2025年11月30日日曜日

茶の湯の求道者・京都「千家十職」

(つぐみ)食むナワシログミやアキグミや

(アクロス)福岡の中心街を眠る山

オオタカ来えさ場とならんアクロスよ

キジバトの羽の飛び散るアクロスよ

那珂川とアクロス山の冬支度

満月の夜に泡吹くカブトガニ

 

■茶の湯の求道者・京都「千家十職」密着記録・世界に響く❝神髄❞

ベルギー ス・グラーヴェンヴェーゼル城(11世紀築)

アクセル・ヴェルヴォールト(美術商)

私が大好きな十五代樂吉座衛門の茶碗です

樂の茶碗は千利休の精神を体現したものです

つつましいものですが 心の豊かさを感じるのです

 

私は茶の湯が大好きです

そこには尊敬すべき何かがあります

古びた様子を見ると心が落ち着きます

 

サミュエル・モース アマースト大学教授

ハイテク化が進む現代において

手作りの茶道具は整った美しさではありません

❝不完全な美❞を大切にします

それは今の西洋の人々にとても魅力的に映っています

 

千家十職[職家]

 

十六代 大西清右衛門(せいうえもん) 釜師

十三代 土田半四郎 袋師

十八代 永樂善五郎 土風炉・焼物師

十三代 中村宗哲 塗師(ぬし)

表千家 十五代家元 千宗左

 

千宗左

根幹にあるのは職家さんのお道具 利休さんのお茶を受け継いできた

周囲の人々の尽力があって 今の表千家のお茶の姿がある

 

樂家 十六代 樂吉左衛門 茶碗師

樂直入(じきにゅう) 十五代 樂吉左衛門

手始め式

長男 燈馬(1) 長女 ましろ(6)

 

手びねり❞で僕らは作っている 茶碗って人が出やすい

自分自身の向き合い方が弱いと茶碗にもそれが出てくるので

すぎばれてしまう 釜場に入った時の写真が残っていて

釜場の雰囲気を小さいながらに感じたのか 

おしっこをたらしてしまって 

 

万代屋黒 初代長次郎作

樂直入(十五代 樂吉左衛門)

長次郎の茶碗はね利休さんの茶碗だね 真っ黒 どうして真っ黒なんだ

色ばっかりじゃないですよ ❝装飾❞も捨てましょう

❝表現❞も捨てましょう 価値観そうしたものを全部捨てていく

じゃあ捨てて捨てて捨てて捨てて 極限まで捨てていったい

何が残るんですか? というのが長次郎茶碗が

我々に問いかけていること 根本ですよ

 

青山 三代 道入作

亀毛 五代 宗入作

古稀七十之内 九代 了入作

焼貫茶碗 十五代 直入作

 

形じゃない 中のもの 中に入っている精神 考え方というのか

そうしたものが重要 自分がどのように制作していくか

どう自分が生きようとしているのか ということが問題だね

 

今焼 十六代 樂吉座衛門作

 

竹細工・柄杓師 十四代 黒田正玄

自然の光の影が大事なので曇っていても明かりはつけない

 

竹をあえて利休は選んだ 竹入

竹一重切花入 十四代 黒田正玄作

朽ちていくものに美を見出す 黒田家はその技を研ぎ澄ましていた

一瞬だけ使われるものではないのでこういう形で油を抜いて

材料にすると昔から伝わっている

 

帰雁 初代 黒田正玄作

 

千利休の月命日 大徳寺 聚光院(じゅこういん)

表千家 十五代家元 千宗左

表千家、裏千家、武者小路千家は今も祈りをささげる

 

塗師 十三代 中村宗哲

玉ノ絵平棗 十三代 中村宗哲作

これは家が一番大事にしているもの 切り型

甲の角度はここでぴったり ここが胴のカーブ この刻みで盆月の幅

幅と高さがわかるようになっている これが立ち上がりの高さと角度

 

利休形中棗 初代 中村宗哲作

 

ポルトガル アジュダ図書館

これは「日本教会史」の写本で

ジョアン・ロドリゲス神父が書くいたものです

日本の茶の湯について初めて細かく記された本です

 

取るに足らない陶土でできているにもかかわらず

123万クルザード さらにそれ以上の価格の達するものもある

1万クルザード=金36kg

ほかの民族がこのことを聞けば狂気で野蛮なことと思うであろう

日本人はあらゆる人工的なもの華麗なもの見せかけ偽善装飾を

大いに嫌う 彼らの言葉で「軽薄」という

万事にわたって節度を保ち 自己の技量や力量を誇示することなく

有り余るよりもむしろ足りないほうを望む

 

