2026年1月29日木曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 三千院

(髙島野十郎を詠む)

生き甲斐は晴耕雨描冬の空

夜半(よわ)の冬月と蠟燭描き続け

穢れなき悟りの象徴蓮華かな 

慈悲といふ冩実の極致冬の月

表現は凡(すべ)て暴力冬銀河

 

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 三千院

京都市左京区大原 三千院

紅葉 苔 秋の終わり限定の手入れ 苔の極楽浄土 石垣に苔

人間の手で苔を植えても苔は場所を選ぶので

気に入った場所でないと(定着は)難しい

 

中根庭園研究所 造園家 中根行宏さん 

祖父 造園家中根金作 妙心寺 退蔵院 余香苑を作庭 二条城 清流園

庭師 俳優 村雨辰剛(たつまさ)さん

 

聚碧園(しゅうえきへん) 茶人 金森宗和 修築

律川(りつせん)と呂川(りょせん)に囲まれている

大原は仏教修行の地 音無の滝 念仏修行 

律川の水が三千院の庭に張り巡らされている

大原の自然をいかした庭づくり 借景にした庭づくり 

石塔 五重塔に見える ちょっとした縮景

カーブを描いた生け垣は京都市中から見える山並み

 

たしなみポイント

京都市中の風景を表現した理由 代々ご住職は門主が皇族

この庭を見て市中京都の景色を懐かしむ 京都の美しい景色が凝縮されている

宮門跡(みやもんぜき)

出家した皇族が住持する格式高い寺院 

 

有清園 閑寂枯淡(静かであっさりとした趣があること)

吸い込まれていくような世界 分厚く見える ふかふか

10種類以上の苔がミックスされるようなかたちで生えている

苔の緑に明暗や濃淡がある

 

たしなみポイント 村雨

目線を下げて苔を細かく鑑賞してみる スギゴケ(オオスギゴケ) コスギゴケ

苔が生えるということは空気がきれい 適度な湿気がある

コケ植物

主に体の表面から水分や栄養分を吸収する 清涼な空気が欠かせない

日照条件 三千院のこの環境が苔を生んだ

庭師の工夫 杉の木は上の方しか枝が残っていない 村雨

枝打ちをしております 適度な日照も確保しております 中根

無理やりに人間の手で苔を植えても苔は場所を選ぶ 村雨

気に入った場所でないと(定着は)難しい 村雨

経年美化 大原の自然からの贈りもの 朝日が射してきました 午前9時すぎ

苔から煙出づ 神秘的 時間の変化によって苔の表情も変わってくる

冬:雪景色 春:桜、新緑 梅雨:紫陽花 

モリアオガエル ニホンカワトンボ 

 

たしなみポイント

いろはもみじなのですが「透かし」の剪定をしております 中根

まだ芽が柔らかいうちにハサミを使わず手で落とす

透かし:不要な芽・枝葉を取り除いて庭木が成長しやすい環境を作る

手で落とすと自然な風合いが出る

添景物:庭の景色に趣を添える物

「透かし」によって奥の灯籠を一緒に楽しめる

適度に光が苔に差すように微妙な濃さに透かしていく

庭の背景になる奥のモミジは「透かし」をせずに葉を残す

 

宸殿(しんでん)

苔の緑とモミジの赤 秋の終わり2週間ほどの景色

年に一度の苔のお手入れ 

 

三千院門跡 管理部課長 藤井大輔さん

スギゴケの庭 スギゴケに大切なのは日光 湿気 掃除

モミジの葉っぱを掃除してスギゴケを出していただこうかなと

 

たしなみポイント

掃除の跡が自然に見えるように掃く

 

モミジの赤とスギゴケの緑 上を歩いていると本当にふかふか

なかなかない感触 村雨

スギゴケは小さな山のような塊がいくつもあって森とか山を

小さくしたような小さな世界 スギゴケのお手伝いをして

キレイな姿を保っているというのは嬉しい 藤井

雲の上から山々を見ているような 村雨

およそ30分で作業終了 藤井さんが描いたのは波の模様

苔ってこんなにキレイなんだということがさらに目立っている 村雨

無になりながらやっていて自分も浄化されていくような 村雨

瞑想みたいな感じ 悩みごとの消えちゃいそうな 村雨

人間もうれしいし 苔もうれしい 村雨

 

住生極楽院

作家・井上靖 東洋の宝石箱と絶賛

 

三千院門跡 法務部 赤松佑亮さん

国宝 阿弥陀三尊坐像 来迎を表している

平安時代後期に製作 阿弥陀仏如来像(中央) 

