寒竹の子光と水に育まれ
冬空をドクターヘリの急ぎ行く
冬の陽を背に受け点てるお薄かな
炉開きや茶筅前後に迅速に
武者小路千家の炭手前
■100分de名著 キューブラー・ロス「死ぬ瞬間」
1終末期患者への向き合い方
死の専門家
エリザベス・キューブラー・ロス
伊集院光 阿部みちこ 島薗進
死に向き合うプロセス 患者自身の経験に即して述べている
200人に及ぶ終末期患者のインタビューを基に
死に瀕した人間の心を明らかにした本
キューブラー・ロスは10代でボランティア活動を開始
30歳を過ぎてから医師になった
医師だけど医師からはみ出している
この本はたんに、患者を一人の人間として見直し、
彼らを会話へと誘い、病院における患者管理の長所と欠点を
彼らから学ぶという、刺激にみちた新奇な経験の記録に過ぎない。
鈴木晶・訳
ペスト 結核 天然痘などの感染症がほぼ克服された
シカゴ大学ビリングス病院 勤務
科学が発達すればするほど、私たちはますます死の現実を恐れ、
認めようとしなくなる。(中略)
もっとも重要な事実は、今日、死の過程がいろいろな意味で
以前よりつらいものになったということである。
死の過程はより孤独に、より機械的に、より非人間的になった。
患者は少しずつ、だが確実に、物のように扱われはじめる。
彼はもはや一人の人間ではない。
あらゆることが彼の意見を聞かずに決まっていく。
反抗しようとすれば鎮静剤を打たれ、何時間も待たされ、
体がもつかどうか気をもまされたあげく、
手術室か集中治療室に運ばれる。(中略)
十人以上の人がベッドの回りにいながら、全員の関心は彼の心拍数、
脈搏、心電図、あるいは肺機能、分泌物、排泄物だけに向けられ、
人間としての彼には誰も目を向けようとしない。
それに異議を唱えたとしても、すぐに黙らされることだろうー
これはすべて患者の命を救うための処置なのだ。(中略)
患者をまず人間として考えたりしていては救命の好機を失ってしまう!
死は敗北である 死を避けざるを得なかったのです
死を忌避する人々
尊厳はどこにあるんだ 本人の意思はどこにあるんだ 伊集院
エビデンスに基づいた治療をしなければいけない
エビデンスは数字で出てくるのでそこに頭がいってしまう
死の避妊 死に目隠しをしている キューブラー・ロス
医者の判断だけで動かされている もう侵略されている
人としての部分は破壊されている 伊集院
アウトサイダー的な医師だからこそできた 島薗
私たちは死に対して「婉(えん)曲法」を用いる。
たとえば眠っているかのように 死に化粧をほどこす。
(中略)病院で親が死に瀕していても、
子どもたちを見舞いに行かせない。 キューブラー・ロス
死を見つめないというのは 人類そのものの長い習性
死という向き合いたくないものへの心の準備が
できていないので 自己防衛のために否認する キューブラー・ロス
科学文明の影響が及ぶ前の時代は死の否認は強くなかった キューブラー・ロス
スイス チューリッヒ 1926年 三つ子の長女として誕生する
父・エルンスト
その農夫は木から落ち、助かりそうもなかった。
彼は家で死なせてくれと言い、
その願いはだれからも反対されずにかなえられた。
彼は寝室に娘たちを呼び、それぞれと
二人きりで数分間ずつ話し合った。(中略)
彼は死んだ。でも自分が建てた愛する家にそのまま安置され、
彼の死に顔を最後に一目見ようと友人や近隣の人々が集まってきた。
もし患者が、慣れ親しんだ最愛の家で最期を迎えられるならば、
患者のための特別なことをあれこれ考える必要はない。
家族は彼のことをよく知っているから、
鎮静剤の代わりに好きなワインを一杯与えるだろう。
安らかな死 宗教
死の向こう側には神様や先祖の領域があり
死ぬというのはそこへ移っていくこと
自然に死は受容できる
それ(宗教)がないと死は怖いだけ
恐れるばかりで受容できないものになってしまった
かなり分厚い人のつながりの中で死んでいく
宗教と人とのつながりがセットになっていた 島薗
過去
🔸死を迎える人の痛みを取り除く役目⇨宗教
近代以降
🔸科学技術が進歩
…医療は患者の治療を目指す⇔病床の人は死に向き合おうとする
🔸宗教への親しみが薄れる
…死の不安や悲嘆にくれる人を支えるものがない
死を克服したと医学は思い込むが大本の「死は古代から怖い」
ということに関してのケアはなかった 伊集院
シカゴ大学 1965年 キューブラー・ロスは迎えられる
「死とその過程」の授業を行う
講師に迎えたのは重い病を抱えた患者
セミナー中のやり取り
キューブラー・ロス「死ぬときのイメージは何かしていますか❓」
男性患者「いえ ただ惨めな終わりでなければと」
キューブラー・ロス「何かあなたの助けになれそうなことはありますか❓
例えば一杯のウイスキーとか独りにならないように友達になることとか」
このインタビューの目的
私たちがしようとしているのは患者さんから学ぶということなんです。
(中略)どうやったら、患者さんのことを本当に知り、その人が
どんな請求を持っているかを見つけ出せるのか。
そういうことを学ぼうとしているんです。
苦しむ患者を研究材料にしている と大きな批判を浴びますが
自分も語りたいという患者も後を断ちませんでした。
その数およそ200人にも上りました
「死ぬ瞬間」はキューブラー・ロスと患者たちの記録なのです。
終末患者へのインタビュー
お医者さんが死の玄人なのかどうか
患者の孤独が聞いて欲しいと思ったのでは…❓
人との交わりの中に自分は居続けたい そのことに気付けなかった医療界
生き甲斐になったのでは❓ 伊集院
教えて欲しい 自分たちが分からないことを
あなたたちこそ知らせてくれるんだ そこの姿勢が明確に出ている
キューブラー・ロスの意図は❓
医療者側が当たり前と思っていたことがそうではない
自分自身を省みる 自分たちがヒントを貰って変わっていく
かつては死ぬ人と周りの人たちが
気持ちを交換しながら死を迎える場があった
人間同士の場を作るという試み