フランス パリ 

茶の道具は400年の時を経て今、響き始めている

ネシム・コーエン(34) マーストリヒト大学客員講師

ソフィー・ユバッツ パン職人

 

人々はきれいなものを求め 年老いて汚れることから目を背けています

時代を超えて残った道具は落ち着きを与えてくれます

「大丈夫だ そのままでいい」と死をも受け入れさせる美学です

 

アメリカ シカゴ

シアスター・ゲイツ 現代アーティスト

私は日本の茶道具から本当に多くの影響を受けています

茶杓を見ると思うのです この一本を一つの家が

300年かけて磨き上げてきたのだと 私にとって茶道具は

そこに宿る知恵の深さ 職人技の深さ 哲学の深さ そして

ひとつの道を貫く覚悟の象徴だと思うのです その姿勢は

私が常に心の中で大切にしている信念でもあります

 

ベルギー

アクセル・ヴェルヴォールト(78) 美術商

侘び つまり❝不完全な美しさ❞です 素材や自然など

非常に簡素なものへの愛です それらに神聖ともいえる

新たな価値を与えることです 

あの木々の向こうにあるのが私の小屋です

利休の茶室に大きな影響を受けました この土地の土や

木材を使っています 瞑想や考え事をするのにとても良い場所です

目で見えるものより心で感じるもののほうがずっと多い

それはとても大切で美しいものだと思います

私たちは自然から離れ過剰に整った世界に到達してしまった

全てをコントロールしたいという人たちがいますよね

しかし 侘びの精神は正反対です それが私にとって

本当に豊かさかも知れません

 

祇園

変化する時代との戦い

 

土風炉・焼物師 十八代 永樂善五郎

金襴手葵御紋茶碗 十一代善五郎 保全作

乾山写松ニ雪ノ絵茶碗 十六代善五郎 即全作

標釉松画茶碗 十八代善五郎作

 

うちの家は華やかな世界なのでまったく子どもの時から

見たことがない世界だった 真っ黒な世界というのが

 

土風炉 三代 善五郎 宗善作

 

土風炉では生活が難しくなっていた その当時の幕末に京焼で

華やかな焼き物がはやりだして 次代の後押しで華やかなものを

作りだす 

 

土風炉の技法を再興するために テストを繰り返している

窯の技法であったり どういう焼き方をしたら

どういう色になったとか 温度によってどれくらいの変化が

出たなど まだ分かったていないことのほうが多いので

 

燻し(いぶし)

 

なぜ そこまで土風炉と向き合う?

復興したからといって 何かいいことがあるわけじゃない

理由なんて必要ない「なんで生きてるんですか?」

「生きたいから」と答えるのと一緒で理由なんていらない

そもそも 理屈を考えるとかじゃない もしかしたら

できたら理由がわかるかもしれない 

 

一閑張(いっかんばり)

こちらが十一代一閑作の張抜きの茶箱になります

 

十一代飛来一閑作 張抜き

貧乏だったので漆もたくさん買えないし 和紙を貼って漆を

1回だけ塗るというやり方で 生活の道具を作っていたと

伝わっている

 

大徳寺 高桐院

初代 飛来一閑の墓

 

夫 聡 長男 一誠(30)

松葉張込張抜四方銘々盆 十六代 飛来一閑作

試行錯誤を重ねた15年が実った

ひとつの部屋にきれいなキンキラ光ったものばかりあっても

目がキラキラするだけですし 貧乏だったところから生まれた

さびれた ぼやっとした感じが一番いい

 

土風炉・焼物師 十八代 永樂善五郎

茶色から黒に変化するような色を狙って作っている

土風炉を再興しようとした時にいろんな技法を

トライアンドエラーをしながら新しい技法を身につけながら

やっているので そういう意味では明らかに自分のものづくりの

幅が広がっている それはすごく大きい変化 ものづくりをする

人間の大事なところでもある 踏み出したことは大きい事では

あるけれど 完成できてないからね 

「完成はどのくらいを目指している?」

生きている間

 

仕覆(しふく) 十三代 土田半四郎作

袋師 十三代 土田半四郎作

長男 瑛大(あきひろ 29)

 

常に新しい使えそうなものは探さないといけない

 

滝もソフト上の定規ですっと線を引いてしまったので

きれいすぎる デジタルの均一化された整理され過ぎたというか

手癖を排除しすぎないことが土田家の仕事として

アイデンティティーがあるのかな 

 