観世音菩薩坐像() 勢至菩薩坐像() 

正座に見えるけれど前傾姿勢になっている 

今まさに立ち上がろうとしていらっしゃる すぐにお助けに行きますよ

お庭との関係

建物の中が極楽浄土 

阿弥陀如来さまが見つめる先にあるお庭こそ極楽浄土の世界感

仏さまと同じ目線 視点でお庭を眺める

 

仏さまを見立てたお庭 二十五菩薩 慈眼(じげん)の庭

律川から水を引いておりまして 上に水源があります

中根行宏さんの父が作庭 

律川の水はこの庭から有清園 聚碧園などに向かう

石で阿弥陀三尊を象徴してある まさに庭で描いた来迎図(らいごうず)

三千院の山の美しさ そういったものを山から引き込む

自然との共生を教えてくれている 中根

2026年1月28日水曜日

村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 妙心寺

「ばけばけ」を詠む

冬の朝「わしと一緒になってごしない」

頬緩め「待っちょりました」冬陽射し

だらくそと叫ぶ家族の冬日和

嘘をつき本音を隠すしづり雪

冬ぬくしこころの読める仲となり

 

■村雨さんと日本庭園たしなみ巡り 妙心寺

 

枯山水庭園 龍安寺石庭 相国寺(しょうこくじ)開山堂庭園

砂紋(波 波紋を表す) 石(宝船) 

大徳寺 大仙院 枯山水庭園 方丈南庭

 

砂紋引きに挑戦 

 

座禅は座ってする瞑想 庭の線を引くのは動いてする瞑想

 

妙心寺(京都市右京区花園 

10万坪の敷地 臨済宗妙心寺派 大本山 妙心寺)

1337年 開創 日本最大級の禅寺 

塔頭(たっちゅう)寺院 大寺院の敷地内にある独立した寺院

妙心寺塔頭 退蔵院 1404年建立

退蔵院 副住職 松山大耕さん

観光庁VISIT JAPAN 大使 米・スタンフォード大学 客員講師

 

国の重要文化財 退蔵院本堂(方丈)

宮本武蔵という侍が逗留(とうりゅう)していた本堂

減租二刀流 剣豪 宮本武蔵

妙心寺住持 愚堂東寔(ぐどうとうしょく)に教わった

精神の修行として禅の教えを学ぶ

武蔵も見ていたかもしれない庭を方丈から眺める

500年前に造られたお庭 名勝史跡庭園 枯山水「元信の庭」

狩野元信 狩野派2代目の画家 障子の桟(さん)を額縁に見立てた

たしなみポイント 絵を基に造った庭

妙心寺 塔頭 霊雲院にて修行をしていた 襖(ふすま)絵をお庭にした

狩野元信「琴棋書画図」部分

水が使われていない ”枯れる“

枯山水:水を使わず石・苔・砂などで山水(自然の風景)を表現した庭園

青い石は滝を表現 枯滝と呼ぶ そして川となり大海へ注がれる

壮大な世界観が表現されていた

見立て 亀島 鶴島 長寿の象徴

水を使わない庭園 なぜ造られるようになったのか?

枯山水って禅の寺のイメージがある 村雨

枯山水は平安末期の書物「作庭記」に初出

その後 禅の修行の場となる 

広く発展した要因には応仁の乱14671477である

神泉苑 平安時代の庭園遺構

実際の水を使わず砂を代用して山水の景色を造った

もう1つの特徴 不変の美 全て常緑樹が植えられている

モッコク・松・椿などの常緑樹を使用

自然を模したり季節感を大事にすることが多い この庭は唯一無二 村雨

元信の美学

 

元信が作ったたしなみポイント!

水の流れるような音 庭の後ろの竹藪 笹鳴りで水の音を見立てた

砂利が白い 白川砂 庭を掘って1か月くらいかけて 500年ぶりに

全部砂を出して手で洗って戻した 

拝観者のいなかった2020

僧侶の手作業だけで50年ぶりに全て掘り起こした

砂は手洗い あるものを工夫して最大限に活かす 

禅の教えが育んできたお庭

もう1つの枯山水庭園が 陰陽の庭 

黒と白の対比で物事や人の心の二面性を表現 およそ60年前に造られた庭

黒い庭と白い庭 石が何個ずつあるか数えてみてください

 

