どうすれば?(AIの)不正アクセス秋の色
身に沁むや個人責任問われても
秋あわれIT音痴の立つ窮地
秋深し悪事働く切れ者よ
AIを操る策士上り月
■上勝・葉っぱビジネス 糸井重里さん語る秘話
ポエムですよね
横石知二さんの知られざる物語
コピーライター 糸井重里さん
横石さんの考え方とかアイデア ものすごく欲しかった
クリエイティブだけじゃない プロデュースだけじゃないし
営業だけじゃない総合的な見方みたいなものが 俺にはできない
すごいなと思いましたね 葉っぱビジネスについて30本近い記事を発信
料亭の中に葉っぱがどう大事か こういう場所で葉っぱをこう使う
食べられないものだけど ここにこう置く 季節が変わったからこれを入れる
葉っぱを売っているけど サービスを売っている ❝心遣い❞を売っている
自分がやっている仕事にもとても影響している
桃太郎の物語ならきびだんごで何とでもできた
地元で生きているお年寄りはきびだんごじゃ動かない
人の心ってそんなに簡単に動かせないことを 知ってる人じゃないと
おばあさんたちを仲間にできない
ユーモアがあった 悲痛な物語じゃない 成功物語を語っているよりは
おもしろかった 悲壮感は長持ちしない かわいそうだから
手を出してくれる人はいるが 「いつまで言ってるの?」となっちゃう
「明るい未来に向かって一緒に歩こう」
その気分をあれだけ作れた そこが横石さんの魅力だった
ブリコラージュ bricolage そこにあるものを使う
無い物をねだらない❝アート❞ やれることからスタートして
市場も調査して働き手もいて じゃあそれが動けばいいじゃない
あらゆる場面で応用できること 「きみもできるよ」いい例として
上勝を伝えたかった
■葉っぱと夢とこの町と~上勝 横石知二物語~
上勝町元農協職員 横石知二さん(享年66)
糸井重里さん
楽しかったですよ みんながうれしそうにしているから笑顔がうつりますよね
ほぼ日刊糸井新聞で30本近い記事を発信
❝モノや情報 あふれる時代へのメッセージ❞
彼の明るさというか 「明るい未来に向かって一緒に歩こう」って
今の時代って「何が足りない」「こうでさえあればできるのに」と考えがち
無い物ねだりしていない人として 表現したかった
「きみもできるよ」って伝えたかった
父 恵(さとし)さんの最期の言葉
「上勝に行って良かったなあ あの町にはお前が必要やったんや」
ようやくもらえた自分を認める言葉
横石さんはその場で大粒の涙を流しました
その翌日 恵(さとし)さんは息を引き取った
2013年2月21日Xより
「人は誰でも主役になれる
出番と役割がある
私の原点は上勝町」
2026年6月27日
上勝町に石碑が建てられました。
横石知二さんの言葉
おばあちゃんたちは僕によく言いますよ
横石さんな 足も痛い 手も痛い 腰も痛い
ほなけどな 自分がこれやろうと思うときは 痛さが消える
痛うないんじゃ 終わったら痛い 楽しいことや
役割があるときは痛くない これって大事
ほんとに大事なことだと思います
私感
糸井重里さん ありがとうございました。
とびっきりの言葉を賜り感謝申し上げます。
上勝町をことあるごとに輝かせていただき
本当に嬉しかった。
ほぼ日刊イトイ新聞のクルーのみな様も
何回も足を運んでくださっていた事は
存じあげておりました。
毎回、楽しみに拝読していました。
こんな嬉しいことは生涯忘れないと思います。
ありがとうございました。
■鶴瓶ちゃんとサワコちゃん
ゲストは97歳のクラリネット奏者・北村英治さん。
進駐軍でアルバイトをし、演奏技術は独学で磨いたそうです。
クラシックのクラリネット奏者・村井祐児氏とのお付き合いもお話下さいました。
最高の演奏もお聞かせくださいました。
歳を全く感じさせないTalkに魅了されました。
■ホトトギスの句
織田信長:「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」(短気・苛烈さの比喩)
豊臣秀吉:「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」(才覚・機転の比喩)
徳川家康:「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」(粘り強い忍耐の比喩)
「鳴かぬなら生きよそのままホトトギス」
あなたはそのママでいいんですよ
戦国武将であり茶人でもある織田有楽斎(織田長益、信長の弟)を偲んで、
織田有楽斎四百年遠忌実行委員会が詠んだ句 出典や真偽は不明
明智光秀:「鳴かぬなら放してやろうホトトギス」
明智光秀:「鳴かぬなら私が泣こうホトトギス」
