喉絞めつけて守る縄張り秋の鳥
好きと言われず好きとも言えず虚栗(みなしぐり)
腹まわりだけが日に日に秋渇き
風まかせ風車と芒佐那河内
佐那河内光る芒の大うねり
■100分de名著 ロフティング❝ドリトル先生航海記❞(4)
小さな鞄ひとつで軽やかに生きる
福岡伸一 伊集院光 阿部みちこ
敵が来るぞ!
バグ・ジャグデラグ族の軍勢が山を駆けおりてくる!
「しかたない」とドリトル先生は言いました。
「こうなっては覚悟を決めるしかないな。
わたしは戦争には反対だが、
村が攻撃されるとなれば、加勢しないわけにはいかない」
そう言うと、地面から太い棍棒を拾いあげて、
岩に打ちつけて強さを試しました。
クモサル島の部族間争い
完全に敵を撃退・殲滅(せんめつ)したわけではない
最低限の平和主義を守った
その後、オウム和平条約を結ぶ
・飢饉が起きても両者が助け合う
・二度と戦わない(不戦の誓いを立てさせる)
常に弱肉強食で争いを繰り返してその中で
優れたものが勝ち残ったようにみえるが実はそうではない
利己的に振る舞うよりも利他的に協力・共生したときの方が
進化が大きくジャンプしている
一方が一方を支配しているわけでもなく
支配されているわけでもなくバランスで世界が成り立っている
ドリトル先生はポリネシアから
「酋長に選出された」という報告を受ける
「わたしだって?」ドリトル先生は腰を抜かしそうになりました。
「とんでもない、よりにもよって!」
「ほんとですね。先生を酋長にするとは驚きましたわ。
でも、それだけではありません、ここの人たちは
先生の苗字も勝手に変えてしまったのです。」
ドゥ・リトルって❝なんにもしない❞って意味でしょう?(中略)
だから、これからは、先生のことをジョング・シンカロットと
呼ぶんだそうです。シンカロットは
❝たくさん考える❞って意味ですものね。(中略)
「勘弁してくれ(中略)問題は王さまという重い責任を
引き受けたら、気分しだいでそれを放っぽりだす
わけにはいかないことだ。(中略)王さまになったら、
博物学者としての人生は終わってしまう。(中略)
「(中略)残念ながら、今、取りかかっている仕事を
投げだすわけにはいかない。(中略)わたしたちは島民の生活を
以前とはまるで違うものに変えたと言っても過言ではない。
人の生活を変化させるのは、実に微妙な問題だ。
そして、わたしたちが起こした変化が、最終的に
いい結果をもたらすのか、悪い結果をもたらすのか、
それを見届けるのもわたしたちの責任だ(中略)
そうなんだ、自分を信頼してくれる人に対して、
それを裏切るようなことはとてもできない…。
いや、それに、わたしもこの島の人々が好きなんだ。(中略)
とにかく、とうぶんはこの島を離れられない。
今、離れるのは正しくない」
王さまになったドリトル先生
ドリトル(Dolittle)⇨シンカロット(Thinkalot)
ほとんどしない おさぼり先生
自分から無理矢理取りに行かない 背伸びしない
あまり積極的に何かを求めない
⇩
Dolittleをこのように訳したのは井伏鱒二
「山椒魚」で知られる作家
「ドリトル先生」シリーズの翻訳を手がけた
❝Do a lot❞はあくせくして生きなくてはならない
何かがやってきたらそれに応じて変幻自在に変われる
ドリトル先生の自由な生き方が出ている
ドリトル先生の生き方は状況によって常々変わっていく
生命本来の風任せ主義
月日は上陸から約2年経過―
大ガラス海カタツムリ
そうして、見たことも聞いたこともないような
この世でもっとも奇妙な会話がはじまりました。
まずはヒトデが海カタツムリに質問をして、海カタツムリの返事を、
ヒトデがウニに伝えます。そしてウニがそれをイルカに話して、
最後にイルカがドリトル先生に通訳するのです。(中略)
やがて、ドリトル先生の顔がほころぶようになり、
ほんの少しずつではあるけれど、話が
通じているのが私にもわかりました。(中略)
「スタビンズくん、(中略)わたしの診察鞄を持ってきてくれ。
たしか、謁見(えっけん)の間の玉座の下に置いておいたはずだ」
ロング・アローの言葉
あなたの未来も仕事も、海の向うの異国の故郷で手招きしている。
私が人類のために集めた植物の知識も、あなたとともにそこへ行く。
ここよりももっと役立つ場所に。ごらんなさい、
東の空が白みはじめている。まもなく一日がはじまる。
空気を吸い込むような音とともに、海カタツムリが体と
殻のあいだに隙間をあけると、私たちは外に這いでました。
そうして、湿原におりたつと、
秋の霧雨が降っているのに気づきました。(中略)
ポリネシアが翼から雨を振り払いながら、
ため息交じりに言いました。「これこそ英国よ。
この陰気な天気がその証拠だわ」(中略)
ドリトル先生がたくさんの荷物の中から古びた鞄を
手に取りながら言いました。(中略)「(中略)おっと、
時刻は4時だったな!さあ行こう。
どうにかお茶の時間に間に合いそうだ」
エンディングを読み解く
利他の精神で島に残ろうと思っているドリトル先生を最後に
説得したのはロング・アローの利他の精神
旅を通して世界のことがわかるということは自分自身が
変わるということは 航海記の最初と最後で示されている
スタビンズくんがひとまわり成長したということ
「航海記」は人生の比喩 最初はワクワクするような少年時代
困難に出会う青年時代 旅をだんだん終える壮年時代を
スタビンズくんが体験してだいぶ後に書いているという二重構造
そこには少年の日々をありありと思い出すという要素がある
センス・オブ・ワンダーという言葉で表現できる
自然の美しさとか精妙さに対して驚く心
大人になると忘れがちになってしまうが 航海記のような物語で
自分が辿ってきた人生をもう一度辿り直してみると少年の日々の
センス・オブ・ワンダーがあったことを思い出させてくれる
というのが航海記のもう一つの意味
原点を思い出すということは大人になった後も自分を支えてくれる
人生をどうすれば良いかわからない人は旅に出ればよい
いろいろな解釈ができる物語はそれだけ懐が深い
「伏線がすべて回収される」
自分の人生を照らし合わせると響き方が違う
この本には「そこに自分の原点があったな」
出発点が感じられる
自分のセンス・オブ・ワンダーを知ることとなる一冊
2024年11月7日木曜日
2024年11月6日水曜日
名越康文氏 SNSの時代に空海に導かれ
削ぎ落しあるがままなり秋高し
秋晴る音が心を表現す
秋の夜や自分の音を追い求め
秋の空物価高騰ナイジェリア
我が身を切らぬ政治改革夜長
■こころの時代 SNSの時代に空海に導かれ~精神科医 名越康文~
どうせ死ぬのになぜ生きるのか
矛盾 仏教 空海
本尊 如意輪観世音菩薩
岡本児遍照殿 弘法大師像(あすか大師) パンドラの箱
パンドラの箱が開く音が聞こえた
最後死ぬのに何で人の命を救うのか
「仏陀」増谷文雄・著
仏教への信頼 大きな心の震え
彼女の死 刻まれた思い
だから生きていくしかない これを解いていくしかない
思春期の精神医学 自分自身を苛(さいな)んでいるのは怒り
大慈悲
月輪観(がちりんかん) 真言密教でのめい想法のひとつ
大日経
三句の法門 菩提心 大悲 方便こそ究竟(くきょう)なり
心の中にあるさびしさに気づくこと
心の中にある痛みを見つめること
動けば変わる
うわさ話は人生最大の浪費
正しさという悪意
文化とは不合理
少数派でい続ける勇気
とげとげしい言葉の正体はさびしさ