表具師 十三代 奥村吉兵衛

掛け軸も100年とか200年単位の消耗品 

いずれはやり替えないといけない

次の人がやりやすいように ずっと受け継いでいく仕事

甥 吉良貞哉(さだちか 16)

 

表千家 十五代家元 千宗左

大量生産 大量消費の中で お茶はそれとは対極的な世界

お茶の道具は一世代だけではなく代々受け継がれていく

物質的な豊かさの対極にある❝心の豊かさ❞を追い求める時代

 

サミュエル・モース アマースト大学教授

利休はあらゆるものの中に価値を見つけられると示しています

この教えは道具の中にとどまりません 

一人ひとりがおかれる環境の中で自分なりの価値を

見出すことにつながるのです

 

シアスター・ゲイツ 現代アーティスト

私たちが作るものは完璧にはなりえません

しかしその❝不完全さ❞の中にこそより自然な美しさが宿っています

2025年11月29日土曜日

よみ旅!in広島&高野ムツオ&松原波月&ユトリロ&アートシーン

(杉本幸基投手)冬の球(たま)日本駄目なら韓国へ

冬浅し出来ないことが日々増えん

紅葉散る寝ることさえも一人では

武相荘小さき嫁菜の競い合い

純白の侘助凛と武相荘

 

■夏井いつきのよみ旅!in広島

広島編 お好み焼きにも人生あり!広島で俳句旅

 

被爆から80年 平和公園 被爆建物レストハウスが今回の俳句会場

 

1/5句目

ヒロシマを語る八歳原爆忌   八幡照子

今も亡くなった人へ「ご免ね」と思っている

俳句ひとくちMEMO 

原爆忌は広島・長崎を中心に犠牲者を追悼し平和を祈る日のこと

 

2/5句目

朝顔や長男婿に行くと言ふ   ⑦パパ

長男は12代続く医者の家系に名前を変えた

 

3/5句目

聞かずとも駅まで送らる雪の宵   紬

俳句を始めるきっかけが彼との失恋だった

東京大学大学院中退で母親との間にわだかまりができ、

いまだに会っていないとか…。

 

広島のソウルフード お好み焼き店へ

秋田七海さん

松本重訓さん お好み焼き研修センター長

 

秋の香と熱々焼ける母の顔   松本重訓

金木犀四十年の志   夏井いつき

 

4/5句目

講師より上手き語り部秋暑し   廣田美三子(みさこ)

廣田さんMEMO

18年前 脳出血で夫(裕作さん)が失語症に

 

5/5句目

句を作ると言い出す嫁御クリスマス   若宮直美

「うち癌と」狗尾草(えのころぐさ ねこじゃらし)の供に揺る   若宮文子

闘病中の文子さんから伊母さんにメッセージ

直美お母さんへ

よみ旅に選ばれてよかったね 

今は治療中で何もできなくて

心配ばかりかけてごめんなさい

クリスマスには元気になって

お母さんの好きなハイライを作るから

待っていて いつもありがとう 文子より

 

お母さんから文子さんへ

とにかく何もしなくていいから

一緒に過ごせたらいいね

頑張ってとは言えない 頑張っているから

 

今回のおまけ

アルバムを開く錫(すず)婚星月夜   るりゆるり

雪晴や明日は親知らず抜く日   平本牛車

(つま)と聞く梟(ふくろう)のこゑ龍の息  平本魚水

 

■高野ムツオ 随想「館のシンボル公孫樹(いちょう)」より

銀杏翁伐られ全霊黄葉せり

えいやつと声を掛ければ銀杏散る

銀杏金葉一気に降らし不服従

 

■徳島新聞 鳴潮 より

マフラーをロートレックの赤にせり   松原波月

 

■日曜美術館 孤独と哀愁のモンマルトル モーリス・ユトリロ

モーリス・ユトリロ自伝「幼少期から今日までの話」(草稿)1914-15

ある夏の日 退屈でたまらなかった私は ふとした衝動に駆られた

愚かだったのか それとも いい思い付きだったのか

ただ 紙と絵具を手に取り この難しくて報われない芸術

絵画に挑戦してみることにした

 

■アートシーン

・「伊勢物語 美術が映す王朝の恋とうた」展 野口剛

ちはやぶる 神代もきかず 竜田河 からくれなゐの 水くゝるとは

在原業平

不思議なことが多かった神代にも聞いたことがありません 

龍田川の流れを深紅に絞り染めにするなんて

 

源氏方の女御が出したのが「伊勢物語」の絵巻だった

「源氏物語」が書かれた11世紀初頭には

「伊勢物語」が絵に描かれ貴族の中で好まれていた

 

