2026年4月3日金曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 小石川後楽園

青空とひとつのトマト春の朝

桜蕊降る沈黙の叫び声

風光る新聞記事をモデルとす(フランシス・ベーコン)

マグリットの洗礼受けて春の闇

春月夜グロテスク且つ美しく

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 小石川後楽園

❝黄門様❞徳川光圀が完成させた庭園 おもてなしの庭園 たくさんの仕掛け

特別名勝 特別史跡 この二重指定は全国の庭園で9か所のみ

村雨辰剛(たつまさ)

 

兼六園 岡山後楽園 南禅寺方丈庭園 南禅寺小方丈庭園

無鄰菴 日本庭園は気軽に楽しめる 

 

小石川後楽園サービスセンター長 鈴木弓

睡蓮の見頃は5月中旬から9月中旬 内庭

東京ドームのほうに藩主の御殿がある そこの庭なので内庭になる

江戸時代に造られた現存する最古の大名庭園

江戸城(現在の皇居) 水戸 尾張 紀伊 ❝徳川御三家❞

水戸藩主 上屋敷の庭 小石川後楽園 初代藩主は徳川頼房

徳川光圀(くに)が完成させた 2人の思いが調和した庭園

唐門 唐門から先が「後楽園」先憂後楽から一説をとった名前

君子たる者 民に先んじて世を心配し 民よりに自分もしむ

毎年113日のみ開門される ここから京都への旅が始まります

京都への旅を疑似体験 仕掛けがいっぱい 木曽路 木曽川

江戸時代は人々が自由に行き来できない

客人に京都までの旅を楽しんでもらいたい 究極のおもてなし

 

たしなみポイント

青石「この先景色が変わりますよ」❝木曽路の終わり❞

石で「景色が変わる」合図を示す

 

琵琶湖を模した池 大泉水 

縮景:各地の名所を庭園に表現する手法

唐崎の松を模した松も植わっている 一つ松

 

たしなみポイント

象徴的なものを添えて景色を表す おもてなしの心が表現された庭

❝竜田川❞紅葉林 秋の庭園 

 

たしなみポイント

あえて浅くして流れを見せている 掃除が欠かせない

深さを感じてもらう為あえて掃除をしない 大泉水

手入れの仕方で川と湖を表現

 

たしなみポイント

踏み外(はず)し石 役石=役割のある石

道を譲るための「踏み外し石」 ちょっとした気遣い

 

蓬莱島(ほうらいじま) 神仙思想

中国の神仙思想に由来 不老不死の仙人が住むとされる島

横向きは亀 大名や長寿や子孫繁栄が大切  長寿のシンボル

 

作庭した庭師 徳大寺佐兵衛から名付けた石 徳大寺石

これらの石は伊豆から舟で運ばれてきた

どれだけ徳川家の力が強かったか

江戸幕府が行った大規模な治水工事で水路による物流機能が発展

力の誇示を庭園造営に注いだ

栗林公園(高松藩) 玄宮園(彦根藩) 水前寺成諏園(熊本藩)

 

小石川後楽園 庭師 庭師歴37年 木村央

蓬莱島の大きな手入れは5年に一度 人間が入れない神聖な島

広葉樹が多い スダジイ アラカシ モチノキ 

仙人はイネ科の穀類を食べない 松の実を食べて栄力を養っている

青大将の抜け殻 草を抜くことで蓬莱島の険しさが浮き出る

手で抜くことで根っこが取れる その分 人が島に入る回数が減る

 

たしなみポイント

手入れで「人が入れない神聖な場所」を表現

 

歴史的な庭で作業するだけでもテンションが…

黒ボク石(溶岩) 

石は日本庭園の骨格 

 

終点の京都 嵐山の景色 渡月橋 下を流れるのは❝大堰(おおい)川❞

 

光圀時代に造られた❝西湖の堤❞中国の杭州の蘇堤(そてい)を模したもの

京都の隣に中国 杭州 西湖の堤 中国と日本()の風景の調和

日本で最初に❝西湖の堤❞を造ったのは小石川後楽園

各地の大名庭園でブームに

縮景園(広島) 養翠園(和歌山) 

 

