青嵐想像力を刺激され
夏山の朝怪しく光る茜色
夏の風組子障子は受け継がれ
夏座敷組子模様に囲まれて
贅沢に凝った組子よ夏足袋よ
■こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教③「ムーミン」
トーベ・ヤンソン(1914-2001)
中村圭志(宗教研究家・翻訳家) 若松英輔(批評家)
「ムーミン谷の仲間たち」より
スナフキン
あんまり誰かを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。
リトルミー
かなしむなんてできないわね。あたいは、よろこぶか、おこるだけ。
ムーミントロール
みんなそれぞれ、こうもちがうものなんだな。
トーベ・ヤンソン「Whai is Freedom」
彼らの幸せは ひとりでいる自由 自分だけの考えにひたる自由
だれかに打ち明けたいと思うまでは 自分の秘密を明かさずに
隠し持つ自由から構成されています
このユートピア的とも いうべき家族を わたしはなにかしら
敬意と驚きに近い感情で 見つめてしまう
「小さなトロールと大きな洪水」富原真弓訳
八月も終わりの、そう、夕方に近いころだったでしょうか。
ムーミントロールとそのママは、大きな森のいちばん深いところに
やってきました。冬がやってくるまえに、もぐりこむ家を建てようと、
あたたかくて気持ちのいい場所を探しているのです。ふたりは
さまよいつづけ、静けさと暗闇の奥へ奥へと、踏みこんでいきます。
ムーミントロールのママはいいます。
「この家より美しい家はないわ」ママはムーミントロールの手を取って、
空のように青い部屋に入っていきました。こうして、いつまでも、
いつまでも、みんなはこの谷に住みつづけました。
スノークのおじょうさん ヘムレン フィリフヨンカ
「ワーディ
アマーン」(安心の谷)1990年代 アラブ諸国20か国で放送
トーベ・ヤンソン
戦争が執筆にどう関係していたか 自分でもわからないけど
もしかしたら「現実逃避」だったのかもしれません
実際にそう 責められたこともありました 私がしていたのは
むしろ必ず戻らなきゃいけない「現実からの遠足」だったのよ
父は彫刻家ヴィクトル 母は挿絵画家シグネ
スウェーデン系のマイノリティー
「エヴァへの手紙」1941年12月より
どこもかしこも戦争。世界中が戦争。何を言えばいい?
すべてが感情や気分に左右されてしまいます。
国全体が抱える苦悩が、私を圧迫し、バラバラにし、
爆破されたような恐怖感に教われることもあります。
生きたい、人生をきちんと生き抜きたいという想いが、
逃げたいという感情に打ち砕かれてしまうのです。
「ガルム」1941年クリスマス号 に風刺画を掲載
「ガルム」1944年10月号 ムーミントロールの原型
忠誠心、団結心、高圧的な言葉は、彼らの弱さの裏返しでもあります。
一貫性がなく、仲間内では無関心を装いながらも、実は自分だけは
出し抜いてやろうとか、いかに自分がすばらしいかを朝から晩まで
アピールするのです。男たちの戦争!