行く水に 数かくよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり

流れゆく水に数を書いても跡も残らずはかないけれども

それよりもっとはかないのは私を思ってくれない人を思う事なのですね

土佐光興の作品

 

あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれ

三年もの間あなたを待ちわびてちょうど今夜別の方と結婚します

岩佐又兵衛の作品

 

・エドゥアール・マネ オランピア について 音ゆみ子

マネが裸婦の横に描いた黒猫も官能性を象徴する役割があった

日本の動物の絵には役割は必要なかった

 

・藤田嗣治 猫 音ゆみ子

藤田は官能性の象徴として猫を書いている

西洋の伝統も日本の伝統もわかっている

藤田であるからこそ描けた猫

2025年11月28日金曜日

消せない写真で一句

鎮魂す見えないものや冬の空

言の葉へあわれ認め冬を詠む

給付金マッチポンプや隙間風

冬の雲らっきょう畑紫へ

品なくす忖度ありや冬旱

 

■プレバト纏め 20251127

消せない写真で一句

 

特別永世名人梅沢富美男の締めの一句

冴ゆる夜や白粉(おしろい)残る耳の裏

(冴ゆ:冬の季語 厳しい寒さによって透き通った寒さを感じること

 耳の裏という描写で役者のドーランではないか 耳の裏に残っている

 どこか哀れを誘う 

 良い句の条件は細部を描写する事で全部を相手に伝える)

 

名人10段を目指す試験 森口瑤子

風邪の吾へスピースピーと犬の息

(風邪:季語 オノマトペのリアル 

 良い句の条件 言葉で書いてないものが映像で見えて来る

 寄り添ってる画が見えてきた)

 

一位 ふくらP

寒鴉(かんあ)鳴く路地看板の斉(いつき)の字

(寒鴉:季語 句またがりをいきなり使いこなしている

 看板の文字には動きが全くない 

 よって前半には聴覚の要素を1つ入れる

 季語の印象が深くなる 大いに将来性のある才能あり)

寒鴉(かんがらす)の露地看板の斉の字

 

二位 さや香・新山

自分への批判をスクショクリスマス

添削(語順が文章になっている 単語を・で繋ぐことで想像力を掻き立てる)

批判スクショ寂しさ・孤独・クリスマス

 

三位 浮所飛貴

冬の暮黒髪の影連れ去りて

添削(上五中七には才能の欠片あり 

言葉との格闘が見える 詩人の匂いは感じる

髪を切ったその日の夕暮れ美しい金色が心には残っている)

金色にれゆく黒髪

 

四位 永島優美

冬の朝七年呼びし時計かな

添削(時計よという詠嘆と冬よという詠嘆することで言いたいことが強調できる)

時計度目の

 

五位 柿澤勇人

幽天を見て取り戻す晴れ舞台

添削(幽天:冬の季語 冬の空模様の事 内容が伝わってこない 句またがり)

真青(まさお)なる冬空舞台への再起

 

次回のお題は「高い買い物」

 

2025年11月27日木曜日

あの人に会いたい 大宮エリー

インフルエンザ猛威振るわん冬紅葉

阿波踊り冬のお江戸でひと踊り

冬空をぞめき響かせさくら坂

朗々とよしこの節が冬の街

尺八やよしこの響く江戸の冬

 

■あの人に会いたい 大宮エリー(作家・画家・映画監督)

1975-2025(令和7)年 49歳没

 

読み終わったあと 見終わったあとに 少し前向きな気持ちになれる

ハッピーな気持ちになれるものしか 私は作るつもりはない

終わったあとにドーンってなるのは ちょっと嫌なんですよね

 

ちっちゃいころは昆虫採集をしたり 何かストローの切れ端とかに

何か文字を書いて 家の片隅に隠したりとかしていたらしいんですけど

母親が掃除のときに「何だろう」と思って 何かこう

「お母さんいつもありがとう」って書いてあって 「フフッ」みたいな

そういうのが好きな子だった

 

いじめの記憶ってつらすぎて あんまり覚えていないんですよ

だけど 私こんな嫌な思いするんだったら これを人に

自分が嫌な思いをするのはいいんだけど 

人には絶対したくないって誓った 人を傷つけるのだけはやめようって

そのとき思って 

 

1999(平成11)年 東京大学薬学部 卒業

広告代理店に入社

 

何か変わっていると思われたのか 仕事が来なかったんですよ

そんなに それでコンペに参加したり あとは 本当に実際に

クライアントに自分で作品集を作って売り込みに行ったり

あとは営業に部署に行って 「クリエーティブセクションで

断られたようなちっちゃい仕事はないですか」とか

「つまらない仕事はないですか それ私 つまらなくてもやります」

「それをいかに面白くするかで頑張ります」とか言って

 