怒りに対する武器は慈悲
怒りに満ちたことばの奥にはさびしさがある
心の傷つきがマックスになった時代
祈ることが世界最古で最も強力な心理療法
三句の法門から学ぶ 自分を磨き、幸せになるための心がけ 精神科医 名越康文氏
https://shimbun.kosei-shuppan.co.jp/kouenroku/12258/
■新プロジェクトX オウムVS.科捜研~地下鉄サリン事件 世紀の逮捕劇~
Q.化学は今後どんな存在であって欲しいですか❓
服藤恵三氏 曰く
私の持論として「化学は嘘をつかない」という言葉と
「化学は多数決ではない」という言葉をよく使います。
化学というのは自分では意志がない。
使う人によって悪いことにも良いことにも使うんです。
そこをどう制御するのか❓っていうところがその人間に問われている。
真実を見る目をもっと俯瞰的に全体像を見ながら
この位置づけがどのようなものなのか❓
しっかり把握しながらこれを使わなくてはならない。
2018年7月 麻原彰晃と土屋正実の死刑が執行された。
麻原を尊師と敬う後継の団体は今も活動を続けている
■先人たちの底力 知恵泉 小堀遠州 仕事で輝くためのススメ
本来の日本らしさ ディープな日本カルチャー
世界遺産 二条城 生ける美術館 二の丸庭園を作庭したのが小堀遠州
千利休 古田織部 小堀遠州 三大茶人
詫びの利休 へうげものの織部 綺麗さびの遠州
遠州は 建築家 料理家 行政官 枠にとらわれない幅広さ
雲の上の偉人かと思えば私たちと変わらない人だった
「人手が足りなくて困っている」
「小堀政一書状」より(宇蛇松山城破却について)
見えてくるのは 人間らしさ
村雨辰剛(たつまさ) 青木崇高(むねたか) 橋本麻里 高井正智アナ
華蔵寺(けぞうじ) 愛知県 小堀遠州風
茶の湯の世界で何か新機軸を出す新しい美意識を表現する
そこにワインが入ってくることでパーティーみたいな感じに気分が変わる
そういうことを遠州はやってのけた人
小堀遠州と言えば庭作り 滋賀県大池寺
サツキの大刈り込み 海を表した庭
天龍寺 曹現池庭園 幾何学的なデザインを取り入れた
独創性と遊び心
長年続いた戦国時代 ついに終焉へ 天正7年(1579年)
滋賀県長浜市武家の息子として生まれた
幼い頃、父より茶、書画、和歌などを学び15歳の頃
才能を認められ古田織部に弟子入り
日本最高峰の芸術的教養を身につけ学芸の道を突き進みます
26歳の時 突然知らされた父の死 思いもよらない方向へ
徳川家に仕える小堀家の家督を受け継ぐ 茶の湯とは全く異なる仕事
城や寺の造営を手掛ける作事奉行を任される 建築の総合プロデューサー
その上 国奉行という重責も担う
二条城・寛永行幸 徳川幕府の威信をかけた大イベント
朝廷の好みを加え改築すること イベント全体のコーディネートも頼まれる
知恵その一
仕事を真剣にするなら遊び心も忘れるな
自分の好きな分野を生かす 雅な世界 それは大の得意分野だった
鮮やかな唐門 「七五膳十九献立巻」本膳料理 センスが映える
茶会を開催 24回 参加者は延べ100人を超えた
「小堀遠州茶会記集成」茶会というより「打ち合わせ」
朝廷の評価は「これから御所の作事は遠州に頼む」
行幸は大成功を収める
言われたことを熟すだけではなく「自分の得意とする分野」を取り入れ
仕事に彩りを与え大きな成果を上げるという知恵だった
小堀家は元々浅井家に仕えていて豊臣家へ最終的には徳川家に仕えた
一万石の小大名なので大名として大きくなるというより
有能な官僚として仕えて仕事する 基本断ることはない
遠州の精神を広めた意外な理由とは?
茶の湯の世界 58歳の頃から将軍徳川家光の茶の湯 指南役に
寛永の飢饉
知恵その二
一大事には我欲を捨てよ
遠州は農村運営を知るスペシャリストだった
農村法令の作成 新法令を考案
支配地の田畑の状態を見回る 郷民には普請等の生業を与える
仕置き悪しき代官を処罰するなど
「小堀遠州の茶会」より(「御当家令状ニ七八」要約)
上記からは大きな責任感が伝わってくる
一年間の空白 茶会は一切開いていない
疲弊した農民へ全身全霊を注いだ
一年後、堰を切ったように茶会が開催された この茶会が法令を広めた
(法令を)広めることは寛永の飢饉対策奉行として必要だった
茶器に呼んで「法令を広めなさい」と飢饉があって大変でも茶会は必要
彼が愛してやまなかった茶の湯は趣味という我欲を超えて
全国の人を救うための重要手段でもありました
自分の欲を後回しにして人のため全身全霊で役目を果すこと
それが江戸時代屈指の文化人小堀遠州の生き方でした
茶の湯は非公式の大事な話ができる場でもある
遠州はそれをとてもうまく利用できた
茶会を通じて自分の才能を発揮もした
本人の責任感 結果を出す自分
将軍との近さ 人柄も知っているからこそ安心して頼める
求められたら応えていく人物
引退後、大徳寺に庵を構えてという時期もありましたが
最後まで仕事はしていた
「書」の名手 仕事で使う公文書には「御家流」を用い、
茶の湯に関しては「定家流」で記していた 使い分けていた
「官僚としての顔」と「茶人としての顔」を使い分けている
両方を持ちながら生涯を終えた
遠州の茶の湯は遠州流茶道として現在も受け継がれている
日本文化の礎を築いた茶人 小堀遠州の知恵を味わってきた
政治だったり行政だったり担う人が文化芸術の素養を
持っていることが これだけ社会の役に立つ 文化芸術をもっと大事に
映画「素晴らしき哉人生!」(1946年公開/アメリカ)
監督:フランク・キャプラ 不朽の名作として知られる
この映画の主人公に似ていたと、話す青木崇高氏。
茶会で得られるものってすごく実は大きかったりして
人生を豊かにする いろんな関係者を呼んだお茶会っていうのは
今まで習ってきたお茶会とは違った景色で日本をよくするために
集まった同志たちで作った最高のお茶会だったのかもしれない
すごい豊かな人生を歩まれたんじゃないかなと思ったと、青木崇高氏。
秋晴る音が心を表現す
秋の夜や自分の音を追い求め
秋の空物価高騰ナイジェリア
我が身を切らぬ政治改革夜長
■こころの時代 SNSの時代に空海に導かれ~精神科医 名越康文~
どうせ死ぬのになぜ生きるのか
矛盾 仏教 空海
本尊 如意輪観世音菩薩
岡本児遍照殿 弘法大師像(あすか大師) パンドラの箱
パンドラの箱が開く音が聞こえた
最後死ぬのに何で人の命を救うのか
「仏陀」増谷文雄・著
仏教への信頼 大きな心の震え
彼女の死 刻まれた思い
だから生きていくしかない これを解いていくしかない
思春期の精神医学 自分自身を苛(さいな)んでいるのは怒り
大慈悲
月輪観(がちりんかん) 真言密教でのめい想法のひとつ
大日経
三句の法門 菩提心 大悲 方便こそ究竟(くきょう)なり
心の中にあるさびしさに気づくこと
心の中にある痛みを見つめること
動けば変わる
うわさ話は人生最大の浪費
正しさという悪意
文化とは不合理
少数派でい続ける勇気
とげとげしい言葉の正体はさびしさ
怒りに対する武器は慈悲
怒りに満ちたことばの奥にはさびしさがある
心の傷つきがマックスになった時代
祈ることが世界最古で最も強力な心理療法
三句の法門から学ぶ 自分を磨き、幸せになるための心がけ 精神科医 名越康文氏
https://shimbun.kosei-shuppan.co.jp/kouenroku/12258/
■新プロジェクトX オウムVS.科捜研~地下鉄サリン事件 世紀の逮捕劇~