たしなみポイント 石の数

8足す7 15はとても大事な数字 龍安寺と一緒ですね

15は完全を表す数字 パーフェクション 七五三足すと十五 十五夜 

十五の石を白と黒に分けてある さらに深い禅の教え

「不二(ふに)」物事を二元論で捉えてはいけません

「二元論」とは善と悪 白と黒 

相反する二つの事だけで物事を捉える考え方

全体を1つとして捉えなさい 

二元論に固執すると争いが絶対におさまらない

砂紋の意味 二つの意味がある 一つは美的な意味 

1つだけルールがある それは狭い面積の中でも全宇宙を表現しなさい 

石は山 苔は陸 白砂は雲 黒砂は海・波 

もう一つは動く瞑想 

 

たしなみポイント 動く瞑想

砂紋を引くことが非常に重要な修行 余計なことを考えると曲がる

曲がらないようにこだわると余計に曲がる 

座禅が座ってする瞑想 庭の線を引くのは動いてする瞑想

砂紋引きは修行の一環

 

紅しだれ桜

いつ来ても違う景色を楽しめる

砂紋に雪 砂紋に花びら 

 

5年前来た時、村雨さんは砂紋引きに挑戦していた

雑念もあったのかちょっと納得いかない所もあった 難しかった 村雨

砂紋引きとは自分の心の状態が砂紋に表れる 

ぜひもう一回チャレンジいかがでしょうか❓ 松山

動く瞑想に再挑戦

雪の日がすごい嫌で積もるとすごい明瞭になる

緊張しますね 真っすぐ引くのは 松山

落葉や雨の多い時期は数日に1度行われる ナレーション

たまに先の方を見る それがポイント 

人生も一緒 近いところだけ見ていると どうしてもぶれる

たまには遠くを見る 松山

何とも言えない達成感 満足感があります 村雨

 

砂紋引き 人生哲学

 

あらためて庭師として枯山水の原点に戻って 

禅 仏教が持つ独特な哲学の世界に触れることができた 村雨

2026年1月27日火曜日

俵万智女史づくし

手間尽くし旨味無くして冬の朝

寒き朝仕草はまるで赤子かな

雑煮餅死と向かい合い今日を生く

春永を初音曲(はつねのきょく)が彩らん

初舞や地唄萬歳おめでたき

 

■徹子の部屋 ゲスト 俵万智女史

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ

最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て

我よりも我の短歌を暗唱しその短歌ごと消えてしまえり

心って燃えるんだっけ骨となり箱詰めされてゆく白き父

 

物語と共に詠んでくださった短歌は心に沁みました

改めて俵万智女史は天才だと思いました。

ご両親の愛を身体いっぱいに受け

その愛をまたご子息に惜しみなくお与えになられたのだと…。

愛を与えられて育まれた子の代表ではないかと…。

神の祝福を一身に浴びて成長されたのでしょうね…。

 

■番組を拝見して俵万智女史を詠ませて貰いました

大切に育てた吾子に教えられ乳房くわえて眠った吾子に

 

■俵万智女史がXに投稿された短歌

干し柿の歌

背のびして柿の実ドレミ青空に音符を吊るすような手作業

渋いことあったら私も試そうか皮をむいたり茹でて干したり

手間ひまをかけて生きれば甘くなることもあるよと笑う干し柿

 

世の中に片付くなんてものはない殆(ほとん)どありやしないほとんど 

漱石feat.万智

(夏目漱石の言葉や思想を短歌に落とし込んだ、現代的な解釈によるコラボレーション)

 

冬っぽい恋の歌

クリスマスマーケットに買うマグカップ確かに今日があったしるしに

辛い顔すっぱい顔が見たかったトム・ヤム・クンのクンはエビだよ

来年の春まで咲くと言われれば恋の期限にするシクラメン

宝くじを買って二人の逃避行もしもの世界地図を広げる

 

二月の短歌

これからの二ヶ月のこと何もかも思い出として始まる二月

きさらぎの雨から雪に変わる午後「オレが何とかする」って何を

頬の雪はらいてくれる指先をたとえば愛の温度と思う

チューリップの花咲くような明るさであなた私を拉致せよ二月

2026年1月26日月曜日

兼題「海鼠」&テーマ「言えなかったこと」

しまふくろう背中骨折道路脇

寒晴れやリハビリ終えたオオジロワシ

不審な死人の営み冬景色

厳寒や餌付けによる感染症

冬の原蜜が生み出すリスクかな

 

NHK俳句 兼題「海鼠(なまこ)

選者:高野ムツオ ゲスト:関取花、サンキュータツオ、

岩田由美、大谷弘至 司会:柴田英嗣

年間テーマ「語ろう!俳句」

 