たまたま見ちゃうものじゃないですか 広告って タダだし

そのときに何かすごく つらい思いをしている人が たまたま

見たもので 何か「あっ面白そうだな」って 「面白い」って

見ていたのに ふっとね 何か考えるきっかけを与えられた

止めるっていうよりも きっかけになったらいいなと思って

 

人生の素敵なことは、だいたい最後のほうに起こる。

 

私はずっといじめられたままなのかなって思ってた 今思えば

トンネルだった 必ず出口があったんだなっていうか 

出てみて分かるというか それをいじめられている渦中の人に

教えてあげないと ずっとこのままだと思った

ちょっとしんどいじゃないですか

 

2005年 TCC新人賞受賞 翌年退社

 

あるとき ホワイトボードに行き先を書くのが

すごく嫌なことに気づいちゃった

自分の居場所を知らせることが すごく嫌だったの

自分が企画をするのに デスクではできないわけ

電話も鳴ってるし気が散るから 「じゃ家でいいか」

みたいな感じで家で企画していた 向いていなかったんでよね 

組織が それに気づかなくて 7年間も勤めちゃったんですけど

 

映画「海でのはなし。」映画監督デビュー

(俳優はテストから)本気でやってくるから その一回きりの

奇跡的な演技を 拾ってあげないといけないと思った

そこですごい いいのができたとき 「もう一回お願いします」

って言って もう一回やったとしても 何かが失われていく

感じがするっていうか 「”今“と撮りました!」っていうのは

私という監督の仕事かなと思っていた 

 

「生きるコント」エッセーを始める 2006年週刊文春

 

あんまり自分に興味がないので 

書いたことを覚えていないっていうか

この話 面白かったよとか 気功師の話 面白かったよとかね

ブラジルのビキニの話 面白かったよとか言われると 

「ああ書いたな」っていうのを思い出すんですけど

ブラジルに行って「郷に入れば郷に従え」ということで

街なかをビキニで歩いてしまって 走ったんですけどね

 

私はあんまり表現欲がなくてですね 受け身っていうか

依頼があってそこから考える その人が何を望んでいるかと

まず 私は取材しますね 取材してそれと見合ったものを出す

アンド プラスアルファ 例えば「天丼を食べたい」と

言っているのに「カレーがいいよ カレーの方がいいよ」

って出したら 「いや…」ってなるじゃない 天丼を出すんだけど

ちょっと「添え物はすごい いい」とかさ 何か「こんな

天丼なかったよ」みたいなものを出すとかさ そういうことで

また頼みたいな あの人は期待に応えてくる アンド

それプラス想像を超えるものを やってくれたみたいなさ

 

プライベートだと思いを伝えることができなかったり

自分の気持ちにうそをついちゃったり 押し殺しちゃうことが多いんで

それをどうやって克服したりすれば いいんだろうって考えたとき

色々アイデアが浮かんだんですよ それをちょっとビジュアル化した

体験してもらうっていう 個展というか 場なんですよ

これはね「心の箱」なんですよ 手を突っ込んでもらってね

心の肌触りを感じる ちょっと怖いじゃないですか

何が入っているか分からない 哀しみとか いろんな 切なさとか

孤独とかいろいろあるんです 

喜びの心模様をこう感じるみたいな 裏にまわると中身がわかるっていう

チクチクしたのは たわしだったんだとかね あとから来た人が

心の触れているのが見えるんですよ こわごわ 誰かが 

今誰かの心に触れていますよっていうのが 後で見えるみたいな 

自分もみられていたみたいな

 

ただ描いているとき すごい楽しい 唯一楽しい

むしろ楽しくないと 描かないようにしているんですよ

「楽しい!」って描いたものを見て みんなが

何かその楽しい波動を受け取るじゃないか

自分は“モノ作り”をしてきて みんなが喜ぶものを作りたいって

いうのがあるわけですよ こういう時代だからこういうものを出したら

みんながほっとするかなとか ちょっとこう笑ってもらえるかなとかね

落ち込んでいる人にはこういう元気を出すものがいいかなというふうに

考えてやっているんですけど 

 

私は生きていることを表現活動だと思っていて

人生が一つの作品って思っているから

つらいときは今つらい章なんだなとか

そのあとに転換期があって 最後 歓喜の章があればいいと思うから

そうすると少し楽しめるんじゃないですか

いいドラマチックな人生を生きているよ今って

そういうテーマを切り取って

作品を作っていきたいと思っている