Q.化学は今後どんな存在であって欲しいですか❓
服藤恵三氏 曰く
私の持論として「化学は嘘をつかない」という言葉と
「化学は多数決ではない」という言葉をよく使います。
化学というのは自分では意志がない。
使う人によって悪いことにも良いことにも使うんです。
そこをどう制御するのか❓っていうところがその人間に問われている。
真実を見る目をもっと俯瞰的に全体像を見ながら
この位置づけがどのようなものなのか❓
しっかり把握しながらこれを使わなくてはならない。
2018年7月 麻原彰晃と土屋正実の死刑が執行された。
麻原を尊師と敬う後継の団体は今も活動を続けている
■先人たちの底力 知恵泉 小堀遠州 仕事で輝くためのススメ
本来の日本らしさ ディープな日本カルチャー
世界遺産 二条城 生ける美術館 二の丸庭園を作庭したのが小堀遠州
千利休 古田織部 小堀遠州 三大茶人
詫びの利休 へうげものの織部 綺麗さびの遠州
遠州は 建築家 料理家 行政官 枠にとらわれない幅広さ
雲の上の偉人かと思えば私たちと変わらない人だった
「人手が足りなくて困っている」
「小堀政一書状」より(宇蛇松山城破却について)
見えてくるのは 人間らしさ
村雨辰剛(たつまさ) 青木崇高(むねたか) 橋本麻里 高井正智アナ
華蔵寺(けぞうじ) 愛知県 小堀遠州風
茶の湯の世界で何か新機軸を出す新しい美意識を表現する
そこにワインが入ってくることでパーティーみたいな感じに気分が変わる
そういうことを遠州はやってのけた人
小堀遠州と言えば庭作り 滋賀県大池寺
サツキの大刈り込み 海を表した庭
天龍寺 曹現池庭園 幾何学的なデザインを取り入れた
独創性と遊び心
長年続いた戦国時代 ついに終焉へ 天正7年(1579年)
滋賀県長浜市武家の息子として生まれた
幼い頃、父より茶、書画、和歌などを学び15歳の頃
才能を認められ古田織部に弟子入り
日本最高峰の芸術的教養を身につけ学芸の道を突き進みます
26歳の時 突然知らされた父の死 思いもよらない方向へ
徳川家に仕える小堀家の家督を受け継ぐ 茶の湯とは全く異なる仕事
城や寺の造営を手掛ける作事奉行を任される 建築の総合プロデューサー
その上 国奉行という重責も担う
二条城・寛永行幸 徳川幕府の威信をかけた大イベント
朝廷の好みを加え改築すること イベント全体のコーディネートも頼まれる
知恵その一
仕事を真剣にするなら遊び心も忘れるな
自分の好きな分野を生かす 雅な世界 それは大の得意分野だった
鮮やかな唐門 「七五膳十九献立巻」本膳料理 センスが映える
茶会を開催 24回 参加者は延べ100人を超えた
「小堀遠州茶会記集成」茶会というより「打ち合わせ」
朝廷の評価は「これから御所の作事は遠州に頼む」
行幸は大成功を収める
言われたことを熟すだけではなく「自分の得意とする分野」を取り入れ
仕事に彩りを与え大きな成果を上げるという知恵だった
小堀家は元々浅井家に仕えていて豊臣家へ最終的には徳川家に仕えた
一万石の小大名なので大名として大きくなるというより
有能な官僚として仕えて仕事する 基本断ることはない
遠州の精神を広めた意外な理由とは?
茶の湯の世界 58歳の頃から将軍徳川家光の茶の湯 指南役に
寛永の飢饉
知恵その二
一大事には我欲を捨てよ
遠州は農村運営を知るスペシャリストだった
農村法令の作成 新法令を考案
支配地の田畑の状態を見回る 郷民には普請等の生業を与える
仕置き悪しき代官を処罰するなど
「小堀遠州の茶会」より(「御当家令状ニ七八」要約)
上記からは大きな責任感が伝わってくる
一年間の空白 茶会は一切開いていない
疲弊した農民へ全身全霊を注いだ
一年後、堰を切ったように茶会が開催された この茶会が法令を広めた
(法令を)広めることは寛永の飢饉対策奉行として必要だった
茶器に呼んで「法令を広めなさい」と飢饉があって大変でも茶会は必要
彼が愛してやまなかった茶の湯は趣味という我欲を超えて
全国の人を救うための重要手段でもありました
自分の欲を後回しにして人のため全身全霊で役目を果すこと
それが江戸時代屈指の文化人小堀遠州の生き方でした
茶の湯は非公式の大事な話ができる場でもある
遠州はそれをとてもうまく利用できた
茶会を通じて自分の才能を発揮もした
本人の責任感 結果を出す自分
将軍との近さ 人柄も知っているからこそ安心して頼める
求められたら応えていく人物
引退後、大徳寺に庵を構えてという時期もありましたが
最後まで仕事はしていた
「書」の名手 仕事で使う公文書には「御家流」を用い、
茶の湯に関しては「定家流」で記していた 使い分けていた
「官僚としての顔」と「茶人としての顔」を使い分けている
両方を持ちながら生涯を終えた
遠州の茶の湯は遠州流茶道として現在も受け継がれている
日本文化の礎を築いた茶人 小堀遠州の知恵を味わってきた
政治だったり行政だったり担う人が文化芸術の素養を
持っていることが これだけ社会の役に立つ 文化芸術をもっと大事に
映画「素晴らしき哉人生!」(1946年公開/アメリカ)
監督:フランク・キャプラ 不朽の名作として知られる
この映画の主人公に似ていたと、話す青木崇高氏。
茶会で得られるものってすごく実は大きかったりして
人生を豊かにする いろんな関係者を呼んだお茶会っていうのは
今まで習ってきたお茶会とは違った景色で日本をよくするために
集まった同志たちで作った最高のお茶会だったのかもしれない
すごい豊かな人生を歩まれたんじゃないかなと思ったと、青木崇高氏。
2024年11月5日火曜日
田中一村&滝川一益&祖父江慎
秋黴雨(ついり)演技を超えた存在感
生まれくる音ピアノへ載せてカンナ
聞こえくる声に涙や秋さびし
満月や信じる音に抱かれて
十六夜音との会話いつまでも
■日曜美術館 奄美への道標(みちしるべ) 画家・田中一村
奄美の自然を描いた独特の作品で人気を博す
画家・田中一村(1908-1977)。
しかし生前は、大きな公募展で落選を繰り返し、
無名のまま、69年の生涯を閉じた。
アダンの海辺 閻魔大王への土産
菊図 池亭聞蛙 南画 仿八大山人筆山水 蝉時雨 明月前身図
蘭竹図/富貴図 衝立 富貴図 水辺にめだかと枯蓮と蕗の薹 椿図屏風 鶏頭図
秋色 枯木にきつゝき(冬) 竹雀図 白い花(やまぼうし) 秋晴
50歳にして奄美に移住
枇榔樹の森 不喰芋(くわずいも)と蘇鉄(立神)
生命の誕生から死までを表す 一村にとっての宇宙というのが奄美
■偉人・敗北からの教訓 第65回
「滝川一益・清州会議に出られなかった織田四天王」
滝川一益 敗北の伏線
能力を活かしてくれる人との出会いで才能が開花することも
関係が永遠に続くとは限らない
滝川一益 敗北の瞬間
情報戦は外部だけではなく組織内でも行われている
油断していると乗り遅れる
滝川一益の敗北から学ぶ教訓
衰運に陥ったら手堅く生きる
■新美の巨人たち【祖父江慎…驚きのブックデザイン×山崎静代】
「こころ」あらすじ
此手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもう此世居ないでせう。
とくに死んでゐるでせう…
復刻版のデザインでは漱石の思いを最大限に活かすデザインを試みました
石鼓文(せっこぶん) 漱石の直筆をそのまま印刷
扉の印刷は仙人風の高士 漱石が描いた下絵に差し替えた
漱石の自筆原稿を手に入れそのままを印刷した