生きながら一つに氷(こお)る海鼠かな   松尾芭蕉

 

   水飲んで腹の冷たき海鼠かな   大谷弘至

松尾芭蕉「さまざまの事おもひ出す桜かな」

岸本尚毅「手をつけて海のつめたき桜かな」

俳句的テクニック

   あの袋おそらく海鼠また動く   高野ムツオ

   水中はあたたかといふ海鼠取   岩田由美

   ありのまま愛してくれと海鼠噛む   関取花

   食卓の海鼠はじっと聞いてゐる   サンキュータツオ

ゐると読んだら「じっと」は「じつと」と 旧仮名遣いにすべき

 

・特選三席発表 兼題「海鼠」

一席 海鼠にも前と後ろと裏表   木村裕子

   ナマコの生きている姿形 これもちゃんとした生き物なんだよ

   人間と一緒なんだよということを訴えようとしている

   ナマコ独特のおかしみがあってちょっとした悲しみもある

   そういうところも表現できている

   動詞を全然使っていない 名詞だけで表現している

   すっきりと単純明快でありながら深い内容を讃えている俳句

二席 手に持てば垂れて海鼠の端と端   眩む凡

三席 わたしからでききたやうな海鼠かな   すまいるそら

 

特選

海鼠食む年甲斐もなく恋をして   冬野とも

海鼠食む貴方(あなた)は嫌い好きだけど   加藤みどり

俺たちは何ものなるぞ海鼠食ふ   長嶋佐渡

稚海鼠や花の色して放たるる   古関聰

衰へて酔ふも楽しや海鼠噛む   駒野目信之

海鼠コリコリ恋愛はもう懲り懲り   ふくじん

 

獲ってくる 買ってくる 砂漠 食卓に置く 食べる

ナマコひとつ取っても時系列で色々読み方があると気づけた

季語の攻略法にもいろんなものがあるんだと学べてよかった タツオ

 

NHK短歌 テーマ「言えなかったこと」

選者:木下龍也 ゲスト:ハナレグミ(永積崇) 司会:尾崎世界観

年間テーマ「伝える短歌 伝わる短歌」

 

言えたことは心の中から外に出して終わり

言えなかったことはずっと胸の中にあって渦巻いていたり

発酵して別のものになっていたりする

それを短歌の定型に入れたときに詩として輝くのではないか

 

・入選九首 テーマ「言えなかったこと」

好きなのにふたり遠回りばかりして短い秋が終わってしまう

里見脩一(もたついてる 音楽でもわざとためたりしますよね)

火に呑まれる家を見ていた(満面の笑みはマスクが隠してくれた)

芍薬

死んでくれてほっとしたよと兄が言う日当たりの良き部屋を掃きつつ

水須ゆき子

寄せ書きに小さく小さく字を詰める声では渡せなかった言葉

井上智景(ちあき)

一席 大丈夫うるさい別に何でもないこれは菜月語まだそばにいて

倉田菜月(自分の名前を歌った勇気を買った 木下)

二席 もう家はない、と言えずに手の甲をさする施設の白いベッドに

小鷹佳

「あのわたし、並んでいます」と言いそびれ肛門ぐぅと引き締めあげる

水川怜(「ぐぅ」で苦しみがリアルに伝わってくる 

身体感覚のリアルさを持っている 木下)

三席 大切にしていたペンが見つかった大切だった友の引き出し

はらあき

消火器の粉は白でなくピンク色していると気づく放火魔の姪

田島史都(ふみと)

 

・木下流 短歌の育て方

食堂が3000階にあったなら言えたかIm your big fan

(木下龍也氏が尊敬している歌人は吉川宏志氏)

ベンの後頭部を熱く記憶したあの日の苗場で唯一の人

胸の閉ボタンを押した神さまが去るまでは火をこぼさなかった

 

音楽と短歌のつながりを感じますか? 尾崎

頭でリズムを感じながら言葉を紡いでいくことがある 

グルーブのようなものから発動していくのか?

