくるようなイメージ

遠景が浮かび上がってくる 太陽が南東側を動いてきて

輝いて見えるように計算されている

 

たしなみポイント

💮水面の輝きがいつでも見られるように設計

💮ひさしが❝光のスクリーン❞に!

 

大きなひさしには狙いがある

南東側から当たる光の波紋をひさしで受けようという狙いが明らか

秋冬だけの光の反射

ひさしには光が映りやすい白い木材を使用

 

日本画の構図 

歌川広重「水道橋駿河台」歌川広重「上野山内月のまつ」から

 

雌松(アカマツ) 雄松(クロマツ) 

昼は二本の松と景色を楽しむ場所

夜は水面に映る月を眺める場所になる

中秋の名月の月の位置まで計算されていた

さすが130歳の庭

 

見返りの景色

茅葺(かやぶき)屋根の水車小屋:里山や田園風景をイメージ

施主の市田弥一郎の要望

 

加藤友視さんのとっておきの視点場(ビューポイント)

円窓 円窓越しにずっと山並みが続いいていく

2階から見た円窓

💮景色を邪魔しない円窓

 

流れの景色 琵琶湖疎水のお陰

明治18年着工 琵琶湖疎水開通工事

明治23年琵琶湖疎水開通

琵琶湖疎水で京都の近代産業が発展

この水を庭園に引き込んだことで 

流響院 無鄰菴など数多くの贅沢な庭が生まれた

 

對龍山荘 山からの自然の流れのイメージ

上流は大きめの石 浅く速い流れ

中流は小さめの石 深く穏やかな流れ

下流は小さい石 浅く煌めく流れ

 

維持するには週一度の水を掃除

 

庭師歴35年 武藤智彦

石の間に水が流れ光が煌めく 

石の間に泥が堆積すると石の上を水が流れる

光の煌めきが鈍くなる

自然に見える仕上がりにする

自然を手本に石が運搬されて堆積する 転がしながらとどめる

人の仕業を隠す

自然の仕業を見せるには 人の仕業を隠す

 

私感

素晴らしい職人さんとの出会いがありました。

武藤智彦氏、最高の技は心だということを教えてもらったような…。

職人さんの鏡だと思いました。

職人さんの手本として益々のご活躍を期待しています。

2026年8月11日火曜日

杉本博司&大江健三郎

秋空や刺激はいらぬ人生に

初飛行秋の旅路や千疋屋

銀ぶらやあんぱんを手に秋の雲

Lessonの前後忙し江戸の秋

過疎の町カルチャーショック秋あわれ

 

■滅びゆく写真 そして人類 現代美術作家・杉本博司

記憶の始まりは海だった

現代美術作家 杉本博司(78)

「絶滅写真」銀塩写真への惜別

「海景」あるのは海と空と水平線

古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能か

神奈川県江の浦 幼き日の思い出

自分の記憶の辿れる一番最初の記憶 その日から記憶が始まった

意識の起源 人間ってどうして動物から人間になれたのか

海だけは古代人と共通のビジョンを分かち合える

 

最初のシリーズ ジオラマ

虚実があいまいな領域を写真で研究してみる

 

立教大学卒業後 1970(22)渡米

1974(26)ニューヨークへ

杉本博司(当時37) 写真は可能性のあるアートとして選んだ

 

「シロクマ」1975

見るからに死んでいて作り物なのに

片目で見ると本当に本物に近く見える

どんな虚像でも一度写真に撮ってしまえば実像となるのだ

 

銀塩写真:一般的にフィルムを使うアナログ写真

 

劇場

映画一本分を写真に撮ってみる 2時間という時間を撮ってみた

時間って何なの?

 

杉本博司の言葉

私は写真をメディアとして使ってきた 

写真は普通時間を止める

しかし私は写真をタイムマシンとして使い

自由自在に時間の海を泳いでいたのだ

 

石膏で作られた数理模型です。

自然科学の基盤として近代を支えてきた数学。

本来、目に見えない数式を可視化しようとしました

 

建築

多根剛

 

Opticks

杉本の自宅 17世紀ニュートンが試みたプリズムの実験を再現

7つの色に分かれた太陽の光そのものを撮影 色と色との間の無限の海調

写真で持って色をとる実験

絶滅する銀塩写真

銀塩写真のピークの時に伝承した事には自分で自分を褒めてあげたい

カメラを持って映しながら死んでいきたい

問題はどこで現像するのか?