悩(まさなければ) 初版では訂正されているがそのままにした
漱石は書いたことが本当に伝わるかどうかっていう
不安定な状態を「心」で表現しているんで
本にするにあたってその不安定さを強調して
全く直さない
本人のスタンスをどう見て作るかっていうことで
内容も変わって見えると思います
祖父江慎さんがさくらももこさんから教わったこと
自分の価値は捨てるべきものもあるなと思った(書体)
一番力を入れている本
ぺぱぷんたす 祖父江慎 アートディレクション2018年~
まず紙というものに対してもう少しフレンドリーであって欲しいと
これで本は本当にいいのか
いろんな紙が入っている本を作っているんです
生まれくる音ピアノへ載せてカンナ
聞こえくる声に涙や秋さびし
満月や信じる音に抱かれて
十六夜音との会話いつまでも
■日曜美術館 奄美への道標(みちしるべ) 画家・田中一村
奄美の自然を描いた独特の作品で人気を博す
画家・田中一村(1908-1977)。
しかし生前は、大きな公募展で落選を繰り返し、
無名のまま、69年の生涯を閉じた。
アダンの海辺 閻魔大王への土産
菊図 池亭聞蛙 南画 仿八大山人筆山水 蝉時雨 明月前身図
蘭竹図/富貴図 衝立 富貴図 水辺にめだかと枯蓮と蕗の薹 椿図屏風 鶏頭図
秋色 枯木にきつゝき(冬) 竹雀図 白い花(やまぼうし) 秋晴
50歳にして奄美に移住
枇榔樹の森 不喰芋(くわずいも)と蘇鉄(立神)
生命の誕生から死までを表す 一村にとっての宇宙というのが奄美
■偉人・敗北からの教訓 第65回
「滝川一益・清州会議に出られなかった織田四天王」
滝川一益 敗北の伏線
能力を活かしてくれる人との出会いで才能が開花することも
関係が永遠に続くとは限らない
滝川一益 敗北の瞬間
情報戦は外部だけではなく組織内でも行われている
油断していると乗り遅れる
滝川一益の敗北から学ぶ教訓
衰運に陥ったら手堅く生きる
■新美の巨人たち【祖父江慎…驚きのブックデザイン×山崎静代】
「こころ」あらすじ
此手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもう此世居ないでせう。
とくに死んでゐるでせう…
復刻版のデザインでは漱石の思いを最大限に活かすデザインを試みました
石鼓文(せっこぶん) 漱石の直筆をそのまま印刷
扉の印刷は仙人風の高士 漱石が描いた下絵に差し替えた
漱石の自筆原稿を手に入れそのままを印刷した
悩(まさなければ) 初版では訂正されているがそのままにした
漱石は書いたことが本当に伝わるかどうかっていう
不安定な状態を「心」で表現しているんで
本にするにあたってその不安定さを強調して
全く直さない
本人のスタンスをどう見て作るかっていうことで
内容も変わって見えると思います
祖父江慎さんがさくらももこさんから教わったこと
自分の価値は捨てるべきものもあるなと思った(書体)
一番力を入れている本
ぺぱぷんたす 祖父江慎 アートディレクション2018年~
まず紙というものに対してもう少しフレンドリーであって欲しいと
これで本は本当にいいのか
いろんな紙が入っている本を作っているんです
2024年11月4日月曜日
兼題「渡り鳥」&題「飛行機」
那賀場所や片手で子らを摘まみ上ぐ
初っ切りへ拍手喝采真っ赤な手
手に力燃える観客大相撲
笑顔溢れる地方巡業過疎の秋
助けたり助けられたり相撲取
■NHK俳句 兼題「渡り鳥」
年間テーマ「俳句の凝りをほぐします」
選者 堀田季何 レギュラー 庄司浩平 司会 柴田英嗣
今週のテーマ「オノマトペ」
主に擬音語と擬態語の総称 擬音語:地齋に出る音 擬態語:様子を表す音
俳句は音が重要
・コリポイント 「よくセットになる言葉」と「通常の方法」で使う
ぱちぱちと皆手を叩く秋の風
猫たちがニャーニャーと鳴く秋の暮
無駄な言葉を省く オリジナリティーを出すことが必要
1.よくセットになる言葉
2.通常の方法
①ツボ押しポイント
「よくセットになる言葉(特に動詞)」を省く
ぞろぞろと子猫出てくる月夜かな
黒猫の子のぞろぞろと月夜かな 飯田蛇笏
②ツボ押しポイント
「変わった使い方」をする
こきこきと缶詰切れば渡り鳥
鳥わたるこきこきこきと缶切れば 秋元不死男
空しさが表現できている
③ツボ押しポイント
「意外性のある言葉」とセットにする
古き扉(と)のぎいと廻りぬ秋の昼
大鯉のどつしり廻る秋の昼
大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼 岡井省二
「ぎい」を鯉につけることで驚きが出る
他のものに使うようなオノマトペを挟み込むと意外性のある句になることがある
ひらひらと月光降りぬ貝割菜 川端茅舎(ぼうしゃ)
月光と言えばきらきらですが蝶々の舞っているようなひらひらを取り合わせた句
④ツボ押しポイント
オノマトペを創作する
句の残りの部分と合うオノマトペを創る 説得力が必要
ちょぼちょぼといふ水の音あたたかし
ぽちょぽちょといふ水の音あたたかし 今井杏太郎
重要なのはオリジナリティーと説得力
マポーン パポパポ とぱぱぱ ちたぽり
オノマトペをあたりまえにしない
・特選六句発表!兼題「渡り鳥」
北から日本に来て冬を過ごす鳥 名詞だと「渡り鳥」動詞だと「鳥渡る」
スフィンクスへ豪快に糞(ま)る渡り鳥 平野芍薬
燐寸(まっち)擦るやうな舌打ち渡り鳥 堀雄貴(ゆたか)
(「一本のマツチをすれば湖(うみ)は霧」富澤赤黄男 を彷彿とする)
惑星の引き合ふちから鳥わたる 椋本望生(むくもとぼうせい)
(二物衝撃 イメージとイメージの衝撃)
ザビエルの心に突起鳥渡る 亘航希(わたりこうき)
渡る鳥先頭はアニしんがりオレ 青木章子
渡り鳥口内炎の小さき穴 丹下京子
・柴田の歩み ちたぽりのように
庄司の歩み オノマトペで俳筋力❝はりころ❞ゲット‼
■NHK短歌 題「飛行機」テーマ「自分以外の何かになる」
年間テーマ「❝私❞に出会おう~2年目の飛躍~」
選者 川野里子 レギュラー 内藤秀一郎 深尾あむ 司会 ヒコロヒー
・飛躍の扉 自分以外の何かになってみよう
哀しめば青葉をすこし食みこぼし青葉を忘るる象亀われは
川野里子「天窓紀行」
ゾウガメになってみると私が哀しいですというよりずっと伝わる
猫柳そろりとコップに根を出しぬなんぼなんでもここでは死ねんわ
浦河奈々「マトリョーシカ」
自分だけの気持ちでいるよりずっと自分の気持ちが表現できる
わたくしの赤あかとせる魂がアステカ遺跡に掘り起こされる
大滝和子「銀河を産んだように」
何かになることで自分を広げていく 自分を発見していく
・入選六首 題「飛行機」
あなたへの気持ちは飛行機こんなにも重たいものがどうして飛ぶの
美戸茅夜子(みとちよこ)
しらすほどの飛行機ひとつ渡りをる窓まつすぐに受験票を置く
滝野放図(ほうず)
虹はいくつ入るのだろう飛行機を吐き出し終えた格納庫には
葉村直(なお)
秋空を横切るブルーインパルス戦地を知らず僕たちのよう
五月雨薊(さみだれあざみ)
私 わたしという紙飛行機をゆっくりとひらいてくれた君の手のひら
雪野まい
一席 鳥人間コンテストみるリビングの静謐いつかは誰もがひとり
西鎮(しゃんちん)
・秀一郎あむの飛躍のカギ
【エアコン】
ふと見るとブルブル君が震えてる自分の無力さを思い知る僕
内藤秀一郎 添削
ふと見るとブルブル君が震えてるエアコンの僕はまたやりすぎて
一分でコンビニ弁当あたためます。あなたの心は何分ですか?