水戸藩2代目藩主 徳川光圀

中国の儒教を学んで育った

民から亡命してきた 儒学者 朱舜水(しゅしゅんすい)

 

頼房が造った庭を光圀は石ひとつ木ひとつ 動かさなかった

潤色して光圀が完成させた

 

池泉回遊式庭園 人をもてなすための庭園

円月橋 唐門 

 

光圀は完成させた庭を誰でも鑑賞できるようにした

❝白糸の滝❞ 名君として親しまれた君主でした

日本庭園は「おもてなし」が根本的なところにある

来るたびにいろんな良さに気づいていく

2026年4月2日木曜日

千家十職

ゴイサギや下手くそ過ぎる狩りの春

(ゴイサギ) 春の川夜行性とはいうものの

春の()川生き物・人の交差点

春の山水を守りて志明院

心ある優先順位春うらら

 

■千家十職 ❝茶の湯❞の求道者たち

表千家 十五代家元 千宗左

根幹にあるのは 職家(しょっか)さんのお道具

利休さんのお茶を受け継いできた 周囲の人々の尽力があって

今の表千家のお茶の姿がある 

 

茶の湯について

ジョアン・ロドリゲス(1562頃~1633)

取るに足らない陶土でできているにもかかわらず

123万クルザード 

さらにそれ以上の価格に達するものもある

ほかの民族がこのことを聞けば 

狂気で野蛮なことと思うであろう

日本人はあらゆる人工的なものに華麗なもの

見せかけ 偽善 装飾を大いに嫌う

彼らの言葉で「軽薄」という

万事に渡って節度を保ち

自己の技量や力量を誇示することなく

有り余るよりも むしろ足りないほうを望む

 

サミュエル・モース

利休は道具に❝簡素さ❞という価値を託したのだと思います

利休は派手なものや贅沢なものにはまったく関心がありませんでした

鮮やかな色彩にも興味はなかったのです

手作りの道具は整った美しさではありません

❝不完全な美❞を大切にします 

それは今の西洋の人々に非常に魅力的に映っています

 

ネシム・コーエン

人々はきれいなものを求め 

年老いて汚れることから目を背けています

時代を超えて残った道具は 落ち着きを与えてくれます

「大丈夫だ そのままでいい」と 死をも受け入れさせる美学です

 

シアスター・ゲイツ

私は日本の茶の道具から多くの影響を受けています

茶杓を見ると思うのです この一本をひとつの家が

三百年かけて磨き上げてきたのだと 私のとって茶の道具は

そこに宿る知恵の深さ 職人技の深さ 哲学の深さ

そして ひとつの道を貫く 覚悟の象徴だと思うのです

その姿勢は私が常に心の中で 大切にしている信念でもあります

 

アクセル・ヴェルヴォールト

私が大好きな十五代樂吉左衛門の茶碗です つつましいものですが

精神の豊かさを感じるのです わび つまり❝不完全な美しさ❞です

素材 自然など 非常に簡素なものへの愛です それらに

神聖ともいえる新たな価値を与えます 

利休の茶室に大きな影響を受けました この土地の土や木材を

使っています 瞑想や考え事をするのにとても良い場所です

目で見えるものよりも 心で感じることのほうがずっと多い

それはとても大切で美しいものだと思います 

私たちは自然から離れ 過剰に整った世界に達してしまった

すべてをコントロールしたいという人たちがいますよね

しかし わびの精神は正反対です それが私にとって

本当の豊かさかも知れません 

 

表千家 裏千家 武者小路千家 三千家は今もなお祈りをささげている

千利休の墓 利休が自身と妻子のために1589年生前建立した

327日 利休忌(命日の追善供養) 表千家 残月亭

お茶湯(とう) 家元が利休にお茶を供える

利休が最期をとげた季節の菜の花がいけられる

 

十八代 永樂善五郎 土風炉・焼物師

うちの家は華やかな世界なので まったく子どもの時から

見たことがない世界だった 真っ黒な世界というのが

土風炉では生活が難しくなっていた その当時 京焼で

華やかな焼き物がはやりだして 時代の後押しで 華やかなものを

作りだす 土風炉の技法を再興するために テストを繰り返している

窯の技法であったり どういう焼き方をしたらどういう色になったとか

温度によってどのくらいの変化が出たなど まだわかっていない

ことの方が多いので 

(いぶ)し を十年繰り返している

Q.なぜそこまで土風炉と向き合うの?