 

香川県直島 ベネッセハウス ミュージアム

陽射しに晒される「海景」雨や風を受けやがて朽ちていく姿に

この世界の行く末が重なります 

 

人類というのがこの文明が発達し始めてからでも 

まあ2万年くらいだと思うんですけど その時間のスケールは

どれくらいのことなのか 妄想ですかね そういう創造力を逞しくして

世界中の海を巡って来ましたけれども 

人類文明の先はあまり長くないのではないかっていう 

人間は人間が主体だと思っていますけど 地球の生命体の

全体の価値の方が高いんじゃないかと そうすると淘汰されるべきは

人間の方ではないかなと 長いこと海を見続けてきて

というな結果に達するのかな これが嘆かわしいことなのか

環境にとっては良いことなのかもしれません 絶滅というと

NegativeですがPositiveにも捉えられる

 

■大江健三郎氏の言葉 偉人の年収How much

初めての詩

雨のしずくに景色が映っている しずくのなかに別の世界がある

 

それらの犬は互いにひどく似かよっていた。(中略)

僕らだってそういうことになるかもしれないぞ。

すっかり敵意をなくして無気力につながれている、

互いに似かよって、個性をなくした、あいまいな僕ら、

僕ら日本の学生。(中略)僕は二十歳だった。

「奇妙な仕事」より

 

セヴンティーン

安保反対の運動を熱心にやりながら 

天皇崇拝の右翼青年にも共感している。

それが僕です

 

息子が希望を持てるように「光(ひかり)」と名づけた

 

広島にて「広島ノート」

最悪の絶望のなかでも決して屈服しない人がここにいる

広島の現実を受け止め絶望しすぎず希望を持ちすぎない

 

「ぼくは ほとんど逃げだしてしまいそうだったんです」

と鳥(バード)はいった、しかし、鳥は、息子の顔を覗きこんだ。

赤んぼうの瞳に、自分の顔をうつしてみようと思ったのだった。

赤んぼうの瞳の鏡は、澄みわたった深いにび色をして鳥をうつしだした

「個人的な体験」より

 

日本人としてのあいまいさに引き裂かれている」私は言いましたが

その痛みと傷から癒され回復することを何より求めて

私は文学的な努力を続けてきました

 

この放射性物質に汚染された地面を(中略)人は元に戻すことができない。

それをわれわれの同時代の人間はやってしまった。

この思いに圧倒されて、私は、衰えた泣き声をあげていたのだ。

「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)」より

 

ヒロシマから福島はつながっている問題なんです

原子力によるエネルギーは必ず荒廃と犠牲を伴います

私らに何ができるか?私らにはこの民主主義の集会 市民のデモしかない

もう一度被爆者を作らない 被爆者として自分たちが生き延びる

世界も被爆の状況から救い出す そういう人たちの考え方を

今新しく継承そ直そう

 

大江健三郎 2023(令和5)没 88

 

希望か絶望か、と問われる際には、ぼくはとりあえず

希望の側に立ち、人間の威厳を信じる側に立つ。

「新しい文学のために」より

 

2026年8月10日月曜日

兼題「曼殊沙華」&テーマ「あの夏」

秋の日や西(加奈子)の喋くり愛おしく

秋の空一言一句忘れまじ

秋高しさんま主語だとみな笑顔

秋麗心にいつも大切な人

嫌です!と朝井(リョウ)連発残暑かな

 

NHK俳句 兼題「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)

選者:星野高士 レギュラー:松井玲奈 司会:柴田英嗣

年間テーマ「虚子の近代俳句」

 

8月 黄金期4S しいえす

大正から昭和に移る時期にすごく活躍した高浜虚子の弟子

男性4人の俳人が黄金期を築きあげた

俳句雑誌「ホトトギス」明治30(1897)創刊

水原秋櫻子(1892-1981)(しゅうおうし)

高野素十(1893-1976)(しゅじゅう)

阿波野青畝(1899-1992)(せいほ)

山口誓子(1901-1994)(せいし)