深尾あむ
畑を耕しそこへ種を植えていく。心を言葉に置き換えていく…。
・言葉のバトン
風船葛(かずら)の中に込めて
星野高校(埼玉県) 文芸部 金子舞
⇩
Twilightよい子は家(うち)に帰りましょう
興南高校(沖縄県)俳句部 知念ひなた
題「恋」題14回牧水・短歌甲子園 優勝
人間は濡れたらきれいゆるやかに恋は樹林のように果てるの
(忘れかけていた景色が思いだされる)
初っ切りへ拍手喝采真っ赤な手
手に力燃える観客大相撲
笑顔溢れる地方巡業過疎の秋
助けたり助けられたり相撲取
■NHK俳句 兼題「渡り鳥」
年間テーマ「俳句の凝りをほぐします」
選者 堀田季何 レギュラー 庄司浩平 司会 柴田英嗣
今週のテーマ「オノマトペ」
主に擬音語と擬態語の総称 擬音語:地齋に出る音 擬態語:様子を表す音
俳句は音が重要
・コリポイント 「よくセットになる言葉」と「通常の方法」で使う
ぱちぱちと皆手を叩く秋の風
猫たちがニャーニャーと鳴く秋の暮
無駄な言葉を省く オリジナリティーを出すことが必要
1.よくセットになる言葉
2.通常の方法
①ツボ押しポイント
「よくセットになる言葉(特に動詞)」を省く
ぞろぞろと子猫出てくる月夜かな
黒猫の子のぞろぞろと月夜かな 飯田蛇笏
②ツボ押しポイント
「変わった使い方」をする
こきこきと缶詰切れば渡り鳥
鳥わたるこきこきこきと缶切れば 秋元不死男
空しさが表現できている
③ツボ押しポイント
「意外性のある言葉」とセットにする
古き扉(と)のぎいと廻りぬ秋の昼
大鯉のどつしり廻る秋の昼
大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼 岡井省二
「ぎい」を鯉につけることで驚きが出る
他のものに使うようなオノマトペを挟み込むと意外性のある句になることがある
ひらひらと月光降りぬ貝割菜 川端茅舎(ぼうしゃ)
月光と言えばきらきらですが蝶々の舞っているようなひらひらを取り合わせた句
④ツボ押しポイント
オノマトペを創作する
句の残りの部分と合うオノマトペを創る 説得力が必要
ちょぼちょぼといふ水の音あたたかし
ぽちょぽちょといふ水の音あたたかし 今井杏太郎
重要なのはオリジナリティーと説得力
マポーン パポパポ とぱぱぱ ちたぽり
オノマトペをあたりまえにしない
・特選六句発表!兼題「渡り鳥」
北から日本に来て冬を過ごす鳥 名詞だと「渡り鳥」動詞だと「鳥渡る」
スフィンクスへ豪快に糞(ま)る渡り鳥 平野芍薬
燐寸(まっち)擦るやうな舌打ち渡り鳥 堀雄貴(ゆたか)
(「一本のマツチをすれば湖(うみ)は霧」富澤赤黄男 を彷彿とする)
惑星の引き合ふちから鳥わたる 椋本望生(むくもとぼうせい)
(二物衝撃 イメージとイメージの衝撃)
ザビエルの心に突起鳥渡る 亘航希(わたりこうき)
渡る鳥先頭はアニしんがりオレ 青木章子
渡り鳥口内炎の小さき穴 丹下京子
・柴田の歩み ちたぽりのように
庄司の歩み オノマトペで俳筋力❝はりころ❞ゲット‼
■NHK短歌 題「飛行機」テーマ「自分以外の何かになる」
年間テーマ「❝私❞に出会おう~2年目の飛躍~」
選者 川野里子 レギュラー 内藤秀一郎 深尾あむ 司会 ヒコロヒー
・飛躍の扉 自分以外の何かになってみよう
哀しめば青葉をすこし食みこぼし青葉を忘るる象亀われは
川野里子「天窓紀行」
ゾウガメになってみると私が哀しいですというよりずっと伝わる
猫柳そろりとコップに根を出しぬなんぼなんでもここでは死ねんわ
浦河奈々「マトリョーシカ」
自分だけの気持ちでいるよりずっと自分の気持ちが表現できる
わたくしの赤あかとせる魂がアステカ遺跡に掘り起こされる
大滝和子「銀河を産んだように」
何かになることで自分を広げていく 自分を発見していく
・入選六首 題「飛行機」
あなたへの気持ちは飛行機こんなにも重たいものがどうして飛ぶの
美戸茅夜子(みとちよこ)
しらすほどの飛行機ひとつ渡りをる窓まつすぐに受験票を置く
滝野放図(ほうず)
虹はいくつ入るのだろう飛行機を吐き出し終えた格納庫には
葉村直(なお)
秋空を横切るブルーインパルス戦地を知らず僕たちのよう
五月雨薊(さみだれあざみ)
私 わたしという紙飛行機をゆっくりとひらいてくれた君の手のひら
雪野まい
一席 鳥人間コンテストみるリビングの静謐いつかは誰もがひとり
西鎮(しゃんちん)
・秀一郎あむの飛躍のカギ
【エアコン】
ふと見るとブルブル君が震えてる自分の無力さを思い知る僕
内藤秀一郎 添削
ふと見るとブルブル君が震えてるエアコンの僕はまたやりすぎて
一分でコンビニ弁当あたためます。あなたの心は何分ですか?