「伝えたい」「切り取りたい」言葉から纏めていくのか 永積

グルーブで作る方もいらっしゃると思いますが 僕は1枚の写真や頭にある

,3秒も映像からそれをどう読んだ人にそのまま伝えるかを考えている

言葉はそのための手段 リズムの良さや発音を揃える工夫は後で付け足す

木下

短歌の場合は自分の声で物語を読み解く 自分の内側で爆発する感じがある

そのきき方がゾクっとする 永積

(短歌は)31音なので受け取った方の読み解きや感受性に頼るところがある

 

・ことばのバトン

溶けきった黒がつま先まで来てる

reina(Iyrical school)

あなたが見たのと同じ月を見る

細川はな(子規庵宇宙の会)

子規さんは悔しさとか もっと生きたいという気持ちを

作品に込めて昇華させていった 私にはまぶしい存在

 

くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる

正岡子規

はなさんにとっては忘れられない歌

2026年1月25日日曜日

椎葉 山物語❝のさり❞の原風景

 ライバルは昨日の自分寒土用

可能性なき挑戦へ寒の雨

寒月や自己中心に考えん

震度一一糸乱れぬ鏡餅

蝋梅の香に誘われて阿波史跡

 

■椎葉 山物語 ❝のさり❞の原風景

 

・意味

「のさり」は熊本県天草地方の方言で、

「天からの授かりもの」という意味を持ち、

良いことも悪いことも運命として受け入れ、

生きていく糧とする考え方や、そのようにして生きていく様を表します。

単に「もらう」という意味で使われることもありますが、

根本には目の前の境遇を否定せず、

穏やかに受け入れる天草の文化や人生観が込められています。

 

・意味のポイント

天からの授かりもの: 幸運も不運も、

すべてが天から与えられたものとして受け入れる。

運命の受容: 良いことがあっても浮かれすぎず、

悪いことがあっても落ち込みすぎない、穏やかな精神状態。

「のさる」という動詞: 「(湯で)のさる」のように、

心の中の澱みを洗い流す、排出する行為にも使われる。

「のさりもん」: そうした「のさり」の精神で

出会う人や出来事も指す(例:「のさりもんの手帳」)。

 

以上、ITに教えて貰いました。

 

■のさりについて

のさりとは人間の理性知恵、自己本位の計算や意志、

教養などのはるかに及ばぬ大いなるもののはからいによって、

その人に授け与えられたもの、という意である。

 しかしのさりの想念は、受動的な諦めではなく、敗退の思想でもない。

おのれの禍福の正真を素直な心でみつめ、災禍に絶望せず、

福徳に驕らず、大いなるものの摂理のもとで禍福を乗り越えて生きていくという、

生命の源泉から発した思想である。自然(じねん)に生きるということだ。

 

 「のさり」の意味をこれほど端的に言い表している文章はありませんが、

そこには、2つの大切な意味が語られています。

 ①のさりとは、人の力が遠く及ばない大いなる存在によって自分に授けられたもの

 ②人はその大いなる存在から授けられた「のさり」を受け入れて感謝して生きる

 「のさり」の考え方の根底には、人は自分の力で生きているのではなく、

生かされて生きているというニュアンスを感じます。

それは、自分の命をはじめ、身体、家族、時間、空間、

環境、事象、出来事、出会い、縁、機会など、

すべての存在を生かしめている「大いなる存在」から授けられたものです。

その「のさり」を受け入れる態度を「のさる」といいますが、

そこには人事を尽くしても変えることが

できないものに対する人の謙虚な在り方があります。

 自力と他力といいますが、のさりは自力の及ばない他力の働きを受け入れる心で、

自分が生かされていることへの畏敬と感謝の心がそこにあります。

これは、古き良き日本の精神(大和の心)に通じるものだと思います。

 

「のさりに感謝」をご覧になってどんどん幸せになる

(自己成長の)糧にして頂けたら幸いです。

 

以上:https://waraku.nosaru.news/concept/ より

 

・私感

NHKスペシャルで「のさり」を知り、すっかり嵌っています。

最近、人生を自分の思いのままにしようとする人が多すぎるような。

社会全体がぎすぎすしているように感じます。

もっと、鷹揚にゆったりとした心持ちで暮らしても良いのでは…❓

「のさりに感謝」この精神で、個性を大切に各々が

今後、自分らしく生きて行けたならと深く感じ入りました。

自分を大切に、周りに感謝しつつ生きて行けたならと…。

2026年1月24日土曜日

田中角栄氏の名言

鎌鼬母への思い無の記憶

広き空気象萬千去年今年

冬の浜日和佐太鼓の出番待ち

冬空へ太鼓の響く日和佐浦

日の出まで日和佐太鼓や鳴り響け

 

■田中角栄氏の名言

「自分の物差しばかりでものを云っちゃいかんということだ。

世の中には、人のために働かないで、

文句ばかり言う横着な人間が少なくない。

こういうのはダメだ。使いものにならない。」

 