その時代(4)「しい」と言った 

 

方丈の大屁(おおびさし)より春の蝶   高野素十

方丈:僧侶が住居に使う建物

本来「春の蝶」は俳句では違反の表現

「蝶」だけで春を意味するから ダメ押しになる

だけどこの句は高浜虚子は大絶賛した

蝶が春という景色を運んできた

「季節の推移を見事に言った」と虚子は褒めた

「春の蝶」は調べがいい 「蝶来たる」や「蝶飛んで」ではダメ

俳句は大小を対比することも多い 

大きいもの(方丈)と小さいもの()を見事に捉えている

高野素十は虚子が唱えた写生句を忠実に継承した人

素十は医者だった 解剖学の医者だったので観察力が凄かった

俳句の題材もじっくり穴が空くほど見ようとした

感情を出したいのを押さえている 言葉を省略して詠んでいる

 

滝落ちて群青世界とどろけり   水原秋櫻子

自分のことを言いたいということで 主観写生 自分の気持ちを出す

「群青世界」とか美学的な表現が秋櫻子は凄い 美しい広がりのある言葉

自分もそこに投影されている 弟子が違う所へ行くのは嫌な事ではない

自分で新しい表現を発見したからいい それが評価されれば

虚子は秋櫻子を高評価していた 秋櫻子は虚子の「ホトトギス」を離れた

「馬酔木(あしび)」大正7年に創刊された俳句雑誌 昭和3年に秋櫻子が

「馬酔木」に改題し現在に至る アンチ「ホトトギス」の立場で俳句を詠んだ

    継承⇨高野素十 客観写生

高浜虚子

   離脱⇨水原秋櫻子 主観写生

 

素十と秋櫻子は関東の俳人 誓子と青畝は関西の俳人

 

かりかりと蟷螂(とうろう)蜂と皃(かお)を食む   山口誓子

実際には聞こえない音を表現している それは完璧な主観

これは人間模様を描いていると思っている 弱肉強食 

人間模様をこういう場面で言ったそれでこの句は有名

山口誓子は主観が強い 自分の気持ちが強く句に出る

簡単な言葉よりも強い印象の言葉を使う 強い印象を

自分の言葉で発表した人 新しい主観の世界 

誓子と秋櫻子は人間社会を詠う 虚子は花鳥諷詠 自然の世界を詠う

大事なのは季語 それが生きていないとダメ

 

さみだれのあまだればかり浮御堂(うきみどう)   阿波野青畝

調べがいい 俳句で大事な事 内容も大事だけど 聞いている人が

心地よくなる 青畝は素十に近い写生句 どこかほっとする句

それはゆすさがあるから 言葉がゆったりしている 素十は

直接物を見るが 青畝は少し斜めから物を見る 俯瞰してみる

雅さもある 雅な感じ 他の3人にはない 

 

客観写生

阿波野青畝 高野素十 

関西            関東

   山口誓子 水原秋櫻子 

      主観写生

 

虚子が4人を導いた 虚子は両方の俳句を認めている 大らかな導き方

虚子の偉大にところは自分が見出した俳人が活躍したこと プロデュース

 

・特選句 兼題「曼殊沙華(彼岸花)

ポイント 花のイメージが人を思う 人を偲ぶ

人を思うイメージを自分に引き寄せて俳句にするのはポイント

 

雨粒を絡めとりたる曼殊沙華   岸来夢

古墳へと道は一本曼殊沙華   長長(とうなが)邦明

日向には日向の顔の曼殊沙華   須田真弓

曼殊沙華言い訳ばかりうまくなり   田中麦

金色の光の中の曼殊沙華   尚山和桜(なおやまかずおう)

遠ざかる錫杖(しゃくじょう)の音曼殊沙華   柏瀬(かしわせ)眞理子

 

特選三席

一席 さよならを云へずに曼殊沙華の道   坪田恭壱

二席 曼殊沙華虚空(こくう)につかむ もの探し   砂山恵子

三席 その色に雨は染まらず曼殊沙華   鈴木允子

 

・松井玲奈 今月の一句

曼殊沙華しわの手のせし砂糖菓子   松井玲奈

添削

三盆にしわの手伸ばし彼岸花

和三盆に手を伸ばした先に彼岸花を置くことで

彼岸花がどこにあるかがわかる

今月のポイントは「季題(季語)が見えるようにする」

 