深尾あむ
畑を耕しそこへ種を植えていく。心を言葉に置き換えていく…。
・言葉のバトン
風船葛(かずら)の中に込めて
星野高校(埼玉県) 文芸部 金子舞
⇩
Twilightよい子は家(うち)に帰りましょう
興南高校(沖縄県)俳句部 知念ひなた
題「恋」題14回牧水・短歌甲子園 優勝
人間は濡れたらきれいゆるやかに恋は樹林のように果てるの
(忘れかけていた景色が思いだされる)
2024年11月3日日曜日
清少納言 枕草子の真実
冬隣日に日に増えるSpamかな
秋の雨心にひだがまた一つ
秋の日や意志の断絶にべもなく
米の秋割れんばかりのブーイング
パソコンに向かって抹茶長き夜
■英雄たちの選択
秘められたメッセージ ~清少納言 枕草子の真実~
春はあけぼの やうやうしろくなりゆく山ぎは
すこしあかりて紫だちたる雲のほそくたなびきたる
世界最古のエッセイと言われる枕草子 執筆したのは清少納言
厳しくとがめた人物がいた その名は紫式部
さるまじく あだなるさまにもなるに侍るべし
「紫式部日記」より
現実からかけ離れた嘘の作品である
一条天皇の后となった藤原定子 一族の没落
変わって権力を握ったのが藤原道長の台頭
後宮を追われた定子 裏切者の烙印を押され職を辞すことに
磯田道史 浅田春奈
康保3年(966)頃 清少納言生まれる
父は清原元輔(歌人)
天元4年(981)頃 橘則光と結婚
2人のあいだには男児が生まれた
この時代夫婦の経済は女性の実家が支えるものだった
父 元輔が亡くなると 則光は清少納言の元から去って行った
後宮への出仕を決心
正歴元年(990) 藤原定子 入内
正歴4年(993) 清少納言 後宮の女房となる
平安京 内裏 後宮 登花殿と呼ばれる所に勤める
少納言よ 香炉峰の雪いかならむ
「枕草子」より
香炉峰の雪は簾をかかげて看る
白居易
さりぬべからむ人のむすめなどは さしまじらはせ
世のありさまも 見せならはさまほいう 内侍のすけなどにて
しばしもあらせばやよこそおぼゆれ
宮仕へする人を あはあはいうわるき事に
言ひ思ひたる男などこそいとにくけれ
「枕草子」より
「これに何をか書かまし」と「うへの御前には史記といふ文をなむ
一部書かせたまふなり 古今をや書かまし」などのたまはせしを
「これ給ひて 枕にしはべらばや」と啓せしかば
「さらば得よ」とて給はせたりし
「枕草子 能因本」より
史記と敷物の語呂合わせ
赤間恵都子 繁田信一 中野信子
高階茂忠 定子に母方の祖父
東宮学士として一条天皇に学問を教えた
清少納言が一番影響を与えた相手が一条天皇
定子が一条天皇を教育していった
平安時代は政治と文化は強く結びついていた
古今和歌集を命じた醍醐天皇 後撰集を命じたのは村上天皇
天皇の力が強いときは政治も上手く起動していた
後宮というのは后を取り巻く文化的な場所
文化的な場所が価値が上がればその后の価値も上がり
さらに天皇の治世にも影響する
日本の後宮の特徴は女性キャリア官僚がいる
日本では取り入れなかったもの⇩
宦官(かんがん)宮廷に仕える去勢された男性
科挙 中国の官吏登用制度 実力試験方式で選抜した
オール漢文ではなく和歌でやっていくなんちゃって中国でした
正当なエッセンスがあるような宮廷を作っていた
長徳2年(996) 定子 第一子懐妊
関白 藤原道隆(定子の父) 死去
生前 定子の兄 藤原伊周(これちか)に関白を
継がせようとしたが 周囲に反対され果たせなかった
長徳2年(996) 藤原伊周ら花山法皇を襲撃
事件の収集にあたったのが藤原道長
道長は道隆の弟だった
藤原伊周ら流罪となる
不運は続く 長徳2年(996) 中関白家邸 全焼
昨の禁家 今滅亡す 古人云わく「禍福は糾(あざな)へる縄のごとし」
藤原実資「小右記」より
定子落飾
火の粉は清少納言にまで及んできた
候ふ人たちなどの 「左の大殿方の人知る筋にてあり」とて
さしつどひ物など言ふも 下よりまゐる見ては ふと言ふやみ
はなち出でたるけしきなる
「枕草子」より
寝返り疑惑
疑われたのは頻繁に訪れていた藤原斉信だった
斉信は道長の親友だった
ただ今まかづるを 聞ゆべき事なむある
見るべき事ありて 上へなむのぼりはべる そこにて
清少納言 休職し里に下がる
藤原斉信 天皇の秘書官長(蔵人頭)清少納言と交友があった
上臈・中臈・下臈といって清少納言は中臈の女房だった
前夫 橘則光は道長派に取り込もうとやってきたのは
斉信の部下だったから
同じ時期、清少納言から文が届いた
ひとひらの山吹の花びら「言はで思ふぞ」と認められていた
清少納言 あなただけは帰ってきてほしい
という思いが込められていた
道長VS清少納言
長徳2年(966)7月 大納言 藤原公季の娘・義子 入内
同年11月 右大臣 藤原顕光の娘・元子 入内
道長の娘 藤原彰子 入内させようとしていた
長徳3年(997) 一条天皇 藤原定子を環俗させる
天下 甘心せず 「彼の宮の人々 出家し給はざるを称す」と云々
太だ希有の事なり
藤原実資「小右記」より
枕草子を書き始めていた
古典の写しではなく 自分自身の言葉を綴ったのだ
そこにはさりげなく定子へのメッセージを忍ばせていた
定子は第一皇子 敦康親王と二人の娘を儲けた しかし三人目を出産した
翌日定子は崩御した
長保2年(1000) 藤原定子 死去 享年24
清少納言は定子の最後を看取った
定子は鳥戸野陵に埋葬された
定子は一人ここに眠ることとなった
定子の辞世の句
煙とも雲ともならぬ身なれども草場の露をそれとながめよ
清少納言が定子の思い出の記を書いてばらまくことで
人々の中で定子の思い出が広まる
その中では定子は非常に聡明で明るく笑っている
その思い出が蘇り定子は悲劇的な人ではなかったんじゃないか
楽しく自分の文化というものを体現し
生き抜いた人だったんじゃないか
それが定子の思い出の記の果した役割だったのではないか
源氏物語「桐壺」の更衣は定子をモデルにしたと言われている
治歴4年(1068) 後三条天皇 即位
長く続いた摂関政治は終焉を迎えた
敦康親王を存在価値を示した
品のいい脅迫として機能していった
道長は枕草子に対抗するために 紫式部のほかに
和泉式部とか伊勢大輔とか 当時名だたる文化人
女性たちを後宮に入れた
源氏物語もそうだが 女性は自分の生をかけて
書きたいことを書いている それが素晴らしい感性だったり
人生における喜び 苦悩 悲しみというものが
現代の私たちが読んでも 非常に普遍的なものとして伝わってくる
小説とか随筆とか書評とか論説とか いい散文を持っている文化は
実は社会の最大の未来へのインフラだと思う
秋の雨心にひだがまた一つ
秋の日や意志の断絶にべもなく
米の秋割れんばかりのブーイング
パソコンに向かって抹茶長き夜
■英雄たちの選択
秘められたメッセージ ~清少納言 枕草子の真実~
春はあけぼの やうやうしろくなりゆく山ぎは
すこしあかりて紫だちたる雲のほそくたなびきたる
世界最古のエッセイと言われる枕草子 執筆したのは清少納言
厳しくとがめた人物がいた その名は紫式部
さるまじく あだなるさまにもなるに侍るべし