復興したからといって 何かいいことがあるわけじゃない

理由なんて必要ない 「なんで生きているんですか?」「生きたいから」

と答えるのと一緒で理由なんていらない そもそも 

理屈を考えるとかじゃない もしかしたら 

できたら理由がわかるかもしれない

茶色から黒に変化するような色を狙って作っている

土風炉を再興しようとした時にいろんな技法をトライアンドエラーしながら

新しい技法を身につけながらやっているので そういう意味では

明らかに自分のものづくりの幅が広がっている それは凄く大きい変化

いくつになっても新しいものをやり続けていくべきという

ものづくりをする人間の大事なところでもある 踏み出したことは

大きい事ではありけど 完成できてないからね 

Q.完成はどのくらいを目指している?

生きてる間

 

十三代 土田半四郎

長男 瑛大(あきひろ)

干支服紗 この寿が面白いと思ったので これを波ととるか 風ととるか

草原ととるか 人それぞれなんですけど ここに馬を走らせたら

疾走感あっていいだろうなと描き始めたので 

手癖を排除しすぎない事が 土田家の仕事としてアイデンティティーが

あるのかなと感じている 自分がどれだけのものを次につなげられるか

Pressureですね そこは感じています この仕事をできる人は

限られているので 今十三代続いている この家の仕事を

自分も次につなげたいなと思って 

 

表千家 十五代家元 千宗左

大量生産 大量消費の中で お茶はそれとは対照的な世界

お茶の道具は一世代だけでなく 代々受け継がれていく

❝物質的豊かさ❞の対極にある❝心の豊かさ❞を追い求める時代

 

サミュエル・モース

利休はあらゆるものの中に価値を見つけられると示しています

この教えは道具の中にとどまりません

一人ひとりがおかれる環境の中で 自分なりの価値を見いだすことに

つながるのです

 

シアスター・ゲイツ

私たちが作るものは完璧にはなり得ません

しかし その❝不完全さ❞の中にこそ より自然な美しさが宿っています

2026年4月1日水曜日

100分de名著 シルヴァスタイン「おおきな木」

山笑うけだかいクマと暮らしたが

隅田川春の気嵐もくもくと

春憂うなくなってゆく交番が

(勝浦町)春光やイグアノドンの歯を見っけ

春の潮情熱だけで生きられず

 

100de名著 絵本スペシャル④ 

シルヴァスタイン「おおきな木」しあわせとは何か

若松英輔 伊集院光 阿部みちこ

 

木は神様?女性の自己犠牲?環境破壊?

シェル・シルヴァスタイン(1930-99)

アメリカの作家・イラストレーター・シンガーソングライター

グラミー賞を2度受賞し アカデミー賞歌曲集にノミネートされた

 

原題は「The Giving Tree」与え続ける 

実際にもらっているときには あまり気が付けない

年を経ていくと 

「あのとき自分は分からなかったけれど 与えられていたんだ」

 

村上春樹・訳

その木は ひとりの少年の ことが だいすきでした。

少年はまいにち その木の下に やってきました。

そして はっぱを いっぱい あつめ ました。

少年はその木が大好きでした。

誰よりも何よりも 木は幸せでした。

「いらっしゃい、ぼうや。わたしに おのぼりなさい。

えだにぶらさがって、りんごをおたべなさい。

わたしのこかげであそんで、しあわせにおなりなさい」

「もう木登りをして遊ぶ年じゃないよ」と少年は言いました。

「ものを買って楽しみたいんだ お金がいるんだよ 僕にお金を頂戴」

「ごめんなさい、おかねはないの」と木はいいました。

「私にあるのは葉っぱと林檎だけ 林檎を持っていきなさい 坊や

それを町でお売りなさい。そのお金で幸せにおなりなさい。」

少年はありったけの林檎を集めると 再び姿を見せなくなりました。

長い時間を経て また少年が姿を現すと 今度は家が欲しいと木にねだります。

すると木は 自分の枝を切って持っていくよう勧めました。

少年は言われた通り 枝を切り落とし 根こそぎ持っていきますが

それでも 木は幸せでした。

 