「時間の守れん人間は何をやってもダメだ。」

 

「政治家もそうだが、人間は地が大事。

そんなもの(知識の借り物)にウエイトを置きすぎると、

かえって人生うまくいかない場合もある。」

 

「国の方向を示すのが政治家の役目だ。それができなければ役人以下だ。」

 

「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。

その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。」

 

「政治家になると思っていなかった。

日曜日に釣りに行って、ああ川の流れがきれいだし、景色もまたいい。

それで、ついそこに住まいを構えて魚屋になってしまった。

そんな感じで政治家になってしまった。」

 

「大事なのは数字と事実だけだ。耳障りのいい形容詞に騙されるな。

嘘か本当か、調べればすぐ分かる。」

 

「用件は便箋一枚に書け。初めに結論だ。理由は二つ、

三つ箇条書きにせよ。この世に三つでまとめきれない大事はない。」

 

「自動車が走るには道路がいる。道路を舗装するには金がかかる。

それなら自動車を走らせるガソリンに税金をかければいい。

道路が良くなれば自動車の利用は増えて、ガソリン使用量も増えるはずだ。」

 

「部下よりも猛烈な努力をして、

部下よりも博識でなければ組織は動かせないのです。」

 

「悠然と構えて何もしない人より、ガサガサしながら

仕事をしている人の方が、案外家庭的で、実績を残しているんですよ。」

 

「いいと思ったら実行する。ダメだったら引き返せばいい。

色々考えてしまうと、人は行動できなくなります。」

 

「偉くなるには大将のふところに入ることだ。大将は権力そのものだ。

だから、そのふところに入れば、あらゆる動きがすべて見える。

それがわかればムダな手間がはぶかれ、ボタンのかけ違いもなくなる。」

 

「確かにノーというのは勇気がいる。

しかし、逆に信頼度はノーで高まる場合もある。

ノーとイエスははっきり言ったほうが、

長い目で見れば信用されるということだ。」

 

「君達ね、自分の置かれている立場を

有り難てぇことだと思わんとダメですよ。

寝言を言ったり不満ばかり言っている奴は、

人生終わるまで不満を抱き続ける人間になるぞ。

社会が悪い、政治が悪いなんて言って、一体何があるんだ。

人に貢献できるようになってから言うべきじゃ。」

 

「功は焦らなくても良い。

自分に実力がありさえすれば、運は必ず回って来る。」

 

「仕事をすれば、批判、反対があって当然。

何もやらなければ、叱る声も出ない。

私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、

まぁこう思っていただきたい。」

 

「自分が今のところまで来たのは、自分から求めるよりも、

周りから支えられたものに忠実だったから、と云った方が当たっている。

与えられた仕事に全力を尽くすことが、

新しい場面を開く結果になるものだ。」

 

「世の中には、会って話をし、付き合えば、その人間がよくわかるのに、

知らないまま食わず嫌い、毛嫌いしている場合が多い。

互いに自戒すべきことだよ。」

 

「赤坂、柳橋、新橋でも、

料亭の女将で店を大きくするのはどんな奴かわかるか。

仲居上がり、女中頭上がりだ。芸者や板場を立てて、見事に大きくする。

ダメなのは芸者上がり。」

 

「分かったようなことを言うな。気の利いたことを言うな。

そんなものは聞いている者は一発で見抜く。

借り物でない自分の言葉で、全力で話せ。

そうすれば、初めて人が聞く耳を持ってくれる。」

 

「いやなことは、その日のうちに忘れろ。

自分でどうにもならんのにクヨクヨするのは阿呆だ。」

 

「できるだけ敵を減らしていくこと。世の中は、嫉妬とソロバンだ。」 

2026年1月23日金曜日

小椋佳氏 鶴瓶ちゃんとサワコちゃん

一月をだるま朝日の現れり

冬凪やだるま朝日を狙う音

骨となりソ連より帰す冬北斗

八十二年ぶり阿波へ寒昴

冬銀河娘に抱かれ遺骨帰す

 

■鶴瓶とサワコちゃん

今回のゲストはシンガーソングライターの小椋佳氏。
生まれは昭和19(1944)年。

現在82歳と高齢ながらライブ活動を精力的にこなし、フランス語も勉強中。

自身の音楽のルーツとなった琵琶奏者のお父様の事、

急に優等生になった中学時代の秘密を告白。

大学4年生の時にあった歌手デビューの懸け橋、寺山修司さんとの出会い。

銀行へ就職を控えていた小椋が、26年間もの長きにわたり

銀行員と音楽家の二足のわらじで活動することとなったのは

言葉の錬金術師と言われた寺山修司さんとの出会いからだったとか…。

ある事がきっかけで楽曲提供をする事になった美空さんとのエピソードでは

レコーディング秘話や、小椋が見た美空さんの素顔などが語られました。

 