「紫式部日記」より
現実からかけ離れた嘘の作品である
一条天皇の后となった藤原定子 一族の没落
変わって権力を握ったのが藤原道長の台頭
後宮を追われた定子 裏切者の烙印を押され職を辞すことに
磯田道史 浅田春奈
康保3年(966)頃 清少納言生まれる
父は清原元輔(歌人)
天元4年(981)頃 橘則光と結婚
2人のあいだには男児が生まれた
この時代夫婦の経済は女性の実家が支えるものだった
父 元輔が亡くなると 則光は清少納言の元から去って行った
後宮への出仕を決心
正歴元年(990) 藤原定子 入内
正歴4年(993) 清少納言 後宮の女房となる
平安京 内裏 後宮 登花殿と呼ばれる所に勤める
少納言よ 香炉峰の雪いかならむ
「枕草子」より
香炉峰の雪は簾をかかげて看る
白居易
さりぬべからむ人のむすめなどは さしまじらはせ
世のありさまも 見せならはさまほいう 内侍のすけなどにて
しばしもあらせばやよこそおぼゆれ
宮仕へする人を あはあはいうわるき事に
言ひ思ひたる男などこそいとにくけれ
「枕草子」より
「これに何をか書かまし」と「うへの御前には史記といふ文をなむ
一部書かせたまふなり 古今をや書かまし」などのたまはせしを
「これ給ひて 枕にしはべらばや」と啓せしかば
「さらば得よ」とて給はせたりし
「枕草子 能因本」より
史記と敷物の語呂合わせ
赤間恵都子 繁田信一 中野信子
高階茂忠 定子に母方の祖父
東宮学士として一条天皇に学問を教えた
清少納言が一番影響を与えた相手が一条天皇
定子が一条天皇を教育していった
平安時代は政治と文化は強く結びついていた
古今和歌集を命じた醍醐天皇 後撰集を命じたのは村上天皇
天皇の力が強いときは政治も上手く起動していた
後宮というのは后を取り巻く文化的な場所
文化的な場所が価値が上がればその后の価値も上がり
さらに天皇の治世にも影響する
日本の後宮の特徴は女性キャリア官僚がいる
日本では取り入れなかったもの⇩
宦官(かんがん)宮廷に仕える去勢された男性
科挙 中国の官吏登用制度 実力試験方式で選抜した
オール漢文ではなく和歌でやっていくなんちゃって中国でした
正当なエッセンスがあるような宮廷を作っていた
長徳2年(996) 定子 第一子懐妊
関白 藤原道隆(定子の父) 死去
生前 定子の兄 藤原伊周(これちか)に関白を
継がせようとしたが 周囲に反対され果たせなかった
長徳2年(996) 藤原伊周ら花山法皇を襲撃
事件の収集にあたったのが藤原道長
道長は道隆の弟だった
藤原伊周ら流罪となる
不運は続く 長徳2年(996) 中関白家邸 全焼
昨の禁家 今滅亡す 古人云わく「禍福は糾(あざな)へる縄のごとし」
藤原実資「小右記」より
定子落飾
火の粉は清少納言にまで及んできた
候ふ人たちなどの 「左の大殿方の人知る筋にてあり」とて
さしつどひ物など言ふも 下よりまゐる見ては ふと言ふやみ
はなち出でたるけしきなる
「枕草子」より
寝返り疑惑
疑われたのは頻繁に訪れていた藤原斉信だった
斉信は道長の親友だった
ただ今まかづるを 聞ゆべき事なむある
見るべき事ありて 上へなむのぼりはべる そこにて
清少納言 休職し里に下がる
藤原斉信 天皇の秘書官長(蔵人頭)清少納言と交友があった
上臈・中臈・下臈といって清少納言は中臈の女房だった
前夫 橘則光は道長派に取り込もうとやってきたのは
斉信の部下だったから
同じ時期、清少納言から文が届いた
ひとひらの山吹の花びら「言はで思ふぞ」と認められていた
清少納言 あなただけは帰ってきてほしい
という思いが込められていた
道長VS清少納言
長徳2年(966)7月 大納言 藤原公季の娘・義子 入内
同年11月 右大臣 藤原顕光の娘・元子 入内
道長の娘 藤原彰子 入内させようとしていた
長徳3年(997) 一条天皇 藤原定子を環俗させる
天下 甘心せず 「彼の宮の人々 出家し給はざるを称す」と云々
太だ希有の事なり
藤原実資「小右記」より
枕草子を書き始めていた
古典の写しではなく 自分自身の言葉を綴ったのだ
そこにはさりげなく定子へのメッセージを忍ばせていた
定子は第一皇子 敦康親王と二人の娘を儲けた しかし三人目を出産した
翌日定子は崩御した
長保2年(1000) 藤原定子 死去 享年24
清少納言は定子の最後を看取った
定子は鳥戸野陵に埋葬された
定子は一人ここに眠ることとなった
定子の辞世の句
煙とも雲ともならぬ身なれども草場の露をそれとながめよ
清少納言が定子の思い出の記を書いてばらまくことで
人々の中で定子の思い出が広まる
その中では定子は非常に聡明で明るく笑っている
その思い出が蘇り定子は悲劇的な人ではなかったんじゃないか
楽しく自分の文化というものを体現し
生き抜いた人だったんじゃないか
それが定子の思い出の記の果した役割だったのではないか
源氏物語「桐壺」の更衣は定子をモデルにしたと言われている
治歴4年(1068) 後三条天皇 即位
長く続いた摂関政治は終焉を迎えた
敦康親王を存在価値を示した
品のいい脅迫として機能していった
道長は枕草子に対抗するために 紫式部のほかに
和泉式部とか伊勢大輔とか 当時名だたる文化人
女性たちを後宮に入れた
源氏物語もそうだが 女性は自分の生をかけて
書きたいことを書いている それが素晴らしい感性だったり
人生における喜び 苦悩 悲しみというものが
現代の私たちが読んでも 非常に普遍的なものとして伝わってくる
小説とか随筆とか書評とか論説とか いい散文を持っている文化は
実は社会の最大の未来へのインフラだと思う
2024年11月2日土曜日
靴&「下り簗(くだりやな)」&藤原公任の歌
塩田千春展を詠む
風の色力を抜いて乗り越えた
不確かな旅を彷徨うほしづくよ
瞬間を全て捉えて月の秋
秋深し禁じられたる繋がりよ
秋の夢糸絡まりて擦り切れて
共有を作品とする鰯雲
■漢字ふむふむ 履物の大変化で生まれた「靴」
日本でいう靴は長靴 ブーツのような長い履物の総称
中国で丈の短い履物は「鞋」を指す
日本では「草鞋(わらじ)」 明治以前草鞋や下駄をあてはめた
明治以降 西洋の靴が取り入れられるようになった
靴⇨動物の皮を他のものに変えるという意味
近代日本における履物の変化が漢字に反映したもの
北方に遊牧騎馬民族がいた 乗馬用の皮の長ぐつだった
■夏井いつきのおウチde俳句
一分季語ウンチク「下り簗(くだりやな)」
川で見かけたことあるわという方もいらっしゃるかもしれません
川に仕掛けて魚を獲るための仕掛けのことを「簗(やな)」といいます
魚たちが入り込んでくるように入り口を作ってあって その勢いのまま
簾(すだれ)みたいなものの上に打上げられたそういう魚たちを
捕まえる仕掛けを「簗」というのですが この「下り簗」と
いった場合には 秋に産卵を終えて戻っていく魚たちを
獲るための仕掛けを「下り簗」といいます
春には逆に「上り簗」という仕掛けがありまして
これは川に向かって産卵のために遡上していく遡っていく魚たちを
獲るために川下に向けて入り口があります
「下り簗」は川上に向けて口が開いているわけです