幼い頃は木と少年は言葉を超えてつながっていた

言葉がいらないときのつながりは次元が違うくらい深い

言葉でないものにも意味が豊かにある 

 

少年が求めたもの お金 家 船 休める場所

木が与えたもの  林檎 枝 幹 切り株

 

相手が自分に信頼してくれていることももらっている

ある心理学者曰く「人生には2つの側面がある 

1つは所有だ もう1つは存在」

 

所有 100円もらった(物的)

存在 人と人との間に信頼が深められた

 

しかし所有には限界がある

もっと欲しい もっと欲しい

 

「満足」と「充足」

満足 量的=所有に近い

充足 内から湧き上がってくるもの(質的)

 

所有を豊かにすることで存在を満たすことはできない

所有の世界に生きていると満足できないと不足に苦しむ

木は所有的よりも存在的 存在対存在のつながりを深めたい

与えることによって一緒に生きていきたい

Boy(少年)と一緒に何かできることが大事

あえて言わないことがたくさんあるんだ 人間と人間のつながりには

この関係はAIにはできない

 

また長い月日が経ちました 再び少年が訪れると木は再会を喜びます

ところが少年は

「ぼくはあそぶにはとしをとりすぎているし、こころがかなしすぎる

(中略)ぼくはふねがほしい。ここじゃないずっととおくに

ぼくをはこんでくれるふねが。ぼくにふねをおくれよ」

「わたしのみきをきって ふねをつくりなさい(中略)

それにのってとおくにいって…しあわせにおなりなさい」

それで木はしあわせになんてなれませんよね。

And the tree was happybut not really

上記一行はアニメーションではカットされた

シルヴァスタインも「これが幸せ」「あれが幸せじゃない」

と簡単に判断しないほうがよいと思ったのではと若松英輔氏

 

さらに随分時が過ぎ すっかり年を取った少年が戻ってきました。

「ごめんなさい、ぼうや(中略)

あなたになにかを あげられるといいのだけど…

でもわたしにはもうなにものこっていない。

いまのわたしは ただのふるい切りかぶ。わるいんだけど…」

「ぼくはもう、とくになにもひつようとはしない(中略)

こしをおろしてやすめる、しずかなばしょがあれば

それでいいんだ。ずいぶんつかれてしまった」

「それなら」と木はいいました。

そして できるだけしゃんと、まっすぐからだをのばしました。

「ふるい切りかぶなら、こしをおろして やすむにはぴったりよ。

いらっしゃい、ぼうや、わたしにおすわりなさい。

すわって、ゆっくりおやすみなさい」

少年はそこにこしをおろしました。

それで木はしあわせでした。

おしまい

 

どんな老い方をしても「めでたしめでたし」伊集院

 

何も所有していない人間がただただ存在する

「所有」は「能力」という言葉に置き換えられる

老年になってくると所有の幅は減ってくる

親に寄り添うことはまさに「存在」

人は本当に大事な居場所を深いところで求めている

 

『「おおきな木」の贈りもの~シェル・シルヴァスタイン~』

マイケル・G・ボーガン=著/水谷阿紀子=著 より

何歳の人でも、ぼくの本の中でじぶんを見つけ、

それを拾いあげて、発見するという個人的な感覚を味わってほしい。

これはすばらしいことだと。

ぼくにとってじゃなく、その人たちにとってね。

 

発刊されて60年 問いと気づきを与え続けている

読み手は書き手とは別の創造者

この本は「いつ読むのか」が大事

 

とある家庭の次男はパラサイト、事あるごとに長男に説教をされていた。

しかし、時を経て両親と一緒に居てくれる次男がありがたい存在になった。

伊集院

最近、生まれ育った過疎地に戻って行く人が増えている

あんなに嫌って出て行った場所なのに…。

伊集院

この話が教えてくれる何か…。

色んな幸せの価値感があることについて学んだような…。
過疎にずっと暮らして今私が思うこと…。

2026年3月31日火曜日

羽海野チカ 漫勉スペシャル

風の電話を詠む

結婚や電話で告る風光る

返事なき東風の電話を涙せり

春の夜や時々母をぎゅっとする

いつも当事者進行形春泥

桜蕊降る聞く耳を持ってます?