・小椋佳氏ならではの日本語の気づき

し忘れてきた 何かをするつもりだったのに、うっかり忘れてその場を離れてしまった事

置き忘れてきた 置いたまま持って来るのを忘れてしまったりした状態

七転び八起 何回失敗しても、それに負けず、また勇気を奮い起こす事

起き上がりこぼし(小法師) 重心の原理で倒れても自ら起き上がる、日本の伝統的な縁起物

 

・「幸せの瓶詰」寺山修司作 ミュージカル

芝居を見る人間ではなく 芝居を作る人間にならなくてはいけないと思った作品

 

・「寺山修司サロン」寺山修司氏より「遊びに来ないか」の誘い

毎回、即興で作曲した 居候のような状態となる 

田中未知(昭和20年~)ヒット曲「時には母のない子のように」の作曲担当

浅川マキ(昭和17年~平成22)昭和40年代に「アングラの女王」と称された歌手

「夜が明けたら」「かもめ」などがヒット

その後、銀行員になったためサロンへは行けなくなってしまった

寺山修司からレコーディングの依頼

「初恋地獄篇」(昭和45年発売)

小椋佳 初のレコーディング作品 カルメン・マキなどが参加したLPレコード

売れもしなかったLPを音楽ディレクターが注目

初対面の時「止めるわ」と言われる 予想と違っていたため 

ディレクターの予想は美しいティーンエイジャーだった

そのディレクターから「作品を頂戴」と言われる 彼は歌手探しを始めた

やっと見つけてきた その人の名は伊藤陽水

井上陽水(昭和23年~)「アンドレ・カンドレ」としてデビュー

後の名曲「白い1日」は作詞:小椋佳 作曲:井上陽水

小椋佳も唸った井上陽水の名曲「傘がない」「人生が二度あれば」

銀行の留学制度の試験に受かり留学することに

一度見送ったディレクターからレコーディングのお誘い

収録したテスト版がポリドールの販売会議に お蔵入りとなった

大阪に左遷されたディレクターは森谷司郎(昭和6年~59)

黒澤明の助監督も務めた映画監督と知り合う

(「八甲田山」や「日本沈没」などのヒット作を手掛けた監督)

お蔵入りしたテスト版を森谷監督が鑑賞 正月映画に全曲が使われる事に

「初めての旅」

銀行員をしながら音楽活動も充実 

年間2400時間を銀行に使っていた LP1150時間しかかからない 

昭和50/1975年 布施明に楽曲提供した「シクラメンのかほり」が大ヒット

阿久悠(昭和12年~平成19)和田アキ子「笑って許して」ピンク・レディー「UFO

尾崎紀世彦「また逢う日まで」ささきいさお「宇宙戦艦ヤマト」など

生涯で作詞した歌は5000曲以上

晩年友達となった 「君に文句がある」とクレーム

「時の流れのように」「勝手にしやがれ」で今年のレコード大賞は決まっていた 

なのに 訳の分からない「シクラメン」に持っていかれた 

頭に来てんだよ と…。阿久悠氏…。

「彷徨」(昭和47年発売)小椋佳の3枚目のオリジナルアルバム

日本国内でのLP総プレス枚数 第2位 作曲依頼が殺到していた

 

・「俺たちの旅」(昭和50年発売)ドラマ「俺たちの旅」の主題歌

B面「ただお前がいい」もドラマ挿入歌としてヒット

ドラマ放送から50年 スペシャルコンサート開催中

アニバーサリー 小椋佳もコンサートに参加

放送から50年後に映画化「五十年目の俺たちの旅」

 

・そもそもの美空ひばりとの出会いは

三橋美智也(昭和5年~平成8)

昭和歌謡の黄金時代を築いた歌手 

レコード総売り上げ総枚数は1600万枚を誇る

 

小椋佳の音楽ルーツは三橋美智也

「おんな船頭唄」(昭和30年発売)

三橋美智也のブレイクのきっかけとなる曲 200万枚を売り上げる大ヒット

小椋佳氏の一番好きな曲は「母恋吹雪」(昭和31年発売)

200万枚を売り上げる大ヒット曲 氷川きよしや福田こうへいなどがカバー

 