単純に「簗」といった場合は夏のこれもものになってくるわけです
「下り簗」は秋である このポイントを生かして詠みたい季語ですね
方向がハッキリしています
■光る君へ(41) 揺らぎ
小倉山嵐の風の寒ければもみぢの錦きぬ人ぞなき
藤原公任(きんとう) 大納言を務めた貴族
三舟の才(詩・歌・管弦のすべてに優れていた)
公任が隠せいした岩倉長谷の地は
「和漢朗詠集」にちなんで朗詠谷と呼ばれた
代表作
滝の音は絶えて久しくなりぬけど名こそ流れてなほ聞こえけれ
百人一首55番
風の色力を抜いて乗り越えた
不確かな旅を彷徨うほしづくよ
瞬間を全て捉えて月の秋
秋深し禁じられたる繋がりよ
秋の夢糸絡まりて擦り切れて
共有を作品とする鰯雲
■漢字ふむふむ 履物の大変化で生まれた「靴」
日本でいう靴は長靴 ブーツのような長い履物の総称
中国で丈の短い履物は「鞋」を指す
日本では「草鞋(わらじ)」 明治以前草鞋や下駄をあてはめた
明治以降 西洋の靴が取り入れられるようになった
靴⇨動物の皮を他のものに変えるという意味
近代日本における履物の変化が漢字に反映したもの
北方に遊牧騎馬民族がいた 乗馬用の皮の長ぐつだった
■夏井いつきのおウチde俳句
一分季語ウンチク「下り簗(くだりやな)」
川で見かけたことあるわという方もいらっしゃるかもしれません
川に仕掛けて魚を獲るための仕掛けのことを「簗(やな)」といいます
魚たちが入り込んでくるように入り口を作ってあって その勢いのまま
簾(すだれ)みたいなものの上に打上げられたそういう魚たちを
捕まえる仕掛けを「簗」というのですが この「下り簗」と
いった場合には 秋に産卵を終えて戻っていく魚たちを
獲るための仕掛けを「下り簗」といいます
春には逆に「上り簗」という仕掛けがありまして
これは川に向かって産卵のために遡上していく遡っていく魚たちを
獲るために川下に向けて入り口があります
「下り簗」は川上に向けて口が開いているわけです
単純に「簗」といった場合は夏のこれもものになってくるわけです
「下り簗」は秋である このポイントを生かして詠みたい季語ですね
方向がハッキリしています
■光る君へ(41) 揺らぎ
小倉山嵐の風の寒ければもみぢの錦きぬ人ぞなき
藤原公任(きんとう) 大納言を務めた貴族
三舟の才(詩・歌・管弦のすべてに優れていた)
公任が隠せいした岩倉長谷の地は
「和漢朗詠集」にちなんで朗詠谷と呼ばれた
代表作
滝の音は絶えて久しくなりぬけど名こそ流れてなほ聞こえけれ
百人一首55番
2024年11月1日金曜日
外食で一句&荒木健太郎杯結果①
詫び寂びの真髄永遠へ秋の風
時こそは永遠の旅秋の空
旅という危険と期待秋を生く
秋深し畏敬の念としなやかさ
星月夜日に日に下がる円の価値
■プレバト纏め 2024年10月31日
外食で一句
永世名人 千原ジュニアのお手本
二件目へ行く汝(な)帰る吾(あ)薄月夜
(会話が想像できる 上五での情報量が大きい 工夫したのは中七
中七で読み手は勝手に想像する 着地がうまい
薄月夜 うっすらと月が出ている夜 大人の複雑な感情を月が支えている
今夜の月は自分の複雑な思いを知ってくれているのかな?という思い)
永世名人 村上健志のお手本
秋爽の皿やオリーブオイルの黄
(秋の爽やかな空気感 相性がいいじゃないか と村上名人
色の対比が成功 秋爽とは映像を持たない時候の季語
秋爽とは秋の空気が澄み渡る心地良さを皿に託すという判断がうまい
お皿の上だけで一句が作れる これが村上名人)
1位 山﨑ケイ
良夜なりすっぴんママのワイン会
(季語良夜を愛でる気持ちが出ている すっぴんママと纏めた所で
状況がはっきり分かる 思いをストレートに言う 俳句の大事なコツ)
2位 三倉茉奈
吾子抱えつまむ秋刀魚は骨多し
添削(口の中の感触はこれでは?)
吾子抱きつ食むや秋刀魚は小骨ごと
3位 すみれ
秋の宵ビブとあなたと白ワイン
添削(ビブとは涎掛け)
ビブの児(こ)と夫と秋夜の白ワイン
4位 菊地亜美
ランチ寿司ひとりで頬も赤く染め
添削(酢:夏の季語 酢が防腐の役割をし匂いが夏の味覚をそそる
この句の中では寿司が季語)
寿司つまむ一人の昼や一献す
5位 松丸友紀
ママ友会エンドレスなる夜もみじ
添削(夜もみじは陳腐 季語を比喩に使うと鮮度が落ちる
季語を立てる)
夜の紅葉ママ友会はエンドレス
次回のお題は大観衆
■夏井いつき俳句チャンネル
特別投句企画 荒木健太郎杯、結果発表①【お待たせしました!】
兼題「積乱雲または鉄鈷(鉄床)雲」
絶縁や底煤黒き積乱雲 みずくらげ
積乱雲たれともあそべないかたち そら
いるかめくみづのかたまり積乱雲 織部なつめ
積乱雲みづは淋しいほど膨る 三月兎
ヴィヴァーチェのピアノ鉄鋸雲の渦 椿康文
象十二頭蹴上ぐる泥や鉄砧雲 奥伊賀サブレ
時こそは永遠の旅秋の空
旅という危険と期待秋を生く
秋深し畏敬の念としなやかさ
星月夜日に日に下がる円の価値
■プレバト纏め 2024年10月31日
外食で一句
永世名人 千原ジュニアのお手本
二件目へ行く汝(な)帰る吾(あ)薄月夜
(会話が想像できる 上五での情報量が大きい 工夫したのは中七
中七で読み手は勝手に想像する 着地がうまい
薄月夜 うっすらと月が出ている夜 大人の複雑な感情を月が支えている
今夜の月は自分の複雑な思いを知ってくれているのかな?という思い)
永世名人 村上健志のお手本
秋爽の皿やオリーブオイルの黄
(秋の爽やかな空気感 相性がいいじゃないか と村上名人
色の対比が成功 秋爽とは映像を持たない時候の季語
秋爽とは秋の空気が澄み渡る心地良さを皿に託すという判断がうまい
お皿の上だけで一句が作れる これが村上名人)
1位 山﨑ケイ
良夜なりすっぴんママのワイン会
(季語良夜を愛でる気持ちが出ている すっぴんママと纏めた所で
状況がはっきり分かる 思いをストレートに言う 俳句の大事なコツ)
2位 三倉茉奈
吾子抱えつまむ秋刀魚は骨多し
添削(口の中の感触はこれでは?)
吾子抱きつ食むや秋刀魚は小骨ごと
3位 すみれ
秋の宵ビブとあなたと白ワイン
添削(ビブとは涎掛け)
ビブの児(こ)と夫と秋夜の白ワイン
4位 菊地亜美
ランチ寿司ひとりで頬も赤く染め
添削(酢:夏の季語 酢が防腐の役割をし匂いが夏の味覚をそそる
この句の中では寿司が季語)
寿司つまむ一人の昼や一献す
5位 松丸友紀
ママ友会エンドレスなる夜もみじ
添削(夜もみじは陳腐 季語を比喩に使うと鮮度が落ちる
季語を立てる)
夜の紅葉ママ友会はエンドレス
次回のお題は大観衆
■夏井いつき俳句チャンネル
特別投句企画 荒木健太郎杯、結果発表①【お待たせしました!】
兼題「積乱雲または鉄鈷(鉄床)雲」
絶縁や底煤黒き積乱雲 みずくらげ
積乱雲たれともあそべないかたち そら
いるかめくみづのかたまり積乱雲 織部なつめ
積乱雲みづは淋しいほど膨る 三月兎
ヴィヴァーチェのピアノ鉄鋸雲の渦 椿康文
象十二頭蹴上ぐる泥や鉄砧雲 奥伊賀サブレ
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