 

■漫勉スペシャル 羽海野チカ

将棋の❝苦しみ❞をどう描くか

連載が始まった時から描きたかったシーン(この勝負)

羽海野チカ

3月のライオン」の連載の中で「いちばん大事な回なんだここが」

「ここを描きたいから今まで描いてきたんだ」この回失敗しちゃったら

今まで連載やってきた意味が壊れてしまう 描いて出版してしまったら

戻れないので ものすごく慎重になって描いた回です この人の苦しみは

将棋を指して生きていくからこその苦しみ なので対局とオーバーラップも

させなければならない でも「今まで島田さん そんなことを考えて

苦しんできたんだ…」っていうのも伝えたい けど「ちょっと待てよ」と

「対局って相手がいるものだ」と思って 重要な回なのに 主人公 

対局相手の顔が見えない ッテいう状態は絶対ダメだと思って 零ちゃんの

時系列を作り 島田さんの時系列を作り 最後 これ 両方コピー取って

合わせていったんです 島田八段のモノローグを中心に描かれました

「この道しかない」と思った男の人が 全身全霊で考えて 悩んでいるって

とこを想像して 「どんな気持ちなんだろう?」と思ったら

私がいちばん嫌な夢で 地下鉄の通路を 道が分からなくて

ずっと走ってる夢を(思い出し) 「こんな気持ちかも知れない」と思って

 

3月のライオン」

ブレーキを踏もうがアクセルを噴かそうが 

辿り着く先はそう変わらないと思っている

「命が惜しい」と 思っているうちは 開かない扉があるのだとしたら

何ひとつ迷わず オレは 開けたいのだ

自分とその人の共通点をかすかでもいいから探して 同じ気持ちになった

瞬間のところを広げていく 

 

己の不運にも、間違いにもーそして幸運にさえも

この静かな諦めと怒りのようなものが

果てしなく降り積もった 言葉にできないものすべてが

彼は流されることを良しとしない

焼野ヶ原なんかで あってたまるもんか‼

 

将棋と漫画家

浦沢直樹

「将棋の方の頭の回路に比べたら漫画なんて全然まだまだ」

と僕なんかも思いますけど だけどやっぱり 1人でものすごい量の

情報を取りまとめて 「何かそこで形作んなきゃいけないんだ」

ってことに関しては かなり似たことやってんじゃないかなとかいって

 

羽海野チカ本当に孤独で だってそんなに人は長く集中して

頭の中のものを動かし続けることなんて できないのを

「みんなやってるんだ」と思って 

 

浦沢直樹

将棋はずっと指していくから「待った」がないんですよ

僕ら 連載してますから 連載して載せちゃうと 将棋と同じで

後戻りできないんですよね 

 

羽海野チカ

「あのセリフ書いちゃいけなかった!」

浦沢直樹

「そんなことばっかりじゃないですか」

実は将棋とすごく将棋と似てんじゃないかなって連載漫画

羽海野チカ

10代の方から6070代の方 一緒に戦い続けるんですね

漫画もそうじゃないですか 

浦沢直樹

デビューしたての若者とね

羽海野チカ

これも似てるなと思って 私たちもう放り出されるまでは

全年齢の方と戦わなければいけないっていうのは同じだと思って

「いらない」って言われるまで がんばるしかない

 

浦沢直樹

道を究めようとしている人を描くっていうことを ずっとやるっていうのは

下手すると僕らのところに全部返ってくる 

羽海野チカ

「これを描くに恥じない自分でいなければ…」みたいな

浦沢直樹

このグレードを超えてここまでいきたいって思ってんのは我々なわけで

羽海野チカ

つらい 本当になんでしょうね 苦痛なく 提出することは

できるんですけれども 「それをやってどうしろっていうの?」って

浦沢直樹

それやったら漫画の意味がないんですよね

羽海野チカ

描き終わるのが仕事じゃなくて 読んだ人が喜ぶところまでが仕事なので

「ゴールを間違えちゃダメだ」って 

浦沢直樹

「楽しい絵が描けてないと意味がないんだよ」ってね

 

羽海野チカ

がんばれ!がんばれ!

 

羽海野チカ女史はご自身をギリギリまで追い込んでいる…。