・はみだせ!教室俳句

千葉大学教育学部付属中学校 大澤由紀先生

ポイント 具体的な体験をかき出す

推敲する時のアドバイス 推敲する時は消さずに残す

 

入場券小の字消えた花は葉に   古賀優佳

鉛筆を卒業したる夏の空   堀田龍世

 

楽しんで作ることを目標にしたい 言葉と戯れる喜び

言葉とピッタリ合った気持ちの時に

「この言葉に出会えてよかった」という

そんな時間に出来たらと思っています 大澤先生

 

遊びから学ぶ楽しさ

 

 

NHK短歌 テーマ「あの夏」

選者:千葉聡 ゲスト:千葉聡 司会:ヒコロヒー

年間テーマ「きょうの放課後 いつかの放課後」

 

ハヤシミドリシジミ:学名Favonius ultramarinus

西の風 春来たり 瑠璃色の遠く彼方より海を越えて

をご紹介くださいました 何とロマンティックな蝶の名でしょう

 

一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり

佐藤モニカ

 

涼しさを感じて夏を実感する 

 

・入選九首 テーマ「あの夏」

部室から汚いTシャツ出土して我のと言えずただ黙ってた

岩崎純史(じゅんし)

二席 傷病兵が立ってた夏を知らぬ子がギターで歌う町の陸橋

西村真千子

三席 南国の装いをしたスナックが手書きでバイト募集している

筒居桃子

浮かんでもスクロールされ消えていく夏#パガサス雲

高木秀俊

笑みながら母に抱かれし終戦のあの夏の日の写真が残る

大和嘉章

プールにも錆びた夜にも飛び込めた制服着れば無敵になれた

上野りな

私 水面に白熱灯が煌めいて私は金魚の命で遊ぶ

八号坂唯一(金魚と目が合っちゃった 

生物学は命を奪わないと完結しない学問 

白熱灯の白と金魚の金 命を照らしてくれる存在

照らされながら消えていこうとする命 より切ない 千葉)

「空襲!」に母の待たせし晴れ着着る租界の六歳何思ひしか

林邦子

一席 「先輩」と甘える男子パッと咲く花火のように夏が眩しい

阿部希

 

・ちばさとの放課後短歌部

千葉聡さんの「あの夏」

南硫黄島でコダマ(コダマキバサナギガイ)と会った思い出

天空に刺さった幹に、枝に、葉に、パニュキスのごとく棲むカタツムリ

千葉聡

童話「パニュキス」エリナー・ファージョン(18811965)

手が届きそうで届かない憧れの存在が〈パニュキス〉

 

ちばさとの短歌づくりのポイント

視点を意識して詠む!

自分がどこにいるのか 何を見ているのか 視線が感じられる

歌になると 独特の光を帯びる

 

短歌づくりのヒント

視点を意識して詠むと臨場感のある歌になる

 

・新たなアイディアの生み出すには?

間違えること 新しいものと間違えるから出てくる

競争を意識していると結局人と同じことを考える

競争を意識しないで余裕を持つことが大事

 

ヒコロヒー

他人と被ることが大嫌い 常に人とは違うところを探している

 

ゲスト 

研究者の生き方とそっくり

自分の新しい考え方を探すために論文を読む

すぐれた研修者と似ている

 

・いちご摘み

チェンジアップをおしえてくれる手のひらにつつまれている小さな地球

貝澤駿一

手のひらの朽ちたるごとき花のあとを泰山木の樹下に踏みゆく

小原奈美(好きな歌人 葛原妙子)

 

70回現代歌人協会賞 受賞

老いてわれは窓に仕(つか)へむ鳥来なばこころささげて鳥の宴を

「声影記」港の人より

 

私は短歌を高校からやっているので 仕事だけだったら自分が

日常の中で何をやっているのか 見失ってしまっていただろうな

木の下に実際に行ってみると 花は咲いている盛りのものは見えなくて

落ちている花びらによって間接的に知ることができる

 

摘んだのは「手のひら」

落ちて、なお、輝く白い花びら…。

字幕が出ないと全く分からない滑舌でした。なんだかなあ…。