憧れの歌手 三橋美智也からオファー 最後のLPで小椋佳の歌を歌いたい

半年かけて12曲を作った レコーディングが始まって2曲目で挫折

ご本人は音域と歌い方ができなくなっていた 全部没になってしまった

全曲キングレコードからコロムビアレコードへ行くことになった

芸能生活40周年記念アルバムを作る美空ひばりさんが出てきた

「私が全曲貰うわ」となった 三橋美智也のために下した曲は美空ひばりへ

旅ひととせ(昭和61年発売)美空ひばりの芸能生活40周年記念作品として制作

12曲全て小椋佳が作詞作曲 渾身の12曲 

このアルバムのために 講談社「季語大辞典」購入

月ごとに季語を入れた 季語を150使っている 

小椋佳が垣間見た 美空ひばりの素顔

あれだけの歌手になってもレコーディングになると覚悟が違う

一曲につき3回しか歌わない オーケストラと同時録音から歌ってきた人だから

コロムビアでは権力者になっていた 周りは物が言えなくなっていた

それは違うと思って美空ひばりへ忖度なしの小椋佳の作り手魂

素直に聞き入れてくれた 美空ひばりは舞台で目立つ歌い方が癖になっていた

下から上に音を持ってくる時の歌い方を注意

「それは下品だしこのレコーディングでは止めてください」と言い放った

「飛んでほしいところを引きずらないでください」と言ったら「そうね」と

すぐに直されたとか… プロ歌手としての柔軟性と対応力を持っておられた

確かに美空ひばりは「しゃくりあげ」ておられました

あたかも自分の人生を歌っているかのように「愛燦燦」を歌い上げた

練習を間違えていたのでこの曲のレコーディングでも直したとか

一回上げる所を二度上げていたので注意。そく直されたとか…

注意する方も注意される方も素晴らしい 拍手喝采

美空ひばりにとって歌は命だった 歌を大切に考える人だった

「美空ひばりに注意して仕事を下ろされた」という噂もあったので

誰も注意できなくなっていた

でも、ご自身は好きな歌をもっともっとよく歌いたかったのでは…❓

 

・小椋佳の今後 妥協なしに納得できるミュージカルを作りたいと思っている

82歳の小椋佳が挑戦するミュージカル

 

デビューから2000曲を作成 これからも作り続ける 依頼があるので

鶴瓶の勘違いから着想「起き上がりこぼし」決定?

哲学をずっとやってきて 若い頃どう生きていけがいいか❓

自殺までしようとした男が

「人間はこういう風に生きてこういう風に生きればいい」

と言えるようになりました 

そんな本も一冊書いてみようかな❓

お釈迦さまも間違いがあった サルトルも間違いがあった

現在もライブ活動は現役 声が出る限り歌い続ける

3カ月ごと季節ごとのLive

人生最後の夢として

妥協なしに納得できるミュージカルを作りたいと思っている

紙で1500人入る劇場を作ります

坂茂(ばんしげる昭和32年~)

紙を主要な建築材料として使う建築家 

緊急時用のシェルターのデザイナーとしても知られる

ミュージカルのタイトルは「麟太郎」

勝海舟の幼名 23年後を目指している

 

・旅ひととせ

旅ひととせ 夢のあと

遠い故郷(ふるさと) 遠い空

季節は巡り 幾年(いくとせ)過ぎて

またこの地へ 戻るだろうか

旅ひととせ 夢のあと

過ぎた思い出 抱きしめて

過ぎた季節を 懐かしむ

またいつの日か 帰るだろうか

 

・萩の賑い

鱗雲行く 指月(しづき)山を

望む白砂 菊が浜

萩の城下の 鉤(かぎ)の手道で

出会う娘の 街化粧

十九、二十歳(はたち)の 流行(はや)りの旅か

萩は華やぐ娘らの

希望ばかりの 明日を映すか

白いまばゆい 壁囲い

若い恋なら 楽しいだけの

刈りの野遊び 村芝居

萩のすヽきに 野分(のわき)の兆し

見えず浮かれる 紅葉酒

 

・鶴瓶ちゃんとサワコちゃん

昭和の大先輩 小椋佳の言葉

「誰のようにも生きられず 誰のようにと生きもせず 小椋佳」

寺山修司、井上陽水、森谷司郎監督、阿久悠、三橋美智也、美空ひばりとの出会いをお話しくださいました。

小椋佳大ファンとしては珠玉の時間でした。

一言一言に耳を欹てていました。

妥協なしのミュージカルが楽しみでなりません。