女として、相手を喜ばせたり、崇拝したり、へりくだったり、
さらには自分のことを諦めるなんて、そんな風にはなれません。
将来また戦争が起きたら、殺されてしまうかもしれないと
わかっていて、子どもを産むなんて、まっぴらごめんです。
トーベは女性と恋に落ちたのです。それは当時の社会においては
タブーとされ偏見にさらされる対象でした。
スクルット(役立たず) ムーミン谷
YLEインタビュー「子どもの本への道」
この物語をわたしは子どもたちだけのためではなく
自分自身のために書いています
ただ私の物語が特定の読者にむけられているとすれば、
それは「スクルット」であるといえます
「スクルット」とはどこにいても 居心地が悪く 外部や周縁に
とどまっていて「小さくてあまりぱっとしなくて汽車を怖がる」
人たちのことです。途方に暮れている人たちのことです。
新約聖書「マタイによる福音書」
これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい
1962年「ムーミン谷の仲間たち」
「目に見えない子とその他の物語」
「ムーミン谷の仲間たち」山室静訳
「さあ、入らっしゃい!」「だれをつれてきたの?」と、
ムーミントロールが聞きました。
「ニンニよ。そう、あの子の名前はニンニっていうの」
なんだかためらっているような、かすかな鈴の音が聞こえてきました。
それが階段を上がったところで止まったかと思うと、
床のちょっと上に、黒いリボンに結ばれた小さな銀の鈴が、
浮かんで見えました。
コーヒーを飲みおわると、
三人はそろって川のほうへあそびに出かけました。
ところがニンニは、何ひとつできないことがわかりました。
ニンニは、ひざをおっておじぎをしては、「もちろんです」とか
「とってもたのしいです」とかいうのですが、ただおつきあいで
やっているだけで、ちっともおもしろがっていないのが、
すぐにわかりました。
「それで ちやほやされると思ってるの?まったく、だらしないわよ。
あたいにひっぱたかれたいわけ?」ミイがどなると、ニンニは
おとなしく答えました。「いえ、えんりょします…」
「怒ることもできやしないんだわ。それがこの子の悪いとこよ」
ミイはそういうと、ニンニのそばに近づいて
こわい顔をしてつづけました。
「あのさ、たたかうってことをおぼえない限り、
あんたは自分の顔を持てるわけないわ」
ムーミンパパが、「ぎゃっ」と悲鳴をあげて、ぼうしを海の中に
落としてしまいました。ニンニの見えない小さな歯が、ムーミンパパの
しっぽに穴が開くぐらい深くかみついていたのでした。
「おばさまを こんな大きくてこわい海につき落としたら、
ゆるさないから!」
(ニンニは自ら自分の顔を取り戻しました。)
「あら、まあ!なんて、おかしいの!やだもう、最高!」
ニンニがさけんだのです。大笑いするあまり、
桟橋がぐらぐらゆれました。
モラン
「ムーミンパパ 海へ行く」小野寺百合子訳
「だれも なにもしなかったんじゃないかしら。だれもあのひとのことは
気にかけないという意味よ。あのひとは、雨か暗闇のようなものか、
通りすがりに、よけなければならない石のようなものよ。」
「あいつと話ができるかな」と、ムーミントロールはいいました。
ママは、ため息をつきました。
「モランと話をしてはいけないし、あのひとのことを話してもいけないのよ。
でないと、あのひとはもっともっと大きくなって、追いかけてくるわ。」
わたしは世界でいちばんつめたくけっしてあたたかくはならないの
1957年「ムーミン谷の冬」
「ママ、起きてよ!」ムーミントロールはさけぶと、走ってもどり、
ママのふとんを引っぱりました。「世界じゅうが、どこかへ行っちゃったよ」
しかし、ムーミンママは目をさましません。
谷間は、灰色のうすあかりにつつまれていました。
緑なんてものは、どこにも見えません。白一色です。
おまけに、まえには動いていたものも、今はじっと止まっています。
生きものの音は、ひとつもしません。角ばっていたものも、今ではみんな
まるみをおびていました。「これがきっと、雪というものなんだ」
ムーミントロールは、つぶやきました。
トゥーティッキ
「雪って、つめたいって思うでしょ。だけど、雪でこしらえた家に入ると、
あったかいのよ。雪って白いと思うでしょ。ところがピンク色に
なることもあれば、青い色になる時もあるわ。どんなものよりも
やわらかいと思うと、石よりもかたくなったりするの。
ぜったい、なんてものはないのよね」「ものごとって、みんなとても
あいまいなのよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」
「あのね、なんでも寝ほり葉ほり聞くもんじゃないわよ。」
「この世界には、夏や秋や春には居場所のないのが、いっぱいいるのよ」
「みんな少しはずかしがりやで、ちょっぴり変わりものなの。
どこへ行っても場ちがいに感じてしまったり、だれのことも
信じられなかったりする人たちとかね。
そういうものたちは一年じゅう、どこかにこっそりと、かくれているの。
そうして、あたりがひっそりとしてなにもかもがまっ白になり、
夜が長くなって、たいていのものが冬の眠りに落ちたときに、
やっと出てくるというわけ。」
「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。
そうして自分ひとりで、それを乗りこえるんだわ」
トゥーティッキの元となる人 トゥーリッキ・ピエティラ
トーベの生涯のパートナー
Alltin gar mycket osakert なんでも不確か
何でも不確か それがわたしを安心させる